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80頁目.ノエルと契約の儀と最後の一押しと……

 2時間前。

 ノエルたちがコテージでイエティと遭遇して間もなくのこと。

 ノエルたち4人はサフィアが作った氷の壁の中で、確かにイエティたちを討伐しようと魔導書を構えていた。

 しかし「討伐させてもらうぞ!」などと一番意気込んでいたはずのノエルは、立ち止まって思考を巡らせていた。

 そして、数秒もせずに魔導書を畳んだのだった。



「ノエル……? 一体何をしていますの?」


「いや……な。こいつらを討伐するの、ちょっともったいないなと思ったもんでね」


「はぁ……何を悠長なことを……。まさか魔物に感情移入してしまったなどとは言いませんわよね?」


「誰があんな魔物に感情移入なんて……って、これまでのどこにそんな要素があったよ。ただ、有効利用させてもらおうかと思っただけさ」



 そう言って、ノエルはサフィアの方を見た。



「え……? どうしてあたしの方を見るんです……?」


「いい案を思いついたんだよ。あと、マリンにも協力してもらうぞ」


「えーと……アチキは?」


「今のところ出番はなさそうだから、作戦だけでも聞いておいてくれ。その後の判断は任せるよ」


「出番ナシっスか……。まあ、戦いは不慣れなんでちょうどいいかもっスけど」



 ノエルはマリンたちに作戦の内容を伝えた。

 マリンは眉間を押さえつつ、悩み顔で言った。



「無茶というか……何というか……。まあ、その方が下手に戦うより魔力の消費が少ないとは思いますが、サフィーの負担が少し心配ですわ……」


「あたしは……ちょっと怖いけど、やってみたいです! もし危なくなったら風魔法で逃げますし、何よりも久しぶりのノエル様からの魔法の授業ですから!」


「もちろん、経験者のアタシが見張ってる以上、危険なことは起きないと約束するよ」


「それに、このあたしが頼られたんだもん。ノエル様みたいな魔女になるって決めた時から、あたしはあたしにできることをしたいの!」


「サフィー……」



 マリンは真剣なサフィアの目を見て、穏やかに溜息をついて目を閉じた。

 そしてこう言った。



「分かりましたわ。ちゃんと危ないと思ったら、何があっても逃げるんですわよ?」


「……うん、分かった! ノエル様、あたしやります!!」


「よし、それじゃ準備を……って、そうだった。エスト、お前はどうする?」


「あぁ、アチキは3人に任せるっス。観光案内人としては、倒さない方針でいてくれれば環境保全に繋がって大助かりっスし、作戦内でアチキが魔物に襲われなければ何でもいいっスよ」


「分かった。じゃあ早速術式を準備するから、マリンはイエティたちの位置を把握しておいてくれ!」


「了解しましたわ!」



 ノエルは急いで魔導書に魔法陣を描き始める。

 それをエストはニヤニヤと笑顔を浮かべながら眺めていた。



「あれ? エストさん、嬉しそうですね?」


「いやあ、ノエルがこんな先生みたいなことやってるのを見るのは久しぶりっスから……。あの頃を思い出して、つい笑っちゃったっス」


「エスト、お前はお前で出発の準備でもしてろ。作戦が終わったらすぐ出発するからな!」


「照れなくても良いのに……。まあ、アチキの出番はないみたいっスから、大人しく様子を見学させてもらうっスよ」



 そう言って、エストはいそいそと身支度を始める。

 そして間もなく、ノエルたちは作戦を開始したのだった。



***



 サフィアはコテージの周りに張り巡らされた氷の壁の正面に立ち、ノエルとマリンはそれを見守るようにコテージの屋根の上に立っていた。

 イエティたちは上を見上げながら咆哮しつつ、氷の壁を破ろうとしている。



「定位置に着きました!」


「こちらも準備完了していますわ!」


「よし、じゃあ始めるぞ! マリン、頼んだ!」


「ええ! おばあさま……わたくしとサフィーに力をお貸しください……。『天の光(ピュリフィケーション)』!」



 急な発光にイエティたちは目を眩ませて苦しんでいる。

 そして原初光魔法『天の光(ピュリフィケーション)』が、イエティたちについていた大厄災の呪いを次々と浄化していく。

 その隙にサフィアは深呼吸をして、ゆっくりとイエティたちに近づいた。



「そうだ、その調子……。呪いに侵されていない今なら、敵意がないことを伝えられるはずだからな」


「目潰しは敵意ある攻撃ではないんですの?」


「呪いの苦しみから解放してやったんだ。それを攻撃と取るかはあいつら次第だろう?」


「そんな一か八かみたいな言い方はやめなさい。冗談じゃないように聞こえるじゃありませんの。第一、サフィーに被害が及ぶことはないと言ったのはあなたですわよ?」


「大丈夫だってちゃんと分かってるじゃないか。()()()()をする上で大事なことは、契約する者が魔物を恐れていないことだ。その心構えと、餌となる魔力の属性さえ満たしていれば、どんな凶暴な魔物も手懐けられる」



 そう言って、ノエルはサフィアの方をじっと見つめる。

 サフィアは氷の壁を解き、呻くイエティたちの元へと歩み寄っている。



「あの子は純粋で、努力を怠らない素晴らしい魔女だ。そして、必死に修行した魔女には純度の高い魔力が集まりやすい。そんな魔女の魔力(ごちそう)を食わせてもらえるなんて、魔物が拒むと思うか?」


「そんな理由で手懐けられるというのもどうかとは思いますが……。まあ、それが召喚魔法の契約の儀というものですから、多少は仕方のないことなのかもしれませんけれど」


「さあ、ここからだ。頑張ってくれよ、サフィー」



 サフィアは術式が描かれた魔導書の切れ端を地面に貼り、その上に立った。

 そして両手を前に出して目を瞑り、呪文を唱え始める。



「『我、水の魔力を導く者なり。』」



 すると、サフィアの手元に青い光が集まってきた。



「『汝、此の魔力を望むならば、我が願いに応えよ。』」



 そう唱えた瞬間、先ほどまで唸っていたイエティたちは途端に静まって、次第にサフィアの方へと手を伸ばしている。



「『我と契約を結び、(えにし)を繋げ!』」



 その時、サフィアの正面にいたイエティを中心に、5体全てのイエティたちがサフィアの手に触れたのだった。

 そして、その瞬間にサフィアの手元にあった魔力がイエティたちへと吸収されていった。

 イエティたちは嬉しそうに咆哮を上げている。



「えっ……? これって……もしかして……」


「サ、サフィー! 成功だ!!」


「やりましたわね〜!!」


「え、本当ですか!? やった、やりましたー!!」



 喜ぶサフィアを見ながら、ノエルは言葉を漏らした。



「ま……まさか一発で成功するなんて……。それも、5体全部だって……?」


「あら、ノエルが焦るなんて珍しい。そんなに難しいことなんですの?」


「アタシみたいに何十回も契約の儀を経験しているなら、一発成功自体は難しくない。だが、5体同時に契約だなんて見たことないし、それを一発成功させるなんて……。ホントになんて子だ……」


「サフィーの水の魔力がそれほど気に入られたということですわね……。ともかく、これであのイエティたちが襲ってくることはないんですわよね?」


「あ、あぁ……。このまま放っておけば勝手に巣に帰るだろう。お前の光魔法の効果でしばらくは呪いに侵されることもないだろうし、この国にいる間に召喚する分には問題ないだろうさ」


「了解しましたわ。サフィー! とりあえずコテージに戻りますわよー! イエティたちとは、お別れしなさいなー!」



 こうしてサフィアはイエティと契約し、無事に難を逃れたノエルたちであった。



***



 そして、現在に戻る。

 イエティたちは呪いの塊に向かって突撃している。

 呪いの塊はイエティたちの進行を防ごうと黒い触手を出して、イエティたちに襲いかかった。

 しかし、イエティたちはその攻撃を腕で弾き飛ばし、一斉に呪いの塊を力一杯殴り始めたのだった。

 すると、呪いの塊が段々と音を立てて崩れ始めた。

 それを遠くから見ていたマリンはノエルに尋ねる。



「確認ですけれど……。これ、イエティたちは呪いの影響は受けないんですわよね?」


「まあそりゃ、お前が使った光魔法の効果を超えるほどの呪いだったら別問題だろうな。とはいえ、そんなことがあっても呪いの影響は受けないがね」


「どういうことですの?」


「契約の儀をした上で召喚している魔物は、他の魔法からの悪影響をほとんど受けないんだ。火球だとか鎖だとかの直接攻撃なら別だが、呪いのような精神攻撃は平気なのさ。それに、今回はネーベの魔力で呪いへの耐性も増してるんじゃないか?」


「なるほど、それなら安心ですわね。見なさいな。あんなに大きかった呪いの塊が、見事にボロボロと崩れていっていますわ!」


「さあ、お前もお前でそろそろ始めな。サフィーの指輪でその魔法を使うのは初めてだろう?」


「ええ、サフィーの召喚術の魔力が尽きるまでには決着をつけないとですわね!」



 そう言って、マリンはサフィアと交換した指輪を上に掲げて唱えた。



「おばあさま……もう半分の力もお借りしますわ……! 『天の光(ピュリフィケーション)』!」



 すると、指輪から強い光が発せられ、それが光線となって空から呪いへと降り注いだ。

 呪いの塊から生えていた触手は力を失い、段々と小さくなっていくのが分かる。



「あと少しだ! 頑張れ、2人とも!」


「あんたたち! もっとボコボコに砕きなさい! 最後の一押しなんだから!」


「くっ……! いくら細かく砕いても、全体量が多すぎて指輪の出力が少し足りないかもしれませんわ!」


「はぁ!? どんだけ密度の濃い呪いなんだよ、こいつ! ちっ、何か……あと少し……。あと……少し……?」



 ノエルはハッとして、後ろに立っているマリンの方へ振り向いて言った。



「マリン! サフィーのところに行くんだ!」


「サフィーのところ……? ああっ! そういうことですわね!」



 マリンは指輪を掲げたまま、サフィアのところへと駆け寄る。

 そして、サフィアの手に触れた。



「お、お姉ちゃん!?」


「たった2時間ほどですが、それでも多少の魔力は回復しているはずですわ!」


「あっ、そうか! 交換したお姉ちゃんの指輪!」


「ええ、出力が足りないとしても、一瞬でも2倍の出力になればひとたまりもないでしょう!」



 サフィアは自分の左手を上に掲げて、マリンはそれに触れながら唱えた。



「今日3度目の発動ですわ……! おばあさま、わたくしたちをお守りください……」


「指輪に溜まってる魔力を一切合切、光の魔法に……!」


「「『天の光(ピュリフィケーション)』!!」」



 サフィアとマリンの2人がそう唱えた瞬間、2つの指輪からより強い光が発せられた。

 そして、それは光の柱となって残りの呪いの塊を跡形もなく、一瞬で消し去ったのであった。

 こうして、ノエルたちは巨大な呪いの塊の浄化に成功し、ヘルフスを守ることに成功したのであった。

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