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71頁目.ノエルと代償と銀世界と……

 その日、ノエルたちは鉄道に乗ってプリングを去り、しばらくしてノーリスで乗り換えをした。

 乗り換えた列車の個室で、ノエルたちは長椅子に座ってゆったりとくつろいでいた。

 ノエルはカバンから地図を取り出し、マリンとサフィアはそれを覗き込むように前のめりになる。



「オクトーの情報が本当なら、エストのやつがいるのはここ。北東の国・ヘルフスということになる」


「ええ、だからこうして列車に乗って移動しているんですわよね? 何を今さら確認しているんですの?」


「いや、確かヘルフスって極寒の国だよな? あいつはなぜそんな場所に修行をしに行ったんだと思ってね。そもそも、あんな結界作れるような魔女が修行なんて必要ないだろう?」


「正直、姉様の考えることはわたくしもよく分かりませんものねぇ……。他に何か理由があるとしたら修行なんて言わなくてもいいでしょうから、本当に修行なのでしょうけれど……」


「あ、でも寒い国なら、ちゃんと防寒着とか用意しなくて良かったんですか? あたしたちはまだしも、ノエル様は少しでもあたしたちから離れたら大変なことになりません?」


「おや、何のためにこいつを連れてきたと思っているんだい」



 ノエルはそう言ってマリンを軽く指で差す。



「はい……? なぜそこでわたくしが?」


「火魔法で焚き火とか松明とか作ってくれれば、いつでも熱源を得られるだろう?」


「わたくしを便利な暖炉扱いしないでくださいまし!? あなただって火魔法使えるんですから、そんなこと自分でしなさいな!」


「冗談だよ。ちゃんと2人の分まで防寒の魔法作ってきてるから、心配はいらないさ」



 そう言って、ノエルは魔導書を取り出してそのページを破り、マリンとサフィアの服にぺたりと貼り付けた。

 そして目を閉じて、魔法を唱える。

 すると、そこに描かれていた魔法陣が2人の服に刻まれ、魔導書は散り散りになって消えた。



「ふぅ……。その術式が壊れない限りはある程度の寒さには耐えられるはずだ。これで指輪の魔力を浪費しなくて済むだろう?」


「ありがとうございます!」


「いつの間にこんな魔法を作って……。まあ、ありがたく受け取っておきますわ」


「話を戻すと、とにかくさっさとエストに会って話を聞くのが一番手っ取り早い。ちょうどこの時期は降雪量が少ないそうだから、あいつを探すのに苦労はしないだろうし」


「いつものように面倒事が起きなければ良いのですが……」


「ま、まあ、これまでは色んな魔女さんの信頼を得るために奔走したわけで、今回はそんなことしなくても2人の知り合いなんでしょ? だったら大丈夫……ですよね?」



 ノエルとマリンはそれを聞いて少し目線を逸らす。

 サフィアはその少しの間を見逃さなかった。



「まさか、エストさん、大丈夫じゃないの……? もしかして、かなり変な人とか……?」


「いや、あいつは基本的には良い魔女なんだが……。何というか、考えてることが読めないというか……」


「そうですわね……。良い魔女はずなのに掴みどころがなさすぎて、いつも流されてしまうというか……」


「う、うーん……。それ聞いてる限りだと、だいぶ変な人な気はするんですけど……」


「まあ、サフィーからしたら変な魔女に映るかもしれないな。とにかく会ってみないことにはその判断もできないだろうし、気にしないで大丈夫だよ」



 そう言って、ノエルはサフィアの頭をぽんぽんと撫でたのだった。

 そして、そうしているうちに外の景色が白くなってきた。



「わあぁ……! 綺麗……!」


「一面の銀世界ですわね!」


「2人とも、指輪をその辺りに置いて、窓を開けてみな」


「ええっ!? 急に寒いのは嫌ですよ!」


「術式がちゃんと働くか今確認しないと大変だからな。術式が起動していれば寒くないはずだし、一瞬だから我慢してくれ」



 サフィアとマリンは指輪をカバンにしまって、恐る恐る窓を開けた。

 すると、外から風と共に雪が大量に2人の顔にかかったのだった。

 2人は一瞬で窓を閉め、一緒に叫んだ。



「「つっ、冷たーい!!」」


「ほれ、タオル」



 ノエルは乾いたタオルを2人に手渡した。

 マリンはそれで濡れた顔を拭き、すかさず手鏡を見て化粧を確認する。

 そして、思い出したかのようにノエルに食いついた。



「ちょっと、めちゃくちゃに雪が冷たいんですが!?」


「じゃあ、今は寒いか?」


「えっ? ま、まあ、そう言われてみれば、雪で濡れたというのに全く寒くないですわね……?」


「あたしも寒くないでーす」


「よしよし、ちゃんと術式は起動しているみたいで良かった」


「って、そうではなく! なぜ雪が冷たいんですの!」



 ノエルは溜息をついて答えた。



「雪が冷たいのは当たり前だろ?」


「それは分かってますわよ! じゃなくて、低温が平気になる魔法じゃなかったんですの?」


「誰がそんなこと言った? その術式は肌が感じる『寒さ』を防ぐだけで、『冷たさ』は無関係だぞ」


「それを先に言ってくださいまし! 急に冷たくてびっくりしましたわよ!」


「おや、それはすまなかった、説明不足だったね。こいつは火魔法で周囲の気温を一定に保ってるだけなのさ。ほら、どれだけ暖かくても、氷とか冷たいものは冷たいだろう?」


「なるほど……。心なしか、雪じゃなくて水をかけられたように感じたのはそういうことだったんですのね……。あっ、雪すら溶かすのであれば、傘を用意すべきでは?」



 マリンとサフィアはノエルにタオルを返し、指輪を付け直す。

 ノエルはしばらく考えて、言った。



「確かにそうだな……。それに、雪が冷たいのであればやはり上着と長靴と……あと、手袋も必要か。凍傷になっちゃ元も子もない」


「防寒着を買うのであればこの魔法、不必要でしたわね……」


「うっ……。少しでもお金を浮かそうと思ったのに……」


「ま、まあ、この魔法があれば身体を覆う装備は防寒着じゃなくてもいいんですよね? 雨合羽とか! それなら少しは安くで済むんじゃないですか?」


「そ、そうですわよ! それに、わたくしたちは指輪がありますから、安物でも濡れなければ問題ありませんから!」


「くそおっ! こんなことなら、その指輪の複製品借りれば良かったぁぁぁ……!」



 マリンから複製の指輪を借りなかったことを後悔したノエルは、到着して間もなく、近くの服屋で3人分の合羽と長靴と手袋を購入したのだった。



***



 常冬の雪国・ヘルフス。

 周りは雪山に囲まれており、その麓にある王都に住む人々は、木造の家に点々と住んでいる。

 彼らは川で釣りをしたり森で狩りをしながら生活しており、自然と共存しながら暮らしている。


 装備を整えた3人は駅から出て、周りを見渡した。

 マリンはノエルの方へ振り返り、笑顔で言った。



「わざわざ買っていただいて助かりましたわ」


「流石にその指輪があっても足は雪で滑るだろうし、手だって雪とか氷を触れば痛むだろうからね。環境に適応できるったって、怪我をしないわけじゃないんだし」


「この指輪も雪国ではほぼ無力ですね……。寒くないだけマシなんでしょうけど」


「それじゃ、とりあえずエストの家を探そうか。あいつが住んでそうな場所といえば──」



 ノエルが駅前の地図看板を見ようと後ろへ振り返った瞬間、ノエルは固まった。

 サフィアが隣を見てみると、同じようにマリンも固まっていたのだった。

 サフィアは驚き、恐る恐るノエルの背後から2人の目線の先を見る。

 するとそこには、紫の短髪で垂れ目の、この雪景色に似合わない軽装をした女性が立っていたのだった。

 彼女は手を振ってこう言った。



「待ってたっスよ、マリン! それにノエルも!」


「…………」


「はぁぁ…………」


「はぁ!? 無言のマリンはさて置いといて、何スかノエル! 久しぶりの再会なのに、いきなり溜息とはどういうことっスか!!」


「え、ええと……。まさか、あなたがその……」


「あっ、そういえばノエルに弟子ができたんだったんスね! 初めまして、どうもよろしくっス! エストと申すっス!」



 怒涛の自己紹介にサフィアは少したじろぐ。

 すると、ノエルがエストの肩に手を置き、その手に力を入れる。



「どうしてお前が当然のように出迎えてるんだ!」


「占いっスよ、占い。マリンから聞いてるはずっスよね?」


「魔法で人の動向を確認するのは非常識だ。クロネさんにも言ってるが、先回りするのはどうかと思うぞ」


「先回りじゃないっスよ、そうなる『運命』なんスから。アチキはただ()()()()()()正しい場所に来ただけっスよ」


「わ、わたくしは忘れていただけですが、なぜ服屋に行く前に声をかけてくださらなかったんですの?」


「そんなことしてたらアンタら、服を買えなかったっスよ? ほら」


「えっ……?」



 その瞬間、ノエルが服を購入した服屋の方から大きな音が響く。

 ノエルたちが振り向くと、服屋に1頭のイノシシが突撃していたのだった。

 エストはあくびをしながらこう言った。



「運命は運命を知ってる人しか変えられないんスから、これについては感謝して欲しいくらいっスよ」


「あ、あぁ……。そういえば運命魔法ってそんな魔法だったな……。助かったよ……」


「あの……姉様? あのイノシシ、止めなくて大丈夫ですの?」


「うーん、自然に起きたことは止めようにも止められないっスからねぇ……。それに、アチキは運命魔法しか……」


「ああ、いえ。そういう意味ではなく……」


「あれ? そういえば、運命魔法で運命を変えたら『代償』がどうとかあったような……」


「そ、そうだった! サフィー、マリン、こっちに逃げろ!!」



 ノエルたちは駅に向かって走った。

 するとその瞬間、服屋の周辺にいたイノシシはエストの方を向き、真っ直ぐ突進してきたのだった。



「運命を変えたら変えた分だけの代償が降りかかるって法則の通りなら、エストさんが危ない!」


「うぅ……。運命魔法の代償なら、わたくしたちが手出しするわけにもいきませんし……」



 サフィアとマリンが焦る中、ノエルは呟いていた。



「変えた分だけの代償……。アタシが襲われる予定だったのを、エストが襲われることになった……。それで、もしアタシが店でイノシシに襲われたら…………そうか!!」



 ノエルは魔導書を取り出し、イノシシに向かって手を向ける。

 そしてすかさず火の弾を4発ほど放ち、イノシシに命中させた。

 イノシシは燃えながらその場で暴れ回り、エストのいる方と真逆に逃げていったのだった。



「ど、どういうことですの……? イノシシが逃げていってしまいましたが……」


「簡単な話だったんだ。アタシが服屋であれ駅前であれ、どこにいたとしてもあのイノシシを追い払う運命だったのさ」


「なるほど……! つまり、ノエル様に被害が及ばないって運命なら、ノエル様の運命を変えたエストさんにも被害は及ばないってことですね!」


「流石はノエルっス!」



 突然、先ほどまで遠くにいたはずのエストが現れて、そう言った。



「これ、アタシが気づかなかったらお前、大怪我してたぞ?」


「アチキはノエルなら気づいてくれるって分かってたっスから! それに、アチキが怪我したとしても、それはノエルが受けるはずの怪我だったんスから、結果オーライっスよ!」


「そういうことじゃないんだが……。まあ、助け合いはお互い様ってことで」


「あぁ、わたくしハラハラしましたわよ……。いつもいつも、姉様は考えていることが分かりにくいんですから……。代償のこともすっかり忘れていたのかと思いましたわ」


「そんなわけあるわけ……いや、まぁ、とにかく! 久しぶりっス、マリン、ノエル! そしてようこそ、ヘルフスへ! 3人とも、大歓迎するっス!」



 ノエルとマリンはエストと握手を交わした。

 その様子を見ながら、サフィアは小さく呟いた。



「誤魔化した……? あぁ、なるほど。掴みどころがないんじゃなくて、気ままで奔放な人ってことね……。理屈派の2人が掴めないわけだわ……」



 そうして、サフィアは安心してエストと握手を交わしたのであった。

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