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64頁目.ノエルと基準と野次と……

 ノエルたちも観客たちも、今の一瞬で起きた出来事に絶句していた。

 特に、オクトーが勝つと一番信じていたマリンはその光景に驚きを隠せず、実況を忘れてその場で固まっていた。

 その光景が信じられなかったノエルは、サフィアに尋ねる。



「な、なあ、サフィー。今、戦況は一体どうなってる? アタシにはオクトーがぶっ倒れてるように見えるんだが……」


「そ、それで合ってますよノエル様! あたしにも同じ状況が見えてますから……」


「ドミニカのやつ……。一体何をした……?」


「もし何かの魔法だとしたら……。調べてみます!」



 サフィアは目を閉じて周囲の魔力を調べる。



「ノ、ノエル様! 闘技台の辺りに妙な魔力が!」


「あぁ! アタシも感じた! この嫌な気持ち悪さのある魔力……。どこかで……」


「でも、とにかく今はこの状況をどうにかしないとですね……! お姉ちゃん! 早く試合を終わらせて!」


「……はっ! そうでしたわね! しょ、勝者、ドミニカ! よって、優勝はドミニカ選手ですわ〜! オクトー選手の容態確認と、次の準備がありますので皆様、またしばらくお待ちくださいませ〜!」



 マリンの声で観客たちは我に返り、何が起きたのかとガヤガヤ話し始める。

 そんな中、マリンは急ぎ足で下層の救護室へと向かった。

 そしてノエルたちが気づいた時には、謎の魔力は消えているのであった。

 ノエルとサフィアも、マリンを追って救護室へ向かった。



***



 闘技場地下、救護室にて。

 運ばれてきたオクトーは、個室のベッドの上で気を失ったまま目覚めていなかった。

 命に別状はないと医師から聞き、3人は胸を撫で下ろすのであった。



「とりあえず一安心ですが……。突然、色んな問題が舞い込んできましたわね……」


「ドミニカに話を聞くにしても、この大会後じゃないと時間もないしな……」


「でもこれマズいよ! お姉ちゃんが結婚しなきゃいけなくなっちゃう!」


「そうか! オクトーに勝ってもらわないと話が変わってくるじゃないか! どうするんだよ、マリン!」


「あぁ〜、もう! 今考えているところですわ! あと20分しかない中で、この問題をまとめて解決する方法は……方法は……」



 右往左往するマリンを見て、普段のマリンではありえないほど焦っているのが、ノエルたちにも分かった。



「そうだな……例えば……。あ、全額払い戻しするから観客には帰ってもらうとか、どうだ?」


「一番ない選択ですわ! そんなことしたら国王から即クビにさせられますわよ!」


「じゃあ……ドミニカに一番欲しいものを聞いて、お前との結婚の権利と引き換えてもらうとか?」


「逃げの一手ですわね……。ですが、恐らく観客の不満が解消されずに大会としては大失敗に終わりますわ……」


「じゃあどうしろってんだよ!」


「それを考える時間でしょうが!」


「あぁ、もう! 2人ともこんな時にまで喧嘩しないで! 時間が余計に過ぎちゃう!」



 サフィアがノエルとマリンを静止する。

 それによって2人の興奮はどうにかおさまり、話を続けられる空気に戻った。

 サフィアは少し考え、こう提案してきた。



「それじゃあ……お姉ちゃんがドミニカって人と戦うのはどう?」


「どういうこと……ですの?」


「これって、お姉ちゃんと結婚する強い男の人を決めるための大会だよね?」


「あぁ、そうだな。今となっては趣旨が変わってるが」


「でもその()()()()()って、お姉ちゃんの修行に付き合えるかどうか……じゃなかった?」


「……そうか! 男の中で強いと言っても、マリンに匹敵する強さかどうかは測れない! マリンと戦わないとそれが分からないのか!」


「な、なるほど……?」



 マリンはまだ話が掴めていない様子を見せている。



「お前は優勝者に結婚する権利を与える、そう言っていた。だが、その権利の内容については明言していなかった」


「つまり、その権利はお姉ちゃんと結婚するための条件に置き換えることもできるってこと。そしてその条件こそ、お姉ちゃんと戦って勝利するか引き分けるかなんだよ!」


「なるほど、理解しましたわ! 早い話、わたくしが勝てば万事解決というわけですわね!」


「まあ、そういうことさ。それに、お前が闘技台に立って戦えば観客は大盛り上がり間違いなしだろうしね」


「よーし、それじゃお姉ちゃん。次の試合に勝って、全部全部終わらせちゃって!」



 サフィアとマリンは拳を上げて士気を上げている。

 しかし、ノエルは1人怪訝な表情をしていた。



「なあ……ドミニカのことなんだが……」


「あ、そういえば妙な魔力を発してましたよね。あれって結局何だったんだろ?」


「何のことですの?」


「そうか、お前その時固まってたもんな。実はオクトーが倒れてすぐ、周囲の魔力を調べてみたら嫌な感じの魔力を感じたんだよ」


「嫌な魔力……? 以前にも似たようなことを言ってましたわね? あれは確か……」


「ああっ! 思い出した! そうだ、海魔に取り憑いていた()()()()()! あの魔力と似ていたんだよ!」


「何ですって!?」



 南の国・ラウディにてノエルたちが遭遇した海魔・大海蛇(シーサーペント)は、原初の大厄災で生まれた呪いの残滓によって甚大な被害を及ぼしていた。

 ノエルは大海蛇(シーサーペント)に襲われた時に感じた魔力と同じような魔力を、ドミニカから感じていたのだった。



「間違いない。あいつは呪いの残滓のような原初の大厄災の影響を受けた()()を持っている。マリン、あいつには注意しろよ。何をしてくるか分からないからな」


「ええ、上等ですわ。このおばあさまの残した指輪にかけて、そんな災いなんて払ってみせますとも!」



 そう言って、マリンは職員にこれからのことを伝え、準備を始めた。

 サフィアは少し俯いて呟く。



「お姉ちゃん……。大丈夫でしょうか……」


「あいつが負ける要素なんてどこにも見当たらないだろう? 安心して見守ろうじゃないか」


「もちろんお姉ちゃんが勝つとは思ってますけど、そうじゃなくてですね……」


「じゃあ……何を心配してるんだ?」


「あのドミニカって人、どうしてお姉ちゃんと結婚しようと思ったんだろうって思って……。あんな強力な力を持った魔導士が、純粋な理由でお姉ちゃんに近づくなんて思えないんです」


「あの大海蛇(シーサーペント)の呪いの残滓といい、かつて姉さん……ソワレが祓ったという呪いの残滓といい、ここ数年で大厄災に関する問題が多発しているのと何か関係が……? 確かに悪い予感がする……」



 ノエルはそう呟いて、サフィアと一緒に席へと戻っていった。



***



 休憩時間が終わり、観客たちは表彰式と賭け金の受け取りのためだけに残っていた。

 マリンが闘技台へ出てきた瞬間、観客たちは「早くしろ!」「お金はまだか!」と、野次を飛ばし始めた。

 マリンはそれを気にも留めず、拡声器(メガホン)を手に取って呼びかける。



「皆様、大変長らくお待たせいたしましたわ! 優勝商品の授与……もとい、優勝者のドミニカ選手とわたくしの最終試合を行いますわ!」



 観客たちは皆驚き、先ほどまでの野次の嵐は気づけば歓声へと変わっていた。



「説明を忘れていましたわね。この大会はわたくしと共に修行をできるほどの強さを持つ、強い男性を決めるための大会。つまり、優勝者に与えられるわたくしと結婚する権利とは、わたくしと戦う権利に他ならないのですわ!」



 それを聞いて観客たちは納得したようで、歓声は最大級のものとなっていた。



「わたくしに勝てぬ者がわたくしと結婚するなんて1万年早いですわ。ですが、きっと優勝者ならわたくしと渡り合えると信じています。さあ、ドミニカ選手の入場ですわよ!」



 壁面が開き、ドミニカが無表情で闘技台へやってきた。

 マリンは壁面が閉じたのを確認すると、観客に向かって言った。



「これが最終試合……。つまりは最後の試合ですわ。ドミニカ選手が勝てば、彼に賭けた方に賭け金が、わたくしが勝てば、今大会で賭けた全ての方に謝罪金として賭け金の1.5倍をお返しいたしますわ!」



 その瞬間、会場全体が一瞬固まり、そして一斉にマリンを応援する歓声が飛び交うのであった。

 無論、ノエルも驚いていた。



「ま、待て待て! あいつ、そんなお金どこから出すつもりなんだ!?」


「まあ、そうしなきゃいけないのは分かるけど……。あとで国王様に頭を下げるお姉ちゃんの姿が思い浮かびますねぇ……」


「勝っても負けても、あいつロクな目に遭わないんだな……。あれ? それってもしかしてアタシたちも巻き込まれるんじゃ……」



 マリンは観客の方へ手をかざし、大きくなる歓声を抑えて言った。



「それでは、3つの秒読みを皆様にしてもらいましょう! わたくしがこの拡声器(メガホン)をここにいる職員に渡したら、3から始めてくださいまし!」



 そう言って、マリンは自分の後ろに来た職員に拡声器(メガホン)を渡した。

 職員は急いで壁面へと戻り、壁面は完全に閉ざされた。

 そしてその瞬間、観客たちは秒読みを始めた。



「3……!」


「2……!」


「1……!」


戦闘開始(ファイッ)!!」



 その掛け声と共にマリンとドミニカは互いに魔導書を構え、マリン杯最終試合、ドミニカ対マリンの試合が今、始まった。

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