4頁目.ノエルと母親と未来視と……
各地にいる優秀な魔女を集め、イースを蘇らせたい。
この世にある色んな魔法の力があればきっとできるはず。
「とは言ったものの……。どこに行こうか……」
ノエルは宿でくつろぎながら地図を広げていた。
「幸い、魔女狩りが行われたのはメモラだけだ。他の国に行くのに危険はない、か」
隣の国に行くには馬車を使い、半日から2日ほどかかる。
とはいえ途中には小さな村もあるため、本気で全ての地域で魔女を探すとなれば何年、何十年という時間がかかることになるだろう。
「でもここで止まっていては始まらないな。まずは一歩、踏み出さないと……」
そう呟いた時、ノエルの頭に2人の人物が頭をよぎった。
「そうだ、クロネさんの所に戻ろう。もしかしたらあっちの師匠もいるかもしれないし」
ノエルは故郷である南西の国・ヴァスカルに戻ることにした。
帰るのは実に20年ぶりであった。
***
それから数日後。
ノエルはヴァスカルに到着した。
「20年経ってもさほど変わっていないもんだねぇ、この国は。むしろ変わってなくて安心した」
久しぶりの故郷を懐かしく感じつつ、ノエルは実家のある路地へと足を向けた。
それから数分で、家があったであろう場所にたどり着いた。
「えっ……?」
ノエルが周りを見回すと見覚えのある家々が立ち並んでおり、そこが自分の実家の近所だということは分かる。
しかし……。
「……ないじゃないか。アタシの実家」
20年前、一人前になったら帰ってくると約束した場所に、自分がかつて住んでいた家がなかったのである。
ノエルは目の前の光景が信じられず、道行く年老いた男性に声をかけた。
「な、なあ、ひとつ聞きたいんだが、かつてここに家はなかったかい?」
「おや、おねーさん。もしかしてクロネさんの知り合いかね?」
「あぁ、そうだ。彼女を知っているのかい?」
「もちろんだとも。あの人はこの国の救世主様だからね」
「は……? 救世主様……? あの人が??」
ノエルはキョトンとしている。
「あぁ、そうだとも。今やこの国には欠かせない人さ。今は王城に住んでいるよ」
「なるほど王城に……って、王城!? 国王が住んでいる、あの!?」
「あぁ、そうさ。クロネさんに会いたいなら、門番に言えば普通に通してくれるだろうよ。それも知り合いならなおさらね」
「ええ……。王城の警備的にそれはどうなんだ……」
「ここは『魔法の国』だからね。王国兵士は皆、魔導士だ。よっぽど強い魔導士が攻めてこない限りは絶対安全なのさ」
南西の国・ヴァスカルは国民のほとんどが魔導士の血統、つまり原初の魔女・ファーリの子孫である。
故に、付けられた別名は『魔法の国』。
国王も魔導士、兵士も魔導士、大人も子供もほとんどが魔導士という魔法大国なのである。
「そういえばそうだったな……。ありがとう、ご老人。恩にきるよ」
「困った時はお互い様だ。クロネさんによろしくな」
こうしてノエルはクロネがいるという王城へと向かった。
***
王城は街の中心にあり、長い階段を登った先に門がある。
高台にあるため、国の外からもよく見える。
ノエルが王城の近くに来てみると、王城の門の前には2人の魔法使いらしき男たちがいた。
どうやら老人が言っていた通り、魔導士が門番をしているようだった。
「えーと、クロネさんに用があるんだが、入ってもいいのかい?」
「一応どういったご用件かだけ聞かせてもらえれば、入ってもらって構いませんよ」
「アタシはあの人の娘だ。顔を見に来た」
門番達は一瞬驚いて顔を見合わせ、何かピンと来たような顔をする。
「あぁ、ノエル様ですね! お話は伺っております、さあこちらへどうぞ!」
「今の間は何だったんだい!?」
「ええと……お若いなぁと思いまして……」
「あぁ……そういうことか……。42歳独身の魔女がそんなに珍しいかい?」
「あっ……。こ、これは大変失礼いたしました〜!」
門番達は年齢について触れたことを深々と謝罪した。
「ま、別にいいんだけども。こっちでいいのかい?」
「あ、はい! その道をまっすぐ行って、階段で最上階まで行ってもらえれば、そこがクロネ様の部屋になります!」
「ありがとさん。それじゃ、行くか」
ノエルは久々の再開に胸を膨らませ、やや駆け足気味に歩いて行った。
***
しばらくすると、ノエルは『クロネの部屋』と扉に書かれた部屋が見つけた。
「普通、城の中の部屋に名前なんてつけるもんだったっけか……。まあいいか、とりあえず……」
そう言って、ノエルは深呼吸する。
そして、心音を落ち着かせ、ドアを叩こうとしたその瞬間。
突然、向こう側から部屋の扉が開いた。
「ノエルおかえり〜。開いておるぞ〜」
「…………」
「どうした? 早く入って……」
クロネがひょこっと扉の隙間から顔を出した瞬間、ノエルはその顔を片手で掴んだ。
「へっ……?」
「20年ぶりに胸をドギマギさせながら帰ってきた、アタシの気持ちを返せえぇぇぇ!!」
ノエルは手に思い切り力を入れたのであった。
「あだだだだだだぁぁ!! すまん、ワシが悪かった! 悪かったから、手を離しておくれえぇぇぇ!」
「あんたはいっつもそうだ! こっそり誕生日を祝おうとしても、すぐ『未来視』で先にネタばらしをしてきたり! 後ろから驚かせようとしたら時魔法でいつの間にかアタシの後ろに立ってたり!!」
「これからは出来る限りお前の気持ちを尊重してやるから! 今回は許してくれぇ!」
ノエルは溜息をつきながら手を離した。
「はぁ……仕方ない。今回は見逃してやるが、次やったら『魂の盟約』を結ぶからな」
『魂の盟約』とは、約束と魂を結びつける闇魔法の一種である。
約束を破ったら死ぬ……というようなものではなく、体が勝手にその約束を破れないようになる、というものである。
「うっ……次はないってことじゃな……。心得た……」
クロネはしょんぼりとするのであった。
「まぁ……その……なんだ……。た、ただいま……」
ノエルは気恥ずかしそうにクロネに言った。
クロネは一瞬でぱあっと明るい顔になり、応える。
「あぁ、おかえり。ノエル」
***
それから3日かけて、ノエルは今まであったことの全てと、これからの目的について話した。
クロネは最初は驚いていたものの、途中からは真剣な表情で話を聞いていた。
そして話が終わると同時にクロネは言った。
「それでノエル……。どうして帰ってきた?」
「え……どうしてって……。今までの話聞いていなかったのか!?」
「いいや、ちゃんと全部聞いておったぞ。だがそこでなぜワシの力が必要になる」
「あんたは時魔法の使い手だ。使いようによっては蘇生魔法の手がかりにできるかもしれないだろう?」
「分かっておるのか。蘇生魔法はあの原初の魔女さえ作り得なかった魔法じゃ。完成したとしても成功するかは別問題じゃぞ!」
ノエルはクロネの手が震えているのに気がつく。
「安心しな、クロネさん。アタシが作りたい魔法は元より安全なものだ。失敗するような魔法を作る気は毛頭ないよ」
「本当か……? お前は命を捨ててでもそのイースとやらの命を蘇らせようとしているようにも思えるのじゃが?」
「それは覚悟の問題さ。絶対にアタシは死んだりしない。絶対に成功する完璧な蘇生魔法を作ってみせる!」
ノエルはクロネの手を握りしめてそう言った。
クロネはノエルの目をじっと見て、溜息をついて言った。
「そうか……そんなに言うのであればワシも力を貸そうかの」
「やった! これで1人目だ!」
ノエルは椅子から立ち上がり、万歳をして喜ぶ。
「し・か・し、ワシは最後の1人じゃ」
「え?」
ノエルは両手を挙げたまま固まる。
「もしお前が各地の優秀な魔女を集めることができたなら、その時はワシも力を貸す」
「なるほど、アタシを試そうってわけだ。良いだろう、受けて立とうじゃないか」
「それまでワシは待ち続けるぞ。お前がまた帰ってくるその日まで、な」
「あぁ、何十年かかろうとも絶対に集めてみせる! そしてまた帰ってくるからな!」
「よしよし、その意気じゃ」
クロネは感心しつつ、ノエルの頭を撫でた。
「あ、そうだ。あっちの師匠はどこに行ったんだ?」
「あぁ、ルフールか。ルフールなら東の国・ノルベンに行っておるよ」
「東の国って、あの鉱石臭い国かい? 何でそんなところに」
「あやつの空間魔法が鉱山の安全性を守る結界に使えるとかなんとか、ノルベンの学者に言われて数年前に行ったきりじゃな」
「よし、なら次の行き先はノルベンだな。あの人も優秀といえば優秀な魔女だし」
ノエルは地図を閉じてカバンに詰め込む。
そしてそのカバンを肩から提げた。
「おや、もう行くのかい?」
「早く行動するに越したことはないからね。恩にきるよ、クロネさん」
「そうか……行ってしまうのか……」
クロネはしょぼんとした表情で肩を落とす。
「約束は守る。アタシがそういう女だって、母親のあんたならわかってるだろ? ちゃんと帰ってくるから、待っていてくれ」
「うむ、いつまでも待っといてやるわ。ワシも娘の成長を見れて嬉しかったし、あと100年は長生きできるってもんじゃよ!」
「今72だから……170歳まで生きるつもりなのか!? それを世話する娘の身にもなってくれよ?」
「あっはっはっは! むしろその時はお前も140歳じゃから、誰かに世話されなきゃならないかもしれんのう!」
「ふふっ……確かにそうだな! なおのことイースを蘇らせないと!」
2人はずっと笑っていた。
その日の王城内は、彼女たちの笑い声で包まれたのであった。
結局、ノエルは一晩だけ泊まることにしたのだった。
***
そしてその次の日、ノエルは東の国・ノルベンへ向けて出発することにした。
「それじゃ、またしばらくは帰れないけど、いつかまた」
「あぁ、そうじゃな」
2人は強く抱き合い、そして離れた。
「あ、そうそう。もしノルベンに行ったあとに行き先に迷ったら、セプタに行くと良い」
「おや、クロネさんお得意の未来視かい? まぁ当たるかどうかは信じるかどうかだが」
「まあ、本当に困った時に思い出してくれればそれで良い。これがワシにできる唯一の手助けじゃからな」
「もしそうなった時には感謝するだろうよ。とりあえずありがとな」
クロネはノエルを振り向かせ、背中をポンと押す。
そして言った。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
「行ってきます、母さん!」
千切れんとばかりに手を振り続けるクロネに手を振り返し、ノエルはヴァスカル発ノルベン行きの馬車に乗り込んだのであった。
しかし、馬車に乗った瞬間、ノエルはハッとした。
「あっ……救世主様とか言われてた件について聞くの忘れてた! もしかしてあの人、それを分かってて話に出さなかったな……」
***
「ふう。どうにか誤魔化せたか……。」
クロネは袖で汗を拭った。
すると後ろから城の魔導士がクロネを呼ぶ。
「クロネ様! 理事長がお呼びです!」
「ああ、もうそんな時間か……。さて、ワシも頑張るぞー!」
クロネは伸びをし、王城の隣の塔へと向かうのであった。