59頁目.ノエルと権利と予選突破者と……
その次の日。
ノエルたちは闘技場地下にある支配人室で、各々思考を巡らせていた。
しかし全く良い案が浮かばず、3人は溜息をつくのだった。
「はぁ……。やっぱり国王に結婚する意思がないことだけでも伝えておいた方が良いんじゃないか? 大事になる前に、強い味方をつけておくべきだと思うんだが」
「それは避けるべきでしょう。その場合、候補者や観客から糾弾されるのはわたくしではなく国王様になってしまいますから。責任転嫁なんてしたくありませんわ」
「うーむ、確かにそれはマズいか……。ただ誰かに手を借りなければ事態が収束するとも思えないんだよな……」
「あと6日しかないですし、これまで会った魔女さんたちに手を借りる余裕もありませんもんね……」
「この3人と……あとはオクトーを除く職員の手を借りるしかありませんわね。万策尽きたと言っても過言ではない状況な気もしますが……」
「6日の猶予があるとはいえ、それだけの人数でできることなんて……って、ん?」
ノエルは怪訝な表情をしてマリンに尋ねた。
「今、どうしてオクトーを除いた?」
「え? どうしてって、候補者に結婚する意思が無いなんて伝えるわけには……」
「あいつにそんな遠慮がいると思うか?」
「……い、いえ! いくら彼があんな人間とはいえ、その忠誠心を弄ぶような真似をするわけにはいきませんわ! 非道な女に成り下がるつもりはありませんもの!」
「だったら今の間は何だと言いたいところだが……。でもどうせ振ることは確定してるんだし、あいつに1つ噛んでもらうのも悪くないんじゃないか?」
「そうそう! どうせ振るって時点で、候補者さんたちにとってお姉ちゃんは非道な女なんだから!」
「うっ……。分かってはいましたけど、いざそうやってズバッと言われると刺さりますわね……。悪気がないのは分かっていますが……分かっていますが……」
落ち込むマリンの頭を、サフィアはよく分からないまま撫でる。
ノエルはもう一度尋ねた。
「それで、オクトーの手を借りるのはどうなんだ? 悪くない提案だと思うんだが」
「ええ、確かに彼なら話を聞いてはくれるでしょう。ただ、わたくしでも返答が読めないので成功する保証はありませんが──」
***
「なるほど……。マリン様には結婚する意思が一切ない、と……」
ノエルたち3人はオクトーのいる部屋を訪れ、マリンは自分の意思をオクトーに伝えたのだった。
マリンは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ずっと黙っていてすみませんでしたわ……。あなた方の気持ちや6年前の結果を全て無駄にしてしまうことなのは分かっていますが、許して欲しいと言うつもりはありませんので……」
「い、いえ……。マリン様の気持ちを汲めずに勝手な真似をしてしまった私の責任もありますので、謝るべきはこちらです……」
「おや、思ったよりも話が通じる奴じゃないか。昨日のアレと同じ人間とは思えないねぇ」
「今は仕事中ですから、マリン様への溢れる想いを留めているに過ぎません。今だって本当は悲しい気持ちでいっぱいですし、この気持ちをどこに吐き出すべきか悩んでいますよ」
「だったら、昨日は近づいちゃいけない部類の変態だとか言ってすまなかったね。どうやらお前はアタシの師匠と違って良識ある部類の変態だったみたいだ」
「それはそれは、お褒めに預かり光栄です。それで……私のせいとはいえ大会の中止は不可能ですが、いかがいたしましょう? 候補者全員に事情説明でもしておきますか?」
マリンは少し考え、答えた。
「いえ、それはやめておきましょう。それで候補者の戦意が失われてしまったら元も子もありませんわ。大会は大会として成り立たせなければ、観客をガッカリさせてしまいますもの」
「まあ、既に1人の候補者の戦意がこうして失われているわけだが」
「あ、私のことですか? 滅相もありません。私はこうして勝ち上がっている以上は誰にも負ける気はありませんから」
「それならオクトーさんに優勝してもらえれば万事解決じゃない?」
サフィアの言葉に3人はハッとした。
そしてノエルは納得したように言った。
「確かにオクトーが優勝すれば誰も文句は言わないし、マリンが振っても問題ないじゃないか!」
「なるほど。ですがそれですと、準優勝者たちが文句を言うのではないでしょうか? 優勝者がダメなら準優勝者が、みたいになる予感が……」
「そうですわね……。チラシには優勝者がわたくしと結婚する権利が貰える、と書いてあります。もしその権利を放棄したり、わたくしが断った場合、観客が順位の繰り上げを煽ってくる可能性もありますものね……」
「じゃあどうするんだ? 振る機会がないじゃないか」
「そうですね……。でしたら、順位に応じて賞品を変えるというのはいかがでしょう? 準優勝者にもちゃんと賞品が与えられているのであれば、優勝者の賞品に文句を言うことはできないのではないでしょうか」
「なるほどな。それならマリンが振ったとしても事態を収束させることができそうだ。ま、観客からは非難されるだろうけどね」
マリンは安心したのか脱力し、大きな溜息をついた。
「これでどうにかなりましたわね……。オクトーには頑張ってもらうことにはなりますが、まあ……あなたなら大丈夫でしょう?」
「もちろんですとも! 振られる前提とはいえ、マリン様と結婚する権利を得られるだけでも十分な報酬ですから!」
「やる気と自信は十分ってことだな。ところで、他の候補者ってどんなのがいるんだ? いくら腕っぷしが強くても人種や経験、あとは得物によっても有利不利はあるだろ?」
「一応言っておきますが、大会の規定として刃物や爆発物、毒物の使用は禁止していますので、ほとんどが木剣か体術です。魔法も中級魔法以下に制限していますし、その程度なら私の手で打ち消せますから得物の有利不利などありませんよ」
「はぁ!? お前の身体、どんな構造してるんだよ! 中級魔法って、火魔法だと生身で受けて火傷じゃすまないほどの威力だぞ!?」
「本当に、オクトーが、特殊な、だけですわ。とりあえず言っておくと、残る候補者はオクトーを含めて計8名。残りの7名の方のほとんどが各国の兵士です」
そう言って、マリンは部屋の中にある資料を持ち出して机の上に置く。
そこには『マリン杯 予選突破者名簿』と書いてある。
「まずは1人目。ノルベン出身の兵士、ヌーボー。元炭鉱夫で体格自慢の男ですわ。使用していた武器は木製のハンマーですわね」
「いくら木製とはいえ、一撃でも食らえばひとたまりもなさそうだな……。ま、オクトーなら平気かもしれないが」
「次は2人目。ヘルフス出身の兵士、フォール。寒い地域で過ごしてきた根性と機転の良さで勝ち上がっていました。使用していた武器は銛……に見立てた長い棍棒ですわ」
「ヘルフスって確かエストさんが今いる国だよね? もしかしたら話とか聞けるかも! そんな暇があれば、だけど……」
「次、3人目。メモラ出身の農夫、ベニア。農夫ながらに力自慢で、畑を荒らす熊を1人で仕留めたと言う噂もある強者ですわ。無論武器は使用せず、体術勝負でした」
「体術で負けるつもりはありませんが、流石に彼に掴まれたら私も一巻の終わりでしょうね。機敏さはないのでそこを突けば済む話ですが」
マリンは名簿のページをめくる。
「4人目。プリング出身の兵士でサラマンダーの獣人、セレッソ。この国の獣人だけあって身体が人間よりも丈夫で、かつては尻尾を絡めた攻撃を得意としていましたわ。使用していた武器は木剣と盾ですわ」
「正直、サラマンダーの硬い鱗に木製の武器で勝てるとは思えないんですよね。まあ、私の拳なら問題ないと思っていますが」
「さっきからすごい自信だな。ここまで勝ち上がってる時点で強いのは分かるが、まさかこんなに自信家だったとは」
「自分が強いと思っていなければマリン様の御眼鏡にかなうほどの強者にはなれませんから。元々の条件は、マリン様の隣に立てるほどの強さを持つ存在になるための大会ですし」
「はいはい、5人目行きますわよ。ヴァスカル出身の魔導兵士、ドミニカ。火魔法を得意とする魔法使いですわ。体格の良さや俊敏性はないものの魔法の扱いには長けていたので、距離を取られると一気に焼かれてしまうでしょうね」
「さっき言ってたみたいに、オクトーさんなら大丈夫そうな相手だね。今のところ半分以上は大丈夫そうな気がするけど?」
マリンはサフィアに笑い返し、そのまま説明を続けた。
「次、6人目。ラウディ出身の兵士、ヴォルク。様々な荒波や、あの巨大砂嵐に幾度となく立ち向かった勇気と不屈の精神を持った方です。使用していた武器は木製の大剣ですわ」
「あの砂嵐に生身で!? 6年以上前ならまだルカも来ていないだろうし、とんでもない奴だな……。この中じゃ一番しぶとそうだ」
「最後、7人目」
「あれっ、私の解説は!? 楽しみにしていたのに……」
「あなたは説明するまでもない……と思っていましたが、仕方ありませんわね。8人目の説明もしましょうか」
それを聞いて、オクトーは嬉しそうにしている。
マリンは話を続ける。
「それでは7人目。ノーリス出身の発明家、ホロウ。機械の装甲を身にまとって戦うという、規定スレスレの戦法で勝ち上がっていました。ですが、6年も経っているとなるともっと凄まじい装甲を持ってくる可能性もありますわね……」
「鎧は禁止していませんでしたからね。流石に拳が通らない程の硬さですと、他の勝ち筋を探すしかありませんが……規定違反でない以上、正々堂々と戦うしかありません!」
「では最後、8人目の候補者。セプタ出身の一般人、オクトー。元は旅人だったらしいのですが、なぜか運営業務の職員募集にいち早く応募してきた全てが謎の男ですわ。知っての通り、体術だけで勝ち上がっています」
「旅人なのにこんな仕事に就くとは、よっぽどマリンにご執心とみた。確かに旅人なら強いのも納得がいくが、素性については謎といえば謎か」
「過去などどうでも良いのです! 今はマリン様の右腕であるという事実が大事なのですから!」
「はいはい、別に今さら過去を詮索するつもりなんてありませんわ。実際、あなたが居てくれて助かっているところが大きいですから」
それを聞いて、オクトーは嬉しそうに胸を張る。
マリンはそのまま名簿を閉じ、元あった棚に戻す。
「とりあえず、オクトーには優勝してもらわなければなりません。明日からは対策でも立てつつ、大会の準備を進めましょうか」
「かしこまりました。一応マリン様は支配人ですので、この後から通常業務に戻って頂きたいのですが……」
「まぁ……少しでもあなたの負担を減らすに越したことはありませんわよね。仕方ありませんわ。2人は街でも散策しておいて構いませんわよ」
「何か手伝えることがあるなら……って言っても、下手にアタシたちが関わると余計に仕事を増やしちまう気がする。しばらくはサフィーと買い物でも楽しむことにするよ」
「ぬぐぐ……! 羨ましいですわ……! っはぁ……でも今回は我慢ですわね。2人で楽しんでいらっしゃい」
「うん。お姉ちゃんも頑張ってね!」
こうしてノエルとサフィアはプリングの街を見て周り、マリンは支配人としての業務に専念するのであった。




