42頁目.ノエルと工房と姐さんと……
ノエルたち3人はロウィに連れられて、ノーリス王都の元歯車街改め工房街を回った。
現在、工房街はこれまで通りに新しい発明を作る『工業地区』と、ロウィの工房に所属する人々やゴーレムが働く『魔導地区』の2つに分かれているという。
ノエルがゴーレムを見たいと言ったこともあり、ロウィは自分の工房に案内したのであった。
「さあ、ここがアタイの家にしてアタイの工房『ロウィ魔導工房』だよ!」
ロウィが重い鉄扉を開けると、そこには30人ほどの男たちと10体ほどのゴーレムが働く、奥に広い空間が広がっていた。
建物の中は温暖な外と比べて気温が高く、ノエルたちはそれが工房内にあるいくつかの大きな機械のせいだと分かった。
ゴーレムたちが大きな機械のピストンを押し、男たちはその機械に繋がったパイプの近くで何かをしている。
その手前で別の作業をしていた男たちは、ロウィに気付くと作業の手を止め、扉の前に集まった。
そして男たちは一斉に脱帽して頭を下げ、声を合わせて言った。
「「「お帰りなさいやせ! 姐さん!!」」」
「はいはい、ただいま。お客さん来てるから、あんたたち粗相のないようにね」
「「「分かりやした、姐さん! いらっしゃいやせ、お客さん!」」」
「はい、さっさと作業に戻って。お客さんはアタイが案内するから」
「「「承知しやした、姐さん!!」」」
男たちはそう言って作業場へと戻っていった。
「いやあ、うるさくてゴメンね。暑苦しい奴らだけど、良い人たちだから」
「信頼されてるんだな、姐さん」
「ノエルまでそう呼ぶのはやめなさい。その呼ばれ方、実はあんまり好きじゃないんだ」
「おや、そうなのかい? そりゃすまなかった」
「良いよ、謝らなくても。それじゃ、工場をぐるっと回ってみようか」
マリンは広々とした空間と巨大な機械、そしてそれを動かすゴーレムたちを見上げながら呟く。
「それにしても大きな工房ですわねぇ……。圧巻ですわ〜……」
「そりゃまあ、元はこの国の歯車を全て管理してた大工房だからね。それに、ここで働いてる人たちはみんなその当時の工房で働いてた人たちだよ」
「え!? ロウィさんってそんな凄い工房の親分なの!?」
「親分って言うのもやめて〜! アタイ自身、この工房を切り盛りする立場になりたくてなったわけじゃないんだから!」
ノエルはロウィの服を引っ張って、機械の方を指差す。
「なあなあ、ロウィ。あれが歯車の代わりにこの国の生活を支えているっていう機械なのか?」
「半分正解、半分不正解。これは一度、歯車で支えられていた時代の話をするべきかもしれないね」
「確かにアタシもそこまで詳しい話は聞いたことなかったな。良ければ教えて欲しい」
「そろそろ一周する頃だから、この話はアタイの部屋でしようか」
「そういえばここが家とか言ってましたわね。まさか工房の中にあるとか……?」
「流石に工房の隣だから。こことは違って暑くないし、普通に快適な空間だから安心して?」
そう言ってロウィは工房の外に出て、その隣にある小さな家を指差した。
「あれがアタイの家。作業員の人たちの家は住宅街にあるけど、アタイはずっとこの工房にいなきゃいけないからここに住んでるってわけだよ」
「なるほど、工房の持ち主ならここに住むのも当たり前ってことだな」
「まあ……ね。そ、それじゃ、入って入って〜」
ノエルたちはロウィに招かれるまま、家の中へと入った。
***
家に入ると、そこは工房の景色とは打って変わって、普通の一軒家という印象の部屋があった。
しかしノエルたちは、その中の異常な存在に目が行っていた。
「な……何だ!?」
「家の中に……」
「ゴーレムですわ〜!?」
ノエルたちの目の前にいたのは、工房にいたものと少し形が違う1体のゴーレムであった。
高さはノエルの1.5倍ほどの巨体で、体の真ん中の結晶が青く煌いているのが分かる。
ゴーレムは立ち止まっていたが、ロウィの方を見るなりそちらへと歩いて行く。
「お留守番ありがとうね、タンゴ。部屋の掃除は……まあいつも通りか」
「うーん、真ん中の結晶の光が何というか……嬉しそう?」
「サフィアちゃん、よく分かったね? 初見でゴーレムの感情を読める人がいるとは思わなかったよ」
「待て、とりあえずこの状況を説明してもらえるか? 何で家の中にゴーレムがいる?」
「このゴーレムはアタイのお気に入りで、名前はタンゴ! お留守番してくれるし、掃除……は苦手みたいだけど、頼んだことならある程度やってくれるんだ」
「へえ……ゴーレムってそんな使い方もできるんですのねぇ……」
「でもまあ、とりあえずこの子がいたら4人も入れないから……。戻れっ、タンゴ!」
ロウィがタンゴと呼ばれたゴーレムに手をかざすと突然結晶が強く光り始め、ゴーレムの体を形成していた土が収縮していく。
そしてそれが結晶に吸収されたかと思うと光が収まり、仄かに輝きながらロウィの手元に浮遊してきた。
サフィアはロウィに尋ねた。
「ロウィさん、それは?」
「これはタンゴの魔導結晶。魔導結晶っていうのはゴーレムの心臓部になる魔力の塊で、この国じゃ滅多に手に入らない貴重なものなんだ」
「でも、さっき10体くらいゴーレムいたよね?」
「あぁ、あれはアタイが作った魔導結晶で動いてるんだよ。魔法でも作り出すことが出来るからね。天然のよりはだいぶ精度が落ちるけど」
「それに関しては見事と言うほかないねぇ。土魔法でゴーレムが作れるというのは知っていたが、まさかそういう作り方だったとは」
「そりゃどうも。あ、とりあえずその辺の椅子に座って。散らかってて悪いけど」
「それでは失礼して」
3人は椅子に腰掛け、ロウィはコートを脱いでその向かいに座った。
「おや、バンダナは外さないのかい?」
「ん? あ、これ? 大事なものだから寝る時とお風呂の時以外は着けておく事にしてるんだ。失礼だとは分かってるけど、ごめんね」
「そうか、それなら仕方ない」
「それじゃ、さっきの話の続きをするとしようか!」
「そうでしたわね。歯車で支えられていた時代の話、興味が湧きますわ」
ロウィは1つ咳払いをして話し始めた。
「この国はずっと昔から大陸で一番の発明大国だった。それは知っているね?」
「あぁ、それゆえにこの国の別名が『機械仕掛けの国』だってことも知ってる」
「そして近年までこの国の生活を支えていたのは歯車だった。でもそれはちょっと違うんだ」
「ちょっと違う……?」
「うん。確かに歯車は根本的に生活を支えていたかもしれないけど、その歯車は何のためにあったのか。それは、さっき工房にあったような大きな機械を動かすためにあったんだよ」
「あんな巨大な歯車を何個も使って、あの機械を動かしていたってことかい!?」
「やっぱりさっきのを見たあとだとビックリするか。そう、つまりは工房の機械がこの国の生活を支え続けているんだ。今も、昔も」
ロウィはしみじみと語っている。
「それで結局あの機械は何なんだ? かなりの熱を持っていたようだが」
「あれは蒸気を発生させる機械。この国は蒸気を使って工作したり生活したりしているってわけ」
「じゃあ、あの人たちは何してたの?」
「作業員の人たちはその蒸気を送るパイプの管理をしてるんだ。ゴーレムは見た通り、歯車の代わりにピストンを動かす役だね」
「それではわたくしも質問を。あなたはどういう経緯でこの工房に来たんですの? あんなに多くのゴーレムを使役するなんて、ただ者ではありませんわよね?」
「そ、それは何というか……。秘密というか……」
何やら、ロウィは返答に困っている。
「おい、マリン。他人の事情に口を挟むのは失礼だって、いつも言ってるのはどこのどいつだ!」
「うぐっ……。す、すみませんでしたわ……」
「い、いやいや! 確かに魔女同士、そういうのが気になるのは分かるから!」
「今後は余計な詮索はしませんので、どうぞお許しを……」
「ああ、そんなに深々と頭を下げないで! アタイが申し訳なくなっちゃうから!」
それからしばらく、ロウィが来る前のノーリスの歴史について、3人は話を聞くのであった。
***
夕暮れ時になり、時刻を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「そろそろ工房を閉める時間か。ゴーレムたちの様子を見てくるからちょっと待ってて〜」
「分かった。待っとくよ」
ロウィは玄関から出て、工房の方へと駆けて行った。
3人はそれと同時に話し始める。
「ロウィさん、どうですの?」
「そりゃもちろん誘うべきだろう。あそこまで土魔法を使いこなせて学がある奴、滅多にいないぞ」
「やっぱり蘇生魔法作りに勧誘するつもりだったんですね……。お姉ちゃんまで……」
「まさかこんな所に優秀な魔女がいるとは思わなかったんだ。誘わない手はないだろう。それに、国に揉み消された事件についても少し思うところがあるし」
「でも、ロウィさんって工房長なんですよね? 参加してくれるんでしょうか?」
「確かに……。ただの魔法作りならまだしも、蘇生魔法ほどの魔法を新しく作るとなると、それなりの期間を空けてもらう必要がありますものね……」
「今回に限ってはあいつに全財産ぶちまけてでも勧誘しなきゃいけない。なぜかは分からないが、そんな気がするんだ」
ノエルたちがそんな話をしているうちにロウィが帰ってきた。
そしてノエルたちはロウィと別れた後、予定を変更することに決めた。
「よし、北方の三国に行くのは後回し! ロウィを絶対に仲間に引き入れてみせるぞ!」
その後、ノエルたち3人はノーリスの住宅街にある宿に泊まるのであった。




