63頁目.ノエルと策士と一瞬の出来事と……
二回戦・第二試合。
火魔法を操る魔導兵士のドミニカと、機械装甲を装着したホロウの試合である。
会場はホロウが圧勝するだろうという空気になっており、ドミニカを応援する観客はほんの少しだけだった。
ノエルは2人が入場完了したのを見てサフィアに尋ねた。
「サフィー、どっちが勝つと思う?」
「当然、ホロウって人が勝つと思ってますけど……。逆にそう聞くってことは、ノエル様はドミニカって人が勝つと思ってるんですか?」
「あぁ、そうだとも。アタシは機械というものには疎いが、機械の素材のことくらいは分かる。金属ってのは熱に弱いものだろ? だからドミニカにも勝算はあるはずだ」
「でも耐熱性のある金属を使ってる可能性もありません? 前回大会で本戦出場者は決まってましたし、対策してないわけはないと思うんですけど」
「ふーむ、確かに……。だがドミニカには隠し玉の土魔法もある。色々戦いようはあるだろうさ。この目で確かめるとしようじゃないか」
「一瞬で終わらないことを祈るばかりですが……」
そんなことを話しているうちに、マリンの戦闘開始の合図が闘技場内に響き渡った。
ノエルたちは少し前のめりになって試合を眺める。
先んじて動いたのはホロウだった。
一回戦の時と同じように大きな鉄球がついた腕を振り回し、ドミニカに突撃する。
そして鉄球がドミニカに当たったと観客全員が思ったその次の瞬間、ホロウを含む全員が驚きの声を上げた。
「おおっと! これはどういうことでしょう! ドミニカ選手に鉄球が直撃したと思えば、みるみるうちにその姿が煙のように消えています! 一体ドミニカ選手はどこに消えたというのでしょうか!」
ノエルとサフィアも他の観客と同じように驚いていたが、マリンの声を聞いてハッとした。
「そ、そういえば前にこんな魔法見たことある気がします!」
「あぁ、アタシもだ。これは──」
「「マリン(お姉ちゃん)が昔使っていた、分身の魔法!」」
そう言って、ノエルはマリンの方を見る。
「何が『どういうことでしょう!』だよ。自分が使ったことあるくせに……」
「今思うと、あれって火魔法だったんですね。お姉ちゃんが火魔法しかまともに扱えないのすっかり忘れてました」
「あぁ、思い出した。中級火魔法『陽炎の分身』だ。空気を熱して上昇気流を起こし、そこに生まれたゆらめきに自分を映し出す魔法さ」
「ということは、本体は近くにいるはず……。あっ、いました! ホロウって人の後ろです!」
ホロウは観客のどよめきによって目の前で消えたそれが幻影であったことに気づき、周りを見回している。
そして自分の後ろにドミニカが立っていることに気がつき、振り向いた。
しかし振り向いた瞬間、ホロウの装甲にドカドカと何発も火球が当たった。
「上手いな。試合開始前から手を打っていたってわけだ」
「少しズルい気もしますが、あの隙のない攻撃は確かに上手いです。でも……」
火球を撃ち終わり、ドミニカは少し下がって様子を確認する。
煙が消え、ホロウの装甲を見たドミニカは驚愕した。
「これはなんということでしょう! ホロウ選手の装甲には傷一つついておりません! ドミニカ選手の火魔法ではどうすることもできないのでしょうか!」
マリンの実況の通り、ホロウの装甲には傷も凹みもついておらず、中のホロウは機嫌良さそうに眼鏡を持ち上げている。
「やはり耐熱性のある素材を使っていたか」
「隙を突けたのも最初の一度きり……。ということは、もうドミニカって人に勝ち目はないでしょうね……」
「うーむ……。確かに土魔法は防御を張ることができたとしても、衝撃を吸収してくれるわけじゃないからねぇ。あの鉄球を一撃でも食らえば前回のホロウの試合と同じようなことになるだろう」
「じゃあやっぱりこの試合の勝者は……」
ホロウは再び鉄球を振り回し、ドミニカに向かって突進する。
ドミニカはギリギリで横に回避し、すれ違いざまに火球を数発撃ち込んだ。
そしてホロウはドミニカに休む暇を与えず、幾度となく鉄球を振り回す。
ドミニカはそれを避けながら攻撃し続けていたが、やがて足を滑らせてしまった。
「マズい、流石に転んでしまったら避けようがないぞ!」
ホロウがニヤリと笑って鉄球を振り下ろした──
その瞬間。
ホロウの装甲が突然爆発した。
大爆発──というほどのものではなく、装甲の一部が暴発して燃えているのであった。
会場全体が何が起きたのかを把握できておらず、戸惑いの声が上がっている。
その隙をドミニカは見逃さなかった。
操作不能になり、慌てて操作盤をいじっているホロウに向かって大きな火球を撃ち込んだ。
そして、ホロウは気絶したのであった。
「しょ、勝者はドミニカ! 皆さま、彼に盛大な拍手を! ホロウ選手の装甲の回収作業に入るため、三回戦の開始まで今しばらくお待ち下さいませ!」
***
マリンはノエルたちのところへと戻ってきた。
「お疲れ。まさかこんなところでお前のかけた魔法が発動するとはねぇ」
「い、いえ……わたくしもそう思っていたのですが、実は発動していないのですわ……」
「ど、どういうこと!?」
「あの爆発でわたくしがかけた魔法の結界は壊れたようですが、実際に発動したらわたくしに魔力で信号が送られるはずでした。ですが、その信号を受け取っていないのです」
「……そ、そうか! お前がかけた魔法って確か、燃料に着火する火魔法だったよな?」
「ええ、そうですが……。はっ、まさか!」
3人は、ドミニカが鉄球を避けながらある一箇所に向かって火球を放っていたことを思い出した。
「あいつが攻撃していたところが燃料タンクだったんだよ! あの装甲の燃料はマリンの話を聞く限りだと可燃性の油だ。直接火が付いても付かずとも、周りの金属が熱せられることで膨張し、いずれは爆発するはずだ」
「でもどうしてそこに燃料タンクがあるなんて分かったんでしょう? パッと見ていた限りだと分からなかったんですけど」
「きっとそれを探るための陽炎の分身だったのですわ。しっかり観察していれば、パイプの繋がりからタンクの位置を割り出すことができるはずですもの」
「なるほど……。ドミニカって人、ちゃんと戦略立てて戦ってたんだ……」
「アタシも気づいた時には度肝を抜かれたよ。あいつ、かなりの策士だ」
そう言って、ノエルは回収されていくホロウの装甲の残骸を見つめる。
「ですが、きっとオクトーなら一瞬ですわね。彼にそこらの火魔法は効きませんもの」
「あ、あぁ、そうだな。魔導士相手ならボコボコにしちまうだろうさ」
「そういえばお姉ちゃん? 次って決勝戦なの? それとも3位決定戦?」
「本来なら盛り上がりを考えて3位決定戦を行う予定でしたわ。ですがお二方とも気絶していらっしゃいますし、今回はくじ引きで3位を決めるしかありませんわね」
「ちゃんと本人たちにくじを引かせろよ? あとで文句言われるだろうから」
「もちろん分かっていますわ。ということはつまり……次の試合こそ今大会最大のお祭りということになりますわね!」
マリンは職員にその旨を伝え、司会台へと向かう。
そして拡声器を持って観客に向けて言った。
「えー、3位決定戦は対戦者が目覚めないままのため、今回に限り見送らせていただきますわ! よって、次の試合は決勝戦! セプタ出身・オクトー対ヴァスカル出身ドミニカ! 次の試合までまたしばらくお待ち下さいませ!」
休憩中だった観客たちだったが、一斉に歓声が上がり、歓喜の声や残念がる声が上がっている。
マリンは職員からの連絡を待ちつつ、その声に耳を傾けるのであった。
***
それから十数分が経過し、銅鑼が鳴り響いた。
マリンは拡声器を持って司会台に立つ。
「早いことで、もうこの時間が来てしまいました……。わたくしとの結婚をかけた男と男の勝負、その最終試合。さあ、参りましょう……。決勝戦の開幕ですわ!!」
トーナメント表の幕がその声と共に垂らされ、闘技場全体が多くの沸き上がる声で震えている。
しばらくして、マリンは手をかざしてその歓声を鎮める。
「それでは迎え入れましょう。まずは、光のように素早く、一撃必殺の打撃を打ち込む姿はまさに鬼そのもの! 決して彼の試合中に瞬きをしてはなりませんわよ! 当闘技場の支配人代理、オクトー!!」
壁が横にずれ動き、その隙間からオクトーが歩いてきた。
余裕がないのか、声をかける観客やマリンに目もくれず準備運動をしている。
「続きましては、華麗なる戦略にて強者を打ち破った火炎の繰り手。多彩な魔法を操る姿は言うなれば魔導士の中の魔導士! これは過言ではありませんわ! ヴァスカルの魔導兵士、ドミニカ!!」
観客が沸くと同時にドミニカが出てきた。
こちらも一切観客に目を向けず、じっとオクトーを見つめている。
マリンは壁が閉じたのを確認し、2人が互いに構えたのを見て言った。
「それでは、両者ともに準備が完了しましたわね。それでは参りましょう! 決勝戦、オクトー対ドミニカ! 戦闘開始!!」
銅鑼が鳴り響き、試合が始まった。
そう誰もが思った時には、既に試合は終わっていたのであった。
1人は立ったまま、もう1人はその場に倒れ込んでいる。
倒れていたのは、オクトーだった。
ノエルたちは言葉を失い、ただその状況を眺めることしかできなかった──。




