75頁目.ノエルと声と発生源と……
その次の日の早朝。
ノエルたちは静かに寝息を立てて熟睡していた。
外は雪が降っているが吹雪いてはおらず、太陽の光はまだ見えていない。
「…………き……て……」
「んん……。誰だ……?」
ノエルは静かに起き上がり、寝ぼけ眼を擦って周りを見回した。
しかし、マリンもサフィアもすやすやと眠っている。
その瞬間、ノエルはハッとして窓の方へ振り向いた。
「……また窓が開いている、か」
昨日と同じ窓が開いており、そこから入った雪が木目の床に少しだけ降り積もっている。
ノエルは窓を静かに閉め、昨日と同じように土魔法で窓を強化した。
「さっきの声といい、強化された窓をこじ開けたことといい……。一体何が起きて……」
ノエルは色々と思考を巡らすが、起きがけのせいで頭が回らなかったのか、途中で考えることを止めた。
そしてそのままベッドまで戻り、布団の上にかかっているローブを見つめる。
「……少し目も覚めちまったし、様子を見てくるか」
そう呟いたノエルはローブを羽織り、ベッド横に置いてあったランタンを手に取った。
そして窓にかけた強化を解除してそれを開き、体を乗り出して屋根に登った。
外から窓を強化したあと、ノエルは雪降る街を上から展望した。
街の灯りは消えており、月と星の明かりだけが一帯を照らしている。
「明朝とはいえ、まだまだ暗いな……」
ノエルは足元を魔法の鎖で固定し、ランタンを前に掲げ、辺りを見回して手がかりを探す。
「少なくとも近くに足跡はないみたいだな。外から窓を開けたのなら、この辺りだけ雪が潰れているはずなんだが……それも違うみたいだ」
しっかりと屋根に縋り、ノエルはそのまま集中して魔力を探知し始めた。
すると窓の付近から外へ向けて、微量な水の魔力を感じたのだった。
「水魔法を使う魔導士……。いや、それにしては魔力が空中に分散しすぎている。あっちの方に続いているみたいだが、流石にこれ以上は危け……んん……?」
水の魔力の残滓が続く方向、その奥の奥に見える山の中に何かが光っているのをノエルは見た。
その光は青く暗く光っており、ノエルは目を凝らしてそれを見つめる。
しばらくするとその光は消え、周りにあった魔力の残滓も消えてしまったのだった。
「……『き・て』か。まさか、あそこに行けば何かあるっていうんじゃないだろうな……?」
ノエルは溜息をついてランタンの火を消した。
そして窓から部屋へと戻って雪を払い、窓を再び強化し直してベッドへと戻ったのだった。
***
その日の朝。
ノエルはマリンに叩き起こされていた。
「全く、いつまで寝ていますの?」
「今朝方に1回起こされたんだ……。もう少し寝かせてくれ……」
「ま、まさか……窓がまた開いてたとか言いませんよね……?」
「そのまさかで合ってるよ。今回はちゃんと手がかりも掴んでおいたから、あと10分だけ……」
「10分伸ばしても伸ばさなくても何も変わりませんわよ。ほら、起きなさい」
「あぁ、もう……分かった分かった。起きるから、起きるから毛布を剥がそうとしないでくれ!」
マリンは毛布をパッと離して、溜息をついた。
そしてそのまま朝食の準備を始め、その間にノエルは顔を洗いに洗面台へと足を運ぶのだった。
***
朝食中、サフィアはノエルに尋ねた。
「それで、手がかりって一体どういうことなんです?」
「あぁ、水の魔力を辿ってみたんだよ。屋根の上に登ってね」
「なぜ勝手にそんな危険な真似をしたんですの? 魔法があるとはいえ、外は雪が降っていたのでは?」
「確かに雪は降っていたが、ちゃんと足を魔法で固定していたから心配しないでくれ。もちろん、勝手に独断で行動したことは悪いと思ってるよ。でも、お前たちを起こす方が気が引けるじゃないか」
「悪いと思っているのであれば、もう少し慎重に行動して欲しいものですわね。まあ、いいですわ。結局手がかりとは何なのです?」
「まず、犯人はただの魔導士じゃない。魔力の残滓が空中に漂っていたんだが、浮遊でもしていない限りあんな残り方するわけがない」
ノエルはパンを食べ、水でそれを流し込む。
「空に浮く魔導士……? まあ、以前にサフィーが水魔法を凍らせて、その上を歩いてみせたことはありますが……」
「水魔法を凍らせるには風魔法が必要だ。風の魔力の残滓は全く無かったから、その線はないだろう」
「あたしの蒼の棺桶みたいに水を浮遊させて、その中に入っていたとか?」
「それならもっと水の魔力の残滓が大量にあったはずだ。だが、あれは本当に微量な水の魔力だった。それで、その魔力はあっちの山の方に続いていて、その奥で何かが光っていた」
「山の方が光っていた……ですか。確か、この近辺の山には野生動物が多く住み着いているんですよね? もしかしたらあたしたちが調べようとしている獣害被害に関係してるのかも?」
「その線は大いにありえますわね。姉様にも伝えて、地図にも追加しておきましょう」
そうして、朝食を摂り終わった3人は宿を出て、エストの家へと向かった。
***
「山の方が光っていた……っスか。確かに怪しいっスね。どの辺の山っスか?」
「もう地図には書き込んでおいたよ。間違いなくこの場所だ」
ノエルが指差した先には、大きなバツ印が描いてあった。
その山の麓の周辺を見てみると、赤いバツ印がたくさん描いてある。
「……どう見ても、ここが発生源じゃないっスか?」
「だよなぁ……。とはいえ、獣害の報告例が多い地域の近くってだけで、そこからかなり遠いところでも被害報告は出ている。そこを叩いて終わりとは限らないだろうね」
「もちろん、気を抜くつもりはないっスよ。呪いの残滓の手がかりになるんなら、アチキは最後までやり抜くっス!」
「よし、じゃあ早速この光ってた場所に出発だ!」
「うっス!!」
意気揚々と準備を始めるノエルとエストだったが、マリンとサフィアがそれを静止した。
「2人とも、焦ってはなりませんわ。まずは被害の聞き込みからですわよ」
「そうですよ。いくらあたしたちが魔女とはいえ、どんな危険が待ち受けてるか分かりませんから。対策を考えてからの方が安全に解決できるはず……ですよね、ノエル様?」
「あ、あぁ、その通りだ……。すまない、ついエストのノリに乗ってしまって」
「確かにアチキも気分が乗って冷静な判断が欠けてたっス。これはアチキの責任っス」
そうしてノエルとエストは準備の手を止め、地図が置かれた机の近くへと戻ってきた。
「それでは、2人とも冷静になったところで調査を始めましょうか。どこから調べます?」
「それなら間違いなく、一番被害の多いこの辺りだろう。家もそんなに多くないし、今日中には全部回れるだろうさ」
「分かれて調査しますか? それならもっと早く終わらせることはできますけど」
「いや、今回は一緒に行動しよう。人数が多い方が全員で話をまとめて把握するのが楽になるからね」
「決定っスね。今度こそ準備開始っス!」
こうして、ノエルたちは一番獣害の報告が多かった地域へと向かったのだった。
***
被害が密集している地域は、駅からほど遠い、エストの家と王城の間に位置する山の麓の街。
最近の獣害の影響か、昼間でもあまり人は出歩いていなかった。
「そういえば、このことを国は調べてないのかい?」
「通報があれば駆けつけるみたいっスけど、ただの獣害に何かの原因があるとは思ってないっスからね」
「それは確かに。ただ、ここまで静かですと、逆に不気味ですわね……。ここの住民の方々のためにも早く解決しなければ……!」
「さて、とりあえずこの家から聞き込みを始めようじゃないか」
それから4人は全ての家と店を周り、被害を起こした動物や魔物が何だったのか、それらはどんな状態だったのか、そしてどの方向からやってきたのかなどを詳細に聞くことができたのだった。
***
聞き込み調査を終えた一行は、エストの家に戻って情報を整理した。
「地図にまとめてみましたわ。この辺りで起きた獣害の被害は全部で12件。これは事前に調べていた通りでしたわね」
「あぁ、それに被害の発生時刻は見事にバラバラだった。あと、被害を起こした動物や魔物は全て例の山に住む種類と合致していた」
「そしてその動物たちは全部興奮状態で、突進で家が壊れたとか人が怪我したとか、この前のイノシシと同じような状態だったみたいですね。幸い、死者や重傷者はいないみたいですけど、これが誰かのせいっていうのなら許せません!」
「最後に、その動物たちが来た方向っスけど、まあ……ものの見事に例の山の方角ばかりっスね。これは間違いなくノエルが見た光が発生源と思って良いっスよ」
「偶然見た光景とはいえ、まさかこんな形で事件の究明に繋がるとは……」
ノエルはしみじみと語っていたが、しばらくして早朝に聞いた声のことを思い出す。
「そういえば……あの光を見る前に変な声を聞いたんだよな」
「声……ですの?」
「あぁ、確か途切れ途切れに『きて』と言っていた」
「それは怪しすぎるっスね……。ノエルたちをその発生源に呼んでるってことじゃないスか」
「もちろん警戒はしてるさ。だがその場合、いくつか疑問点が生まれる」
「と、言いますと?」
ノエルは人差し指を立ててこう言った。
「1つ目。なぜそいつはアタシたちを呼んだ? 魔法を使って呼んだってことは、アタシたちが魔導士だって知ってることにもなる。なぜアタシたちが魔導士だと知っているのかっていう疑問もあるね」
「初日は窓を強化していませんでしたし、全く思い当たる節がありませんわね。それに、この獣害の犯人がわざわざ事件の現場に呼ぶとも思えませんし……」
「2つ目。なぜ水魔法の魔力の残滓が微量にしかなかった? アタシの土魔法を破るくらい強力な魔法を使ったのなら、もっと大量に魔力の残滓があったはずだ。それに、水魔法ってのも納得がいっていない」
「声の正体も全く分かりませんもんね。水魔法に声を保存させるなんて、そんなことできるとは思えませんし……。魔力の残滓の量が圧倒的に足りないのは確かに非常に不可解な点です」
「以上だ。2つ以上あった気もするが、逆にそれだけ疑問点があるってことだな。まあ、毎晩窓を開けている犯人が獣害の犯人と決まったわけでもないから、まだまだ分からないことだらけってことだね」
ノエルたちは頭を抱える。
しかし、どれだけ悩んでも答えは出ず、しばらくしてエストは言った。
「流石に……全部この場で解決ってわけにはいかなそうっスね?」
「そうだな。やはり、例の発生源に行くのが一番手っ取り早いと思う」
「とはいえ、何も準備せずに行くわけにはいきませんわね。せめて動物や魔物対策のために全員分の魔導書を用意すべきかと」
「おお、そういえば攻撃特化の2人がいるってことは、アチキもノエルやマリンみたいにカッコいい魔法が使えるじゃないっスか!」
「お前にも魔導書を書かせたいものだが……。あ、そうだ。お前の複製って、魔導書にも使えるのか?」
魔導書を書く手間を省いて楽をしたい一心で、ノエルはエストに尋ねたのだった。
「そりゃ、もちろん! 中の魔法や魔力まで全部複製可能っスよ。威力とか効果は半減しちゃうっスけど……」
「おおっ、それで十分だ! アタシたちが魔導書を1冊作るから、それを3冊複製してくれ!」
「あれっ、かなりキツい魔力消費を強いられてないっスか!? 1日なら1冊の複製が限度っスよ!」
「じゃあ……仕方ない。マリンの魔導書を1冊複製して、複製品の方をマリンが使ってくれ。威力が半減しても、自分で書いた魔導書なら手数で押し切れるだろう?」
「しょうがないですわね。はい、姉様」
マリンは自分の魔導書をエストに手渡し、エストは笑顔でそれを受け取った。
「頂戴したッス! よーし、じゃあ今から複製開始するんで、また明日来て欲しいっス! 昼頃なら魔力も全回復してると思うんで」
「了解した。じゃあ、また明日来るよ」
「あ、ちゃんと窓の一件は注意しておくんスよ。マリンの魔導書はアチキが預かっているんスから、明日のためにも魔力を無駄に消費しないように気を付けるっス」
「お気遣い感謝しますわ、姉様。最悪の場合はノエルに頑張ってもらいますので」
「それなら良かったっス!」
「仕方ないが、別に良くはないからな!?」
こうして、ノエルたちはまたエストの家を去り、宿へと戻ったのだった。




