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36頁目.マリンと指輪とおばあさまと……

 20分ほど前──。


 マリンは光魔法『光る道程(ライト・ロード)』で、ノエルとサフィアの行く先を少し離れたところから照らしていた。

 後ろを振り返ってみると、ギリギリ見えるくらいの距離感を保ちながらルカが船の番をしている。

 誰も海魔と遭遇しないで欲しいと思いつつも、マリンは退屈そうに光を照らしていた。



***



「(はあ……。こんなことになると知っていれば、サフィーだけでもお留守番させましたのに……)」



 海魔は魔物。

 つまりこの探索は危険が伴う上に、死と隣合わせの状況になることだってありうるということだ。

 ノエルの行動力にはいつも驚かされるし、大抵は良い結果が返ってくる。

 とはいえ、今回のこの探索はいつもに増して無茶が過ぎているような気がしてならない。



「(それに加えて、その海魔は原初の大厄災の呪いを帯びているというじゃありませんか……。ある程度探して見つからなかったら、早めに切り上げさせましょうか)」



 そんなことを思いながら、ふと左小指の指輪を眺める。

 深い藍色の宝石が暗い海の色に溶けて、輝いているようにも見える。

 大好きだった祖母の双子の姉が遺した神器の一つ、『藍玉の涙(ティアマリン)』。

 セプタを旅立つ前にサフィーと話し合って、物語の最後と同じように左手に着けるように決めたことを思い出した。



「(サフィーは忘れてると思いますが、あのままずっと身につけていてくれたことには感慨深い物を感じましたわね……)」



 それに加えて、『指輪に隠された力がある』なんてノエルから聞いた時は驚きもあったが、それ以上に未知への強い好奇心を抱いた。


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 それも、私は物語になる前の、真の原作の話を祖母から直接聞いている。

 そこですら語られていない隠された力となると、それはきっと物語の魔女が祖母にも言えなかったようなことなのだろうか。

 色々と想像が広がってしまう。



「(ノエルでも分からないような魔法が、この指輪とサフィーの指輪にかけられている……。でもそれがもし、物語の魔女から誰かへ伝えたかった何かなのだとしたら……?)」



 きっとその答えは素敵なものに違いない。

 だけど、それを暴いてしまうのも少し悪い気がしてしまう。



「(まあ、色々考えても無意味に他なりませんわ……。それにすっかり忘れていましたが、ここには呪いを持った海魔がいるのでした。気を抜いてはなりませんわね!)」



 ただでさえ暗くてよく見えない海中に、呪いの残滓を持った海魔がいる。

 もしかしたらとてつもなく巨大な海魔かもしれないし、ただ生命力が強いだけの弱い海魔なのかもしれない。

 だが1人の魔女として、原初の大厄災の呪いは何よりも危険視しなければならないものなのだ。

 ある呪いは農作物を枯らし、ある呪いは人々の黒い感情を昂ぶらせ、ある呪いは問答無用に魔法を発動するという。

 サフィアが生まれる前、私が10歳の頃でさえ、人々は10年以上前に原初の魔女が残した呪いを恐れていた。


 それほどまでに恐怖に刻まれるような大厄災の呪い。

 その残滓が近くにある。



「(いっそのこと、この辺り一面に浄化の光魔法をかけたら万事解決なのですが、みんな光魔法が苦手なんですのよね……。ソワレさんの魔導書にも、ここまでの広い範囲の浄化の光魔法は書いてありませんでしたし……)」



 むしろそんな貴重な魔法をここで使ってしまっても良いのか、なんて貧乏性みたいなことを考えるようになったのも全てノエルのせいだろうか。

 とはいえ、そんなものがあったとしても大切な妹を守るためであれば迷わず使ってみせる。

 そうかつて誓ったことを思い出す。



「(……って、あら?)」



 そんなことを思いながらノエルたちの方を見ると、さらにその奥の方に何か影のようなものが見える。

 そしてそれはゆっくりとこちらに近づいてきているのが分かった。



「(あれは……もしかして探していた海魔では? ちょっと、ノエルー!)」



 光をノエルの顔に何度も当てて、こちらに気付かせようとする。

 しかしノエルはこちらに気付く様子もなく、何やらサフィーと話している様子だ。



「(流石にこれはまずいですわね……。こちらから向かった方が──)」



 いや、よく見ると話しているというようには見えない。

 何かがおかしい。

 そしてその瞬間、ノエルから緊急事態の合図が送られているのが見えた。

 それと同時に、身体はノエルたちの方へと向かって泳ぎ始めていた。



「(きっとサフィーに何かあったのですわ! 海魔も近づいていますし、早く助けなければ!!)」



 ノエルがサフィーの手を引きながら上へ上へと泳いでいる。

 それに合流できさえすれば、サフィーを助けることができる。



「(海魔はまだそんなに近づいていませんし、絶対に間に合ってみせますわ!)」



 泳ぐ速度を上げる。

 海魔に気付かれる前に、いや、既に気付かれていようとも追いつかねばならない。

 だが、次第にノエルの上昇速度が落ちてきているように見える。



「(まずいまずい、非常にまずいですわ! ここでノエルが減速してしまったら……! もっと急がないと!)」



 手も足も全力で動かし、さらに速度を上げる。

 手足が痛い。

 とても痛い。

 でも、サフィーを、ノエルを危険に晒すわけにはいかない。

 だが、その時だった。



「(え…………?)」



 ノエルは『こっちへ来るな』と、沈みながら合図を送ってきたのだった。

 あのノエルがそんな指示を送るわけがない。

 さっきまで緊急事態の合図を必死に送って、必死にサフィーを助けようとしていた人間がそんなことを言う訳がないのだ。


 であれば、何かの理由があるはず。

 それを瞬時に判断し、心を痛めつつも少し距離を取った。



「(『来るな』ということは、近づいてはならないということなのでしょうか……。近づいてはならない……。範囲型……まさか、呪いの影響!?)」



 確かによく集中してみると、辺りに嫌な魔力が感じ取れる。

 だが近づいてはならないからといって、助けないという選択肢はない。



「(この辺りだけ浄化しても、これだけ近くに呪いの発生源がいるとなると意味がありませんし……。だからと言って海魔を討伐するにも、火魔法が使えない今はどうしようもありません……。そうです、ルカさん!)」



 ルカの風魔法なら海中でも使えるし、最悪の場合サフィーとノエルを風魔法で船まで運んでしまうという手もある。

 そう思いつつ振り返る。



「(あっ……。やってしまいましたわね……)」



 夢中になって泳いでいたせいで、ルカを完全に見失ってしまっていたのだった。

 これは完全に自分の失態だ。

 だがこのままでは手の打ちようがない。



「(れ、冷静になるのですわ、マリン……。こういう時こそおばあさまの言葉を思い出して……)」



***



「いいですか、マリン。これをよく見て?」


「おばあさま、それなあに?」


「この指輪は『藍玉の涙(ティアマリン)』と言って、先程のお話に出てきた指輪の一つです」


「てぃあまりん……? 私と同じ名前?」


「ええ、あなたの名前はこの指輪から付けられたものなのよ。それでね、この指輪をあなたあげようと思って」


「えっ、いいの? 大切な物じゃないの?」


「大切だからこそよ。これは大切な人を守るための指輪。私はマリンを守りたいからこの指輪をあげるの」



 私はそうして指輪をおばあさまから譲り受けた。



「この指輪はあなたをあらゆる困難から守ってくれます。でもね、マリン。きっとあなたにも誰か大切な人を守りたいと願う日がきっと来ると思うの」


「そんな日が来たら、私は第一にお母さまとお父さまとおばあさまを守るわ!」


「あらあら、それは大変ねえ? 3人も守らなきゃいけないなんて。だけど安心して。その指輪がきっと何とかしてくれるわ」


「本当に?」


「ええ、だってその指輪は願いを叶えてくれる力を持っているんだもの! とはいえ、何もしないで叶うわけじゃないけど──」



***



 願いを叶えてくれる力。

 ずっと忘れていたこの話の続きを、今の私は思い出せる気がする。

 記憶を辿り、必死に思考を巡らせる。



「(おばあさまはこの話をしたあと、いつも何かを熱心に教えてくれたような……。あれは……そうですわ……。確か……『願いごと』……? って、ああっ!)」



 思い出した。

 おばあさまが教えてくれた、大切な人を守りたい時の『願いごと』。

 この指輪は願いを叶えてくれる、というのは流石に嘘だと思っていたけど、今となってはその意味がよく分かる。

 おばあさまは多分この指輪の秘密を全部知っていたんだ。

 だけど物語の中にはその話を入れずに、私にだけその秘密を教えてくれていた。

 それはきっと、その力が物語の魔女が遺した最後の魔法で、私にしか使えないって分かっていたからなんだと思う。



「(『願いごと』。それは心の中で念じて唱えるもの。つまりそれは魔導士にとっての『魔法の詠唱』!)」



 魔法は心の中で唱えても発動できる。

 だけど言葉を唱えるだけじゃなくて、念じること、言い換えれば魔力を集中させることが必要だ。



「(そして、その『願いごと』は確か……『オルト・リリース・ピュリフィケーション』……。これが本当に魔法の呪文なのだとしたら、法則的に唱えるとすると……)」



***



 マリンは集中して指輪に手を添える。

 そして心の中で唱えた。



「(お願い、おばあさま。そして、物語の魔女さん。私に力を貸してください! ()()光魔法『天の光(ピュリフィケーション)』!!)」



 その瞬間、指輪が白く輝き始め、強力な光とともに大量の光の魔力が海の中を駆け巡った。

 すると、周りにあった黒い魔力は一瞬にして消え去り、海魔の方から出ていた嫌な魔力も綺麗に消滅していたのだった。

 マリンは溜息をひとつだけついて流れるように魔力感知をし、胸を撫で下ろして喜んだ。



「(よ、よく分かりませんがやりましたわ〜!! って、急いでサフィーとノエルを助けないと!)」



 それから間もなく、光に気づいたルカが3人の元へと合流し、気絶したノエルとサフィアを船まで運んだ。

 こうして、マリンはサフィアとノエルを恐ろしい海魔から助け出したのであった。

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