37頁目.ノエルと肉体言語と現金と……
その後、マリンはノエルとサフィアを救出し、船の近くで待機していたルカと合流した。
ルカは驚きつつも何かあったのだとすぐに察し、急いで船をラウディの港まで走らせたのだった。
間もなくマリンとルカは気を失ったノエルたちを病院に運び混んだが、水中呼吸の魔法が続いていたおかげで身体的損傷は全くなかったらしく、マリンは胸を撫で下ろすのであった。
***
その次の日の朝。
病室で2人の看病をしていたマリンは、何事もなかったかのように気持ち良さそうに眠るノエルとサフィアの顔を心配そうに眺めていた。
そこに、ルカが様子を見にやってきた。
「おはようございます、マリンさん」
「あ、あぁ……ルカさんですか……。ごきげんよう……」
「もしかして、徹夜で看病を?」
「ええ……まあそんなところですわ……」
「言ってくださればボクも手伝いましたのに……。気が利かず申し訳ありません……」
「いえいえ、お気持ちだけで十分ですわよ。夜中うなされてはいましたが、今は安定したようでスヤスヤ寝ていますし」
「それは良かった。じゃあとりあえず2人が起きたら教えますので、今は休んでいてください」
「あぁ、それはそれは助かります……わ……」
そう言ってマリンはベッドの脇で泥のように眠るのであった。
***
「……さん。マリンさん、起きてくださーい?」
「ん、んー……ノエル……あと10分……」
マリンはルカの声に反応はするが、まだまどろんでいる。
「あと10分だそうですが……」
「ええい、今すぐ起こせ! 事情さえ分かればその後いくらでも寝かせてやるから、とっとと起きろー!」
「待って、ノエル様! 流石に横暴が過ぎますって! 起きるまで待ちましょうよ〜!」
「う、ううん……。何事ですの……?」
マリンはサフィアの声でようやく目が覚める。
寝ぼけ眼で辺りを見回すと、そこにはルカが立っており、顔を上げるとベッドの上にノエルとサフィアが座り込んでいたのだった。
「やっと起きたか、お寝坊さん」
「んー……ん!? ノエル! サフィー! 目が覚めましたのね!」
「あぁ、よく寝たよく寝た……って、うわぁ!」
マリンはノエルとサフィアに飛びついて、強く抱きしめた。
「うぅ……! わたくしをこんなに心配させて! 2人とも無茶をしすぎですわ!」
「お姉ちゃん……ごめんなさい……」
「アタシも悪かったよ……。悪かったとは思ってるから、とりあえず離れてくれないか? ひ、人前でこれは少し恥ずかしい……」
「いいえ、あなた方が反省するまでわたくしは決して離れませんわよ!」
「お姉ちゃん!? 流石にこれ以上はあたしも恥ずかしいかな!?」
「お、おい、ルカ! 空気を読むかのように部屋を無言で出て行くな! アタシたちを助けろ〜!!」
叫びは虚しく、2人はその後、マリンの気が済むまで謝り続けるのであった。
***
それからしばらくして。
「「も、もう許してぇ……」」
「はい、許しましたわ。もう二度とこのようなことがないように!」
「「は、はいぃ……」」
マリンの抱擁から解放された2人は、くたりとその場で脱力した。
それと同時にルカが部屋に戻ってくる。
「あはは……。かれこれ1時間以上あのままだったとは……」
「あれぐらいしないと、この2人はまた無茶をしでかしますから。それにあれは愛を伝える行為。まさに肉体言語とはこういうことですわ!」
「語り合った結果がこのようになるとは……。肉体言語、恐るべし……」
ノエルとサフィアはぷるぷると起き上がる。
「い、いや……これを肉体言語とは言わないだろ……」
「うん……。ただただ恥ずかしかっただけだもん……」
「あら、わたくしの愛が伝わっていないというのならもう1回行きますか?」
「「いーえ、十分伝わりました!!」」
ノエルとサフィアは少しマリンから距離をとって座り直す。
そしてマリンとルカは2人に向き合うようにして、ベッドの横の椅子に座った。
「さて、本題に入ろうか。アタシたちが気を失ってから、何が一体どうなったのか。聞かせてもらうぞ」
「その前に、2人の身に何が起きたのか。気を失う前の話を聞くのが先ですわ」
「それもそうか……。よし、分かった」
ノエルは10分ほどで自分が見たもの、体験したことの全てを話した。
サフィアはノエルと一緒にいたため、見たものはほとんど一緒だったようだ。
そして、話はすぐに海魔の話になった。
「気を失う直前、アタシは海魔の姿をバッチリと目に収めた。そしてそいつは恐らく……」
ノエルは海魔の図鑑をパラパラとめくり、「こいつだ!」と言って、ある海魔の挿絵を指差した。
「大海蛇……ですか?」
「あぁ、間違いない。このうねるような身体の曲線といい、小さい船を飲みこめるほどの大きな口といい、この図の通りだった」
「えーと、なになに……」
マリンはその図鑑に書いてある説明の序文を読み上げる。
***
『大海蛇』
南の国・ラウディ以南の沖に出現するとされる巨大な海蛇の海魔。
手を出さない限りは極めて穏やかな類の魔物と言われているが、縄張りに入ったものは容赦なく襲う海の守り神のような存在。
身体をうねらせ静かに近づき、勢いよく獲物に食らいつく。
主な食物は魚などだが、強靭な内臓を持つため、船を襲って船ごと人間を食べたという悲惨な事故も起きている。
危険度 ★★★★☆(星4つ)
***
「…………」
「…………」
「そういえば2人が気を失った直後くらいに、奥から巨大な影がゆっくりと近づいて来て──」
「うわぁぁぁ! 言うなぁぁ!!」
「お姉ちゃん最悪! 知らないままでいたかったのに!!」
「まあ確かに、ノエルの合図がなかったらそのままわたくしもパックンチョされていましたし、結果オーライですわね!」
「もし3人とも帰って来なかったらボク、心に一生モノの後悔と恐怖が刻まれるところでしたよ! マリンさんが2人を抱えて近づいてきた時には、本当に心臓が止まるかと思ったんですから……」
「とにかく、大海蛇が今回の元凶だったということで、アタシの話は終わりにするぞ!」
ノエルは図鑑をパタッと閉じてカバンにしまった。
「アタシたちが大海蛇が持ってた呪い残滓の影響範囲に入り込んで、気を失って……。いや、巨大な影の話はしなくていいから、そこからお前がアタシたちを助けるまでの話をしてくれ」
「分かりましたわ。実は──」
***
「はぁ!? 指輪の隠された力を使ったぁ!?」
「お姉ちゃん、使い方知ってたの?」
「知らなかったというか、忘れていたというか……」
「アタシに徹夜までさせて調べさせたにも関わらず、忘れていたとはどういう領分だ!」
「まさか、おばあさまから使い方を教わっていたなんて当時のわたくしは思ってもみませんでしたもの! それに、楽しそうに徹夜で研究したがっていたのはどこのどいつですの!」
「未知を調べるのは確かに楽しいが、それが未知じゃなかったと知った時のガッカリ感がお前に分かるか!?」
「一応はあなたの研究のおかげで使い方を思い出したんですから、それで良しとして下さいな。それでも不満なのであればあとで使わせてあげますわよ?」
「よし、それなら良いだろう」
ノエルはケロッとして普段の調子に戻る。
サフィアは頭を抱えながら苦笑いをして言った。
「全く……。ノエル様ってば、現金ですねぇ……」
「あはは……。ボクも同様ですが、研究熱心な魔女はみんなこんな感じですよ」
「はぁ……。ノエル様がこういう人だってのは分かっているつもりなんだけど、どうしてたまにこうガッカリしちゃうんだろ……」
「サフィー、嫌なら嫌だとはっきり言ってくれた方がアタシとしてはスッキリするぞ?」
「現金なノエル様は弟子としてはちょっと嫌ですけど、魔女としては仕方ないというかそこも尊敬できるというか……」
「……よし、あとで新しい魔法を教えてあげよう」
「よく分からないけど、やったー!」
「はぁ……。この師匠ありてこの弟子ありかもしれませんわね……」
マリンは溜息をついて足を組み直した。
「あぁ、そうだ。結局その指輪に込められていた魔法ってどんな魔法だったんだ?」
「詠唱からわたくしが命名したのですが、その魔法は原初光魔法『天の光』。自分を中心とした広い範囲にある『悪いもの』を全て浄化する魔法ですわ。大厄災の呪いの残滓すらも、です」
「原初魔法……だと……? いやしかし、呪いの残滓を祓える光魔法となると、十分にあり得るか……?」
ノエルは驚きのあまり、目を見開いたまま固まっている。
「何ですか? その原初魔法って」
「ボクも聞いたことがありません。教えていただけますか?」
「そりゃ知らないのも当たり前だろうよ。今じゃ、使える魔導士は誰1人としていないとされる究極の魔法なんだからな」
「「えぇっ!?」」
「原初魔法ってのは原初の魔女・ファーリが使っていたとされる、上級魔法をはるかに超える効果をもたらす魔法だ。今はその呪文も魔導書も何も残っていないとされるはずなんだが……」
「わたくしも単にこの指輪にかけられていた魔法の拘束を一時的に解いただけですから、詳しい呪文は全く分かりませんわよ?」
「いや、それもそうなんだが、物語の魔女が原初魔法を使えたという事実に驚いているんだよ。それも死ぬ直前に使ったという事実が、な」
「え……?」
サフィアは驚きを隠せない様子だが、一方でマリンはそれに補足するように説明をし始めた。
「この魔具を作った魔女の死後も、環境に適応できる魔法が残っている。という事実がある時点で、本当はわたくしが真っ先に気づくべきだったんですわ」
「そうか、『魂と魔力の変換』ね! おばあさまの噴水と一緒だわ!」
「彼女は火事で死ぬ直前に、この2つの指輪に最後の魔法をかけることにした。もちろん一番はあの旅人の手に渡って欲しかっただろうが、とにかく指輪だけは残したかったんだろうさ」
「そして指輪の元々の能力で、身を焼く火の熱さに耐えながら、彼女は魂と魔力の変換を行った。この魔法はきっと誰かのためではなく、旅人との思い出が詰まった指輪を火事から守るためにかけられたのでしょう」
「その結果、彼女は死に、指輪は火事に巻き込まれることなく彼女の指に残った。まさか旅人が回収してくれるとは思いにも寄らない奇跡だっただろうがね」
「だけど、どうしてその魔法をお姉ちゃんは指輪以外に使えたの? 指輪のためにかけられた魔法だったんだよね?」
マリンは指輪を外して手に取る。
「おばあさまはこの指輪にかけられている魔法を見抜いた。そしてその魔法の力を指輪以外の、誰かのために使えるよう、魔法の対象を変換する魔法をかけたのでしょうね」
「なるほど、三重構造だったってわけか! そりゃ解析するのに手間がかかるわけだ……」
「えーと……つまりどういうことですか?」
「簡単に言うと、2つの指輪には身につけている人を環境に適応させる能力がそれぞれあった。そこに魔女が死ぬ直前に指輪そのものを守る光魔法をかけた。そしてさらにそこにおばあさまがその光魔法の力を解放させる魔法をかけた。ということだな」
サフィアは納得した様子で頷く。
「まさか、3つも魔法がかかってるなんて思いもしませんでしたが……」
「ということは、あたしたちのこの指輪ってとんでもない能力を持ってるんじゃ……」
「そういうことだ。しかも、2つもあるときた。つまりこれは、まさに神器と言うべき指輪で間違いなかったってことだな!」
「原初魔法について知れたと思ったら、その原初魔法が込められた指輪が2つも目の前にあるという事実に、ボクはまだ平静を保てませんね……」
「そういえばルカには指輪の物語は聞かせていたが、2人のおばあさまの話はしていなかったな?」
「え、ええ……まさかこれ以上驚かされることはありませんよね……?」
「さぁ、どうだろうねえ……?」
ノエルたちは病室を借りていられる時間ギリギリまで、昔話や魔法の話など、色々な話をするのであった。




