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82頁目.クリスと極意と変える運命と……

 今から4年前。

 12歳になって魔法使いになる決心をした俺……クリスは、魔法の修行をするためにこの雪山にやってきた。

 水や雪があるところには水の魔力が無限にあるから、短期間で力をつけるにはもってこいの場所だった。

 俺は少しでも早く、強い魔法使いにならなきゃいけなかったんだ……。



***



「ネーベは、わからない。クリスは、まほうを、つよめたい、なぜ?」



 俺がネーベを見えるようになって間もない頃、ネーベはこんなことを聞いてきた。



「そりゃもちろん将来的に魔法使いになるんだから、目指すべきは強力な魔法が使える優秀な魔法使いだろ? だったらここでずっと水魔法の修行してれば、早い成長が見込めるんじゃないかってね」


「ちがう。クリスは、いそいでる、なぜ?」


「あ、あぁ……。なるほど、急がなくてもいいんじゃないかって言いたいのか。まあ、ちゃんとした理由はあるんだけど……笑わないなら教えてやってもいいぞ」


「……わらわない」


「……俺は勉強も仕事も上手くできなくて、本当に何の役にも立たない人間なんだ。だけど、魔法だけはちょっとだけ上手く使えて、『これなら!』って思ったから魔法使いになろうって思ったんだ」



 ネーベはふよふよと浮かんだまま、俺の話を静かに頷いて聞いていた。



「だけど、この国……ヘルフスには魔導士がいないんだってさ。俺だって、俺の父さんが魔導士の血筋を引いてたってだけで、その話を聞くまでは魔法の存在を知らなかったくらいだからな。だから、俺は父さんにヴァスカルにある魔導士学園ウィザード・アカデミーに行きたいって言ったんだ」


「でも、クリスは、ここにいる、なぜ?」


「簡単な話さ。俺は、父さんを説得できるほど魔法を上手く使えていなかったんだよ。ちょっとでも上手く使えるなんて、人と比べたこともないのに俺は自惚れてたんだ……」



 俺はそう言って自分で情けなくなって、黒い石に触れていない方の手で頭を掻いた。



「だから急いで修行して魔法を上手く使えるようになって、父さんを説得して魔導士学園ウィザード・アカデミーにって思ってたんだけど……。まあ、この通り1年経っても、あんまり上達してないって言われちまってるわけさ」


「ネーベは、クリスを、ずっと、みてきた。クリスは、まほうを、わかっていない」


「えっ? 魔法を分かってないって……どういうことだ? 分かるも何も、魔法ってのは呪文を唱えて扱う不思議な力だろ?」


「それが、わかっていない。ネーベが、クリスに、まほうを、おしえる」


「そういえばお前って水魔法を使えるんだったな……。よく分からないけど、教えてくれるのはありがたいよ。独学でできるのにも限度があるって思ってたし……」



 こうして、俺はネーベから魔法の何たるかを教わりながら、厳しい修行を続けた。

 そして、数ヶ月もしないうちに、父さんに魔導士学園ウィザード・アカデミーへ行くことを認めてもらえたのだった。



***



「なのに、クリスは、ここにいる、なぜ?」



 ネーベのところに通い詰めて早2年が経った頃、ネーベはこう尋ねてきた。



魔導士学園ウィザード・アカデミーなんて行かなくても、お前から魔法を教わる方がお金もかからないし効率的かなって思ったんだよ。ネーベって特級魔法? とかいうのも使えるんだろ? だったらそこらの魔導士より強いんじゃないのか?」


「ネーベは、ただの、まりょく。まじょのほうが、まほうは、つよい」


「魔女か……。確か、魔法使いよりも強いっていう女の魔導士だっけ。あと大厄災とかいうのを起こしたのも魔女なんだろ? そんな奴らから魔法を教わるよりも、お前から教わる方がずっとマシだよ」


「その()()も、まじょの、いちぶ。それがないと、クリスは、ネーベを、みる、できない」


「うえっ!? そうなのか!? たまにピリピリした痛みがあると思ってたけど、まさかこの石が魔女の一部だったなんて……って、魔女の一部ってどういうことだ?」


「それは、だいやくさいを、おこした、まじょの、のろいの、いちぶ。だいやくさいの、のろいは、まじょの、まりょく。まりょくは、からだの、いちぶ」



 俺は前よりも少し大きくなった石から軽く手を離して、またその手を戻した。



「……そういえば、どうしてお前は俺に魔法を教えてくれたんだ? お前の言う……そう、大厄災の呪いの影響で知り合ったってだけで、お前にとっては魔導士なんてお前たち魔力をこき使うだけの存在だろ?」


「まどうしは、まりょくを、こきつかう、ちがう。まりょくが、まどうしに、ちからを、かしてる。いいひとには、いいまりょくが、わるいひとには、わるいまりょくが、ちからを、かしてる」


「信頼できるから力を貸してくれた……ってことか。まあ、自分が悪人だとは思ってないけど、善人ってのも違うような気がするかもな……。あ、もちろん、魔法を教えてくれたのは凄く助かったけどさ」


「クリスは、なんのために、まほうを、つかう?」


「え? そうだな……。昔は俺にできることが魔法しかなかったから使ってたけど、今は魔法を使うのが楽しいと思えるんだよな。ネーベのおかげで父さんにも認められたわけだし、次の目的と聞かれると……」



 少し考えて、俺はネーベにこう答えた。



「よし、決めた。魔法を教えてくれたお前にがっかりされないような、いい魔法使いになるよ。誰かが困っていたら助けるし、誰も困らせたりしない。特に誰かに守られるなんて、一番情けないことだからな! 守る側の魔法使いになってみせるよ!」



 ネーベの表情なんて見えないはずなのに、この時のネーベはなんだかとても嬉しそうな表情をしていたように思えた。



***



 そしてそれから数年後、俺は自分がずっと誰かに守られてきていたことを知り、今もなお、1人の魔女が俺を守ろうとしてくれていることに気がついた。

 運命をねじ曲げる魔法で自分を犠牲にしてまで俺を守ろうとしているその姿を、俺は自分の情けなさがどうでも良くなるくらい、()()()()()と思ってしまった。

 初めて見た、魔女が使うとんでもない魔法に目を奪われ、その一瞬でこう思わざるを得なかった。


()()()()()()()()


 と──。



***



「『運命の再履行グラン・エル・リフォーチュン』!」



 エストがそう唱えた瞬間、強力な光が辺りを覆った。

 そして、その光の中をエストはまっすぐ、雪崩が来ている方へと走って行く。

 クリスはその背中を見て、唇を噛んだ。



「くそっ……! くそっ……!! 何で、どうして俺は……動けない! あいつに負けてられねえってのに!!」



 クリスは軋む身体を起こしながら、床を強く叩いた。

 呪いに侵されたその身体は、クリスから力を奪っていく。



「まだ……魔力は残ってる……。だったら、魔法でどうにかしてあいつを、あいつの運命を変えるんだ……! 考えろ……考えろ……!」



 クリスは目を瞑って思考を巡らせる。

 すると、クリスはエストの言葉を思い出してハッとした。



「もしかして『運命を変える魔法』ってことは、その魔法で運命が変わらなければあいつに魔法の反動は返ってこないんじゃないのか!? それがもし、『元から雪崩に巻き込まれない』って運命だったら……!」



 クリスは自分のカバンに手を伸ばして魔導書を取り出す。

 そして、魔法を唱え始めた。



「とりあえず、あいつに追いつかないと話は始まらない! 『青の棺桶(リキッド・ベッド)』!」



 そう唱えた瞬間、大きな水の塊が生成され、クリスはその中に潜り込んだ。

 水塊は浮遊したまま動いていき、そのままエストが向かった方へと進んでいく。



「俺の青の棺桶(リキッド・ベッド)の効果は続いても5分が限度……。それまでにあの雪崩を止めるんだ!!」



 流れてくる雪崩は凄まじい速さでクリスたちの方へと向かっている。

 そしてそれが目に見える距離まで近づいたその時、クリスはエストの姿を見つけた。



「おい! まさかお前1人で雪崩の被害を弱めようとしてるんじゃないだろうな!? 無茶だぞ!」


「クリス君!? どうしてこんなところに来たんスか!? 君が来たらこの魔法の意味がなくなっちまうじゃないっスか!」


「そのために来たんだ! もう時間がないから、勝手にさせてもらうぞ!!」



 エストが前を見ると、雪崩は一瞬で距離を詰めてきていた。

 エストは急いでマリンの魔導書を広げて火魔法を使おうとするが、不慣れなせいで詠唱が間に合わない。

 その瞬間、クリスはエストを別の青の棺桶(リキッド・ベッド)で包んで宙に浮かせ、魔導書を構えた。



「……雪だって、元は水分だろ。じゃあ、水の扱いは水魔法の使い手に任せろっての!」



 そう言って、クリスは詠唱を始めた。



「この詠唱……まさか特級魔法っスか!? その身体でそれは無茶っスよ!」


「ネーベに魔法の極意を教えてもらったんだ! 魔法ってのは魔導士1人の力じゃない。魔力と一緒に使う力だって! だから頼む、力を貸してくれ……水の魔力たち!!」



 クリスが両手を上に掲げると、その先に青い光が集まってきた。

 エストはそれを見上げながら、雪崩が下を通り過ぎて行っているのを見た。



「こ、このままじゃコテージどころか麓の村にまで被害が及んじゃうっスよ! もう時間がないっス!」


「この魔法を使ったらもしかすると、その青の棺桶(リキッド・ベッド)消えちゃうかもしれないから、受け身を取れるように準備しとけよ!」


「ええっ!? 水中でどうやって受け身を取れと!?」


「それくらい自分でどうにかしてくれ! いくぞ! 『驟雨の蒼矢グラン・エル・レインズ』!!」



 その瞬間、クリスの手元が強く光る。

 すると、足下を通り過ぎて行った雪崩やその周りの雪、また空に浮かぶ雲までもが一斉に、クリスの手元に集まってきた。

 それは巨大な雪玉となり、そして次第に形を変えて巨大な水の塊へと変換されてゆく。



「多分、本来は周りの水分を集めて、攻撃へと変換する魔法っスよね……。でも、こいつは……」



 雲が晴れ、ヘルフスの天空には太陽が登っていた。

 その光はクリスの掲げている水の塊に反射して煌めいている。



「見事な魔法の使い方じゃないっスか……!」



 クリスが手を広げると、集まった水が横に広がっていき、少しずつぽたぽたと落ち始めた。

 水の塊は10分以上の時間を経て、雨となって地上へと還されたのであった。

 そして、クリスは青の棺桶(リキッド・ベッド)の中から満面の笑みでエストにこう言った。



「どうだ! 運命なんて、運命魔法がなくても変えられるんだぜ!」



 エストは静かに笑って、自嘲気味に微笑んで答えた。



「少年だと思って、見くびっていたっスよ……。今回ばかりはアチキの負けっス! とっても助かったっスよ、クリス君!」



 こうして、エストとクリスは手を取り合い、エストはクリスを背負って元いたコテージへと戻ったのであった。

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