72頁目.ノエルとエストと占いと……
エストに連れられて、3人はエストの家にやってきた。
室内に入ると暖炉に火が灯っており、中はぬくぬくと温まっていた。
室温を確認したノエルはローブを脱ぎ、エストはそれを預かって掛ける。
そしてエストに言われるがまま、ノエルたちはリビングのソファに腰掛けた。
「粗茶しか出せないっスけど、まあくつろいでくつろいで〜」
「いえいえ、暖かい場所に居られるだけで十分くつろげていますから、お気になさらず〜」
「お前、いつになく、くつろいでるな……。聞いてた通り、エストとはそれくらい気安い間柄ってことなんだろうが」
「まあ、エストさんいい人そうですし、お姉ちゃんのことは放っておいていいと思いますよ」
「え? あいつがいい奴だって? 確かに悪い奴じゃないのは確かだが、あいつは自分のことしか考えてない、傍若無人な女だぞ?」
「本人を前に、よくそんな悪口が言えるっスねぇ? ま、ノエルがそんなだってのは昔から知ってたっスけど」
そう言って、エストは4人分のお茶を机の上に置いた。
そしてノエルたちの向かいに座って、片足を組む。
「言っておくっスけど、別に自分が良ければそれで良しとかは考えてないっスよ。確かに自由気ままなのは否定しないっスけど、ちゃんと他人の利益も考えてるんスから」
「じゃあ、プリングにあった巨大な指輪の結界。あいつはお前が暑いのが嫌だから作ったやつじゃないのか?」
「いやいや、自分の利益を考えるのはあくまで発想の原点っスよ? 自分のために作ったものが人のためになれば、それが一番に決まってるっス!」
「そうですわ。確かに姉様は周りを顧みず、おかしな事ばかり考える方ですが、それはどれも結果として誰かのためになっているのですから」
「マリン?? それ、全く助けになってないっスよ〜?」
「まあ、人の利益を考えてないと、あんな街で羽根ペン屋なんて開かないか。実際アタシは助かってたわけだし……」
ノエルは頭を掻いて、エストに頭を下げる。
「すまん。流石に自分のことしか考えてない、は言い過ぎた。傍若無人じゃなくて、自由気ままって解釈で受け取っておくよ」
「ほー。あのノエルが頭を下げるなんて、この十数年で何か起きたとしか思えないっスね? 詳しく聞かせて欲しいっス」
「占いは未来を知るだけで、過去を知ることはできないんでしたわね。でしたら、何も知らないのは当然ですか……」
「だが、話す前に確認させて欲しい。お前はアタシたちの何をどこまで知っている? 過去にアタシたちの未来を見たことがないとは限らないから、その確認だ」
「……アチキが運命魔法で占いを始めたのは、メモラを去って5年後くらいっス。だから、マリンの未来しか知らないっスよ」
「確かお前がメモラを去ったのは、魔女狩りが始まる1年くらい前……。確かにそれ以降は会ってないわけだから、アタシに何があったかは知らない、か」
エストはお茶を飲み、足を組み直す。
それからノエルに言った。
「メモラにいた時点では、他人の占いができるほど運命魔法が使えてなかったっスからね。ただ、自分の身の危険を予知することができたからこそ、アチキはこうして生きてるってわけっス」
「なるほど、それならお前が突然『他の国で修行してくる』とか言い始めたのにも納得がいく。普通なら自分が定着した土地を離れる理由はないからな」
「ちゃんと他の店に羽根ペンとインクが並んでるの確認して出ていったんスから、本当にノエルには感謝して欲しいっスよ」
「くっ、知らなかったとはいえ、何かもやもやする! だが、感謝はしといてやる!」
「そういえば、イースはどうしてるっスか? っていうか、ノエルはどうやってあの魔女狩りから逃げられたんスか?」
「あっ……それは……」
サフィアはそう言って、ノエルの方を見る。
ノエルは手を握り締めたまま、歯を食いしばっている。
そして、しばらくして言った。
「イースは……死んだ。魔女狩りの時に、アタシの身代わりになって……」
それを聞いた瞬間、エストは目を見開いた。
それから頭を抱えたまま目元を抑えて、こう言った。
「アチキが……アチキがちゃんと2人に魔女狩りのことを言っておけば、こんなことには……!」
ノエルは言葉を呑み、目を逸らす。
サフィアとマリンも、2人にかける言葉が見つからなかった。
しばらくして、ノエルは言った。
「実はな、魔女狩りのことを知った時、アタシは逃げようとはしなかったんだ。アタシがイースを守ってやれば、逃げなくても済むって思ってね」
「だとしても、知る時期が1年も違えば、他の国で安全に暮らせたはずっス……!」
「それをアタシが信じたとしても、きっとアタシは逃げなかっただろうさ。その時のアタシは、自分の手でイースも家も守れるって思い込んでいたんだからね。だから、お前は何も悪くないよ」
「ノエル……」
「そして、結果的にアタシはイースを守るどころか、あいつに守られちまったんだ。そもそもの前提からアタシは間違っていたんだよ。だからアタシは強くなるための努力をして、今ここにいる」
そう言って、ノエルはエストに微笑みかける。
そしてエストは涙を拭いて、座り直したのだった。
すると、ノエルは思い出したように言った。
「あぁ、そうだ。言っておくが、アタシは魔女狩りから逃げたわけじゃないぞ。メモラの国境は跨いでないし、追っ手は全員迎え撃ってきた。無論、あれから誰も殺したりはしてないからな」
「じゃあ、逆に8年間もそれでどうやって生き延びたんスか? 1人で野宿するにも限度があるっスよね?」
「簡単な話さ。魔女狩り反対派の人間の元で、匿ってもらっていただけだよ」
「あぁ、なるほど。確か魔女狩りを終わらせた国王も、魔女狩り反対派だったっスもんね。そんな国民がいてもおかしくないっス」
「いや、その次期国王のところに匿ってもらってたんだよ。あの暴君に逆らえる国民がそんな簡単に見つかるわけないだろ?」
「あぁ……なるほど……。って、ええっ!?」
エストが驚くと同時に、サフィアとマリンも驚いている。
「あれ、お前たちにも話してなかったっけ?」
「聞いた覚えありませんわよ! よく8年も野宿できたなと思ってはいましたけども!」
「ノエル様、長い話をすることが多いからか、かなり言葉を端折って話す癖がついてますからね……」
「あぁ、そうだったっけ。まあ、この話は追々してやるよ。とりあえず、ここに来た理由とかアタシたちの目的とか話す方が優先だ」
「そうだったっス! 聞かせて欲しいっス!」
ノエルは話の路線を戻し、自分たちのことや蘇生魔法について話し始めた。
***
その日の夜。
ようやく全てを語り終えたノエルは、目の前で考えに耽るエストを見つめていた。
「どうだ……? イースを蘇らせるための魔法。倫理的にも理論的にも問題は山積みだが、お前の力があればきっと達成できると思うんだ」
「まあ、イースと再会するってのはアチキとしても本望っス。ただ、すぐに答えを出すのは難しいっスね。一度占ってみたいっスし」
「そうか……! お前の占いがあれば、蘇生魔法に必要なものとか成功するかとかが分かるのか!」
「そんなズルはさせないっスけどね。それでも一応、状況把握だけはさせて欲しいってだけっス。それによっては協力するっスから、少し待ってて欲しいっス」
そう言って、エストは部屋の奥から不思議な色をした水晶玉を持ってきた。
エストはそれを台座にはめ込み、水晶玉に両手をかざして魔力を注ぐ。
すると水晶玉が光り始め、エストは目を瞑った。
「あぁ……見える……見えるっスよ……。未来のアチキがノエルたちの蘇生魔法を見守る姿が……」
「まあ、協力してもしなくても、こいつなら興味本位で蘇生魔法を見に来てもおかしくはないか」
「そしてそして、ノエルが蘇生魔法を発動して…………えっ……?」
突然、エストは固まり、そして焦ったような表情を見せる。
エストは水晶玉に強く魔力を注ぎ、さらに集中する。
「こ、これって……まさか……!」
何かに気づいた瞬間、エストは魔力を止めた。
水晶玉の輝きは消え失せ、エストはその場で頭を押さえてぐったりとしている。
「だ、大丈夫か、エスト!」
「あ、あぁ……。大丈夫っス……」
「エスト……。お前、何を見たんだ? 顔色が優れないぞ」
「それは言えないっス……。ただ、アチキは……」
マリンが持ってきた水を飲み、エストはソファに座り直す。
そして、真面目な表情でノエルにこう言った。
「アチキは、あんたたちの蘇生魔法作りには一切関与しないっス」
「何だって……?」
「アチキが蘇生魔法に関わると、蘇生魔法は失敗するっス。この占いの結果は間違いないっス」
「そんな……! 姉様がそんな失敗を引き起こすわけありませんわ……!」
「アチキが失敗する原因になるってだけっス。アチキさえ関わらなければ、蘇生魔法はきっと完成するはずっス……」
そう言って俯くエストを見て、ノエルは頷き言った。
「……そうか。それなら仕方ない」
「ノエル!? 諦めるんですの!?」
「未来を知った本人がこう言ってるんだ。アタシたちにできるのはこいつを信じてやることだけだろう?」
「それはそうですが……」
「今日はもう遅いし、宿探しに行かない? 他に話したいことがあれば、また明日話せばいいし!」
「それなら、ウチに泊まってっていいっスよ? 部屋はあるんで、運命魔法でベッド複製すればタダで寝泊まりできるっス!」
エストの快い提案にノエルとマリンは賛成した。
しかし、サフィアはそれに反対したのだった。
「さっきの占いでエストさんも疲れてると思います。複製するにも魔力ギリギリだろうし、今日は宿に泊まった方がエストさんのためだと思うんです」
「確かに、そうした方が良さそうですわね……」
「それもそうか。じゃあ、今日のところはお暇させてもらうよ。また明日にでも違う話でもしに来てやるさ」
「気遣いどうもっス。あぁ、明日来るなら吹雪が来る前に来た方がいいっスよ。昼前には猛吹雪で宿から出られなくなると思うんで」
「占いで天気を予測することもできるのか。本当に便利な魔法だねぇ。それじゃ、また明日来るよ」
「了解っス。また明日っス!」
こうして、ノエルたちはエストの家から去り、宿を見つけて部屋を借りたのであった。
***
宿の一室にて。
サフィアはノエルとマリンに言った。
「……エストさん、何か隠してる」
「と、言いますと?」
「さっき占ってた時、『蘇生魔法が失敗した!』みたいな反応じゃなかった気がするの。もっとこう……悲しみ……? みたいな……」
「うーむ、サフィーの直感力は馬鹿にできないからねぇ……。となると……エストが何を見たのか、それを知る必要があるってわけだ」
「姉様が口を開かない以上はどうしようもないとは思うのですが……。まあ、確かに気になる反応でしたわね。どうしましょう?」
「あいつが話す気になるまで待たないと、あいつのためにもアタシたちのためにもならないからね……。それなら、あいつが話してくれるまで待つしかないだろう?」
ノエルたち3人は頷き合い、目を合わせる。
「エストさんは嘘をついてる。嘘をつくって、とても苦しいことだと思うの。だから、あたしたちで何とかしたい!」
「わたくしは元から姉様の力になりたくてこの国に来てますから、当然ですわ!」
「それじゃ、アタシたちのやることは決まった! エストの修行とやらを手伝って、あいつとの信頼をもっと深める! そして、あいつが見たアタシたちの失敗する未来の真相を暴いてやる!!」
3人は重ねた手を上げ、「おーっ!」と掛け声を合わせた。
こうしてノエルたちの、北東の国・ヘルフスでの活動が幕を開けたのであった。




