61頁目.ノエルとあくびと一回戦と……
第一試合。
木製の大剣を手に戦う海の兵士ヴォルクと、棍棒を振り回す雪原の兵士フォールの試合はなかなかに白熱した試合となった。
この2人の賭け金の倍率は最も高く、2人に賭けた観客の数は全体の1割にも満たなかったのだが、予選を勝ち抜いた実力だけは確かであり、観客の中に目を離した者はいなかった。
そしてノエルたちも例に漏れずその中の1人であった。
「あんなデカい剣を片手で振り回しながら棍棒をひょいひょい避けて……。とんでもない体幹してるぞ、あのヴォルクとかいう奴……」
「うわっ! 今の一撃痛そう……。どうしてそれでも全く怯まずに立ち向かえるの!? ノエル様、フォールって人も凄いですよ!」
「あぁ、やはり何かを求めて争う戦いというものは圧巻だな。とはいえ、あいつらの戦いももちろん凄いんだが、それより頑張ってるヤツが……」
「はい……」
ノエルたちは司会台に立つマリンの方を見る。
「おっと! ヴォルク選手、フォール選手の棍棒を大剣で叩き落とし、その上に乗ったー! 凄い体幹だー! だがしかしフォール選手、棍棒から手を離し……おおっと! 武器を捨ててヴォルク選手の大剣を素手で受け止めたー!」
マリンは戦況を実況して、観客を盛り上げていたのであった。
「実況がなくても楽しめるんだろうが、なぜかあいつの実況分かりやすくて聞いていられるんだよな……」
「あたしとしては実況であれなんであれ、音がないと寂しいですけどねぇ。でもお姉ちゃんって盛り上げ上手だから、実況とか確かに向いてそう……」
「おっ、棍棒を取り直して戦況が戻ったな。これ、どっちかが降参するか倒れるかすれば試合が終わるんだろうが、どっちも強いとなかなか決着がつきそうにないな?」
「えぇ、そうですねぇ……?」
サフィアは言葉に含みを持たせつつ、ノエルとマリンを交互に睨みつけるのであった。
それから30分が経過し、第一試合はフォールの棍棒が折れたことでフォールが降参し、ヴォルクの勝利となった。
***
「続きまして、第二試合! メモラ出身・ベニア対セプタ出身・オクトー! 選手入場ですわ!」
すると闘技台の壁面が開き、オクトーの姿がノエルたちの目に映る。
オクトーはマリンの方へ目をやると、見えないくらい軽く手を振ってベニアの方へ向き直った。
対するベニアはオクトーと比べるととても巨漢で、今にも潰されそうなほど体格の差がはっきりしていた。
「両者ともに準備はできましたわね! それでは……戦闘開始!!」
ベニアもオクトーも武器を使わない体術使いだからか、賭け金の倍率は先ほどの2人より少し低い程度であった。
賭けた観客の合計も全体の1割弱である。
銅鑼が鳴らされると同時にノエルは椅子にもたれかかり、大きくあくびをした。
「あの体格差だ。オクトーとしては隙をつける体力勝負に持ち込みたいだろうし、またしばらくかかりそうだねぇ」
「いっ……!? いえ……ノエル様……」
「ん? まさかオクトーが一瞬で負けたとか…………なあっ!?」
闘技台を見たノエルは絶句した。
この状況を一言で説明するならば、めり込んでいる、と言うべきだろう。
闘技場の中央の地面に、ベニアがうつ伏せになってめり込んでいた。
そしてそのめり込んだ体の上に、オクトーがニコニコしたまま立っていたのである。
無論ノエルだけでなく、観客は皆その状況に言葉を失っており、闘技場内はしんと静まりかえっている。
その静寂を破ったのはマリンの声だった。
「き……決まったー! 一瞬で終わった第二試合、勝者はオクトー! 皆様、盛大な拍手を!」
その瞬間、観客たちは我に返り、拍手喝采が湧き起こった。
「な、なあサフィー? 今の一瞬で何が起きた?」
「ええとですね……。銅鑼がなった瞬間に2人とも前に突撃したんですけど、ベニアって人がつまづいてその瞬間にオクトーさんが上から蹴り落とした……んだと思います」
「つまづいたのに一瞬で気づいて、あの巨体の上に飛んで蹴り落とした……? そんなの人間の反応速度を越えてるぞ……?」
「だからみんなびっくりしてるんじゃないんですか?」
「それはそうなんだが……。まあ、元から蹴り落とすつもりで偶然が重なったって可能性もあるか……?」
「あとで聞いてみましょうよ。とにかく今はオクトーさんの勝利を喜ぶ時ですよ! オクトーさーん!!」
サフィアはオクトーに向かって大きく手を振る。
オクトーはそれに気づいてにこやかに手を振り返し、そのまま退場していった。
そして4人の職員が急いで気絶したベニアの元へ駆けつけ運び出し、5分ほどで闘技台が元に戻った。
***
「えー、続きまして第三試合! ノルベン出身・ヌーボー対ヴァスカル出身・ドミニカ! 選手入場ですわ!」
垂れ幕に書いてあるこの2人の賭け金のレートには大きな差があった。
火魔法を操る魔導士であるドミニカの方がヌーボーの5分の1以下の倍率なのであった。
使用可能な魔法の階級を制限しているとはいえ、相手の武器を燃やすことができる以上は当然の倍率である。
しかし倍率順に並べると、仕方なくこの対戦になってしまうのだった。
「それでは……戦闘開始!!」
次は見逃さないようにと、ノエルはドミニカの方をじっと見つめる。
すると、ドミニカはヌーボーの持つ木製のハンマー目がけて火球を放つ。
「まあ、普通はそう動くよな。だが……」
「あぁっ! 火球がハンマーで叩き落とされてます! あれじゃ火魔法の意味がありません!」
「相手の動きさえ分かっていれば、対策はいくらでも立てられる。ヌーボーの方が一枚上手だったか……?」
「あ、火柱に切り替えました! ハンマーがみるみる燃えていますよ!」
「お、ちゃんとそっちも対策立ててたんだな。確かに火球よりも継続的に燃やすことができる火柱の方が武器破壊には向いているか」
「ん? でもヌーボーって人、そのままドミニカって人の方へ走って詰め寄ってます! ハンマーから手を離さないと燃えちゃうのに!」
サフィアの言う通り、ヌーボーは燃えるハンマーを構えたままドミニカに迫っていた。
そしてそのハンマーを頭の後ろに大きく振りかぶり、ドミニカの頭に向かって思い切り振った。
鈍い音と共に、ドミニカはその場で倒れ込んだ。
それを見たヌーボーはハンマーを捨て、高らかに叫んでガッツポーズをしている。
「うっ……! 今、流石に無事じゃ済まない音が……」
「なるほど……。その手があったか……」
「ノエル様……? って、あれ? 決着ついたはずなのにお姉ちゃんも黙ってる……?」
「よく見てみな。ドミニカの頭のところだ」
「え……? あ、何か見えます! 何か半透明というか……光っているというか……」
「強化の土魔法だよ。あの一瞬だけ頭の周りを守って、今はさしずめ死んだふり中ってとこだろうさ」
すると、ドミニカは倒れたまま、後ろを向くヌーボーに向かって手をかざし、火球を幾度となく放った。
隙を突かれたヌーボーの服は燃え、その間にドミニカは起き上がってヌーボーから距離を取る。
そして、ドミニカは火魔法を止め、全裸となったヌーボーに向かって手をかざすのであった。
ノエルはヌーボーの服が燃えた時点で、サフィアの目を手で覆っていた。
「決まったな」
「あ、あのノエル様。急にそんなこと言われても何が起きてるか分かんないんですけど……」
「すまないが、次の選手入場まではマリンの実況でも聞いていてくれ。サフィーには目に毒というか何というかだから、な?」
「は、はい……」
ヌーボーは手で身体を隠しながら「降参だ!」と叫んだ。
「決着ですわ! 勝者はドミニカ! 皆さま、勝者に盛大な拍手を!」
ドミニカは手を下ろし、そのまま退場していった。
それを追って、ヌーボーも逃げるように退場するのであった。
その様子を確認したノエルはサフィアの目を覆っていた手を離し、一息ついた。
「はぁ……。次で一回戦は最終試合か。残る候補者は……」
「えーと……。サラマンダーの獣人のセレッソって人と、発明家のホロウって人ですね」
「それだけ聞くとセレッソが勝ちそうだが、倍率を見る限りホロウに賭ける人間が多いみたいだねぇ」
「やはり機械の使用が理由でしょうか。ただの装甲だけならまだしも、規定内で許される武器なら何でも使う人……でしたっけ」
「いくらサラマンダーの獣人でもただの木剣じゃ勝てっこないだろうね。全く、これのどこが正当性のある振り分けだって?」
「ま、まあ、良い戦いをするよう振り分けるよりは、圧倒的な方が闘技場的に盛り上がるとか……。もう決まってることですし、こればかりは仕方ありませんねぇ」
***
「第四試合! プリング出身・セレッソ対ノーリス出身・ホロウ! 選手入場ですわー!」
すると壁面から、大柄なサラマンダーの獣人が闘技台の真ん中に向けてドスドスと歩いてきた。
しかし、観客の目はその反対の壁面に向いていた。
壁の奥からガシャンガシャンと音が聞こえ、暗闇の中からセレッソの身長の2倍はある巨大な金属の塊が歩いてきたのである。
機械の中央には小柄なホロウが立っており、その正面はガラスのようなもので守られていた。
「……やっぱりあれは反則じゃないか?」
「も、もう決まってること……ですから……。いえ……もうこれは無理のある言い訳ですね……」
ノエルたちが言葉を失うほど、その戦力差は圧倒的であった。
そして言うまでもなく、勝負は一瞬で決まった。
戦闘開始と同時に、ホロウは両手につけた鉄球を振り回し、セレッソは盾を構えるも吹き飛ばされ、そのまま壁に激突して気絶してしまったのであった。
「しょ、勝者、ホロウ! 皆さま、この圧倒的な勝利に喝采を! 果たして彼を倒す者は現れるのでしょうか! それでは、次の試合までしばらく休憩といたしますわ!」
こうして、一回戦は想定よりも早く終わったのであった。




