53頁目.ノエルと目線と保管場所と……
ロヴィアの中にあるロウィの魂の器が満たされて数日後、ノエルたちはロヴィアに呼ばれて工房の前にやって来た。
その数日の間、ノエルたちは準備の邪魔だからとロヴィアに追い返され、貿易街を観光して回っていた。
しかし資金不足だったこともあって暇だった3人は、ロヴィアの呼び出しにすぐさま反応し、走ってこの場所に来たのだった。
工房の前の広場には、ロヴィアと工房の作業員数名、そしてロヴィアのゴーレム・タンゴが立っていた。
3人が来ることに気づいたロヴィアは、ノエルに声を掛ける。
「ようやく来た……いえ、来るの早すぎないかしら? あんたたちを呼びにウチの作業員を行かせたの、10分前なんだけど……」
「この数日間、自由に使えるお金がほぼなくて、ずっと暇だったんだよ……。でもまあ、アタシたちを呼んだってことは、例の準備が終わったんだな?」
「ええ、もちろん。準備は万端よ。って、あんたたち資金難だったの? 言ってくれれば宿泊費くらいは協力代として払ったのに」
「いや、それは結構だ。その協力代は出来る限りアタシたちの依頼を受けるって方に回して欲しいからね」
「なるほど、そういうことなら前向きに検討しておくわ。とにかく今後の計画次第だし、あんたたちにヘマをされちゃ台無しだものね」
「何日も待たされたんだ。計画がうまくいってくれないとこっちも割りに合わないからねぇ」
ノエルとロヴィアは高らかに笑ったが、目元に火花を散らしていたのをマリンとサフィアは見た。
そしてノエルとロヴィアはお互いに冗談めいた風に鼻で笑って冷静になる。
しばらくして、ロヴィアは話を続けた。
「それじゃ、早速だけど説明を始めるわよ」
「ええと、説明というのは……復活させるためにどうすれば良いか、ということですの?」
「そうね。私の中にあるロウィの魂を復活させる方法についての説明よ。と言っても、この復活自体は私自身でどうにかできるものだから、あんたたちに対して仕組みを説明するってだけ」
「じゃあ準備って一体何だったんだ? 魔女としては説明してくれるのはありがたい話だが……」
「それについてもちゃんと説明するから。じゃあ、始めるわよ」
ロヴィアは深呼吸をして、ノエルたちに話し始めた。
「まず、魂の器をカケラで埋めて満たしたとしても、見ての通り魂は復活していない。それはなぜか。ノエル、分かる?」
「説明というより授業だな……。ええと、そもそもそれはお前が魔力を持ってるからとかいう話じゃなくて、全ての例に言えることなのか?」
「そうね……。融合の秘術を利用して魂を復活させた事例なんてないでしょうから、私の場合だけということにはなるかもしれないわ。でも理由そのものは魂の在り方についての話だから、全ての例に言えることではあるわね」
「だとしたら……魂の器を入れるための体そのものに問題がある、とか?」
「正解と言えなくもないけど、少し違うわ。魂は記憶の塊、つまりは人生そのものって言ったわよね? だとしたら、それを入れる身体はその歩んできた人生と同じものか、所縁があるものでなければならないのよ」
「もしそうだとしたら、今のお前の身体の半分はロウィのものだし、ロヴィアだってロウィと所縁があるじゃないか。だが、つまりそれだと身体には問題がない、ということか? それじゃあ、なぜロウィの魂は復活しない?」
「そう、身体には問題ないのよ。だけど、魂は目覚めない。それはなぜか。簡単な話よ」
ノエルたちは唾を飲む。
ロヴィアは目線を逸らして言った。
「それは……私という存在がいるから」
「お前が……いるから……? どういうことだ?」
「もしかしてですが……。1つの身体には1つの魂しか存在できない、ということですの?」
ロヴィアは目を逸らしたまま小さく頷く。
「なっ……!? そ、それじゃあ、お前が今からすることって……!」
「ま、まさか死ぬってこと!? ダメだよ、ロヴィアさん!!」
「いくらロウィさんを復活させるためとはいえ、死んでは元も子もありませんわよ!」
ノエルたちはロヴィアを止めようと押し寄せる。
「タンゴっ! ノエルたちを止めて!」
すると、タンゴはロヴィアの前に立ちはだかり、ノエルたちを抑え込んだ。
ロヴィアは頭を掻いて、話を続けた。
「あのねぇ……。勝手に解釈しないでくれるかしら? 誰が自殺なんてするもんですか。この私がロウィのために命を捨てる? そんなことしたらロウィを悲しませてしまうでしょうが!」
それを聞いてノエルたちはホッとし、タンゴから離れた。
「な、なんだ……。目線を逸らすもんだから、ついそういう話題かと……」
「良かったぁ……。ちゃんとロウィさんのこと考えてるのね。当たり前のことなのに、焦って気づかなかった……」
「変に勘違いしてしまって、申し訳ありませんわ……」
「分かってくれたのならいいわ」
そう言ってロヴィアはタンゴを下がらせ、隣に立たせる。
「話を戻すわよ。マリンが言った通り、魂っていうのは1つの体に1つしか存在できないの。だけど、もちろん私は死ぬわけにはいかない」
「じゃあどうするんだい? 魂の数を減らさないのであれば体を増やすしか……。って、あれ……?」
「ノエル……? どうして私とタンゴを交互に見ているのかしら……?」
「いや、まさかとは思うが、お前の魂をゴーレムに入れるなんて荒技をするわけないよなーと」
「バ、バッカじゃないの!? ゴーレムの制御権は私のこの身体にあるんだから、魔法の使い方も知らないロウィに預けるなんて、危険なことするわけないでしょ! それに、その姿の私を見てロウィがどう思うか!」
「冗談だよ冗談。それで、一体どうするんだい?」
ロヴィアは咳払いをして、赤面したまま言った。
「魂の入れ物となる場所を、私の身体の中に作るのよ。魂の保管場所と言うべきかしら。それがあれば、私とロウィの魂は入れ替わりながら共存できるはずよ」
「なるほどな……。だが、それをどうやって作る? お前自身でできると言っていたが、どうもそうは聞こえないようなことだぞ?」
「だから準備に時間がかかっていたのよ。もうとっくに保管場所は作り終えてるわ」
そう言ってロヴィアは頭のバンダナを脱ぎ、前髪を上げて自分の額をノエルたちに見せた。
ロヴィアの額には、ロヴィアが持っていたペンダントの宝石と同じものが埋め込まれていた。
「ひぃっ……!? い、痛くないんですの……?」
「流石にこんなのを額に直接はめ込んだりなんてしたら、痛いどころか死ぬに決まってるじゃない。秘術で魔法を込めた宝石を融合させたのよ。一度融合すると解除できないから、失敗しないよう1人で融合の練習してたの」
「っていうことは、その宝石って触っても痛くないの? 爪みたいな感じなのかな……」
「ええ、体の一部になってるから触っても押し込んでも全く痛くないわね。もちろん押し込み過ぎたら普通に痛いと思うけど」
「それ、デコピンされたり頭打ったりして宝石が割れたりしたら、一巻の終わりなんじゃないのか?」
「大丈夫よ、身体の一部だもの。もし割れても自然治癒するでしょうし、そもそも割れたところで魂の保管場所に影響はないわ」
そう言ってロヴィアはバンダナを被り直した。
「え? 宝石が魂の保管場所じゃないのか?」
「これは保管場所を体内に作る魔法を埋め込むための、ただの宝石よ。魔法を結界にしても体内に取り込むことはできないから、宝石に魔法を込めて融合したの。土魔法で強化してあるから、割れたりすることはほとんどないと思うけどね」
「なるほど……。土魔法って泥とか土を扱うだけかと思っていたが、宝石もその対象だったわけだ」
「一応言っておくけど、土魔法は土いじりの魔法じゃないからね? モノの強度を上げたり、耐性を上げたり、石を宝石にできる魔法だってあるんだから!」
「石を宝石に!? 何ですか、その夢のような魔法は!」
「お姉ちゃん、目の色変わり過ぎ!」
ロヴィアは再び咳払いをして話を戻す。
「とにかく、あとは私がロウィの魂と入れ替わるだけってこと。だから先に注意だけしておくわね」
「そうか、入れ替わったらお前は引っ込むんだな。その間の記憶はどうなるんだ?」
「記憶は共有されるから、話し手が変わるだけということにはなるわね。ただ、性格とか今日より前の記憶は共有されないことは覚えておいて。つまりあんたたちとは初対面ってことだから、言葉選びは慎重にね。これが注意事項よ」
「分かった。だが、この状況をどう説明する? お前のことを伝える必要もあるだろう?」
「そこは入れ替わる前にロウィと話しておくから安心して。実際の時間でどれくらいかかるか分からないけど、入れ替われたかどうかは多分すぐ分かるはずだから」
そう言って、ロヴィアは作業員たちの方を向いてあぐらをかき、その場に座り込んだ。
「アタシはいつでも大丈夫だよ。心の準備はできてる」
「緊張しますが……。わたくしも問題ありませんわ」
「あたしはむしろ待ちきれないわ! 作業員さんたちもずっとそわそわしてるし!」
作業員たちはそわそわしつつも、内心は不安と緊張と、ロウィに会いたいという願望で渦巻いていた。
その中のリーダーと思しき作業員が前に出て、全員に脱帽と礼をさせて言った。
「ロヴィアの姐さん……いえ、ロヴィアさん。ウチの姐さんをよろしくお願いしやす!」
「ええ……! よーし、任されたわ! それじゃ、ロウィを起こして話をつけてくるわね!」
そう言ってその姿勢を保ったまま、ノエルたちが見つめる中でロヴィアは意識を深層へと落とした。




