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65頁目.ノエルと黒い魔力と混乱と……

 マリンとドミニカの最終試合は、マリンの先手で始まった。

 と言っても、マリンの方がドミニカよりほんの少しだけ速く火球を放っただけで、双方ほぼ同時に火球を撃っていた。

 2つの火の弾は闘技台の中心で衝突し、小さな爆風を生み出した。

 その瞬間、マリンはすかさず爆風越しに火球を放ち、それをドミニカに見事命中させたのだった。

 ノエルたちはその様子を興奮しながら眺めていた。



「おおっ! 爆風で向こう側が見えない隙を突くとは、なかなかに良い戦いをするじゃないか!」


「何と言いますか……。自分の結婚がかかってるからか、気迫がここまで届いてる気がします……」


「ま、必死にやってる方があいつらしい戦いと言えるだろうねぇ。今だって良い一撃を入れたことだし──」


「い、いえっ、ノエル様! 違います! 爆風の向こう側、よく見て下さい!」


「うん? まさか……」



 ノエルは前のめりに爆風の煙の奥を凝視する。

 すると、その目線の先に半透明な壁のようなものが立っていた。



「なるほど、土魔法か! マリンが攻撃してくることを読んでいたんだな……」


「一筋縄ではいかない相手ってことですね……」


「それに、きっとあいつには呪いの残滓のようなものを操る力がある。それも考慮して戦わなきゃならないから、一瞬の油断が命取りってことだ」


「じゃあ、もっと応援しなきゃですねっ! お姉ちゃーん! 頑張ってー!」



***



 マリンは自分の魔法がドミニカの魔法で防がれたことに気づき、一筋縄ではいかないことを察知していた。

 そんな勝負の間の一瞬で、マリンは思考を巡らせていた。



「(隙を突くにも、今のはあからさますぎましたか……。ですが、火魔法しか使えない以上は隙を突いた一点突破を狙うしかありませんものね……。でも、どうしましょう……)」



 時折聞こえるサフィアの声援で心を昂らせつつ、マリンはこう考えた。



「(中級魔法までしか使えない規定はわたくしにも適用される。ということは、火力高めの魔法をひたすら撃てば勝てるはず……。それなら、オクトーを倒したあの力の正体を探るのが先ですわね!)」



 マリンは一歩、また一歩と、少しずつドミニカに近づいていく。

 すると、煙が晴れたその瞬間、炎の刃がマリンの顔めがけて飛んできた。

 しかし、マリンは当たる寸前に裏拳でそれを弾き飛ばし、ドミニカに自分の声が届く距離まで近づいた。



「ドミニカさん。戦っている最中に申し訳ありませんが、少しお話ししてもよろしいかしら?」


「……随分と余裕ですね。俺の攻撃をいともたやすく弾くほどの強さがあるとはいえ、見下した態度は頂けませんよ……!」


「お話しして頂けるようで何よりですわっ!」



 観客に怪しまれないよう加減をしつつ、マリンは攻撃を続ける。

 ドミニカも負けじとそれに応戦し、試合としては非常に盛り上がる反撃の応酬が繰り広げられていた。



「あなた、確か数年前は魔導士の未来を築くために、優秀な魔導士の血を引くわたくしと結婚したいと申していましたわよね? それはお変わりありませんの?」


「ええ、それはもう。まさか6年も待たされることになるなんて思いませんでしたが」


「それについては後ほど謝辞を聞いてもらうとして……。先ほどの試合の件についてお聞きしたいのですが」


「っ……! どうして今その話になるんだ!」


「それはもちろん、わたくしには何が起きたのか分からないからですわ。もし反則の手を使ったのであれば、この試合も何もかも失格として無効になりますもの」


「チッ……さっきのが最後の試合だと思ってたってのに……。イラつくんだよ……。お前も……この世界も……!!」


「なっ……!?」



 その瞬間、マリンは攻撃を止め、本能的にドミニカから距離を取った。

 そして、マリンは目の前に広がる邪悪を見た。



「黒い……魔力……!」



 ドミニカが激昂した瞬間、ドミニカが着ているローブの中から黒いモヤのようなものが溢れ出していたのだった。

 ()()が観客に見えているのかは分からずとも、これがオクトーを倒した謎の力なのだと、マリンは一瞬で理解した。



「闇魔法よりも暗い、黒い魔力……。やはり、原初の大厄災にまつわる力ですわね?」


「あぁ、そうだよ……。この力さえあれば、俺は誰からも見下されないんだ!」


「あなた、そんなものを一体どこで……! それに、観客を巻き込むつもりですの!?」


「あいつらには興味ない! 俺はあんたを倒すことができればそれでいいんだよ!」



 その黒い魔力はマリンに猛攻を加えながら次第に膨張していき、その範囲は闘技台を超え始めていた。

 マリンは『陽炎の分身(ミラーズ・デコイ)』でそれを回避しつつ、会話できる距離を保っていた。

 しかし、観客たちの一部はその攻撃の影響で次々と倒れていっていた。



「くっ……。今は話が通じそうにありませんわね……! 仕方ありませんわ……」



 マリンは観客に向かって声を張って言った。



「皆様! 職員の指示に従って、一旦外に避難して下さいまし! この黒い煙を吸わないよう、急いで!」



 その瞬間、観客たちは出口に流れていく。

 マリンはなるべく黒い魔力が観客の方に行かないよう距離を取りつつ、ドミニカに攻撃を仕掛けるのであった。



***



 ノエルとサフィアは、下の階にいる観客たちが混乱状態に陥っていることに気づいた。

 観客同士が我先にと押し合いへし合い、職員の指示が一切意味を為していなかった。



「あのバカ……! 急にそんなこと言われたら混乱するに決まってるだろ……って、何やってるんだい、サフィー?」


「……『大瀑布(エル・カタラクト)』!」



 観客席全体の上空に突然、水の円環が出現し、そのまま降ってきた。

 それは混乱状態の観客たちに直撃し、それがそのまま水流を生んで、出口から全ての観客と共に流れていったのであった。

 ノエルはポカンと口を開けてその様子を眺めていた。



「い、今……一体何が起きたんだ……?」


「ふう……。即席とはいえ、作るの大変でしたよー……」


「今のが即席だって!? 今の魔法、かなり手の込んだことが起きてたような……。どんな仕組みなんだい?」


「この闘技場の形状上、ただ単に水の塊を降らせるだけだとお姉ちゃんたちの方に流れていっちゃいますよね? なので、風魔法で渦を作って出口に向かって水流を起こして流しちゃえ! って思って作ってみました!」


「全く……あの一瞬でここまで判断できるとは恐ろしい子だが……。まあ、それはそれとして、アタシたちも行くぞ!」


「はいっ!」



***



 マリンは観客たちが水で外へ流されていくのを、戦いながら見ていた。



「(今のは……サフィーの魔法ですわね……。使い所を間違えれば危険な魔法ですが、今は助かりましたわ!)」



 そんな感謝を心の中でしつつ、ドミニカの黒い魔力を魔法で弾き返し続けていた。

 ドミニカは止まることなく、その攻撃を続ける。



「よそ見してる暇があるのかよ! あぁ、そうか……。やっぱり、お前も俺をバカにして見下すんだな!」


「そのように捉えているのであれば、あなたは大きな勘違いをしていますわ!」


「なに……?」


「あなたが二回戦まで実力で勝ち上がっていたのは事実! それについてはわたくしも素直に尊敬していましたわ」


「それがどうした! 今の態度と正反対じゃないか!」


「ですが! あなたは決勝戦で自分のものでもない力を使って、不当に勝利を得た! そんな方をわたくしが軽蔑しないわけありませんわ!」



 マリンは黒い魔力に触れないよう距離を詰め、『撃滅の炎拳(グラン・フラム)』を至近距離で放った。

 ドミニカはすかさず土魔法で壁を作ってそれを防御したが、熱波に圧されて吹き飛ばされた。

 しかし、黒い魔力は依然として収まらず、ドミニカはゆらゆらと立ち上がって言った。



「自分のものでもない力……だと?」


「ええ、それはあくまで大厄災の呪いの一部。あなたのものではありませんわ」


「いや……いいや、違う! 俺が自由に使える力なんだから、こいつは俺の力だ! あいつが俺に与えてくれた力なんだから、俺の力以外の何物でもねえ!」


「あいつ……?」


「ふん、隙ありだ!!」



 ドミニカは黒い魔力を細い鞭のようにして固め、それをマリンに向かって振りかざした。

 その数は数十本を超え、いつの間にかマリンの四方八方を固めていたのであった。



「(油断しましたわ! 流石にこれは避けられません……!)」



 マリンは目を瞑って身構える。



「これで……これで俺の勝利を、俺の力の証明をしてやるんだぁああ!!」



 数十本もの鋭い鞭がマリンに襲いかかった。

 ドミニカは下劣な笑みを浮かべて高笑いをしながら、黒い鞭を振るっている。

 しかし、それは一本たりともマリンに当たっていなかった。



「……なんだ?」



 マリンが恐る恐る目を開けると、自分の周りを囲うように巨大な氷の壁が立っているのが分かった。

 また、その氷の壁の周りに張り巡らされた鎖が、黒い鞭を伝ってドミニカの動きを止めている。



「これは……!」



 後ろを振り向き、観客席の方を見上げると、サフィアが息を切らしながら魔導書を開いている姿がマリンの目に映った。

 そして、その隣でノエルが息を切らしつつ、心配そうな目でマリンを見ているのも分かった。



「サフィー! ノエル!」


「はぁ……はぁ……。間一髪……だったな!」



 サフィアはドミニカに向かって人差し指を差し、魔導書を持った手を腰に当てて、堂々とこう言った。



「お姉ちゃんは……ノエル様とのケンカの時以外、誰にも傷付けさせないんだから!」

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