58頁目.ノエルと候補者とメモ書きと……
自分の結婚相手探しのために闘技場で候補者たちを戦わせていたマリンは、その話に決着をつけ忘れていた。
マリンによると、闘技場を作ったあと、各地に魔女修行に行っていたその途中でノエルたちと出会い、そのまま旅をすることになったために忘れていたのだという。
「そうだとしても、毎年ここに帰って来てたにも関わらず忘れてたのか!?」
「それは……その……。帰って来たとしても、ここへの顔出しと経理状況の確認しかしてなくて……」
「はぁ……。つまりは数年経って儲けだけ確認するようになって、当の目的をすっかり忘れていたんだな?」
「その通りですわ……。だって儲けの額が普通の魔女が稼げるお金の何百倍、何千倍もあるんですもの……」
「もはや言い訳することすら諦めたな、こいつ……。それで、結局候補者たちは今どこにいるんだ?」
「ここで戦う剣闘士は基本的に獣人ですが、結婚相手決めの大会の時は様々な国の兵士が一般参加していましたので、全員に頭を下げに行くとなると──」
するとその瞬間、支配人室の扉が開けられ、その奥からスーツを着た1人の男が飛んできた。
「マーーリーーンーー様ァーー!!」
マリンはそれを見て溜息をつき、ソファから腰を上げて足元に魔力を溜め、空中にいるそれを横から蹴り飛ばした。
男はその勢いのまま壁に激突したが、それから数秒後には何事もなかったかのように立ち上がるのであった。
「流石の蹴りです! マリン様!」
「まず入る時はノックをしなさいと毎回言ってますわよね? あと、わたくしのサフィーの前にそんな醜態を晒すんじゃありません。せめて鼻血を拭きなさい」
「毎度申し訳ございません! サフィア様、大変お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございませんでした!」
「い、いえ……痛くないん……ですか?」
「はいっ! とても痛いですが、マリン様に蹴られるのは久しぶりなので今は最高の気分です!!」
「よしサフィー、そいつ危険だからこっちに来い。絶対に近づいちゃいけない部類の変態だぞ」
「は、はい……」
サフィアはソファ越しにノエルの後ろに隠れた。
マリンは呆れた顔をしてソファに座り直す。
「で……マリン、この変態はどこのどいつだ」
「はぁ……。先ほど言っていた支配人代理ですわ……」
「はいっ! プリング国営・獣人闘技場、支配人代理のオクトーと申します! ノエル様、サフィア様、お初にお目にかかります!」
「はぁ!? こんなのに支配人代理を任せても大丈夫なのか!?」
「こんなのですが、職員の中では一番仕事ができるので……」
「将来の夢はマリン様と永遠に結ばれて、毎日蹴ってもらうことです!」
「ええい、そんなことは聞いてない! サフィーが怯えてるだろうが!」
ノエルはゼーゼーと肩で息をしている。
しばらくして、ノエルの背中からサフィアがオクトーに尋ねた。
「お姉ちゃんと結ばれて……ってことは、もしかしてオクトーさんも候補者なんですか?」
「ええ、その通りです。マリン様の隣を賭けた闘技大会の本戦を今か今かと待ち、早6年! いずれ来るであろう決戦の日に向けて毎日鍛錬しておりますとも!」
「こいつ、よく候補者になれたな……?」
「先ほどの兵士という例はあくまで基本的な話で、オクトーが特別腕が立つ一般人だっただけですわ。実際予選を勝ち上がっていますから実力は確かですわよ」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃ……。まあいいか……。それで、オクトーとやらは何用なんだ?」
「そうでした。マリン様が帰ってきていると聞いて、経理書類と次の闘技大会の宣伝チラシを持ってきた次第でございます!」
オクトーは手に持っていたカバンから書類の束を出し、その上にチラシを裏側にして置いた。
「はぁ……そういうのは普通に持ってきなさい。次こんなことをしたら、候補者から落としますわよ」
「それだけは勘弁してもらいたいですが、支配人代理としてずっとマリン様に蹴ってもらえるならそれも悪くありませんね!」
「もちろん支配人代理からも下ろすに決まってますわよね?」
「それを言われて6年目! 下ろされていないということはそれ即ちマリン様からの愛ゆえ!」
「代理人の代理人が見つからないだけなのですが……。面倒なので流しますわよ」
マリンは書類の上のチラシを1枚取り、それを読み上げた。
『次の闘技大会情報!
闘技大会マリン杯本戦
6年振りに開催決定!』
読み上げの途中でマリンは固まり、汗を流し始めた。
「マリン杯ですって……?」
「待てよ、6年振りって……まさか……」
「はいっ! 先ほどマリン様帰還の報告を受けて間もなく作成し、国中に配っております! マリン様の結婚相手決定戦です!」
「「「えええ!?」」」
ノエルたちは唖然とし、マリンは焦った表情でオクトーに詰め寄る。
「ど、どうして今さらになって急に本戦を始めるなどと!? わたくしの許可は!?」
「どうしてって、マリン様が言ったんじゃありませんか。『大会の運営は支配人代理のあなたに全て委ねます』って」
「そ、それは確かに言いましたが、マリン杯に限って言えばわたくしの許可もなく開催するのはどうかと思いますわよ!」
「ですが実際、史上最高の人気を誇った大会でしたし、もう国王様にも申請して各国に情報を回してもらっている状況ですから、撤回は難しいかと。それに、いずれ行われる大会の時期をマリン様の帰還に合わせただけですから!」
「あぁ、もう……! とんでもないことをしてくれましたわね……!」
マリンは頭を抱えて悩み込む。
そして、冷静な声でオクトーに言った。
「オクトー。少し考えをまとめたいので、今日は下がりなさい」
「かしこまりました! あ、本戦の開催は7日後なので、それからしばらくは主催者としてここにいてくださいね! それでは〜!」
「あ、本当だ。お姉ちゃんが主催者になってる……」
「そりゃそうだろう……。マリン杯って言って本人がいないのはおかしいからな……」
オクトーが去った後、頭を抱えていたマリンは顔を上げ、そのままノエルに泣きついてきた。
「うわぁぁ〜ん!! どうしましょう、ノエル〜! グスッ……!」
「おい、急に泣き始めるんじゃない! アタシの膝に抱きつくな! アタシの服で鼻を拭くな!」
「まさか勝手に話が進められてるなんてね……。お姉ちゃんが6年も放置したツケが回ってきたんじゃないの?」
「グスッ……そうは言われましても……。わたくし、どうすればいいのか……」
「まあ、諦めて主催者になるしかないだろうねぇ。わざとなのか偶然なのか、逃げ道が一切ないみたいだし」
「やっぱりそうなりますわよねぇ……。ですがこのままだとわたくし、結婚してしまうことになるのでは……?」
ノエルはキョトンとして答える。
「そんなの、優勝したヤツに何か理由でもこじつけて断ればいいじゃないか。結婚相手が決まっても、そいつと結婚するかはお前の自由だろ?」
「ですが長年待たせてしまってますし、優勝するために頑張ったのに、みたいな点で不満を持たせてしまいますわよね……? それは何と言いますか心苦しいと言いますか……」
「待たせたのはお前が悪いから仕方ないとして、確かにそこまでさせて断るのは不満どころか恨みを買う可能性も高いな……。うーむ……」
「思ったんだけど、国を挙げての大会で結婚相手を決めるってことは、結婚式もそれくらい壮大なものになるかもだよね? もしかして、断ることすらできないんじゃない?」
「あぁ……オクトーのせいで余計に面倒なことになってるな……。でもあいつを締め上げたところで撤回はできないだろうし……。もしや、詰んだか?」
「そ、それは困りますわよ! 後生ですから、わたくしを助けてくださいまし! この旅が終わるまでは結婚なんてしたくありませんわ!!」
ノエルはマリンの目をじっと見つめ、しばらくして溜息をついて言った。
「……助けないつもりはないから安心しろ。アタシとしてもお前に今抜けられるのは困るからな」
「あ、あたしもどうにかしてお姉ちゃんの役に立てるように頑張るから!」
「2人とも……。あぁ、もう、大好きですわ〜!!」
マリンはノエルの膝から2人の正面に滑り込み、ノエルとサフィアに抱きついた。
「あ……そういえばエストさんに会うのはどうします? もう遅い時間ですよね?」
「あ、すっかり忘れてた。まあ、大会まであと7日ある。対策を考えている間に会いに行く暇くらいはあるだろうよ」
「そうですわね! あとで職員のどなたかに言伝を頼み──」
その瞬間、マリンは机の上に置いてあったメモに目が行く。
そこにはこう書いてあった。
『私のマリン様へ
エスト様は1年ほど前に
修行へとお出かけになりました。
現在は北東の国・ヘルフスに
いらっしゃるそうなので伝言までに。
あなたのオクトーより』
マリンは再び固まり、ノエルたちもそのメモ書きを読んだ。
「はぁ!? エストがもうこの国にいない!?」
「ってことは、助けを求められる人が1人減ったと……。大変じゃないですか!」
「ど、どど、どうしましょう〜! 万策尽きたというものなのでしょうか!」
「まだ7日もある! 焦ったらそれこそ万策尽きるぞ! とにかく今日はさっさと休んで、明日考える!」
「そ、そうですわね……。焦りは禁物ですわよね……」
マリンは立ち上がり、深呼吸をして落ち着く。
「よしっ……! とりあえず食事を食べに行きましょう! わたくし行きつけの美味しいお店がありますから!」
「ほう……それは楽しみだ。どうやら、支配人様は臨時収入源があったみたいだしねぇ?」
「お、お金のほとんどは運営費と国への献上金ですから? 少々しかありませんが、今日は特別ですわよ?」
「よし! 食費が浮いた! ありがとな、マリン!」
「もうあたしもお腹ペコペコ〜! 早く行こう、お姉ちゃん!」
「よ、よーし、明日から頑張りますわよ〜!!」
こうして怒涛のプリング1日目は終わったのであった。




