38頁目.ノエルと強さと恐怖と……
「さーて、やっと戻ってきたー!」
病院で目覚めた次の日、ノエルたちは無事に退院し、ルカの家に集まっていた。
ノエルたち3人は机を囲んでソファに座り、ルカはお茶を淹れるためにお湯を沸かしている。
「やっとって言っても、たったの2日ぶりですけどねー」
「怒涛の2日間だったということですわねぇ。ほとんどはノエルの無茶のせいでしたが」
「お前、結果オーライって言ってただろう?」
ノエルは何事もなかったかのようにヘラヘラして言う。
「それはそうですけど、原因となった当の本人に言われるとイラッと来ますわね……」
「まあまあ、お姉ちゃんのおかげで何とかなったんだし。ノエル様をあまり責めないであげて?」
「まあ、別に今さら責めるつもりはありませんわよ。ただ本当に反省しているのか心配になっているだけですから」
マリンはノエルを静かに睨みつける。
「あー……うん。昨日のアレで流石に懲りたぞ?」
「そう言って二度目が起きた経験が何度もあったから言っているのですわ。わたくしには今後、ノエルの無茶にサフィーを巻き込まないようにする義務がありますので」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。あたし、元から危険ことをしようとは全く思ってないから」
「サフィーの気持ちはそうでも、ノエルが今回みたいに無理に事を進めたらどうしようもないでしょう? だから今の内に釘を刺しておくのですわ」
ノエルは少し頭を掻いて悩み始める。
そして間もなくして言った。
「分かった分かった。今後、危険が想定されるようなことがあったらお前たちの意思を尊重するから。そんなに睨みつけないでくれ」
「本当ですわね?」
「なんなら魂の盟約を結んでもいいぞ?」
「なるほど、その手がありましたわね……」
しばらく悩んだ後、マリンは答えた。
「いえ、もし何かあったときのためにそれは辞めておきますわ」
「そうか。賢明な判断だ」
「逆に言えば、何もない時に無茶をしたらわたくしが全力で止める、ということですわ」
「止めるのは良いが、だからって全力で魔法を撃ったりするなよ? 流石にあの火力はひとたまりもないからな」
「さあ、それはあなたの振る舞い次第ですわよ?」
「うっ……。肝に命じておきます……」
「よろしいですわ」
力だけで師匠をねじ伏せる姉を見ながら、サフィアは感心していた。
「あれ? お姉ちゃんっていつの間にノエル様より強くなってたの!?」
「いや待て、サフィー? 別にアタシはこいつより弱いから押し負けたわけじゃないぞ?」
「仕方ないですわね〜? わたくしの凄まじい力に怖気付いてしまうのも無理はありませんわ〜?」
「くそっ、こいつウザい!」
「なるほど……。単純火力だとお姉ちゃんの方が強かったんだ……。ってことは、ノエル様は戦闘慣れしているだけだった……?」
「だけって言わないで!? 戦闘慣れしてる方が魔女としては強いから!」
サフィアの一言で落ち込むノエルを、さらにマリンが煽る。
「闇魔法自体、チマチマしたものしかないのが原因ですものねぇ。拘束したり呪ったり……って、あら? どうしていつもこんな魔法しか使えない奴に手こずっているんでしょう?」
「おい、後で覚えておけよ??」
「なるほど……。火力で勝てるはずのお姉ちゃんが闇魔法に勝てないってことは、やっぱりノエル様の方が強いんだ……!」
「ぐっ……。返す言葉もないくらい真実を突きつけてきますわね……」
「あはは……実はこの中だとサフィアさんが一番強いのかもしれませんね?」
3人が色々と話しているうちにお茶が入ったらしく、奥からルカが戻ってきた。
「はい、冷えたお茶です。どうぞ」
「おお、ありがとう。って、ん? 沸いたばかりだというのに冷えてるお茶?」
「風魔法で熱を弱めてみました。サフィアさんのおかげで風魔法の回転の調節が少しずつできてきているので」
「なるほど、そういう使い方もできるのか! 風魔法も勉強しておけばよかったかな……」
「ルカさん! 後でその使い方、あたしに教えて!」
「ええ、喜んで。あなた方には恩もありますし」
お茶をすすりながらノエルは何かを思い出し、ルカに尋ねた。
「そういえばあれから砂嵐は?」
「昨日発生していないので、周期を考えると今日の昼に発生する予定です。ですがその場合、ここで起きなかったら確実に収まったと断言できます」
ノエルが窓から外を見ると、日は登りきっていた。
「ちょうど昼時だな?」
「ええ、外に出て確認してみましょうか」
「そうしよう。よし、出かけるぞ」
「はーい」
「仕方ないですわねぇ」
荷物をまとめ、4人は外へと出た。
***
それから数分で、ノエルたちは砂嵐の発生予定地にやってきた。
今はまだ風も吹いていない。
「うーん、現時点では魔力は感知できませんね」
「ってことは、やっぱり浄化に成功したのかな?」
「まだ油断してはいけませんわ。相手はあの原初の大厄災の残滓なのですから」
「例の原初魔法で浄化できていないとも思えないが、もしかしたら海魔の方は暴れているかもしれないねぇ」
「それは確かにあり得ますね……。もし砂嵐が発生しなくなったとしても、しばらくは海水浴禁止にするよう国王に申告しておきます」
「あら、残念でしたわねぇサフィー。泳げなくなってしまいました」
「いや、もう海はいいかな……」
サフィアは2日前のことを思い出し、死んだ目で答えていた。
それもそのはず。
海の中で意識を失い、大海蛇に襲われかけたのだから、海そのものが恐怖の対象になっていてもおかしくないのであった。
「ねえノエル? サフィーに海への恐怖が植え付けられているんですが?」
マリンはノエルの肩を正面からがっしりと掴む。
ノエルはあからさまにマリンから目を逸らしている。
「あ、安心しな……。アタシも海はこりごりだから……」
「話を逸らしても無駄ですわ! よくも、海で泳ぐのを楽しみにしていたサフィーの気持ちを台無しにしてくれましたわね!」
「アタシだってこれに関しては悪いとは思ってるよ! 水魔法を使う魔女に水に関する恐怖を植え付けてしまうなんて思ってなかったんだ!」
「それも問題ですけれど、サフィーの楽しみを奪った罪は重いですわよ!」
「だから謝ってるだろう! 頼むから魔導書に手をかけるんじゃない!」
ノエルの制止も聞かず、マリンはノエルに襲いかかっていた。
対するノエルもそれに抗うべく魔導書を開いたが、マリンの魔法の方が幾分か早かった。
「あぁ……急に喧嘩が始まってしまった……。って、サフィアさん、あの2人を止めてください!」
「そういえば大海蛇に食べられそうになる夢を見たんだよね……。あれって夢じゃなかったのかもなぁ……」
「これはダメですね……。一昨日のことがよほど怖かったんでしょうけど……。仕方ない、ボクが止めに入るしか──」
その時だった。
ルカが振り向いたその瞬間、ノエルとマリン立っている場所が急に影となる。
2人が異変に気づいて上を見上げた時、『それ』は既にノエルとマリンに直撃していた。
2人は急の出来事に驚いたのか、『それ』の中で溺れている。
「こ、これは……巨大な水の塊? もしかして……」
ルカがサフィアの方へ振り返ると、サフィアは死んだ目で魔導書を開いて立っていた。
そしてそのまま魔導書をパタンと閉じると、ノエルたちを包んでいた水の塊は消え去った。
2人はその場で目を回している。
「あ、あの2人の喧嘩を流れるように止めるとは……。やはり3人の中で一番強いのはサフィアさんなのでは……?」
「うぅ……。久しぶりに先手を取れたと言いますのに……」
「最近になってサフィーの喧嘩を止める精度が上がっているような気がする……。まさか、意識を向けずに止められるとは思わなかったが……」
サフィアは死んだ目から呆れた顔になってノエルたちに言う。
「はぁ……。あのねえ、2人とも? 流石に仕事そっちのけで喧嘩なんて始めたら止めるに決まってるよね?」
「「それは大変反省しております」」
「あと、意識を向けなかったのは魔法の効果だから。2人を追従するように作ったのよ。水の中だったら2人とも大人しくなるって、一昨日のことで良く分かったし」
「ほう、追従する魔法なのにあそこまで巨大な塊を出せるとはな。それなりに魔力を使ったんじゃないか?」
「そうですね。わざわざこんな魔力の無駄をさせる2人には困ったものですけど」
「き、機嫌を直してくださいな? そうだ、夕飯はノエルの奢りで美味しいものを食べに行きましょう!」
「アタシの金はお前の金でもあることを忘れてないか? ま、その提案には賛成だがね」
サフィアは嬉しそうに飛び跳ね、喜んだ。
「やったぁ! あ、ルカさんもどう?」
「あはは……。ボクは遠慮しておきますよ。サフィアさんが誘ってくれた瞬間、後ろのお二人の顔が引きつっていましたし」
「あら残念。いつも無駄なものを買いまくってる2人のお仕置き代わりになるかなと思ったんだけど」
「「ギクッ……」」
「バレてないと思ってたの? 2人で配分してる毎日のお金、少しだけ減ってたの知ってるんだからね?」
「「すみませんでしたーー!!」」
2人はサフィアに向かって深々と頭を下げる。
「まずはノエル様から聞きましょうか?」
「はい……。気になる魔導書と魔具があったので買い漁っていました……」
「お姉ちゃんは?」
「はい……。気になる服と宝石があったので買い漁っていました……」
「なるほど、じゃあそれなりに美味しいものを食べさせてくれるわよね?」
「「喜んで!!」」
「確信しました。やはりサフィアさんが最強ですね……」
そんなことを話していると、段々と日が沈んで来ていた。
「お? 気づけばもう夕方か?」
「ってことは……もしかして!」
「ええ、そのもしかしてですわよ!」
「す……砂嵐が発生しませんでした!! 遠くを調べてみましたが、魔力の反応も全く見られません!」
「やったぞ、呪いの残滓の浄化に成功だ〜!!」
4人は喜び、嬉しそうに手を取り合うのだった。
ルカは間もなく報告書を書きに家に戻り、3人は町一番のレストランに食べに行くのであった。




