60頁目.ノエルと銅鑼と賞品と……
それから3日が経過した。
マリンは運営業務に専念しており、マリン杯の準備は着々と進んでいた。
大会が発表されて数日しか経っていないにも関わらず、各国から多くの観客が集まりつつあった。
候補者たちも全員出場が決定し、マリン杯開催は目前となっていた。
そんな中、ノエルとサフィアは駅に張り込んで魔導士らしき人物がいないかを探っていたが、ヴァスカルから来た魔導士がいる程度で、さしたる魔導士は見つからなかったのであった。
「やっぱり優秀な魔導士なんかが闘技大会を見に来るわけないか……」
「今のところ大体は国が雇っていたり、そもそも外界に興味がなかったりですもんねぇ。数日前に発表された大会をわざわざ見に来るほど暇じゃないってことでしょうか」
「ま、そもそもあまりにやることなくて暇つぶしに始めたことだし、見つからなくても文句は言わない。だが……」
「お姉ちゃんがいないことで、ここまで暇を持て余すことになるなんて……」
2人は深く溜息をついた。
思っていたよりもマリンの存在が旅に欠かせない存在となっていたことを、今さらながらに実感するノエルとサフィアであった。
「それにしても……」
ノエルは振り向き、駅から見える大通りを眺める。
「本当にここまでの観客が押し寄せるくらい人気なんだな、あいつの闘技場……」
「そうですねぇ。まだ3日前のはずなのに人がいっぱいいて、色んな国から色んな人たちがこんなに集まって……。宿の部屋数、足りるんですかね?」
「あぁ、それなら全く問題ないだろう。聞いた話によると、サラマンダーの獣人ってのは火山の真下の集落に住んでいるらしく、この辺りにある大量の建物は全部観客用なんだそうだ」
「そう考えると、本当に国を挙げた大興業なんですよね、コレ。それにお姉ちゃんが関わってるなんて未だに信じられません……」
「そりゃアタシもさ。ここまでのことを国に頼んで実現させた上に、それが今でも大成功しているなんて、とんでもない才能だ。あいつが一体何者なのか、アタシには分からなくなってきたよ……」
そう言って、2人は空に輝く赤い光膜をじっと見つめる。
「……ま、この件が全部終わったらあいつに聞けばいい話だし、悩んでてもしょうがないか! そろそろ昼時だし、サフィー、何か食べたいものはあるかい?」
「それなら今日は断然、お肉ですよお肉! どうやらこの近くに、溶岩の上で肉を焼いて提供する溶岩焼きという名物を売ってる出店があるそうで、プリングの名物なんだとか!」
「ほう……。火山地帯に住むサラマンダーならではの調理法ってわけだ。興味が湧いた、早速行くぞ!」
「はいっ!」
こうして2人はプリングを堪能しつつ、マリン杯の開催を心待ちにするのであった。
***
それからさらに3日が経過し、マリン杯当日。
早朝から闘技場正門前には長蛇の列が形成され、多くの人々が8人の候補者の誰が優勝するかを賭けていた。
そして、昼を過ぎてようやく開催準備が整ったのであった。
闘技場には5万人を超える観客が大陸中から押し寄せ、熱狂が渦巻いていた。
ノエルとサフィアは、マリンと一緒に観客席のさらに上にある主催者席に座り、その様子を唖然として眺めていた。
ノエルはマリンに尋ねる。
「な、なあ……。毎回こんなに来るのか……?」
「いえ、いつもなら多くてせいぜい1万人ほどです。ただ今回は普通の大会とは違いますもの。各国の猛者が集い、わたくしという優勝賞品をかけて闘う。それは即ち、最強の男がいる国を決める闘いに他ならないのですわ!」
「最強って言っても、お前と結婚したいやつ限定だけどな。まあ……その事実はこいつら観客にとってはどうでもいいことってわけか」
「そもそも候補者の人たちってどうして前のマリン杯に出場したんだろう? お姉ちゃん、確かに美人だしお金持ちっぽく見えるかもしれないけど……ねぇ?」
「ねえ、サフィー? 今のは褒めたんですの? 貶したんですの?」
「うーむ……。名簿を見た限り、年齢層は25〜55歳……。かなりまばらだな」
サフィアに詰め寄るマリンの肩を片手で抑えつつ、ノエルは名簿をめくっていた。
すると、そこに道着に着替えたオクトーがやって来て言った。
「理由は人によると思いますよ。私は単純にマリン様に惚れたというだけですが、他の人に取られるわけにはいきませんので」
「おぉ、誰かと思えばオクトーか。スーツじゃないから一瞬分からなかったよ」
「オクトーさんはそうだろうと思ってたけど、他の候補者の人たちの理由がよく分かんないだよね」
「そうですね……。私も一部の候補者からしか聞いていませんが、ほとんどは結婚相手が職業柄見つからないから、と……」
「あぁ……ほとんどが国の兵士なんだっけ……。全く……優勝賞品を自分にするマリンもマリンだが、それに釣られる連中も連中だな」
「あの頃のわたくしは、理由はどうであれ自分の修行に生涯付き合ってくれる殿方がいればそれで良かったのです。ちゃんと予選に出場する候補者は面談で選んだ上で決めているので、人柄については特に問題ありませんでしたし──」
するとその瞬間、定刻を告げる銅鑼が鳴り響いた。
「おっと、そろそろ控え室に戻らなければ。私はこれで失礼します」
「あぁ、頑張れよー」
「あたし、信じてますから!」
「主催者として天秤を傾けるわけにはいきませんけれど……。今回は仕方ありませんわ。わたくしの未来、あなたに託しましたわよ」
「ええ……。必ずや私が勝利を掴んでみせますとも!」
***
しばらくして再び銅鑼が鳴り、マリン杯・開会式が始まった。
マリンは風魔法を用いた魔具『拡声器』を手に取り、主催者席の前方にある司会台に立った。
すると、先ほどまで騒がしかった観客たちは一斉に黙り、マリンに注目する。
「あ、あー……よしっ……」
マリンは目を閉じ、深呼吸をして、拡声器を口の前に持ってきて言った。
「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございますわ! わたくし、本大会の主催者および優勝賞品のマリンと申します!」
その瞬間、観客たちから歓声や拍手が挙がる。
「さて、本大会の名称は『マリン杯』。皆さま知っての通り、優勝者はわたくしと結婚する権利が与えられます……。ですが! それですと、準優勝者以下の方に何もないのはあんまりではないか、ということで賞品を追加することに決まりましたわ!」
観客たちはさらに盛り上がり、「なんだなんだ?」と声が上がっている。
すると、闘技場の中心にある広場に、3つの机が運ばれてきた。
机の上には何かが乗っているが、布で中身が分からないようになっている。
「今から紹介しましょう。中央の闘技台をご覧くださいませ。まずは4位の賞品から!」
マリンの声に合わせて、端の机の布が払われた。
そこには小さな紙の束が積まれていた。
「4位の賞品は、豊穣の国・フェブラで収穫された新鮮な野菜と引き換えられる商品券1年分! 家族や友人たちと美味しい野菜料理を食べるも良し、換金するも良しの贅沢な賞品ですわ!」
それを聞いた途端、ノエルたちも観客と一緒に盛り上がった。
「サクサクいきますわよ。続いて3位の賞品!」
するともう片端の机の布が取り払われた。
そこには人の身長くらいの大きさの、黒い立方体があった。
「こちら当国、火山の国・プリングで発掘された、大陸一硬い鉱石。その名も『金剛魔鉱』! 武器や防具に加工するも良し、殴って鍛錬するも良し、換金して一生分のお金を手にするも良しの超・貴重な賞品ですわ!」
ノエルとサフィアはヒソヒソと話し始める。
「何であんな代物をあいつは用意できてるんだ……?」
「く、国が見繕ってくれただけかもしれませんよ? 流石にあれを手放せるほどの精神力をお姉ちゃんが持ってるわけありませんし……」
「それ以前にあんな大きさの金剛魔鉱、簡単に手に入る代物でもないはずだが……。まぁ、この国の宝物庫になら金剛魔鉱がゴロゴロあってもおかしくはないか」
観客が貴重な賞品に目が眩んでいるうちに、マリンは紹介を続けた。
「さあ、次が最後……準優勝者の賞品の発表ですわよ! 一生分のお金が手に入る鉱石よりもさらに豪華な賞品……。いざ、お目見えですわ!」
中央の机の布が取り払われると、そこには小さな何かが置いてあった。
「えー……わたくしの目にも今そこに本当にあるのか、小さすぎてよく見えておりませんが……。それなるはわたくしが祖母から受け継ぎ、長い時を経てこの国の文化を支える重要な神器……」
「お、お姉ちゃん!?」
「マリン、お前!?」
マリンは少し振り向き、左手で「シーッ」と合図を送る。
2人はその小指に確かに指輪があることに気付き、混乱しつつも静かにした。
「コホン……。そもそも神器とは、お金に換算するならば10人から20人ほどを一生養えるほど貴重な品物……。そして、その指輪はわたくしにとっても一生ものの宝物ですわ。ですので、流石にそれを賞品にするのは大問題……。ということで!」
マリンは左手を上に掲げて言った。
「そこにありますは、わたくしが持つこの神器『藍玉の涙』の複製品! 能力としてはこれの下位互換にはなりますが、寒冷、熱暑、気圧変動など様々な環境にある程度適応できるようになる神器ですわ!」
その瞬間、観客は一斉に湧き上がり、闘技場内は再び熱狂渦巻いている。
「なるほど、エストの『複製』か。神器を安売りするのもどうかと思うが……。ま、確かに金剛魔鉱よりは断然価値がある賞品だな」
「でもどうしてそんなものがここに……? エストさんは1年も前にヘルフスに行ってるんですよね?」
「用意周到なマリンのことだ。エストにいくつも複製品を作ってもらってたんだろうさ。チッ、アタシの分はないくせに……」
「そ、それくらいならお姉ちゃんに言えばもらえるんじゃないですか?」
「物乞いをしてるみたいで嫌だ」
「あー、なるほど……」
そんなことを話しているうちに賞品は片付けられ、それと同時に銅鑼が鳴り響いた。
「さあ、賞品の発表が終わったところで、皆様方お待ちかねのアレと参りましょう! 選手、入場っ!!」
すると、闘技台の壁面が8方向に開き、その中からそれぞれ1人ずつ候補者たちが出てきた。
そして全員が横一列に並び、マリンの方を向いた。
「それでは、一人一人紹介していきましょう! まずは──」
***
「──以上の8名で試合を行なっていこうと思いますわ!」
発明家のホロウを除き、候補者たちの装備は名簿にあった通りのままだった。
観客たちは1人紹介する度に興奮していき、次第に「早く試合を始めろー!」と野次が飛び始めるくらいにまで発展している。
マリンはその声に耳を傾けつつ、進行を続ける。
「えー、それでは最後に大会の規則について説明します。大会の形式は至って単純、1対1での勝ち上がり戦です。正当性を出すために、当たる相手は賭けられた数に応じて振り分けさせていただきましたわ」
マリンが手で合図を送ると、巨大な白地の垂れ幕がマリンの上の壁に出てきた。
「こちらが今回の対戦表と、賭け金の割合……つまりは観客の皆様が手にする報酬の倍率ですわ!」
一人一人の名前の隣に数字が書いてあり、期待値順に並べられているのがはっきりと分かる表であった。
「それでは、選手の皆様には一度控え室に戻って頂きますので、しばらくお待ち下さいませ!」
候補者たちは全員壁の中に戻っていき、それを確認したマリンは一息ついてノエルたちのところに戻ってきた。
「お疲れ。まさかあんな賞品を用意してたとはねぇ」
「必死に考えてお金を払った結果があんな風に喜んで頂けるなんて、悪くない気分ですわ〜」
「もはやお金持ちの発言だよ、それ。っていうか、お金出してるのって国でしょ?」
「その通りですが、そのお金を動かしたのはこのわたくしですもの! 実質、わたくしのお金ですわ!」
「サフィー、言わせておけ。どうせ、あとで色んな美味しいものをご馳走になれるんだから」
「お姉ちゃん、最高!!」
「な、なんてことを吹き込んでますの……」
すると、マリンの元に職員が準備完了の報告をしに来た。
マリンは拡声器を持って司会台に立つ
「えー、それでは準備が完了したようなので、始めさせていただきますわ。第一試合、ラウディ出身・ヴォルク対ヘルフス出身・フォール! 選手入場ですわ!」
こうして第二回マリン杯の幕が上がるのであった。




