7頁目.ノエルと歌声と水の都と……
それからしばらく、ノエルはサフィアに強引に連れられながらセプタの街を歩き回った。
「はぁっ……はぁっ……サ、フィア……。一旦休憩させて……くれ……」
「あら、もうへばってしまったの? ノエルは運動不足なのかしら?」
サフィアは石段からぴょんっ、と降りてノエルの顔を覗き込む。
「あぁ、運動不足だ……。このだだっ広い街一周を平気で走り回ったのに、全く疲れてないお前よりは、な……」
「しょうがないわね、しばらくここで休みましょう。もう一周行くからね!」
「お前は悪魔か!」
「サフィアよ!」
ノエルは「そう言う意味じゃない!」とツッコむ気力すら失われていた。
そこで休んでいると、1人の王国兵士がノエルに尋ねてきた。
「失礼、あなたはここの住人かね?」
「いいや? アタシは旅の者だよ。こっちの子はここの住人だがね」
「そうか、これは失礼した。それじゃあお嬢ちゃん、この街にある噴水の場所を教えてくれないか」
「私はお嬢ちゃんなんていう名前じゃないわ! サフィアよ!」
「あ、あぁ、すまないサフィアちゃん。噴水の場所を教えてくれ」
「あなたも名乗りなさいよ!」
このやりとりが何度も繰り返されるのを見ていたノエルは痺れを切らした。
「ああもう、すまないね兵士さん。この子はこんな感じだからアタシが案内するよ。噴水の場所なら知ってる」
「ふむ、そうか。それならよろしく頼む」
ノエルは質問攻めするサフィアを引っ張りながら、兵士を噴水の広場に案内するのであった。
***
「おお、これが噂の不思議な水が湧き出る噴水……」
兵士は小手を外し水を手ですくって飲んだ。
「これは……確かに不思議だ。一口で満たされるような感じで……。よし……」
兵士は小手を付け直す。
「ここまでの案内感謝する。私は城に戻るとしよう」
そう言って兵士は城の方へと歩いて行った。
「ん? もう帰るのか。変な奴だな……」
「結局あの人の名前が聞けなかったじゃない! 私だけ教え損じゃないの!」
「サフィア、とりあえず人に会ったら名前を教える癖はやめろよ? 怖ーい人がお前を探しに来るかもしれないぞ?」
「怖い人が来てもノエルが助けてくれるでしょ? 何の心配がいるの?」
ノエルはサフィアの即答に一瞬たじろいだが、コホンと咳をし、気を取り直す。
「アタシはそろそろこの国を出るつもりだからね。いつまでもサフィアのことを守ってやれるわけじゃない」
「え、ずっと一緒にいるものだと思ってたわ!?」
「なぜそうなる!? 言ったろう、アタシは人探しに来てるんだ。次の街に行かなきゃならないんだよ」
「えー、つまんなーい。でもまぁ、ノエルがここから出て行くまでは毎日遊びに行くわ! 待っててね!」
***
その次の日の朝。
「ふあぁぁ……。よく寝た……。あ、あだだだ……足が筋肉痛に……って……ん……?」
ノエルは広場の方がざわついているのに気がつく。
「おや、どうしたのかねぇ。何かあったのか?」
ノエルが朝食を急いで食べて噴水の広場にかけつけると、例の噴水を王国兵士たちが囲んでいた。
「この噴水は、我が国の所有する神器の一つとして認定された! よって誰もこの噴水に傷をつけることのないよう、一切の使用を禁止する! 代わりに水の補給所を別の場所に設けることとした! 国王様に感謝しろ!」
「なっ……!?」
ノエルの驚きを打ち消すように、群衆が「ふざけるなー!」「横暴だー!」などと批判の声を上げている。
「黙れ! この命令に逆らうことは即ち国家に逆らうも同然である! 死にたくなければ大人しくしていろ!」
どうやら昨日の兵士は王国の偵察兵だったらしく、住人は噴水が王国に見つかることを避けていたらしい。
その兵士の忠告に皆が黙る中、ひとりの少女が叫びながら兵士に食いかかっていた。
「それは私のおばあさまが作ったのよ! それを勝手に使うなってのはおかしい話じゃない!」
「サフィー! ダメ!!」
抗議するサフィアを母親が制止に入る。
しかし、王国兵士は槍を構えながら、叫ぶ。
「この少女は国家反逆の罪を犯した! よって、即刻死刑だ! いい見せしめになるだろう!」
そしてその槍がサフィアに向かって放たれた。
瞬間。
「黒の炎弾!」
ノエルは咄嗟に、無意識に魔法を唱えていた。
放たれた黒い魔法の弾丸は兵士の槍を弾き飛ばし、兵士は驚き固まる。
そしてその兵士が怯んでいる隙に、ノエルはサフィアの元へと駆けつけた。
「これ以上……無駄な死を見てたまるかってんだ……!」
兵士は怖気付きながら槍を拾う。
「お、お前……今のは……さては魔女だな! どうして魔女がこの街にいる! それにこれは立派な国家反逆罪だぞ!」
「アタシはただこの街に立ち寄っただけの旅の者だから、反逆なんて言われてもねぇ……。それに、勝手に他人のもんを盗んでいくような奴らの方がよっぽど罪人だと……アタシは思うけどね?」
「くっ、お前たち! かかれ! この魔女はこの国の敵だ!」
噴水を囲んでいた兵士たちが次々にノエルに攻撃を仕掛けた。
「サフィア、アタシの後ろに隠れてな。そして、そこから絶対に動くなよ!」
「え、えぇ! ノエル、頑張って!」
「あぁ、すぐに終わらせてやるさ!」
ノエルはサフィアに土魔法で盾を張り、魔導書を取り出す。
「敵の数は1、2、3、4、5人か……。ならちょうど昨日出来たばかりの新しい魔法を試してやろうかね!」
ノエルが呪文を唱えると、ノエルの手から黒い光が放たれ、兵士達の身体を貫く。
しかし、兵士達は特に何もなかったかのように走り出し、槍を突き出してきた。
「おや? 失敗だったか? おかしいな、呪文は間違ってないはずだが……」
「ノエル、ノエル! 避けないと当たっちゃう!」
「あ、そうだった! この魔法……」
ノエルがそう言った瞬間、兵士達の手から槍が落ちた。
そして彼らは気絶し、その場に倒れ伏してしまったのだった。
「ある程度近づかれないと発動しないんだった。いやあ、最近忘れっぽいもんでね……」
攻撃系闇魔法『悪戯な黒雷』。
魔法を受けた相手は術者に近づけば近づくほど体が痺れてくる。
ある距離を越えた瞬間、強力な痺れがビリッと来るため、近づいたが最後、電撃に打たれたように気絶してしまう。
***
その後、ノエルを先導とした市民たちはセプタの国王に直訴し、国から神器としての認定はされたものの、住民の使用を許可するという形で合意が進んだ。
もちろん住人たちはノエルに感謝の意を示し、称える声が上がる中、サフィアの母親だけはとても辛そうな顔をしているのであった。
「どうしたんだ、そんな顔して。噴水とサフィアは守られたんだぞ?」
「ええ、あの時守ってくださったことには感謝してるんです……。でも、あの子がずっと聞いてくるんです……。ノエルさんのあの不思議な力は何なんだって……。でも私には真実を伝える勇気がなくて……」
「あぁ……それは悪かった……。だが、子どもってのはいつしか真相に気づいてしまうもんさ。ただそれを知るのが偶然なのか教えられるのかっていう差があるだけでね。あんたも母親ならどうするべきか分かってるんだろう?」
「ええ、そうですね……。ちょうどいい頃合いなのかもしれません……。これも魔女の娘としての運命なのでしょうね……」
その日の晩、サフィアは母親から祖母がノエルと同じ魔女であったこと、そしてその魂が噴水に宿っていることを話すのであった。
***
その次の日。
ノエルがサフィアのところへ様子を見に行こうと噴水の広場に来ると、少女の歌声が聞こえてきた。
その蒼髪の少女の歌声はとても澄んでおり、聴いた者の心を癒してくれる、そんな音色だった。
そして綺麗な歌声と噴水のせせらぎが響きあい、神秘的な調和を生み出していたのであった。
歌い終わった瞬間、ノエルはいつの間にかその場で立ったまま拍手をしていた。
「わっ、ノエル!? どうしてここにいるの!?」
「お前の様子を見に来たんだよ。昨日、怖い目に遭っただろうから心配でね」
「もしかして……聴いてた……?」
「すまないな、盗み聞きするつもりはなかったんだが……。とても良い歌だった」
「うぅ……人前で歌うのが恥ずかしいから朝に歌ってたのに……」
ノエルは「すまんすまん」と言いながらサフィアの頭を撫でる。
「それでさっきの歌は誰に教わったんだい?」
「教えてくれたのはお母さまよ。でも歌を作ったのはおばあさまだって聞いたわ。何か辛いことがあっても、ここでこの歌を歌えば楽しくなれる、って」
「なるほど、おばあさまが作った歌だったのか」
「でもね、お母さまってば歌が下手で、いっつも違う音で歌ってるの。おかしいでしょ?」
「いつも違う音? それは単に違う歌なんじゃないのか?」
サフィアは首をブンブンと振る。
「違うの。違う歌に聞こえるんだけど、歌詞はどれも同じだもの。それに、歌詞の意味もよく分からなくて……」
「意味が分からない歌詞だって……? おばあさまが作った歌なのにか?」
「ねぇ、もしかしたらノエルならさっきの歌の意味、分かるんじゃない?」
「そうだな。じゃあ、もう一度聴かせてくれよ。最初から聴かないと分からないだろうし」
「は、恥ずかしいけど……頑張るわ!」
サフィアは歌い始めた。
「(確かにこれは聞き慣れない……普通の言葉じゃない……。でも聞き覚えのある単語が……って、もしかしてこれって魔法の呪文じゃないか!?)」
ノエルは集中し、歌を真剣に聴きながら考える。
「(えーと……エアロ・クリスティ・ノーム……これは昔使われてた風魔法だっけか。でも風魔法は専門外なせいで、詳しくどんな魔法なのかまでは分からないな……)」
サフィアは歌い続ける。
噴水のせせらぎの音はそれに反響し続ける。
そしてサフィアが歌い終わり、ノエルが拍手をしようとした瞬間のことであった。
グラグラと突然地面が揺れ始め、ノエルは膝をつく。
「な、なんだ!?」
その瞬間、ノエルは噴水の真ん中にヒビが入っているのが見えた。
「あれは……! サフィア! こっちに走って来い! 早く!!」
「う、うん!」
ノエルの声に気付いたサフィアは、急いで駆け寄ってくる。
地震はだんだんと強くなるが、周りの家は一切壊れる様子がない。
すると地震が急に収まると同時に、噴水が中心から砕け始めた。
「あ、ああっ! おばあさまの噴水が!」
そして、噴水が半分に割れたかと思うと、その真ん中から水が勢いよく、天高く噴き出したのであった。
噴き出した水は重力に逆らい、街を中心として国一帯の空に広がり、綺麗な水のベールを作り出したのであった。
「壊れた噴水に、水のベール……。そうか、ようやく分かった! さっきの歌は噴水の中にある、核に干渉する風魔法だったんだ!」
「ど、どういうこと!?」
「さっきの歌声にお前のおばあさまの魂が応えたんだよ! ほら、見な!」
水のベールは辺り一体を潤し、そこから魔法の水がぽつりぽつりと降ってくる。
それは雨のように激しくはないものの、これまで以上の広い範囲に水が行き渡るよう、優しく降り注いでいる。
「お前のおばあさんはこの噴水をみんなに水を飲んでもらうために作ったが、それだけじゃなかったんだ! もし壊れた時は、この国一帯を永遠に水で潤すという2段重ねの魔法の仕組みを作り出していた! さぞ素晴らしい魔女だったんだろうよ!」
ノエルは興奮し魔法のことを語り続けたが、サフィアにはちんぷんかんぷんなのであった。
***
しばらくしてノエルは落ち着き、2人は黙って空に浮かぶ水のきらめきを眺めていた。
ようやくサフィアが口を開く。
「私ね……お母さまから聞いたの。おばあさまも、ノエルも魔女っていう特別な力を持った人たちなんだって。あと、私もその力を持ってるかも、って」
「あぁ、聞いたんだな」
「でもそれを聞いて、魔女って悲しい人たちなんだと思ったわ。他人のために命を捨てるなんてもったいないって思うもの……。でもノエルはあの時、私を命がけで助けてくれた。それは……とても嬉しかったの」
「そうか……」
「それでね、考えたの。おばあさまはどういう想いであの噴水を作ったんだろう、って」
「その答えは出たのかい?」
「ううん、全然分からなかった。でもね、あの時ノエルがどうして私をあんなに必死で守ろうとしたのかは分かったわ。ノエルには大事に想ってる人がいるのね?」
それを聞いたノエルはサフィアの方にパッと振り向き、それからため息をついた。
「まさか、お前がそこまで鋭い奴だとは思わなかったよ」
「よかった、当たって。まあその人と私は違うけど、それでもノエルは私を助けてくれた。それだけで十分じゃない?」
「何が十分なんだい?」
「私……いえ、あたしが魔女になる理由よ!」
サフィアの宣言にノエルは一瞬目を見開いたが、すぐニヤリと笑った。
「あたしは誰かに守られるような弱い子にはなりたくない! いざという時に誰かを守れる、ノエルみたいな強い魔女になりたい!」
「ふふふ……そう言うと思ったよ。でも、魔女になるってことをお前の両親は望まないかもしれないぞ? 危険な目に遭うことも増えるだろうし」
「いいえ、昨日のうちにお母さまにはちゃんと魔女になることを伝えて、了承を得てるわ」
「最近の子供の賢さってのは恐ろしいねえ。それで? これからどうするんだい?」
「あたしを弟子にして! いや、してください! ししょー!!」
「まだお前を弟子にすることはできない!」
サフィアは一瞬でガッカリした顔をする。
「ええ! あたしの勇気を振り絞った宣言返して!!」
「話は最後まで聞くものだぞ?」
「どういうこと?」
「お前を弟子にする前に、ちゃんとお前の親に挨拶しないと、な? サフィー」
「やったぁ! じゃあ早く家に行きましょう!!」
サフィアは飛び跳ねながら駆けて行き、ノエルは袖を引っ張られながら微笑むのだった。
***
これがノエルとサフィアの2人の師弟関係の始まりであり、水の都・セプタの始まりである。
その後、壊れた噴水は国が修理したが元の機能は戻らなかったため、代わりに予定通り水道を整備することになった。
水のベールはずっと消えることなく、そのあまりの美しさに惹かれた観光客によって、セプタはひとつの観光地へと発展していくのであった。
こうしてサフィアはノエルの魔女探しに同伴し、弟子として魔法を修行することになったのであった。