74頁目.ノエルと封と呪いの魔力と……
「で、これから一体どうするってんだ」
吹雪でエストの家から出られなくなってしまったノエルたちは、その日の探索を断念して歓談していた。
「どうするって言われても、外が吹雪いててどうしようもないし、こうして家でじっとしてるしかないっスよ?」
「それはそうだが、そういう意味で言ったんじゃない。お前は吹雪で外に出られなくなることを知っていたはずだ。それならなぜアタシたちを呼んだ?」
「おっと、文句なら聞かないっスよ。吹雪が来るって知ってたのはそっちもなんスから」
ノエルは首を振ってこう言った。
「別に文句を言ったつもりはないさ。ただ、理由もなく呼ばれたとなると、こちらとしちゃ時間の無駄をした気分になっちまうだろ?」
「あぁ、そういうことっスか。まあ、ノエルたちの協力を得るためっていうのが一番の理由っス」
「それだったら納得……って、一番の理由? 何か含みのある言い方だな?」
「実はもう1つあるんス。これのことなんスけど……」
そう言って、エストは奥の本棚から一冊の本を持ってきた。
魔導書のようだが、周りを鎖で巻かれており、錠が掛けられている。
ノエルたちはその表紙に描かれた紋様を見て驚いた。
「その紋章……災印ですの!?」
「ほ、ホントだ! あたし、一瞬気づかなかった!」
「やっぱりこいつを知ってるんスね」
「知ってるも何も、魔女狩りを起こした連中の紋章だってのを最近知ったばかりだからな……。それより、どうしてお前がそんなものを持ってるんだ! まさかお前……」
「そのまさかってのがどういう意味かは知らないっスけど、ただの拾い物っスよ。最近、城に用事があった日の帰り道に落ちてるのを見かけて、拾っておいたんス。あまりに変な魔力を出してたもんスから、誰かが拾う前にと思って」
「まあ、そう言うなら信じよう。見たところ、魔力が漏れないようにちゃんと封がされているし、危険な物だってのは分かってるみたいだからね」
その魔導書を手にとって、ノエルはじっくりと観察している。
マリンは念を入れてか、指輪に指を触れていた。
「それで、どうしてアタシたちがその紋章のことを知っていると?」
「知ってるって確信はなかったっス。ノエルたちの旅の経験を聞いて、もしかしたらと思って」
「誰かの過去とか、誰が何を知っているとかの詳細までは運命魔法で占えませんものね。でも、一体なぜこんなものがこの国に……? それに落とし物だなんて……」
「それを追求する前に、これは何なんスか? 『ファーレン』とか言ってたっスけど、まさかファーリに関連するモノだったり……?」
「そうか、ちゃんと話しておかないとな。ついでに、あの日アタシとサフィアが帰って以降にマリンが聞いた情報も共有してもらおうか」
「あ……あぁー……。そういえば共有していませんでしたわねぇ……」
マリンはたどたどしい言い方をしている。
ノエルはマリンの方をぐりんと向いて、多少の怒りを込めた笑顔をして尋ねた。
「忘れていたとは言わせないぞ……?」
「べ、別に忘れていたわけでも隠すつもりだったわけでもありませんわ。ただ、あの時にすぐ伝えられる状況でもなかったでしょう?」
「なるほど、アタシの精神状態を鑑みた判断だったってことか。それならそうと言ってくれれば良かったものを」
「あぁ、それは……」
その瞬間、マリンは焦ったようにノエルから目を逸らす。
ノエルはその逸らした顔を両手で強引に戻して、マリンと目を合わせて言った。
「忘れていたとは、言わせないぞ……??」
「すみません! そちらの報告はすっかり忘れていましたわ〜!!」
「許さん! 情報を聞いてからお仕置きだ!!」
「あはは、賑やかっスねぇ」
「ゴメンなさい。2人がうるさくしちゃって……」
「全く気にしないっスよ。この吹雪だとご近所にも響かないっスから〜」
しばらくして、落ち着いたノエルとマリンはこほんと小さく咳払いをし、話を始めたのだった。
***
それから3時間後。
「なるほどっス。原初の大厄災を再び起こすために魔女狩りを始めて、今も呪いや魔女を悪用しようとしてる連中っスか……」
「それで、大厄災を起こす方法の1つとしてファーリ復活の母体を探してる、か……。もしやあの日、マリンが夢の話を聞いてきたのってそれを心配して……?」
「それはもちろんですが、あの日は悪夢を見て当然でしたから、そちらの心配もですわよ。とりあえず、これがわたくしの聞いた災司とアンノウンの情報ですわ」
「共有感謝するっス。そうと決まれば、さっさとこの魔導書を浄化するっス」
「大厄災の呪いに近い力が込められてるってのに、良いのか? お前が探している呪いの残滓の手がかりになるかもしれないぞ?」
「話を聞いた限りだと、そいつらは呪いには関係あっても、ファーリには一切関係ないっス。となると、こいつはただの呪いの書物っスから。持ち主の災司には悪いっスけど、浄化してくれて全然構わないっスよ」
そう言って、エストはノエルに魔導書を手渡した。
ノエルとマリンは頷き合い、そのまま魔導書の浄化を始めたのだった。
***
浄化が終わって間もなく。
エストは魔導書の鎖を解いて、中を確認した。
「これ……魔導書かと思ってたんスけど、中が真っ白っスね」
「あ、ホントだ……。ってことは、ただの手帳だったってこと……?」
「いえ、それは魔導書で間違いないでしょう。ドミニカさんの魔導書も浄化後に全て白紙になっていましたから。もしかすると、アンノウンが与えた魔法が書いてあったのかもしれませんわね」
「アタシたちの知らない呪いの力の魔法か……。気にはなるが、その魔法を知るだけでとんでもないことになる可能性もあるからなぁ……」
「姉様が注意深く封をしていたおかげですわね。ノエルが変なことしなくて済みましたわ」
「お前だって、エストが魔導書開くのをそわそわしながら見てただろ! そっくりそのまま同じ言葉を返してやるよ!」
ギャーギャーとノエルとマリンが騒ぐ中、サフィアは色々と考えを巡らせていた。
そして、エストに尋ねた。
「ずっと思ってたんだけど、呪いの力の魔力ってどの属性にも属さない……ですよね? それってどういうことなんだろうって」
「うーん、特殊魔法の魔力みたいに存在しない可能性があるとかいう話でもないっスよねぇ。ちゃんと魔力は感じるんスから」
「となると、基本属性の新しい種類……? でも、それって後発的に生まれた力だからファーリさんの力じゃないし、魔法って呼ぶべきじゃないのかも?」
「でもアチキたちみたいに魔導士が感知できるってことは、魔力と同じ性質ってことっスよね。もしかしたら、大厄災の時に新しく生まれた新種の魔力なのかもしれないっス」
「なるほど……。だったら確かに魔法の一種だって思っても大丈夫、か……。ってことはつまり、呪いの残滓がその新しい魔力の塊ってことに……」
そんなことをサフィアたちが話しているうちに、ノエルたちの騒ぎもようやく落ち着いた。
「決着は付きました?」
「あぁ、結果的に浄化できたから問題ないってことになった。そっちは何を話していたんだ?」
「呪いの力の魔力がどの属性にも当てはまらないっスよねって話っス。そしたら、大厄災の時に生まれた新しい属性なのかもって話になって」
「確かにそれでしたら納得がいきますわね。ただ、感じるだけで嫌な魔力ですから、同じ魔法としては分類したくありませんが」
「そうだな……」
ノエルは目を瞑って腕を組み、ソファにもたれかかって思考を巡らせる。
そしてそのまま話し始めた。
「他と違う呪いの魔力と、存在しない可能性のある特殊属性の魔力……。何か似ている気もするねぇ。特殊属性も大厄災の時に生まれたものだったりして」
「ヴァスカルにでも行けば資料があるかもしれませんね。クロネさんとか知ってそうですし、今回の探索が終わったら行ってみません?」
「ヴァスカルっスか。確かにそこならアチキの見解が正しいのか、ちゃんと調べられるかもっスね。それと、クロネさんってノエルの母親っスよね? 失礼っスけど、生きてるんスか?」
「彼女は時魔法の使い手だから、自分の魔法で若返ってピンピンしてるよ。同じ特殊魔法使いとして、色々話せることもあるかもな」
「時魔法っスか! それはめちゃめちゃ興味あるっス! いっそのこと、ここの探索を一旦やめて、そっちに行くってのもアリっスよね!」
エストは目をキラキラさせてノエルに食いついている。
しかし、それをマリンが止めて言った。
「いいえ、姉様。その魔導書と災司の問題がありますから、今ここを離れるのは魔女としてどうかと思いますわよ」
「そういえばそうだったっス……」
「災司がいるところには、呪いの力に関わる何かがきっとある。それがお目当てのものかは分からないが、こいつを浄化したことで何かに影響は出ているはずだ」
「今頃、呪いの力が使えなくて焦ってたりして。その呪いの力を何に使ってたかは知らないけど」
「ドミニカの時は攻撃手段として使っていたが、他にも使い道があるかもしれないからねぇ。闇魔法の呪いなら、相手の動きや力に制限をかけたり悪夢を見せたりって感じだが、それに近しい事件を聞いたことはあるかい?」
エストは必死に思い出す素振りをするが、考える間もなく一瞬で答えた。
「あっ、そういえば。それを拾った日くらいからなんスけど、やけに野生動物とか魔物とかの被害が出てるんスよね。昨日の服屋のもその一例っスけど」
「なるほど、呪いに苦しめられて暴れていたのかも……か。その事件を辿れば、いずれ災司に行き着くかもしれないな」
「でも、その魔導書を浄化したからこれ以降事件は起きないでしょうし、動物たちにかけられてた呪いの痕跡も消えちゃってますよね? 辿るべき手がかりをどうやって探せば良いんでしょう……?」
「一応、被害が出た区域とか被害の詳細情報はちゃんと残ってるっス。ただ、魔力を辿るとなると確かに難しいかもしれないっスね」
「でしたら、ひとまずは今ある情報をまとめるのが先決ですわね」
「だな。じゃあ今日は吹雪が止むまで情報をまとめて、明日……かそれ以降の探索日に向けて準備だ!」
そう言って、ノエルはエストの方をチラッと見る。
すると、エストは納得したように頷いてこう言った。
「明日の天気は快晴っス。次に昼間に吹雪が来るのは3日後っスから、しばらくは探索できそうっスね!」
「それは何よりだ。それじゃエスト、この王都周辺で起きた獣害の被害状況を全て教えてくれ。アタシが地図にまとめるよ」
「助かるっス!」
そうして、エストは自分が見て聞いた獣害の情報を全て話し始めた。
ノエルたちはそれを聞きながら情報をまとめて地図に落とし込み、多発している地域を特定することに成功したのだった。
***
地図が完成した時、時間は既に夕方になっており、吹雪も止んでいた。
ノエルたちは次の日もエストの家に集まる約束を取り付け、宿へと戻ったのであった。




