78頁目.ノエルとネーベと紅茶のパックと……
一方その頃、サフィアたちはノエルが消えたことに愕然としていた。
巨大な呪いに一瞬で殺されたのか、もしくは何かの魔法で瞬間移動したのか、サフィアとマリンは希望と絶望が紙一重の感情に包まれていた。
その沈黙を破ったのは、エストの一言だった。
「まずはあの少年を確保するっスよ。サフィアちゃん、マリン、魔導書を構えるっス」
「……エストさんはどうしてそんなに冷静なんですか。ノエル様が消えちゃったんですよ!」
「アチキはアチキの運命を信じることしか能がないっス。今日を占っても、明日を占っても、蘇生魔法を使う未来を占っても、そこには確かにノエルがいたっスから。きっと……帰ってくるっスよ」
「きっと帰ってくる……ですか。まあ、今の状況ですと信じるしかないのは事実ですわね……。仕方ありませんわ。サフィー、今は姉様の指示に従いましょう」
「ノエル様……。うん……分かったわ。エストさん、援護します!」
「その意気っス! じゃあ早速、アチキが少年を確保してくるっス!」
エストは少年に向かって走っていき、マリンたちは呪いの攻撃からエストを防ごうと魔導書を構えた。
しかし、エストが少年に近づいても、ただ呪いは蠢いているだけなのであった。
「えっ……攻撃をして来ない……? さっきはあんなに攻撃的だったのに……?」
「よく分からないっスけど、今しかないっス! 少年、大丈夫っスか!?」
「う……。ネ、ネーベ……」
「良かった。意識はあるみたいっスね。とりあえず、この近辺にも休憩地点があったはずなんで、そこまで少年を運ぶっスよ!」
「え、ええ! 殿はわたくしが務めますわ! サフィーは姉様を前方から援護して!」
「分かったわ!」
マリンたちは少年を近くのコテージまで運び込み、少年が目覚めるまで介抱したのだった。
***
それから30分後。
サフィアが持っていた魔具、浄化の光魔法が込められた薬瓶を使い、少年についていた呪いはある程度浄化され、しばらくして少年は目を覚ました。
「う……うぅ……。こ、こは……」
「目覚めましたわね。先ほどまで呪いに侵されていたというのに申し訳ありませんが、色々と聞かせてもらいますわよ」
「……そうだ。ネーベ、ネーベはどこだ!」
「ネーベ……? 何のこと?」
「しらばっくれるな……! お前たちがネーベを呪いに食わせたんだろう……ゲホッ!」
「ちょっと待つっス。とりあえずお互いの身分を証明して、お茶でも飲んでゆっくり話すっスよ」
そう言って、エストは暖炉の上に乗せていたやかんから湯を注ぎ、紅茶を淹れた。
心乱して咳き込んでいた少年も、茶葉の香りを鼻に感じた途端に力が抜けたようで、息を吐いて静かになった。
「ね、姉様……? なぜそんなものを持って……」
「占いの結果っスよ。今日の幸運のお守りは、紅茶のパックっていう結果だったっスから」
「運命魔法の占いとは、そういう占いではないでしょうに……。まあ、とりあえず助かりましたわ」
「これくらいの役には立たないとっスよ。さあ、どうぞ、少年」
「クリスだ。少年と呼ばれるのはあまり好きじゃない」
クリスと名乗った少年は、エストの紅茶を渋々受け取って、少しだけ口に注いだ。
「アチキはエストっス。見ての通りの魔女っス」
「エストッス?」
「エ・ス・ト、っスよ。よく勘違いされるっスけど、語尾は名前の一部じゃないっス」
「わたくしはマリン。こっちは妹のサフィアですわ。3人とも魔女ですが、ただあの黒い呪いの塊を調査しにきただけですわ」
「ん……? もう1人いなかったか? 目つきの悪い黒髪の女がいたような……」
その瞬間、3人は黙り込んでしまった。
「いや、何か思い出してきた……。そういえばあいつ、あの黒い塊に攻撃されて……そして……そうだ、ネーベ……!」
「その先ほどから言っているネーベっていうのは何なのです? わたくしたち以外には誰もいませんでしたけれど……」
「ネーベは俺の友達だ。でも、人間じゃない」
「獣とか魔物とかってこと?」
「魔物……そういえば考えたこともなかったな……。だけど、悪い奴じゃない。光ってて、とても綺麗で、いつも一緒に話してるんだ」
「聞く限りだとよく分からないっスけど……。御伽話に出てくる『精霊』みたいなものだと思っておけばいいっスかね」
頭を傾げて話を聞いていたマリンとサフィアも、それを聞いて納得したように頷いた。
クリスはお茶を飲み干し、起き上がろうとする。
「とにかく、ネーベを探さないと……!」
しかし、クリスはその場でよろめいて倒れてしまった。
マリンはクリスを寝かせて言った。
「無理ですわ。そんな身体であの呪いに近づいたら、あなたが死んでしまいます」
「それでも、俺はネーベに会わなくちゃいけないんだ! あいつらに、災司に見つかる前に……!」
「災司ですって!?」
「知っているのか? だったら話は早い。『あいつ』は、ネーベに目をつけて俺を災司の仲間に引き入れようとしてきやがったんだ!」
「と、とりあえず、落ち着いてくださいまし。今はまだネーベさんを見つける手立てがありません。情報収集も兼ねて、あなたとネーベさんのお話を聞かせていただけませんか?」
「そういうことなら……仕方ないか。この身体じゃ、お前たちの力を借りるしかなさそうだしな」
クリスは横になったまま、マリンたちに自分とネーベの話をし始めた。
***
4年前……俺が12歳になってすぐの頃、俺はここに魔法の修行に来た時に、とある変な黒い塊を見つけたんだ。
それは人の頭くらいの大きさの石みたいな感じの物体で、気になったから動かそうとして触ったけど、力が抜けてびくともしなかった。
だけどそれに触れていると、俺はそれまで見えなかった変な青い光が見えるようになったんだ。
俺はその光に魅入られて、何日も何ヶ月もここに通い続けた。
そして1年くらいでようやく、黒い塊に触れている間だけネーベの姿がはっきり見えて、声も聞こえるようになったんだ。
言っておくが、幻視だとか幻聴なんかじゃない。
ちゃんとネーベが使った魔法は周りに影響を残していたし、意思疎通も確かにできていたんだ。
それからは頻繁にここに通って、ネーベと一緒に色んなことを話した。
自分のこと、ネーベのこと、魔法の仕組みとか色んなことを……。
そして、半年くらい前。
あの日の夢はよく覚えている。
俺は夢の中で変な黒い感じの奴から、災司とかいう連中の話と原初の大厄災の話を聞いた。
だけど、あいつは俺とネーベの話をなぜか知っていて、ネーベを殺さない代わりに災司になれと言ってきた。
目覚めると、俺の枕元には変な魔導書が置いてあった。
俺は迷った。
でも俺は、あいつを守らなきゃいけないって、そう決意したんだ。
そして1ヶ月前くらいに変な魔導書を捨てて、俺はここに毎日来てネーベに災司のことを伝えて、こう言ったんだ。
「一緒に逃げよう」って。
***
「だが、お前はどうして1ヶ月もクリスの言うことを聞かなかったんだ? まだここにいるってことは、そういうことだろう?」
「ネーベは、ここから、はなれる、できない。のろいを、おさえない、みんなが、しぬ」
「みんな……。それはまさか……このヘルフスに住む全員、か?」
ノエルは恐る恐る尋ねたが、ネーベは遠慮もなしに頷いた。
「のろいは、クリスのちからを、すいとった。いまは、まわりのちから、すいとっている」
「4年前からずっとあいつの魔力を吸い続けて、今や自然の魔力まで吸い上げてさらに巨大化している……ってことか。それをお前……いや、お前たち精霊が抑え込んでいるから今はどうにかなっている。そう言いたいんだな」
「クリスは、のろいで、しにそう。だから、クリスを、たすけて」
「そうか、お前に会うためにクリスは呪いの影響を受け続けていた。だからあんな身体になっていたんだな。そして……お前を助けようとするあいつを助けるために、アタシを呼んだってわけかい」
「ファリスは、のろいを、つよめた。それが、クリスが、ファリスに、なるりゆう」
「ネーベを殺さない代わりにってのは、呪いを弱める代わりにって意味だったのか! くそっ、どっちにしても災司の連中の掌の上ってことじゃないか……!」
「だから、ネーベは、げんかい……。クリスを、みんなを、たすけて……」
その声は、途切れ途切れながらも必死な訴えかけだった。
それを聞いたノエルは、怒りに満ち満ちた声で叫んだ。
「アンノウンの奴……仲間を増やすためならどんな犠牲も厭わないってか? ふざけるな……。こうやって、ようやくできた友達を失うまいと、民のみんなを失うまいと、必死で頑張ってる奴がいるのに……! それを! あいつらは!」
そして、ノエルは真剣な面持ちになって言った。
「いいだろう……。獣害の根本を浄化してさっさと帰るつもりだったが、作戦変更だ。まずは呪いを浄化して、クリスもヘルフスのみんなも、お前も助けてみせる! そして、呪いを強めたって災司を探して、絶対にぶちのめす!!」
ネーベは弱々しく、それでも嬉しそうに飛び回り、そして光を強めて言った。
「ネーベは、ノエルを、もどす。クリスを、みんなを、おねがい」
「あぁ、任せろ。ちゃんとあのデカブツをぶっ壊す算段は考えてある。まずはサフィーたちと合流しなきゃな」
「ノエル、ありがとう、さようなら。ネーベを、おぼえていて」
「あ、そうか、ここでお別れになるんだな。ちゃんとお前のことは忘れないよ。きっと、お前との出会いも何かこれからに繋がってくれることを祈って──」
***
突然、マリンたちの視界を青い光が包み込んだ。
マリンたちが目を眩ませていると、変な声が辺りに響いた。
「うわあぁぁぁぁ!!」
ぼすっ、とコテージの入り口辺りから、積もった雪に何か重いものが降ってきたような音がした。
サフィアはハッとして、外へと駆け出していった。
「いったた……。下が雪とはいえ、高さはもう少し考えて欲しかったものだぶぁっ!」
「ノエル様!!」
起き上がったノエルに、サフィアが飛びついた。
サフィアは泣きながら、ノエルをひしと抱きしめている。
「ノエル様ぁぁ……。あたし、あたし、死んじゃったと思ったぁ……!」
「あ、あぁ……。そうか、攻撃された瞬間に転移させられたから……。心配かけてすまなかったね……」
「生きてやがりましたわね、このアホノエル。一瞬の不注意が命取りだと、あなたが……あなたが言って……ぐすっ……」
「はいはい……あとでいくらでも愚痴は聞いてやるから、泣くんじゃないよ。それで……あれからどれくらい経過したんだ?」
「1時間ちょいっス。どこに行ってたかは、あとで聞かせてもらうとして……」
エストは泣きじゃくるマリンとサフィアを一瞥し、クリスの方へ振り向いて指を差す。
「なるほど、クリスを救出できたんだな。感謝するよ」
「これからどうするか、この子たちが泣き止んでからじっくり話すっスよ。アチキたちが思っている以上に切迫した状況かもしれないっスから」
「あぁ、情報共有も含めて話し合おう。これからの作戦、サフィーのアレを使うことになるだろうし、それについても話さないとな」
「えぇ、じゃあとりあえず……。おかえりっス、ノエル。いい紅茶、入ってるっスよ」
「あぁ、ただいま……。って、どうしてこんなところに紅茶なんて持ってきてるんだ!?」
それからノエルたちは、お互いの身に起きたことと、クリスとネーベの情報を共有した。
ネーベの真実を知ったマリンたちは驚きつつも、これまで起きたこと全てに説明がつくことに気づき、また一歩、魔法の真理へと近づいたのであった。




