66頁目.ノエルと空中と青ざめた顔と……
マリンの危機に駆けつけたノエルとサフィアは、観客席からマリンのいる闘技台に飛び降りた。
ドミニカはノエルの闇魔法『呪縛鎖』で拘束されたまま、それを振り解こうとじたばたしている。
マリンはドミニカと黒い魔力を警戒しつつ、ノエルたちに合流した。
「観客の皆さんを避難させてくれて感謝しますわ。特にサフィー、よくやりましたわね」
「えへへ……」
「ところで、一体こいつはどういうことだ……? 大海蛇の時の魔力と似ているのは分かるんだが……」
「どうやら、大厄災の呪いの力を誰かから貰ったそうですわ。今は怒りに任せてその力を爆発させている……といったところでしょうか」
「なるほどね。それじゃ、あたしの魔法でこいつの黒いのを封じ込めるんで、ノエル様とお姉ちゃんは本体をお願いします!」
「了解だ。何本もあるから周囲を警戒しながら気をつけて戦えよ!」
サフィアは黒い鞭が届かないギリギリの距離で魔導書を開いて、詠唱した。
すると、黒い鞭を囲うように水の壁が現れ、黒い鞭を巻き込んだかと思うと、一瞬でそれが凍りつき、その動きを止めたのであった。
「よしっ、今だ! 行くぞ、マリン!」
「ええ、分かっていますわ!」
2人は地面を蹴り、ドミニカに向かって突進した。
そしてそのほんの数秒で呪文を詠唱し、それぞれの手には炎の刃が出現していた。
「「いっけえぇぇぇぇ!!」」
2人はドミニカに炎の刃を振りかざした。
しかし、その瞬間。
「ふざけるなぁぁぁああ!!」
突然、ドミニカから黒い魔力がさらに漏出し、ノエルの『呪縛鎖』を溶かした。
そしてその黒い魔力はサフィアの魔法をも溶かし、そのままその黒い魔力は再び鞭状になり、ノエルとマリンに向けて攻撃したのであった。
「ノエル様! お姉ちゃん!!」
ノエルとマリンは2人とも黒い鞭に弾き飛ばされ、サフィアの後ろの壁面に激突した。
サフィアが振り向いた瞬間、彼女は血の気が引いた。
「そん……な……!」
サフィアはふらふらしながら、倒れる2人の元へと駆け寄った。
ノエルもマリンもその場で固まったまま、微動だにしていない。
「こんな一瞬で負けるなんて……嘘ですよね……? 返事をしてください!」
サフィアは2人の手を握る。
しかし、2人は気を失っているのか、返事をしなかった。
そしてサフィアは立ち上がり、ドミニカの方へと向き直った。
ドミニカは、未だに高笑いしながら黒い鞭をその場で振り回している。
だがそれも次第に収まり、黒い魔力の矛先はサフィアへと向けられた。
「確かお前……そいつの妹だったよなぁ? だったらお前にも利用価値がある。とりあえずさっさと倒して、あいつのところに連れて行かねえとな!!」
「あたしが……このあたしが、あんたなんかに負けるわけないでしょ!」
「は? お前、今の状況分かってんのか? そこの2人は、もうお前に力を貸しちゃくれねえんだよ!」
「分かってないのはあんたの方よ! そんな力、どう見てもあんたの手に余ってるじゃないの! 無茶苦茶に感情のまま振り回して、むしろその力に操られてるようにしか見えないわ!」
「違う……違う、違う!! これは俺の力なんだ! 俺が操られてるだって……? そんなことが絶対にあるものか! そんなでたらめを言って、お前も俺を見下すんだなぁぁあああ!!」
黒い鞭がサフィアに襲いかかる。
サフィアはそれがノエルたちに当たらないように氷の壁で防いだ。
しかし、みるみるうちにそれは溶かされ、氷の壁は壊されてしまった。
だが、そこにサフィアは立っていなかった。
ドミニカは周りを見回している。
「どこ見てるの! こっちよこっち!」
「なにっ!?」
ドミニカは声のする方を見上げた。
すると、サフィアはいつの間にか闘技場の空中に立っていたのだった。
サフィアの足元には氷の塊が浮いており、サフィアはそれを階段のようにしてだんだん上へと登っていく。
「ここまで来れるかしら?」
「くそっ! ふざけた真似を!」
ドミニカは黒い鞭を魔力に戻し、そのまま塔のように固めて足場にして、一気にサフィアのいる高さへと上昇した。
「流石にこれくらいはできるか……。でもやっぱり、それはあんたの手に余る力……みたいね?」
「なんだと……?」
「今です、 ノエル様!」
「よくやった、サフィー! アタシに任せろ!」
ドミニカが下を見ると、黒い魔力の塔が次第に紫の鎖で拘束されていることに気づいた。
それを見たドミニカは、鎖に追いつかれないように黒い魔力を増幅させ、塔を高くしようとする。
しかし、黒い魔力を増幅させた瞬間、黒い魔力はドロドロに溶け始め、塔の形状を保てなくなった。
ドミニカは液状になった魔力と共に落下し、再びノエルの鎖に拘束されたのであった。
「お、お前らぁ……!」
「まさか魔力切れとは、生憎だったね。今度は魔力に反応して拘束がキツくなる『大呪縛鎖』だ」
ミノムシのように鎖で縛られたドミニカの元に、ノエルとサフィアがやってきた。
だが、マリンは倒れたまま動いていない。
2人を見上げながら、ドミニカは言った。
「さっきまで気を失ってたはずじゃなかったのか……!」
「あんたに吹っ飛ばされる直前に、2人の背中に『蒼の棺桶』を発動しておいたの。それで衝撃を防いだってわけ」
「それじゃ、さっきそいつらのところに行ったのって……!」
「あぁ、手を握って生存確認してくれただけさ。ついでに大きい魔法の詠唱時間も稼いでくれるとは……。よくできた弟子だよ、全く」
「だが、あいつはまだ倒れたままみたいだな! それなら──!」
倒れたままのマリンを見たドミニカは、鎖の拘束を無視し、再び黒い魔力で鎖を溶かそうとする。
しかし、その時だった。
「いけ、マリン!」
「ええ! 原初の光でその心根を清めて差し上げますわ!」
いつの間にかマリンが立ち上がり、指輪をドミニカに向けてかざしていたのだった。
「『天の光』!!」
激しい光がマリンの指輪を中心に……ではなく、空から降り注いだ。
そして、その光は闘技場どころかプリング全土を覆い、そこにあった悪しきものを全て浄化したのであった。
「う……うぁああああアアア──!!」
ドミニカの黒い魔力は浄化され、そのままドミニカは意識を失ってしまった。
それを見て、ノエルとサフィアは手を合わせて喜んだ。
だが、マリンだけはその場で唖然として突っ立っていた。
「ん……? どうしたんだ、マリン? お前の指輪のおかげで勝ったぞ?」
「い、いえ……。今の、この指輪の魔法じゃありませんわ……!」
「えっ、どういうこと……? 今の魔法ってその指輪とあたしのこの指輪にしか込められてないんだから、その指輪の魔法じゃないの?」
「いいえ、この魔法は術式を中心に浄化の光を放つ魔法のはずですわ。ですが、先ほど光はこの指輪からではなく、空から降ってきましたわよね?」
「あぁ、確かに……。って、空からだって……?」
ノエルが上を見上げると、国を覆う光膜の中心に大きな魔力の塊が浮かんでいるのが見えた。
そしてその瞬間、ノエルは何が起きたのかを理解した。
「あぁっ! 指輪の複製品で作った結界!!」
「お、恐らくこの指輪を複製した時に生まれた魔力の繋がりを経由して、わたくしの詠唱があの大きな指輪の結界に届いてしまったのでしょうね……。これは流石に大失態ですわ……」
マリンはがくりと肩を落として落ち込む。
「ん? どこが大失態なんだい? おかげであいつの呪いを解けたじゃないか」
「魔力を消費した指輪がどうなるか、覚えています?」
「ええと、確か……。指輪の力が一時的に弱まって、効果範囲が狭くなって……」
「そういえばそんなこと言ってたな……。って、まさか……!?」
ノエルとサフィアは再び上を見上げて光膜を見つめる。
その後、2人は真っ青になって呟いた。
「ノエル様……光膜の色が次第に薄くなってません……?」
「あ、あぁ……。それに気温も少しずつ上がってきてないか……?」
「ああああ!! こんなの、国王様にお叱りを受けるだけじゃ済みませんわぁあああ!! どうしま──」
「さ、流石にアタシでもこれはどうにも……」
「諦めが早すぎですわよぉぉ……! わたくし、これから一体どうすればぁああ……!!」
マリンはその場に崩れ落ち、青ざめた顔で泣きじゃくっている。
サフィアはノエルを指輪の効果範囲に入れるためにノエルの腕にひっついたまま、姉の泣き叫ぶ姿をただ見ているしかなかったのだった。
***
その後、指輪の力の弱化が酷暑になる程度で止まったため、プリングの気温はそこから持ち直すことができた。
そして、その日は闘技場が半壊していたため、閉会式及び表彰式は後日に延期された。
外に避難していた観客にはマリンの勝利が伝えられたが、その場で賭け金の返金のみが行われ、残りの支払いは閉会式後に行われることとなった。
また、ドミニカはノエルがプリング城に連行し、そのまま地下牢に投獄された。
加えて、その日のうちにオクトーは目を覚まし、ノエルたちは一安心したのであった。
その後でノエルたちが聞いた話では、黒い魔力の影響で倒れた観客たちも次第に目を覚ましたという。
一方でマリンはというと、国王に土下座をして観客の賭け金の半分を借金することには成功したが、その代償と光膜の結界を弱めた罰を一緒に受けることとなったのだった。
***
次の日、ノエルたちは魔導書を開いて、各々が崩れた石柱や岩盤を魔法で持ち上げていた。
「おい、どうして結局アタシたちまで巻き込まれてるんだ」
「そんなこと言って手伝ってくれている辺り、それが文句じゃないということで受け取っておきますわ」
「ほら、2人とも! 早くそこを片付けてください! 次は闘技台の修繕しなきゃなんだから!」
「「はーい」」
マリンが受けた罰の1つは、壊れた闘技場の修復であった。
マリンによって光膜の結界が弱まったとはいえ、彼女が観客の命を守ったことは事実であったため、罪が軽減されたのだった。
手を動かしながら、ノエルは空を見上げて光膜を眺める。
煌々と不思議な色の光を放つそのベールの色は、1日前よりも明らかに濃くなっていた。
「それに、まさか光膜の結界の魔力が1日で充填されるなんて思わなかったねぇ」
「火山地帯だから自然の魔力が豊富だったんですわね。果たして偶然なのか、これも姉様の読み通りなのかは分かりませんが……」
「しかも、魔力が減ったら効果範囲が狭まるんじゃなくて、効果が弱まるだけっていうのもよくできてるよね。国全体にちゃんと結界が行き届くように作られてるんだもん」
「それに関しては流石、姉様の作った結界ですわ。まさかここまで対策されていたとは思いにも寄りませんでしたが、おかげで助かりましたわ……」
「あれよりさらに被害が増えてたら、支配人の座すら危うかっただろうからねぇ?」
マリンは被害を最小限に抑えたこともあって、その対応が方方に評価され、闘技場の支配人の座から下ろされなかったのだった。
「サフィーにも本当に感謝していますわ。少しでも避難が遅れていれば、もっと被害が拡大していましたから」
「感謝は受け取っておくわ。でも、支配人の座を守れた代わりに借金が増えたからね?」
「うっ……。そればかりは本当に申し訳ありませんわ……」
「ま、借りれただけでもありがたい上に、今後のお前の給料から天引きされるだけだってんだから、超絶良心的な国王様じゃないか」
「本当にありがたい話ですわ……。それに、ここの修復ともう1つの仕事を済ませればそれで懲罰が終わりなんですから……」
壊れた闘技台の壁面を土魔法で修復しながら、サフィアは呟いた。
「そういえば、オクトーさんみたいな人と結婚したら収入増えるから、もっと早く借金を返せたりして……?」
「ちょっ、サフィー!?」
「あっはは! そりゃ都合が良いな! もう1回マリン杯開催したらどうだ?」
「あなたたち、わたくしの結婚に賛成なのか反対なのかどっちですの!? それに、もうあんなのは懲り懲りですわぁ!!」
ノエルとサフィアは楽しそうに笑い合う。
マリンもそれに釣られて微笑み、闘技場全体に3人の笑い声が反響するのであった。
そして、その日のうちに闘技場の修復が完了し、閉会式を行う準備が完了したのだった。




