67頁目.マリンと表彰式と告白と……
それから数日後、マリン杯の閉会式と表彰式、そしてマリンがドミニカに勝ったことによる賭け金の払い戻しが行われた。
その日、闘技場には先日観戦に来ていた観客とほぼ同じ人数が集まっていた。
マリンは闘技台の中央に立ち、拡声器を手にして言った。
「皆さま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます! 大変長らくお待たせいたしましたわ! ただいまより、閉会式並びに表彰式を執り行いますわ〜!」
賭け金の払い戻しのために来ているとはいえ、観客たちはマリンにつられて非常に盛り上がっている。
ノエルたちもその様子を観客席から眺めていた。
「全く……。そもそもドミニカが優勝しても賭け金の倍率なんて1.2倍くらいだったろうに、それを吊り上げてでも観客の盛り上がりを優先するとはねぇ……」
「それのせいで借金ができちゃったことは置いといて、そこに関しては流石この闘技場の支配人ってところですかねぇ……」
「あいつが部下たちに信頼されて、観客の連中からも人気な理由がなんとなく分かった気がするよ……」
そんなことを話していると、闘技台にドミニカを除く本戦出場者たちが登場し、同時に3つの賞品も運ばれてきた。
その中にはオクトーの姿もあった。
「それでは早速表彰式に移りますわ! まずは、4位入賞者からいきましょう。ラウディ出身、海の戦士・ヴォルク!」
観客たちは声援を送っているが、中には「3位決定戦はどうした!」といった不満を持った声も上がっている。
「えー、それにつきまして説明させていただきますわ。先日、試合中にホロウ選手の装甲が壊れてしまいましたので、3位決定戦を行うことができなくなりました。とはいえ、これは最強の男を決める戦い。むやみにヴォルク選手の不戦勝とするわけにも参りません。そこで!」
マリンは後ろの机に置いてあった箱を手に取り、上に掲げて言った。
「運も実力のうち! 即ち、厳正なるくじ引きにて勝者を決定いたしましたわ! その結果、双方の合意の上でホロウ選手が3位となり、ヴォルク選手が4位ということで決定いたしました!」
すると、不満を言っていた観客たちは押し黙り、しばらくして納得したように歓声を上げ始めたのだった。
「それでは、ヴォルク選手、こちらへ!」
ヴォルクがマリンの元へ歩いていく。
マリンは4位の賞品である商品券を机の上から取り、ヴォルクに手渡しながら言った。
「4位入賞者に与えられる賞品は、豊穣の国・フェブラで収穫された新鮮な野菜と引き換えられる商品券1年分! これでより健康的な身体を手に入れ、訓練に励み、次なる大会にもぜひ参加してくださいな! ということでヴォルク選手、一言どうぞ!」
マリンはヴォルクに拡声器を手渡す。
「あ、あぁ? 一言なんて聞いてないんだが……まあ、いい。俺は自分の強さを確かめるためにこの大会に参加した! だが、まだまだ未熟だと知った……! 次はそこのオクトーを倒すために自分の限界を超えてみせる!」
「あら。わたくしなど眼中にない、と?」
マリンはヴォルクの拡声器を取り上げて、拡声器越しにそう尋ねた。
ヴォルクは闘技場に響くほど大きな声で答えた。
「そ、そうではない! 俺はこの大会のチラシを見た時にマリンさんに一目惚れして、自分の強さを確かめるいい機会だって、そう思ったんだ! だが、俺はまだマリンさんに挑戦する資格すらないらしい。次こそは絶対に、あなたに認められる強い戦士になって見せます!」
会場は一瞬だけしんとした。
しかし、次の瞬間に一斉にヴォルクへ声援が上がり、大喝采が巻き起こった。
ヴォルクはその瞬間我に返り、顔を赤らめて小さくなっている。
マリンも突然の告白に言葉を失い、固まった。
ノエルたちもニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
「おやおや、思っていたより純粋な男みたいだねぇ。自分で言って自分で赤くなるなんて」
「公開告白って、した側もされた側も恥ずかしいでしょうねぇ……。お姉ちゃんもなんだか小さくなってるし」
「とはいえ……こうして見るとあいつって、自分と渡り合える強い男って条件さえなければ引く手数多なんだよな……。それを含めて残念な女なんだが、少し羨ましくも思うよ」
「えっ、結婚なんてする気がないとか言ってたのにですか?」
「あぁ、それとこれとは別さ。アタシだって女の魅力を捨ててるつもりはないし、あいつにそれで負けてるのも悔しいとは思ってるんだ。だからこそ、あいつの魅力が多少なりとも羨ましいんだよ」
「なるほど……。まあ、お姉ちゃんはあたしの自慢のお姉ちゃんですから。あたしだって羨ましく思いますもん……」
しばらくしてヴォルクは商品券を持って下がっていき、マリンも一つ咳払いをして観客を鎮めた。
「え、えー……。続きましては3位入賞者。ノーリス出身、ホロウ!」
ビン底メガネをかけた小柄な男がマリンの前に歩いて行く。
マリンは机の上の布を取り、ホロウに見せた。
「3位入賞者に与えられる賞品は、火山の国・プリングで発掘された大陸一硬い鉱石、『金剛魔鉱』! 後ほど自宅へ配達しますので、これで壊れた装甲を直すも良し、新しい発明に精を出すも良し! 今後の発展に大いに役立ててくださいな! さあ、ホロウ選手、一言どうぞ!」
マリンは少し遠慮がちに、ホロウに拡声器を手渡す。
ホロウはそれを受け取り、言った。
「ワガハイは、機械の素晴らしさを証明するためにこの大会に参加した! 機械さえあれば体格差など関係なく戦えるのだ! 危険だの反則だのお前たちは言うが、武器も機械も同じ人間が作った作品なのだぞ! 魔法とかいう自然の力を借りたインチキの方が反則ではないのかね!」
「魔女を前にして、よくそんなことが言えますわねぇ……。それに、あなたもわたくしが眼中にないと?」
「ない。と言うと嘘になる。ワガハイが興味を持っているのは貴様の持つ火魔法なのだからな。聞いた話によると、燃料を使わずに点火したり、結界とか術式とかいう機構を作れたりするのだろう? それさえあれば機械と組み合わせて最高傑作を生み出せるに違いない! そう思ったのだ」
「魔法を嫌ってるのか、そうではないのかはっきりしませんわねぇ。それに、わたくし個人ではなくわたくしの魔法目的で参加したんですのね。それなら他の魔導士でも良いのではなくって?」
「そう都合良く協力者など見つかるか。この大会で勝てば協力者が手に入る。それ以外で貴様である必要などなかったのだ。だが、この金剛魔鉱が手に入った以上、この結果に文句は言うまい。今度、ヴァスカルにでも出向いて魔導士を引き抜くとするか!」
「参加した理由がどうであれ、ここまで勝ち残った実力にはわたくしも文句などありません。それでは皆さま、善戦したホロウ選手に盛大な拍手をお送りください!」
会場は再び沸き、ホロウへ大きな声援が送られる。
観客の声援にホロウは軽く手を振り返し、元の場所に戻っていった。
マリンは拡声器を持ち直し、進行を続ける。
「さて、続きまして準優勝者ですわ! セプタ出身、オクトー! こちらへ!」
マリンに呼ばれ、オクトーは前に出る。
そしてマリンは、机の上から指輪の入ったガラス箱を手に取った。
「準優勝者に与えられる賞品は、あらゆる環境に適応することのできる神器『藍玉の涙』の複製品! この指輪は、あなたに降りかかる災いや苦しみからあなたを守ってくれるでしょう。これでまた旅をするも良し、お守りとして大事に取っておくも良しですわ!」
マリンは箱を開き、その中の指輪をオクトーの右手の中指に嵌めた。
「右手の中指に輝く指輪が象徴するのは、『邪気払い』と『行動力』、そして『直感』ですわ。これらは今のあなたには不必要なものかもしれません。ですが、あなたが将来守りたいと思える人を守るための助けとなってくれるでしょう。さあ、オクトー。あなたからも一言どうぞ」
オクトーは拡声器を受け取り、感涙しながら言った。
「こんな……こんなお揃いの指輪だなんて、実質結婚しましょうってことじゃないですかあああ……!!」
「うるっさいですわ! 違いますわよ!? 結婚指輪は左手の薬指! それに、その指輪はあくまで複製品なのでお揃いなどではありませんっ!!」
「はっ……! つい我を忘れて、思ったことが口に出てしまっておりました!」
「はぁ……相変わらずですわねぇ……」
会場は笑いの渦に包まれ、マリンはその中心で耳を赤くしていた。
オクトーは話を続ける。
「ええと、この流れは私がこの大会に出場した理由を暴露しなければならないのでしょうか?」
「別に強要はしませんわよ。あなたが暴露したいというのなら、自由にしなさいな」
「それではお聞かせしましょう! 私とマリン様の馴れ初めを!」
「何が馴れ初めですか! 言うならせめて、知り合ったきっかけとかにしなさい!」
「冗談ですよ〜。それでは、この大会に出場するに至った経緯である、私とマリン様の出会いの物語を少々語らせていただきましょう!」
オクトーは胸を張って、そのまま語り始めた。
「私が故郷であるセプタに住んでいた頃……大体15年ほど前のことです。そこで私はマリン様と出会いました」
「えっ、全く記憶にないのですが……? その頃ですと……妹が生まれて間もない頃、わたくしが20にも満たない時ですわね」
「ええ、妹のサフィアさんと一緒に遊んでいる微笑ましい様子は町中で非常に人気でした。その妹さんへの愛溢れる姿に私は一目惚れしたのです!」
「それは全く知りませんでしたわ……。って、あなたその時いくつです?」
「10でした! そして私はマリン様に告白したのです! 『私と結婚してください。私があなた方姉妹をお守りします』と!」
マリンは頭を傾げ、少しして叫んだ。
「あああっ!! 思い出しましたわ! あなた、あの時いきなり告白してきた男の子だったんですの!?」
「はい! その時は『妹を守れない弱い子供に興味はない』とあっさり振られてしまいましたが、私は諦めませんでした!」
「そういえば、そんなこともありましたわねぇ……」
「それからは毎日鍛錬を重ね、マリン様が旅に出たという話を聞いてからも自分の体に鞭を打って鍛えて鍛えまくりました。そして、自分の力に実感を得た18の時、マリン様の元へ行こうと決意したのです」
「なるほど。それでこの獣人闘技場の職員募集に応募したんですのね?」
「そういうことです! なので、もう一度言わせてください……!」
オクトーは深呼吸をし、マリンの前に跪いて言った。
「私と結婚してください! 今ならあなたもあなたの妹さんも守れる力を持っています! この大会では勝てませんでしたが、それでもあなた方を守ってみせると誓います!」
その瞬間、会場はオクトーの告白に反応して、これまでにない声援を送り始めた。
オクトーを応援する声は、マリンがその告白を受け入れるべきだというプレッシャーを与え、会場全体の意志が一つになったのだった。
しかし。
「その愛の告白、お断りしますわ」
マリンはあっさりとオクトーを振った。
会場は驚く声に包まれるが、その中でオクトーはそうなることを知っていたかのように微笑んでいた。
「いいですこと? わたくしも妹も、今では立派な魔女ですから自分の身は自分で守れますわ。それに、今のわたくしにはやらねばならないことがありますから。ですが、あなたのその努力は決して無駄ではありません。何せ、あなたのおかげでこの獣人闘技場があるのですから」
「マリン様……」
「今大会をはじめとしたほぼ全ての大会は、オクトーがわたくしの力になりたいと努力して運営業務に臨んだ結果生まれたものです。彼の支配人代理としての手腕がなければ、今頃は経営破綻していたでしょう。あなたには色々と感謝してもしきれませんわ」
「ええ……。私もあなたに会えて本当に良かった。これからもよろしくお願いします、支配人! もちろん、次にマリン杯があれば絶対に出場しますが!」
「こちらこそよろしくですわ、支配人代理。次については……また今後ですわ!」
そう言って、2人は握手した。
会場は感動の嵐に覆われており、拍手喝采が巻き起こっていた。
オクトーが戻ったのを確認して、マリンは拡声器を通して言った。
「最後に……優勝者の表彰をしたいのですが、ドミニカ選手は先日の一件で失格としました。よって、本日はこの後の賭け金の払い戻しをもって終了ですわ!」
会場はざわついている。
ノエルはその様子を見て、頭を抱えて呟いた。
「ドミニカか……。まだ一昨日のことが頭から離れないよ……」
「仕方ありませんよ、ノエル様には衝撃が強過ぎましたから……」
「あいつの事情聴取なんてしなきゃ良かったって、今では半分後悔してるよ……。おかげで嫌な記憶を思い出しちまった……」
「まさか……まさか、ドミニカさんがあの魔女狩りの関係者だったなんて……!」
こうして時は2日前に遡る。




