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76頁目.ノエルと交代と雪山と……

 食事を済ませて宿に戻ったあと、ノエルたちは夜中に備えて作戦会議をしていた。



「ここはやはり、時間ごとにわたくしとノエルが交代で見張りをするというのが一番ではないでしょうか。サフィーはまだ育ち盛りですし、睡眠不足は健康にも美容にも悪いですもの」


「別にあたしは気にしないのに……。それにお姉ちゃんは魔導書持ってないんだから、万が一があったら大変じゃないの?」


「まあ魔導書がなくても自前で魔法は使えますし、心配無用ですわよ」


「サフィーが心配しているのはそこじゃない。相手は水魔法の使い手で、火は水と相性が悪い。だから下手に戦うと魔力の浪費が激しくなって、魔導書がないと魔力が切れる恐れがあるから大変だと言ってるんだ」


「うっ……。そういえば水魔法の使い手だということをすっかり忘れていましたわ……。でしたら姉様の言っていた通り、何かあればノエルを叩き起こして対処してもらうということで……」


「ちゃんとアタシが目を覚ますまで耐えてくれよ? まあ、今のところ襲われたりはしていないわけだから、大丈夫だと信じたいところだが……」



 そう言って、ノエルは部屋の奥にある窓の鍵を掛け直した。

 すると、サフィアが不満そうな表情で言った。



「ねえ、どうして2人ともあたしを頼らないの? いつまでも子供扱いされても困るんだけど!」


「こ、子供扱いしているつもりはありませんでしたが……。ただ、危険なことに巻き込む可能性はありますし……」


「それが子供扱いしてるって言ってるの。水魔法が相手って時点で、まずあたしを頼って欲しかったのに……」



 ノエルはそれを聞いて、申し訳なさそうに頭を掻いたあとサフィアに言った。



「あー……サフィー?」


「はい、なんでしょう!」


「水魔法と風魔法についてなら、アタシたちよりサフィーの方が詳しい。だから少しだけ……力を貸してくれ」


「ノエル様……!」



 その瞬間、サフィアはぱあっと笑顔になり、意気揚々としてノエルに言った。



「全くもう……言われなくても力くらい貸しますよ! で、何をすればいいですか!」


「そういうことなら、何かあればお前たちを2人とも叩き起こす。もし水魔法が飛んできたら、そいつの対処をサフィーに任せたい。できるかい?」


「任せてください! どんな水でも打ち消してみせますから!」



 サフィアの機嫌が戻ったことにホッとしつつ、マリンはノエルに尋ねた。



「それで、起こされたわたくしは何をすれば? 水の対処はサフィーが、本体の対処はノエルがするとして、他に何か仕事とかありました?」


「お前は補助要員だ。もし、アタシたち2人でどうにかできそうなのであれば、宿の連中に説明できるよう証人としてここに残ってくれ」


「残ってくれって……2人とも夜中に外に出る気ですの?」


「万が一の話だ。何があるかは分からないからな。対策は考えておくに越したことはない」


「何もないことを祈りますが、2人とも無茶は禁物ですわよ」


「「もちろん!」」



 そうして、ノエルたちは色々と作戦を立てたのち、眠ることにしたのだった。

 マリンの見張りから始まり、ノエル、マリン、ノエルと1時間ごとに交代しながら、夜は過ぎていった。



***



 そして、ノエルたちが寝静まって5時間が過ぎようとしていた明朝。

 マリンが窓の見張りをしており、ノエルはぐっすりと眠っていた。



「……き……て…………」


「んん……」


「……おきて…………」



 ノエルはその声を聞いて目を覚ました。



「ん……。もう……交代の時間か……?」


「えっ……?」


「んぁ……?」



 マリンの驚いた声に、ノエルは素っ頓狂な返事を返す。



「わたくし、何も言ってませんわよ?」


「おかしいなぁ……。確かに『おきて』って聞こえたんだが……」


「寝ぼけてるだけですわよ。ほら、まだ20分ありますし、眠っていなさいな」


「ふあぁ……。ん……そうさせてもら…………」



 あくびをして目を擦り、瞬きをした瞬間、ノエルは目の前の光景にギョッとした。



「な、なあ……。お前、本当に見張ってたんだよな……?」


「ええ、それはもちろん。仕事はこうやって全うして…………えっ?」



 マリンはノエルのいる左側から、窓のある右側に振り向いて、固まった。

 窓は鍵が外されており、外側に両開きの状態になっていたのだった。



「開いて……る!? い、今の今まで閉まってましたわよ!?」


「サ、サフィー、起きてくれ! 緊急事態だ!」


「ふぁ……? 何かありましたぁ……?」


「窓が知らぬ間に開いてたんだよ!」


「た……大変じゃないですか!」



 近所迷惑にならない程度に、3人は魔導書や魔具を持って固まる。

 しかし、どれだけ時間が経過しようとも何も起こらず、外を見ても昨日と同じように山の方角が光っていただけなのであった。

 3人はぽかんとし、そのまま見張りを交代しつつベッドに戻ったのだった。



***



 その日の昼。

 ノエルたちはエストの家に集まって、今朝のことを話した。

 エストは胸を撫で下ろしつつ、腕を組んで考え込んでいた。



「『おきて』って声と、またもやいつの間にか開いていた窓っスか……。聞けば聞くほど興味深い話っスねぇ……?」


「実体験したアタシたちの身にもなってくれ。いくら魔法なんて万能な力があっても、あんな未知の域の力を見せられたら度肝を抜かれちまうよ」


「わたくしが振り向いた一瞬で、窓にかけられていた土魔法が全て剥がされた上に鍵もしっかり開けられているなんて、もはや水魔法がどうとか言ってられる場合じゃありませんものね」


「あと、その『おきて』って声……。お姉ちゃんには聞こえてなかったんだよね?」


「ええ、ノエルの寝言以外は特に何も聞こえない静かな部屋でしたもの。ひそひそ声すら響く静けさでしたわ」



 エストはその話に食いついて、マリンに尋ねた。



「寝言でノエルは何て言ってたんスか?」


「おい、ちょっと待て。せめてアタシにちゃんと断りを入れないか。恥ずかしいだろうが」


「ええ〜……。じゃあ……マリンに寝言の内容、聞いてもいいっスか?」


「ダメだ」


「絶対ダメって言うつもりだったじゃないスか……」


「自分の寝言を聞かれたい人間がいるとでも思ったか?」



 マリンは紅茶をすすったあと、ノエルを横目に言った。



「ノエルは『んん……』とか『何だ……?』とか、よく分からないことを言っていましたわ」


「マリン、お前なぁ……」


「実際、聞かれても問題ない内容だったんですから、何も文句を言われる筋合いはありませんわ」


「はぁ〜、つまんない寝言っスねぇ……」


「ほら、こういうこと言う奴がいるから聞かれたくなかったんだよ……!」


「ま、まあまあ……。今日は山に行くんですから、体力は温存しておきましょう?」



 サフィアに諫められ、ノエルは溜息をついた。

 そしてエストに尋ねる。



「山に行く前に、ひとつ聞いておきたい。山に何があるのか、お前は知っているのか? 事前に情報があるのとないのとでは大きく違うからな」


「いいや、全く知らないっスよ」


「おや、占ってないのかい?」


「占ったに決まってるじゃないスか。危険予知のための魔法なんスから」


「じゃあ、どういうことだ? まさかあの山には特に何もなかった……ってわけではなさそうだが」


「それがアチキにもよく分からないんス。占いの結果を見ようとしたら、なんか途中で魔法がプツンと切れちゃったんスよ。魔力は十分残ってたのにっスよ? こんなこと、これまで一度もなかったんスけど……」



 エストは腕を組んでうんうんと唸っている。



「それ、本当に危ないことが起きる予兆じゃないだろうな……?」


「かもしれないっスねぇ……」


「まさか、そこで姉様が死ぬ……なんてことには……」


「大丈夫っスよ。今日より先の未来を占えることは確認できてるんで、今日死ぬなんてことはあり得ないっス」


「それなら良いのですが……」



 不吉な予感を胸に、4人は準備をして目的地の雪山へと向かうのであった。



***



 ヘルフスを囲む雪山はどれも標高は高いものの、なだらかな傾斜であるため、ヘルフスは雪山観光が盛んな国である。

 しかし、最近の獣害の一件でどの山も立ち入り禁止となっているという。



「じゃあっ……どうしてアタシたちはっ……入れてるんだっ……?」


「も、もちろんっ……王様に許可取ったにっ……決まってるじゃないっスかっ……!」



 ノエルたちはエストが用意していた対雪山装備を身に付け、雪山の傾斜を登っていた。

 目的の場所まではあと半分くらいの距離まで近づいており、4人は山の中腹にある休憩地点のコテージで休むことにした。



「っくあぁ……。思ったよりも……体力使うもんだねぇ……」


「エ、エストさんは……平気そうですね……?」


「そりゃ、伊達にこの国に1年も暮らしてないっスよ。たまに観光案内とかの仕事を引き受けたりもしてるんで、そこで体力がついたんスかねぇ」


「道理で道具の準備が良かったわけですわ……」


「ちゃんと登るのに安全な天候か分かってないと、雪山は危険がたくさんっスから」



 マリンはカバンから複製品の魔導書を取り出す。

 そしてそれをパラパラとめくって、右手を前に差し出した。

 すると火の球が出現し、周りを温め始めた。



「ちゃんと複製(リバイバル)は上手くいってるみたいっスね」


「ええ、姉様には感謝……というよりは、これでひと安心ですわね」


「あ〜、温かい……。指輪の力があっても、火の温もりって気持ちいいからあたしコレ好き……」


「そういえば……どんな環境にも耐えられるのが2人、耐寒の魔法を付けてるのが1人、ヘルフスの気候に慣れてるのが1人か。こりゃ、思ったより楽に辿り着けそうだ」


「まだ気を抜いてはなりませんわよ。ここから先、魔物や獣たちが待ち受けている可能性が大いにあり得るんですから」


「それも加味してのことだ。今朝の謎の水魔法でも使われない限りは問題あるまいさ」



 そう言って、ノエルはコテージの外を眺めた。

 外は雪がしんしんと降っており、辺りは静まりきっている。

 ふぅ、とノエルが溜息をついたその時だった。

 突然、ぶおぉぉ、と大きな重低音が外から響いてきた。



「な、なんだ!?」


「雪山で大きな音……って、まさか雪崩とか!?」


「雪崩が起きる予報はなかったし、そもそも音が違うっス! と、とりあえず3人とも構えて!」


「今の音……もしや、魔物の咆哮ではありません!?」


「どこかで似た音を聞いたことがあると思ったら、それか!」


「襲撃される場所が足場が安定した場所で良かったっス! 外だったら足元掬われて危なかったかもっスから!」



 4人は魔導書を構えて背中を合わせた。

 すると、外から無数の重い足音が近づいてくる。

 そして、やがて()()()はコテージを囲み、一斉に突撃してきたのだった。



「……こいつは!」



 ノエルの目に映ったのは、白い毛の生えた巨体。

 それは雪山に生息し、最近街の近くの木をなぎ倒していたという報告のあった魔物と似た姿であった。



「雪の巨人、イエティ!」

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