56頁目.ノエルと紅茶と運命魔法と……
プリング行きの列車の中にて。
ノエルたちは無事に席を確保し、休憩しながら話をしていた。
「はぁ……。ドタバタで出発してきてしまったが、本当にプリングなんかに運命魔法の使い手がいるのか? 火山の近辺に人間が住んでいるとは思えないんだが」
「あっ! もしかして、ロヴィアさんみたいに獣人で魔導士とか?」
「いえ、間違いなくその方は人間の魔女ですわ。むしろ運命魔法があるからこそ火山地帯でも生きられるのですが……」
「運命魔法があるからこそ……? 魔法で何かしてるってことか?」
「ええ、その通りですわ。運命魔法のおかげでこのプリング行きの鉄道が走っていると言っても過言ではないでしょう」
「確かに、危険な火山地帯に行かせる列車なんて走るわけないもんね……」
そう言いながら、サフィアは窓の外に連なる山を眺めている。
ノエルは首を傾げながらマリンに尋ねた。
「そもそも運命魔法ってどんな魔法だっけか。基礎的なことは知っているが、詳細は専門外というか運命魔法自体見たこともない」
「サフィーのためにもそこから説明する必要がありそうですわね。運命魔法について説明しましょう!」
「お願いします! お姉ちゃん先生!」
「ふ、ふふふ……。サフィーに先生と呼ばれるなんて……。存外悪くありませんわねぇ……」
「おい、悦に浸ってる暇があったらさっさと説明しろ! そしてその笑顔をすぐさまやめろ、気味が悪い!」
***
『運命魔法』
時を操る時魔法。空間を操る空間魔法。
そして運命を操る魔法、それが運命魔法ですわ。
ここにおける運命とは、この世の起こりうる全ての『可能性』のこと。
つまりは有ったことを無かったことにしたり、無いものを有ることにすることもできる万能の魔法……と言いたいところですが、そこまでの魔法ではありませんわ。
例えば、目の前で子供が石につまずいて怪我をしたとします。
そこで運命魔法を使えば、子供が転ぶ石を『無かったこと』にできるわけですわ。
***
「待て、その時点でかなり強力じゃないか」
「それを強力と言えるかどうかは続きの説明を聞いてからにしてくださいまし」
***
とはいえ、降りかかる不幸を自由に取り払うことができるわけではありません。
運命を捻じ曲げた人には捻じ曲げたものと同等の『代償』がもたらされるのですわ。
先ほどの例ですと、運命魔法を使った人は、そのあと石につまずいて怪我をすることになります。
そして、もし自分に降りかかる不幸を捻じ曲げたなら、それの2倍の不幸が後々に降りかかることになります。
***
「そんな魔法、危険すぎて使えたもんじゃないな……」
「ね? ですが、ここまでは運命魔法の運命魔法足らしめる魔法のお話。流石にそれだけの能力ならあの方は今頃生きてはいないでしょうね」
「なるほど、ここで運命魔法の基礎の方に戻るってわけだ。聞いたことない話ばかりで戸惑っていたところだったよ」
「えっ、基礎? 話の流れ的に基礎の方から話してるのかと思ってた」
「そもそも基礎が生まれた理由がこの強力な力ゆえなのですわ。逆に基礎から話して『使える人が少ない特殊魔法の割に思ったよりショボい』なんて言われないために、この順序で説明したのです」
「えっと、つまり……基礎の方は全然強力じゃないってこと?」
「そう言ってはあの方に申し訳ありませんわね……。少なくとも実戦向きのものではありません。説明しますわね」
***
運命魔法の基礎……と言ってもあの方が使ってたものしか知りませんが、代表的なものを紹介しますわね。
それは、確定した未来を知ることができるという魔法ですわ。
***
「何度も区切ってすまないが、そんな強力な魔法が本当に基礎なのか!? 運命魔法の初級魔法でそんなの一度も聞いたことないぞ!」
「仕方ないでしょう? これがあの方がいつも使っていた魔法なんですもの。それに、別に初級魔法の説明とは一言も言っていませんわよ?」
「た、確かに……。ということは、その魔女はとんだ実力者ってわけだ。余計に気になってくるな……」
すると、サフィアが手を挙げてマリンに質問した。
「はいはーい! 未来を知る魔法といえばクロネさんの時魔法だよね? だったら運命魔法じゃなくて時魔法なんじゃないの?」
「未来視の時魔法は起こりうる全ての未来を予知することができる魔法ですわ。ですが、この運命魔法ではその中で『確定した未来』を『知る』ことができますの」
「確定した未来という点では時魔法より優れてるのか。とんでもない魔法だな」
「いえいえ、『知る』という点を除いてはいけませんわよ」
「予知するのと知るのとで何か違うの?」
「ええと、言葉の意味合いとしては同じなのですけれど、魔法においては『知る』の方が起こることの情報をより詳細に知っていることを指すのですわ。まあ、あの方なりの解釈でしょうけど」
そう言いながらマリンは水筒に用意してきた紅茶をすする。
そして話を続けた。
「とはいえ、この魔法にも時魔法に劣っている部分はあります。時魔法の未来視は長時間の状況を視ることができますが、運命魔法の未来視は瞬間的な状況しか視ることができません」
「まるで占いみたいだな……」
「あぁ、それで占い師もやっていましたのよ。客は少なかったようですが」
「本当に占いに使ってたんだな! だが占いに使うには強力過ぎやしないか? 本当に当たる占いなんて危なっかしいにもほどがあるだろ」
「もちろんその危険性は分かっていたらしく、詳細はぼかして言ってましたわよ。わたくしも占っていただいたことがあるのですけれど、まあ何となく当たってるような当たっていないような差し障りない結果でしたわ」
「なるほど、それなら安心だ。それで……結局のところ運命魔法のおかげでってのはどういうことなんだ?」
マリンとサフィアは「そういえば」と、忘れていた様子を見せる。
「ええと……簡単に申しますと、実はこの指輪の力がプリング中にかかっているといいますか……」
「つまり……暑くない火山地帯ってこと!? っていうか簡単に言えることじゃないよね!?」
「待て待て、意味が分からん。その指輪の力が結界としてプリング中を覆っていると、お前はそう言いたいのか?」
「その通りですわ。正しくはこの指輪の模造品なのですが……」
「模造品? それが運命魔法とどう関わってるんだ? 今のところ関連性はなさそうなんだが……」
「運命魔法には『複製』と呼ばれる種類の魔法がありまして、触れた無機物の辿ってきた『運命』を物質ごと複製するというまあ、これも強力な魔法ですわね」
ノエルは頭を掻きながら思案を巡らせる。
「聞けば聞くほど凄い魔法だな……。代償さえなければ最強……まあ、強さなんて喧嘩でしか意味を成さないものなんだが……」
「つまりは、お姉ちゃんの指輪の力を応用した結界がプリング中に張られてるってことだよね? 何でそんなことに?」
「それはあの方と会ってから話しましょうか」
「ん? そういえばそもそも、その魔女とお前はいつどこでどうやって知り合ったんだ? それは聞いておきたいんだが」
「ただ単に、わたくしが火魔法の修行にプリングへ行った時に知り合っただけですわ。ちなみにその時点ではあの方は耐火の魔法で熱さを凌いでいらっしゃいました」
「あぁ、もう、さっきからあの方あの方ってしつこくなってきたな。名前を教えろ、名前を」
「あら、言っていませんでしたっけ? でしたらちゃんと紹介しませんとね」
マリンは手に持ったティーカップをソーサーに戻して言った。
「その方の名前はエスト。運命魔法の使い手、魔女のエスト姉様ですわ」
「ん……? エスト……エスト……どこかで聞いたような…………って、はぁ!? エストだって!?」
「ノエル様、知ってる人なんですか?」
「20年以上前にメモラで知り合った魔女がいたんだよ。イース共々世話になっていたんだが、まさかアイツが運命魔法の使い手だったとは……!」
「そんな昔の知り合いなんですね!」
「あら、世界は意外と狭いものですわねぇ……。確かにメモラにいた時期があったとは聞いたことがありましたが、ノエルの知り合いだったとは……」
「まあ……とにかくあいつに会ってみないことには積もる話も進まないか。あぁ、さっさと着かないもんかねぇ……」
ノエルの呟きも虚しく、列車はそれから2時間ほど走り続けた。
その間、ノエルは久方振りにイースとの昔話を2人に聞かせるのであった。




