83頁目.ノエルと賞与と陰気な性格と……
それからしばらくして。
クリスをコテージで寝かせていたエストは、遠くから雪道を走ってくる足音を聞いた。
エストはノエルたちと合流し、お互いの無事を喜び合った。
そして、ノエルたちは雪道を下ってヘルフスの王都へと帰るのであった。
***
下山中、クリスはエストの背中ですやすやと寝息を立てており、ノエルたちは起こさないようにひそひそと状況の共有をしていた。
「なるほどねぇ……。こいつが特級魔法を使って雪崩を……」
「未だに信じられませんわ……。姉様の運命魔法の裏を掻いてあの雪崩を止めるだなんて……」
「アチキが一番びっくりしてるっスよ。まあ……だからこそ、アチキが全てを見た証人として、クリス君の功績を国王に報告しなきゃっスね」
「あぁ、ここまでのことをやったんだ。呪いの治療が終わり次第、王城から何かしらの褒美をもらえるだろうさ。財宝か、地位か、はたまた良い仕事の斡旋か……。こいつの欲しいものをあとで聞いておくとしようかねぇ」
「怪我の治療は医者に任せるとして、呪いの治療は……。はぁ……わたくしたちの指輪の光魔法でどうにかするしかありませんわね。数年分の呪いがどれくらいで祓えるか……」
3人がそんなことを話している中、過剰な魔力切れで動けなくなったサフィアは、マリンに背負われたまま項垂れて呟いていた。
「特級水魔法なんて、まだあたしもまともに使えたことないのに……。こんなあたしより年下の、しかも魔法使いに追い抜かれるなんて……」
「いやいや、サフィアちゃんだってイエティたちを従えて呪いの塊を壊したんスよね? そんなことできるのは恐らくサフィアちゃんだけっスから、誇るべきっスよ。特級魔法だけが魔導士の真髄じゃないっス」
「そうそう。それにこいつは、ネーベのおかげで特級魔法を使えるようになっただけだろ? 魔力そのものから魔法を教えてもらってたんだ。この世で一番、特級魔法へ近道をした魔導士だろうさ」
「その魔力……精霊から魔法を教われる機会はもうないでしょうけれど、別に特級魔法をすぐに使えるようになる必要はないですわよね? 実際、サフィーの魔力量なら上級魔法や中級魔法だけでも十分な出力がありますし」
「せっかく使えるんなら、難しい魔法の方がいいんだけどなぁ……。まあ、まだまだ修行が足りないってことだし、これから頑張ろうって思えたわ」
サフィアの目はまっすぐ前を見据えていた。
ノエルたちは静かに穏やかな笑みを浮かべるのであった。
すると、エストはクリスを背負い直して、ノエルたちに尋ねた。
「そうだ、次の目的地はヴァスカルっスよね? だったら、特級魔法の魔導書とか資料とかあるんじゃないっスか?」
「確かにヴァスカルが管理している図書館には『禁書庫』ってのがあるらしいが、実際に住んでいたアタシも所蔵の中身はよく知らないんだよな……。他に聞いた話だと、ルカがアカデミーにも書庫があるって言ってたっけ」
「蘇生魔法と同じくらい危険な魔法が書かれた書物がいっぱいでしたわよ。もちろん、特級魔法の魔導書もありますわ」
「へえ……。やっぱりお姉ちゃんってすご……って、うん……?」
その瞬間、ノエルとサフィアはハッとしてマリンの方へ振り向いた。
マリンはぽかんとしている。
「お、お前……どうしてそんな具体的なことを知っている!?」
「え? だってわたくし、ヴァスカルの図書館で働いていましたし……。って、そういえば言ったことありませんでしたわね?」
「う、うん! 1回もそんなこと聞いたことないよ!」
「あまり知られてはいけないので、言わないようにする癖がつい……。貴女方には別に遠慮する必要はないはずなのですけれど、話題に上がらないのですっかり忘れていましたわ」
「そういや初対面の時、蘇生魔法について知ってそうな感じのこと言ってたな……? それに、その言い方だと禁書庫にも入ったことあるんだな」
「ええ、中身も多少は読んだことありますわ。セプタから出たばかりのことでしたから、全く内容は理解できませんでしたが……。まあ、だからこそ口止めをされていたわけですけれど」
それを聞いたエストは、笑いながらノエルに言った。
「こんなこと言ってるっスけど、アチキには図書館で働いてたこと、教えてくれてたんスよ? プリングに来たばっかりの時に、『あの……昔、こんなことしてたんですけど、私の修行に付き合ってくれませんか?』って言って」
「ギャーッ!? 昔の口調で再現するのはやめてくださいまし〜!!」
「あはは! 昔のお姉ちゃん、確かにそんな喋り方してた!」
「今とは大違いな陰気な性格だったんだな……。くふっ……ふっ……」
「ああっ!? 今、陰気とか言った上に笑いましたわね!? あとで覚えておきなさいよ!?」
マリンは顔を隠して首を振っている。
大笑いして、ふと冷静になったノエルはマリンに尋ねた。
「そういえば……お前の意外とマメな性格を鑑みて、ひとつ聞いてもいいか? 図書館の中にある所蔵はどこまで覚えている?」
「え? ま、まあ、7割くらいは場所と題名を覚えていますが……。あと、禁書庫は書庫の仕組み上、場所は知りませんが題名なら多少覚えていますわ」
「それは助かるな。蘇生魔法の資料は存在しないだろうからさておき、原初の大厄災についての資料はどれくらいあるんだい? エストの役に立つ本がどれくらいあるか、少しは知っておいた方がいいと思ってね」
「おおっ、それを知ってるなら話が早いっスね!」
「そうですわね……。まあ、少なくとも歴史書のところと、魔導士の家系図のところにありますけれど、他の国の図書館にある所蔵とあまり変わりはありませんわよ?」
「あまりってことは、多少は違う資料が置いてあるんだろう? そういうところからでも情報ってのは得られるものだ。遠慮なく教えてくれ」
マリンは歩きながら思考を巡らせる。
そして街の明かりが見える距離になって、マリンはハッとして言った。
「あっ、ありましたわ、他の図書館と決定的に違う資料!」
「おっ、決定的にってことは……。ヴァスカルにしかない資料か!」
「ええ……。それは、あの図書館に保存されている唯一の神器……。『ファーリの遺産』ですわ」
「はあ!? 原初の魔女・ファーリの遺産、しかも神器だって!? お前、どうしてそんな重要な資料の存在を忘れていた?」
「禁書庫の奥の奥に、厳重に保管されている大事な資料なのです。ただそれ故に、わたくしも存在を聞かされていただけだったので、目にしたこともありませんの」
「原初の魔女の遺産の神器……。それって、どんなものなの?」
サフィアはマリンを背中越しに覗き込んでそう聞いたが、マリンは首を振って答えた。
「かつてのファーリの家にあったものとは聞いていますが、それが魔導書なのか杖なのか、それともただのローブなのか……。わたくしたちは噂程度に想像するしかありませんでしたから……」
「神器って呼ばれるくらいだから、何か魔法が込められた凄いモノなんだろうけど……」
「というか、そんな貴重な資料をどうやって見れるんだ? いくらお前が昔図書館で働いていたとはいえ、見せてくれるわけもないだろう?」
「ええ、それはもちろん。ただ、クロネさんならあるいは……と思いまして」
「クロネさんか……。確かに王城を出入りできるくらいの地位だし、アカデミーの学長ともなると、禁書庫の管理権限を持っていてもおかしくはない、か」
「はぇ〜……。ノエルの周りには凄い人ばっかりっスねぇ……。まあ、もちろんアチキも含んでるっスけど」
そんなエストの冗談を無視して、ノエルは考えに耽っている。
しかし、そうしているうちにエストの家の前まで来てしまった。
玄関の鍵を開けたエストはクリスを起こし、背中から降ろした。
「さあ、無事に王都に着いたっスよ」
「あ……あぁ……。帰ってきたのか……」
「あー、ノエルたちは中で待ってて欲しいっス。アチキはクリス君を家に帰してくるっスから」
「了解した。適当にくつろいで待っておくよ」
ノエルは手をひらひらさせてエストの家の方へと振り向いた。
その瞬間、クリスが掠れ掠れな声でノエルを引き止める。
「今日は……その……ありがとう。ネーベを助けてくれて……」
「うん? あぁ、礼を言われる筋合いはないよ。アタシたちはただ呪いを壊すために来ただけだからね。自分を助けてもらった礼を言うのかと思ったが、そっちかい?」
「俺は別に助けてなんて言ってない。お前だって、ネーベに言われたから助けたんだろ?」
「ネーベに会う前にお前を助けに行って、死ぬ目にあったんだがねぇ? ま、軽口を叩いている余裕があるようで安心したよ」
「あぁ……。あの呪いがあそこまで成長したのは俺の魔力を吸われていたせいだ。それについてはすまなかったと思ってる……」
「ネーベのおかげで助かったんだ、結果オーライさ。それより、もっと礼を言うべき人がいるんじゃないかい?」
ノエルが顎で指すと、クリスはゆっくりとエストの方へ振り向く。
エストは少しだけニヤニヤとしている。
「こ……こんな俺のために運命を変えようとしてくれて……ありが……」
「んー? 声が小さくて聞こえないっスねぇ?」
「あ……ありがとう……!」
「まだまだ、感謝の念が足りないっスねえ〜?」
「あぁー、うぜえ! 感謝はしてるけど、礼を言う気が削がれるな!?」
「あっはは! まあ、アチキもクリス君に助けてもらったっスし、お互い様ってことで感謝を返しておくっスよ〜」
そんな小競り合いをしながら、クリスに案内されるままエストはクリスの家へと向かうのであった。
***
それからしばらくして、エストが帰ってきた。
ノエルとマリンは椅子に座り、サフィアはソファに寝ている。
「お疲れ様。ほら、紅茶を淹れておいたぞ」
「ありがとっス。ちゃんと家まで送ってきたっスよ」
「姉様も疲れているでしょうに、本当に今日はお疲れ様でしたわ」
「あたしも今日はもうクタクタ……。早く夕食を食べに行きません?」
「そういえばもうそんな時間っスね。サフィアちゃん、動けそうっスか?」
「うーん、一応手は動くけど……。足にはまだ力が入らないですね……」
それを聞いたエストは頷いて、自信満々に言った。
「じゃあ、アチキが腕によりをかけて料理を振る舞うっスよ〜!」
「「えっ……?」」
ノエルとマリンは驚いて目を見開いている。
「おいおいー? どうして2人ともそんな顔してるんスかー?」
「いや、だって……。日常生活ダラダラ過ごしてるだけの……」
「そんな性格の姉様が……料理って……」
「「ねぇ……??」」
「わぁ、息ピッタリ……」
サフィアの声が虚しく響く沈黙のあと、エストは顔を真っ赤にしてノエルたちに向かって叫んだ。
「ま……全く、人を何だと思ってるんスか! アチキも1人暮らししてる以上は料理くらいできるっスよ!!」
「アタシはてっきり、出来合いの食事を買って食って生活しているものだと……」
「わたくしも、姉様が台所に立つ姿なんて見たことありませんでしたから……」
「ノエルはさておき、マリンが見たことないのはマリン自身のせいっスからね? 数年前、アチキは大丈夫だって言っているのに、わたくしが作りますの一点張りで食事を作ってくれて……。まあ、感謝はしてるっスけど、今その一点張りの理由が分かったっスよ!」
「ど、どうどう……。あたしは楽しみですよ、エストさんの料理!」
エストの怒りをサフィアが遠くからなだめる。
すると、次はエストがぽかんとしてノエルの方を見て言った。
「……やっぱり、ノエルの弟子とは思えないくらいよくできた子っスね?」
「おい、そりゃどういう意味だ!」
「そのまんまの意味っスよ! マリンもっスからね! どっちが姉か分からなくなってきたっスから!」
「あら、それについてであれば、わたくしは何と言われようと構いませんが……。その煽り、ノエルには刺さってしまったようですわねぇ……」
「とにかく、謝罪を求めるっス! じゃないと、夕食抜きっスからね!」
「「ごめんなさい!!」」
その状況を横目で見ていたサフィアは、エストが自分の尊敬する2人よりも上手であることを知覚し、夕食の香りがするまで静かに目を閉じたのであった。




