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68頁目.ノエルとボタンと紋章と……

 闘技場を修復した次の日、ノエルたちにプリング城への召集がかかった。

 3人はそれに応え、その後、国王の命を受けてある場所に行くこととなったのであった。



***



 ノエルたちは案内役のサラマンダーの獣人兵に引き連れられ、暗がりの廊下を歩いていた。



「あ、あたし、初めて来ましたよこんなところ……。ジメジメしてるし、変な声とか聞こえるし……」


「大丈夫、お姉ちゃんがついてますわ。それにこの()()では、対獣人用に壁、床、天井、扉、それに足枷までもが全て金剛魔鉱でできていますの。ですので壊れる心配はありませんし、万が一があったとしても問題ありませんわ」


「万が一があったら何がどうなるんだい?」


「今、わたくしたちを案内してくださっているこの方のような、鍛え上げられたサラマンダーの獣人兵たちが束になって対処しますわ」


「それは……確かに心強いが、半分恐ろしくもあるねぇ」



 案内役の獣人兵はその話を聞いてノエルたちの方へ少し振り返り、腕の隆々とした筋肉と鋭い牙をちらっと見せて、無言でニカッと笑った。

 ノエルたちはそれに微笑み返したあと、歩きながら少しずつ俯く。

 マリンは目線を落としたまま言った。



「まさか、自分の花婿候補を尋問することになるなんて……」


「国王がお前に与えた()()()()()()としては、それで十分と言えるだろうさ。だが、お前はもうあいつを花婿候補だなんて思っちゃいないんじゃないのか?」


「いえ……。あの方がどんな悪人だったとしても、わたくしを愛する気持ちが一切なかったとしても、あの方がマリン杯に出場した花婿候補である事実は変わりません。単なるわたくしの目利き違いだったことに他なりませんわ」


「でも、それもこれも全部あのドミニカって奴が悪いじゃない。実際、あいつのせいでお姉ちゃんが借金を負うことになったわけだし。今日はちゃんとあいつの悪事を全部暴かないと、気が済まないんだから!」


「ま、それがアタシたちに与えられた仕事なんだから当然さ。マリン、そしてアタシたちの将来の資金源の雪辱、今日晴らしてやる!」


「勝手にわたくしの収入を財布にしないでくださいまし!?」



 そんなことを話していると、案内役の兵士が部屋の前で立ち止まった。

 部屋の扉に貼られた看板には『特別尋問室』と書かれている。

 兵士は扉を開け、ノエルたちを通した。

 部屋はガラスのついたてで半分に仕切られており、ノエルたちが入った部屋のもう半分側には不機嫌そうな顔をしたドミニカが座っていた。

 しかし、ドミニカはノエルたちの顔を見るなり動揺し、驚いて言った。



「……なぜ、なぜお前たちがここにいる!?」


「なぜって、そりゃお前の事情聴取を──」



 マリンはすかさずノエルの口元に手を当て、前に出て腰に手を当て、堂々とした態度でこう言った。



「あなたの罪を裁きに来ましたわ!」



 ドミニカは呆然としている。

 そして、すぐ我に返って言った。



「はっ! どうせ俺は大会を荒らした罪で一生ここから出られないんだ。今さら一体何を裁くってんだ?」


「決まっているでしょう。あなたが用いた大厄災の呪いの残滓、あれを呪いと知って手にしたのみならず、その力を悪意を持ってふるった罪。それがどのような結果になろうとも、それだけで万死に値する罪ですわ」


「だからどうした。もう俺には関係ないことだろう?」


「確かに今のあなたはあの呪いの力を持っていません。ですが、せめてあの呪いの被害に遭った方々を思い出して、罪を悔い改めることくらいはできるはずですわ。それに、あなたが『あいつ』と呼ぶ存在についての情報を知る必要もありますし」


「なるほど、そっちが目的か。生憎だが、俺は何も話さねえからな。それに、悔い改めるなんて無意味なことをする気もねえ」


「あなたは自分の置かれている立場というものが分かっておられないようですわね……。仕方ありません。ノエル、そこの赤いボタンを押してくださいまし」



 ノエルは言われるがままに目の前の机の上にあるボタンを押してみた。

 すると、ガコン、と何か重い扉が開いたような音がする。



「う、うぁっつっ!!」



 ガラスの向こう側にいるドミニカが突然椅子から飛び上がって部屋を駆け回り、手をパタパタと扇ぎ始めた。

 ノエルがドミニカのいる部屋の上を見上げると、天井の一部が開いており、そこからパイプのようなものが見えた。

 ノエルがボタンから手を離すと天井は閉まり、それと同時にドミニカは焦りながら言った。



「お、おい! 何しやがった!」


「その部屋は火山地帯と繋がっているのですわ。手元のボタン1つで火山周辺の熱気や煙などをその部屋に充満させることが可能なのです」


「ふ、ふざけるな! ここはただの尋問室じゃなかったのか!?」


「この部屋はサラマンダーの獣人の方々と、この指輪を持つ人間のみが入ることのできる『特別尋問室』。つまりはわたくしと城の兵士専用の拷問部屋ですわ」


「おいおい、マリン……。お前、そんな悪趣味な奴だったのか……?」


「違いますわよ。火山の熱気がそこの通話口の穴から入ってくるのを耐えられるのが、この指輪を持ったわたくしとサラマンダーの獣人の方だけだっただけですわ」



 そう言って、マリンはドミニカに向き直る。



「わたくしがここの通話口を塞げば、そこは火山の空気で満たされてあなたは酸欠で死んでしまうでしょう。つまり、あなたの命はわたくしに握られているというわけですわ」


「なるほど、拷問しようってか。残念だが、俺は命をかけてもあいつのことは話さねえ」


「でしたら、あなたの過去についてお話ししましょうか」


「俺の……過去だって……?」



 ドミニカがそう言った瞬間、マリンは小さく口元を緩めて言った。



「ええ、あなたのことはヴァスカルの同僚や関係者から聞いていますもの」


「はっ、あんな奴らに俺の何が分かるってんだ」


「あなたは幼い頃、孤児としてヴァスカルの孤児院に引き取られた。しかし、成長と共に他の才能ある魔導士たちの踏み台にされていた……。そうですわね?」


「っ……! や、やめろ……やめてくれ……!」



 ドミニカは一瞬で目の色を変え、辛そうな表情で叫んだ。

 マリンはそのまま話を続ける。



「そしてあなたはそのまま孤児院でいじめられながらも魔法を習得し、その力でいつか自分を踏み台にした連中に復讐をしようと考えていた。どうやらその目論見は、周りの成長速度に置いて行かれた時点で不可能だったようですが」


「黙れよ……」


「もちろんこれはあなたの過去と、実際にあなたの周りで起きた事件から推測した予測に過ぎませんが……。その様子ですと、予想は見事的中といったところでしょうか」


「黙れって!! それがあいつとどう関係してるってんだよ!」


「その時点で『あいつ』の存在とあなたの過去に、何らかの関わりがあると分かりましたわ。関わりがなければ『関係ない』と言い張るはずですもの」


「違う……。あいつとは関係ない……! 俺は俺の手で力を手にしたんだ!」


「ノエル、赤いボタン」


「ほいっと」



 ノエルがボタンを再び押すと、ドミニカは熱さに苦しみ始める。

 マリンはノエルに停止の指示を出さないまま、話を続ける。



「わたくしはあなたの行った行為を許すつもりは毛頭ありません。あなたが今受けている苦しみは、あなたがふるった呪いの力によって被害を受けた人たちの苦しみですわ」


「とはいえ、ここまでする必要があるかねぇ。借金の恨みとかいう私的な理由を混ぜてやしないかい?」


「あ、忘れてましたわ。止めてくださいな」


「悪人に対しちゃ容赦ないねぇ、全く……」



 ノエルはボタンから手を離し、ドミニカは地面に手をついたまま息を切らしている。



「あなたは、あなたが『あいつ』と呼ぶ存在から呪いの力を受け取ったあと、その力で復讐を果たした。それがあなたの周りで7年前に起きた、『魔導士大量殺人事件』ですわ」


「そういえばサフィアと出会う少し前にそんな記事を読んだ覚えがあるような……。って、つまりこいつがその殺人鬼だってことかい!?」


「ええ、調べによると事件当日に黒い鞭のようなものを目撃した方がいたようで、その事件で亡くなった方全員が例の孤児院の出身だったのですわ」


「その時はなぜ、こいつが疑われなかったんだ?」


「ひとつは彼らがいつも(たむろ)していたという場所での犯行だったこと。もうひとつは、彼自身が第一発見者であり、彼が魔導兵士としての見回りをしている最中に起きた事件だったからですわ」


「なるほど。ってことは、今回のあの一件のおかげでその事件の真相が暴かれたってことか。まさか他の真相を探る前に、別の事件の真相が明らかになるとはねぇ」



 ドミニカは起き上がったかと思うとそのまま床に座り込み、突然高らかに笑い始めた。



「あぁ……そうだよ! 俺は誰にも見下されない、誰にも負けない力を持っていたんだ! だから……! 俺を見下していたあいつらと同じように、ただ強い力を見せつけてやっただけさ!!」


「あぁ、もう、我慢ならないわ! 人からもらった力を自分のものだって勘違いして、調子に乗って見せつけて、その挙句に人を殺すなんて……あなた、ただの子供じゃない!」


「ふざけるな! 誰が子供だ!!」


「いいや、お前はこの子より数段子供だね。ただの復讐劇ならアタシにも理解できる。だが、お前のそれは復讐じゃない。子供の頃の羨望から生まれた、ただの()()()()()さ」


「あ……あぁぁ……。あああああ!!!」



 その瞬間、ドミニカは咆哮しながらガラス板を必死に殴り始めた。

 しかし、それは全く割れることなく、ドミニカの拳の血の跡だけがひたすらに増えていくだけなのであった。

 ドミニカが殴り続けている間、ノエルはマリンに尋ねる。



「……土魔法か」


「ええ、そんな簡単に壊せる仕組みにわたくしがするとでも?」


「いや、ただ少し怖かった。もう一つ確認したいんだが、今のあいつ、魔法は使えないんだよな?」


「言っていませんでしたわね。あちらの部屋は魔力を吸収する魔具を設置しているので、外から魔力が入ってきても魔法を使えるほどの濃度にはなっていませんわ」


「それを聞いて安心した。さて、こいつをどう鎮めようか。魔法を使うのはマズいからなぁ……」


「それではノエル、そちらの青いボタンを押してくださいまし」


「え? あ、ぽちっと」



 ノエルは赤いボタンの隣にあった青いボタンを押した。

 すると、再びドミニカ側の天井が開き、パイプから大量の水が流れ込んできた。

 ドミニカは殴っていた手を止め、水を冷たがっている。

 ノエルが手を離すと天井が閉じ、水はみるみるうちに消えていった。



「……えーと、何が起きた?」


「本来は水を撒いて蒸し風呂のようにして苦しめるためのものなのですが、このように頭を冷やすためにも使えるのですわ。まあ今回は少し水の量が多過ぎたようですが」


「でもおかげで静かになったな」


「……お前ら……絶対に許さねえ! どんな手を使ってでもお前らを殺す……! 殺してやる!!」


「あー、悪化してません? さっきよりも殺気がすごいことに……」


「声が届くくらいであれば問題ありませんわ。あとは、『あいつ』と呼ばれる呪いの力の根源について探らなければなりませんわね」



 そう言って、マリンは魔導書と羽根ペンをカバンから取り出した。

 そして白紙のページに何かの紋章のようなものをすらすらと描いてドミニカに見せた。



「この紋章、見たことありますわね?」


「……それがどうした」


「これがあなたの持っていた魔導書の表紙に描いてありましたわ。しかし、わたくしにはこれが何の紋章か分からないのです。ヴァスカルの魔導兵士団の紋章ではありませんし、調べても何も分かりませんでした」


「ふん……。別に何の意味もないただの紋章だろ。最初からその魔導書に描いてあったんだよ」


「最初から、ですか……。これでは何の情報にも……」


「ちょっとアタシに見せてみろ」



 ノエルはマリンの描いた紋章を見て、怪訝な顔で頭を傾げる。

 しかし、次第にその表情は別のものへと変わったのだった。



「この紋章……。16年前……魔女狩りのお触れ書きに描いてあった紋章と全く同じだ! 間違いない!」


「え、ええっ!? それじゃ、その紋章ってメモラの国章なんですか!?」


「いや、メモラの国章はこんな単純な模様じゃない。それは確かだ。それなら、あの紋章は一体何の……」



 すると、ドミニカは奇妙な笑みを浮かべながら言った。



「へえ……あんた、あの魔女狩りの生き残りだったんだ。そんなのがいたなんてね。メモラ軍の連中、あいつが手を貸してやったってのに、8年かけても全部の魔女を消せなかったのかよ。とんだ無能集団だったな、全く!」


「……おい。お前、何を知ってる」


「あぁ……?」


「『あいつ』が手を貸しただって……? どうしてお前がそんなことを知っている!!」



 ノエルは激情し、明らかな怒りをドミニカにぶつけている。

 ドミニカは嘲笑しながら言った。



「どうせ知ったところで過ぎたことだ! 教えてやるよ! あいつは原初の大厄災を再び起こすために魔女狩りを始めたのさ!」


「なっ、なんですって!?」


「どういうこと!?」


「魔女狩りが……あの原初の大厄災を再び起こすためだった……だと!?」



 ノエルたちの驚きを嘲るように、ドミニカは悪意を込めた笑みを浮かべるのであった。

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