79頁目.ノエルと確証と援護体制と……
ノエルたちが情報共有を始めてから30分が経過した。
外が吹雪き始めていたため、ノエルたち5人は暖炉の前で話をしていた。
「何……? クリスを助けようとしたにも関わらず、巨大な呪いが動かなかっただって? アタシの時とえらい違いじゃないか」
「ええ……。もしかすると、何か動かなくなる条件があるのかもしれませんわね」
「それは……多分、ネーベの力だと思う。俺が呪いの近くにいて無事だったのは、ネーベが魔法で守ってくれてたからなんだ」
「なるほどねぇ……。もしもあの呪いに本当に意思があったとして、アレの狙いはお前の魔力だった。だからアタシがお前を助けようとした瞬間にアタシを攻撃した。そして、ネーベは呪いから守る力を持っていた……か」
「でも今は周りの魔力を吸っているんですよね? 早急に対処しないと、あたしたちも魔法が使えなくなって対処できなくなるんじゃ……」
「最悪の場合、そういうことになるだろうね。それに、アタシたちの使う魔法すら効かない可能性だってある」
サフィアは手に持った魔導書をじっと見つめ、握り締めている。
それを横目で見つつ、ノエルは作戦を話し始めた。
「クリスを失った呪いの塊が災司に利用されるのは時間の問題だ。そしてこっちは……今日分のマリンの指輪の光魔法を、イエティとの戦いの時に使いきってしまっているんだったな」
「それに関してはサフィーの指輪と交換しておきますから、考慮しなくても問題ないでしょう。ですが、一番の問題はあの呪いの塊がとてつもなく巨大だということですわ。浄化の光魔法をもってしても、塊の中心まで浄化しきれなければ再生されてしまう可能性が高いですもの」
「じゃあ簡単な話、呪いの塊を壊しちまえばいいんスよね? ノエルとマリンなら楽勝じゃないんスか?」
「簡単な話なわけあるか。魔力を吸うという特性がある以上、アタシたちの魔法が効かない可能性が濃厚だと言ったはずだろう。それに、あんな巨大なものを壊すとなると準備に時間がかかるしな……」
エストはそのまま黙って、うんうんと悩み込み始めた。
その瞬間、大人しくしていたサフィアが口を開いた。
「あ、あたし、やります……! アレなら、魔力を吸われずに呪いの塊を壊せると思うの!」
「おや、まさか自分で気づくとはね。もちろんそのつもりだったさ。ただ、最後の切り札として取っておきたかった気持ちはあるが……」
「おい、魔力が吸われないってどういうことだ? お前たちは一体何をしようと……?」
「そうでしたわ、クリスさんはご存知ないんでしたわね。実は……」
マリンはクリスに耳打ちをした。
するとクリスは驚き、少し考えてこう言った。
「うん、そういうことならいけるかもしれない。あの呪いの塊をずっと触ってきたからこそ、俺には分かる。あいつはあんな大きさだけど、硬くて脆いから衝撃に弱いはずなんだ」
「それはいいことを聞いた。より作戦が成功する確証を得られたよ」
「つまり、結論が出たと考えてよろしくって?」
「あぁ。サフィーが呪いの塊をぶっ壊す。そしてそれをマリンが浄化する。アタシはそれに釣られて来るであろう災司を待ち構える。エストとクリスはここで待機だ」
「了解っス! ちゃんと3人が帰るのを待っておくっスから」
「なあ……。ネーベはどうなるんだ?」
クリスはノエルにそう尋ねた。
ノエルは横になっているクリスのそばに行って、こう言った。
「呪いを浄化できればネーベは助かるだろう。だけど、お前とネーベはもう会えないってことになる。お前は呪いの……ファーリの力のおかげでネーベを見ることができていたんだからな」
「やっぱり……そうだよな……。いつかはそういう日が来るって分かってたんだけどな……」
「クリスさん……」
マリンはクリスに哀れみの目を向けている。
すると、エストはクリスに言った。
「大丈夫っスよ。ネーベちゃんはきっと君のことを見守っていてくれるっス。見えなくても助けてくれるはずっス。この辺は雪だらけだから、水の魔力でいっぱいで区別できないかもっスけど……」
「おや、良いこと言うじゃないか、エスト。確かに、ネーベは見えないとはいえども紛れもなく意思を持った生命体だった。だからお前が悲しむ姿を見るのは嫌だと思う」
「うん……うん……そうだな……。俺はちゃんとネーベのために前を向くって決めたんだ。だから……頼む。ネーベを助けてくれ!」
「任せろ!」
ノエルは笑顔でクリスにそう返した。
そしてそのついでのようにエストに言った。
「そうだ。ネーベに特殊属性について尋ねられなくて残念だったな?」
「ちょっ、そんなこと言われると、ノエルたちを止める立場になろうか迷うじゃないっスか! 今回ばかりは仕方ないんスから、余計なことは言わなくて大丈夫っス!」
「悪い悪い、ちゃんと気にしてたんならそれで良しだ。この一件が終わったら、ネーベみたいな魔力の精霊と話すための研究でもしてみたらどうだい? アタシも手を貸せるかもしれないぞ?」
「それは名案っスねぇ。まあ、その研究すらヴァスカルの図書館に所蔵されてくれてたら万事解決なんスけど」
「うわぁ、研究すら楽をしようとするとは……。ノエル様とかお姉ちゃんとは大違い……」
「じゃあ、気を取り直して……。作戦開始だ!」
ノエルたち3人は支度を始め、巨大な呪いの塊がある場所へと戻るのであった。
***
それから20分後。
サフィアは蠢く巨大な呪いの塊の前で1人震えていた。
マリンとノエルはそれを後ろから見守っている。
「頑張ってくれ……。サフィー……」
「うぅ……わたくしたちはここに居てと言われましたが……。やはり心配ですわ……」
「だが、あの子がやると言った以上、アタシたちは見守ることしかできないだろう? お前がしっかりしてなくてどうするよ」
「それはそうですけれど……」
「それに危険な時はアタシが対処できるんだ。幸い、ここは降雪地帯だから水の魔力が豊富にある。もし失敗したとしてもやり直しが利くはずさ」
「全く、充実した援護体制ですこと……。そこまで言われたら、無理にでも安心せざるを得ませんわね」
マリンは唇を噛み締め、遠くからサフィアに向かって言った。
「サフィー! わたくしたちがついてますから、遠慮なくボッコボコのバッキバキにしてしまいなさい! 女の子としてのメンツなんてここでは遠慮無用ですわよー!」
「べ、別にそういう理由で遠慮してるわけじゃないから! 詠唱忘れそうになるから、お姉ちゃんは黙ってて!」
「はいはーい! 大人しくしておきますわー!」
サフィアは目を瞑って手を握り締める。
そして目を開き、目の前にそびえ立つ巨大な黒い塊をじっと見つめた。
「できる……。あたしならできるわ……。あれだけ練習したんだもの……」
呪いの塊から噴出される嫌な気持ち悪さをぐっと呑み、サフィアは後ろを振り向いた。
憧れの師匠と、それなりに尊敬している姉が見守ってくれている。
それだけで安心できることに、サフィアは気がついた。
サフィアは呪いの塊の方へと向き直り、静かに深呼吸をして、音もなく脈動するそれを目に収めながら叫んだ。
「……いくわ!」
サフィアは自分の魔導書の1ページを破って地面に置いた。
サフィアはそれに手を触れながら呪文を唱え始める。
すると、魔導書を中心にして青く光る陣が描かれ、その陣に描かれた四隅の円から鉄の柱が出現した。
サフィアは目を閉じて、ノエルから教わった詠唱を思い出す。
「『ここに出たるは氷獄の扉。開け。我が召喚に応じよ。』」
4つの鉄の柱から魔力が放出され、サフィアの後ろに巨大な鉄扉が現れた。
その鉄扉はサフィアの水の魔力を吸い上げ、次第に青く光を放っている。
しかし、その光は微妙な加減で明滅しており、中途半端な色で止まっていた。
「の、呪いに魔力が吸われて……っ! ノエル様! 魔力が足りないです!」
「なんだって!? そうか、呪いの魔力を吸う能力を考慮に入れていなかった……!」
「どうしますの、ノエル!」
「中止すべきだろうが……。くそっ、門を閉じるのにも魔力を使っちまうから、下手に止められない!」
「わたくしたちの魔力では代用できませんの!?」
「注げる魔力の属性が違うんだよ! 必要なのは水の魔力だ! アタシたちにはどうにも……!」
サフィアは開く門を必死に止めようとしていたが、次第に力が抜けていくのを感じ、その手を止めてしまった。
「限界……ですっ……!」
「サフィー! 気だけはしっかり持ってくれ! 魔導書から手を離しちゃダメだ!」
「は、いっ……! でも、力が抜け……て……!」
「仕方ない! マリン、人力で扉を閉じるぞ!」
「ええ、急がないと──!」
その時だった。
空から無数の青い光の球が飛来し、サフィアの周りを漂い始めた。
「な、なに……これ……? 力が……戻って……きた!」
「この光……ネーベか!」
「ネーベさんは確か水の魔力そのもの……。だからサフィーに魔力を注ぎ込めるんですわね!」
「よし、魔力が尽きる前にやっちまえ! サフィー!!」
「はいっ!」
すると、門の青い光が次第に強くなり、門が完全に開ききった。
「『出でて呪いを防ぎ、壊せ!』」
扉が開いたその瞬間、大きな白い腕が内側から扉を掴んだ。
そして、サフィアは最後の呪文を唱えたのだった。
「『召喚術・雪の巨人!!』」
それと同時に中からぶおぉぉという声と同時に、5体のイエティが扉の中から出現した。
サフィアは魔導書から手を離し、大はしゃぎして喜んだ。
「やっ、やったぁ……! 上手くいった!」
「やりましたわー!!」
「よくやった、サフィー! あとは好きに暴れさせな!」
「そっ、そうでした!」
サフィアはイエティたちの方へと向き直り、胸を張って指揮の一声を上げた。
「さあ、あんたたち! あたしとネーベの魔力をたくさんあげたんだから、てきぱき働きなさい!」
それに応えるかのようにイエティたちは咆哮を上げ、ドスドスと巨大な呪いの塊へと立ち向かっていくのだった。




