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35頁目.ノエルとヨットと合図と……

『海魔』


 ざっくりまとめると、海に棲む魔物のこと。

 魚やタコ、ヒトデなどの姿をしていて、海の中で野生の魚などを食べて暮らしている。

 もちろん魔物と言われるだけあって人的被害もある。

 沖に出ていた船を襲ったり、海水浴をしている人を襲ったりとかなり凶悪な部類の魔物だ。

 だから大体、海に出る人は退魔の魔法をかけてもらったり、お守りを持って魔物を遠ざけている。

 ついでに言うと、海魔ってのは呪いや毒といったものに耐性がある上に、とてつもなく長生きなのさ。



***



「それなら確かに、呪いの残滓を持っていても生きていられますわね」


「あたし、海で泳ぐのやめとこうかな……」


「安心しな、サフィー。海魔はそもそも魔力が苦手だから、魔導士には近づかないよ」


「そ、それなら良いんですけど……。って、本当ですよね!?」


「本当、本当……」



 ノエルはサフィアの頭をポンポンと撫でて諌める。



「ん? 待ってください、ノエルさん。海魔が魔力を苦手としているなら、風を起こしている間に出ている魔力に耐えられないのでは?」


「良いところに目を付けたな。浅瀬にいる海魔は基本的に弱い上に、魔力に弱い。だが沖にいる海魔は、海魔同士の歴戦をくぐり抜けた強力な種なんだ。図鑑によると、だが」


「なるほど、強い魔物ほど魔法にも強くなると言うことですわね……って、あら? それだと今回の海魔は……」


「そう。きっと呪いにも魔力にも耐性を持った強力なヤツ、ってことになるだろうさ」


「うわぁ……。倒すとなると大変そうですね……。それに呪いの残滓も憑いているとなると……」



 サフィアはそう言いながら、ノエルが持ってきた『海魔図鑑』を眺める。

 その瞬間、サフィアは何かを思い出したかのようにノエルに尋ねた。



「ところでノエル様、どうしてこの図鑑を取り出したんです? 別に海魔の説明をするだけなら要りませんよね?」


「あぁ、そうだった。今回の海魔がどんなヤツなのかが分かれば、弱点を探れるかもしれないと思って持ってきたんだった」


「それで、分かったんですの?」


「分かるわけないだろう。この辺りの海域に出る海魔なんて知らないし、そもそもアタシたちだって姿を確認したわけじゃないんだからな」


「ということは……」


「まさか……?」



 サフィアとマリンはこの後、何があるのかを察して震え始めた。

 直後、その悪い予感は見事的中した。



「よーし! 今から沖に出て海魔を探すぞー!」


「「いやあぁぁぁぁ〜!!」」



 ノエルはサフィアとマリンの腕を掴んで、全員のカバンを取る。



「ボ、ボクは次の発生に向けて魔法の練習を……」


「おい、ルカ。お前がいないとタダで船を借りられないだろ? もちろん来るんだ!」


「のおぉぉぉぉ〜!!」



 ノエルは嫌がる3人を引きずって、船着き場へと向かうのだった。



***



 それからしばらくして。

 ノエルたちはルカの交渉によって、4人乗りのヨットを借りることに成功した。

 間もなく沖へと出発し、既に海魔がいると思われる海域にまで近づいていた。



「いやー、風魔法って便利だなー。無風でも船が進む進む」


「どうしてボクは自分でヨットを借りて、自分で帆を張って、自分で風を送ってまでして、恐ろしい海魔の棲み家に近づいているんでしょう……」


「ルカさん……。もう諦めた目をしてるね……」


「帆を操作しているのがノエルなんですもの……。どう風を送っても全部アイツの掌の上なら、諦めるのも納得ですわよ……」


「お、そろそろだな。ルカの地図によると、海魔がいる海域に入ったぞ」


「「「ヒィッ!!」」」



 3人が下を恐る恐る覗き込むと、確かに何かの影が海中を泳いでいるのが分かる。

 ノエルはそのままヨットを前進させ、海域の真ん中へと向かわせた。



「こ、この海魔が何かさえ分かれば良いんですわよね! それならさっさと終わらせますわよ!」


「でも海の中ってよく見えないんだよね……」


「だからといって、魔法を撃って海中を見るわけにも……」


「ん? 何をしてるんだ? ()()()?」


「「「は、はい!?」」」



 3人が振り向くと、そこには耐水のローブを着たノエルがいた。

 そしてその隣には、着ろと言わんばかりに置かれた3人分のローブがあった。

 耐水のローブとは、服や体だけでなく身につけているもの全てに触れる水を弾く力を持った、雨合羽型の魔具である。



「え、本当に海魔のいる所に潜るんですか!?」


「いやいや、そうじゃないとどんな海魔か確認できないじゃないか」


「強力な海魔なら襲ってくるでしょうし、何よりそもそも水中で魔法って撃てるんですの!?」


「まあ海の中にだって魔力はあるだろうし、大丈夫だろ。それに、襲ってくるようなヤツならもうこの船は沈んでてもおかしくないから、大丈夫!」


「沈むかどうかわからない状態でここに連れてきたんですか!? ボ、ボク帰っても良いですよね!?」


「良いわけないだろ? ほら、さっさと行くぞ」



 ノエルの無茶なゴリ押しに巻き込まれ、3人は渋々とローブを着るのだった。



***



 その後、サフィアとルカは全員に、退魔の風魔法と水中呼吸の風魔法を何重にもかけた。

 水中呼吸の風魔法はその名の通り、水中でも呼吸ができるようになる、水に潜るためには必須の魔法である。



「こんなに退魔の魔法をかけられちゃ、逃げられる可能性もあるってのに……」


「念には念を、保険には保険を、です! 海に入った瞬間にパクリといかれる可能性だってありますから!」


「というか、わたくしが潜る意味はあるんですの? 火魔法は水中では効果がありませんわよね?」


「お前には少し離れたところから、光魔法で暗い海中を照らして欲しい」


「少し離れたところ! 了解しましたわ!」


「ルカはヨットの近くでアタシたちを待っていてくれ。何かあったら逃げても良いからな?」


「そ、そんな度胸、ボクにはありませんよ! 大人しく待っていますから!」


「そうか、それは大変助かるよ」



 ノエルはニコニコしながらルカに言った。

 そうして、ノエルたち4人は水の中へと飛び込んだのだった。



***



 水中呼吸の風魔法があるとはいえ、水中では会話することができない。

 そのためノエルたちは、あらかじめ決めておいた身振り手振りで連絡を取り合っていた。



「(おーい! あっちに何かいるっぽいから照らしてくれー!)」


「(了解しましたわー!)」


「(お姉ちゃん! もっと下! あー、行きすぎ!)」



 マリンが照らした先には、1匹の大きなサメがいた。



「(んー、こいつは海魔じゃないな。次に行くぞ)」


「(待ってください、ノエル様! サメは普通に襲ってくるんじゃないですか!?)」


「(あ、それもそうか。じゃあ……『悪魔の威厳デモニック・マジェスティ』)」



 その瞬間、ノエルから何か見えない圧力が発せられ、サメは慌てて逃げていった。



「(流石はノエル様! 手も触れずに敵を追い払うなんて!)」


「(無闇な殺生は好きじゃないからね。それじゃ、先に進むぞ)」



 それからしばらくノエルたちは海魔を探し続けた。

 しかし、ある程度の範囲を探しても、その姿を捉えることはできなかった。



「(やはり退魔の魔法のせいで移動したのか……? でも強力なヤツなら退魔の魔法も本来は効き目が薄いはずなんだが……)」



 ノエルは不思議に思いつつ、サフィアに船に戻ろうと合図を送る。

 しかし、サフィアは違う方を見ており、気づいていない。



「(全く……。あれだけ離れるなと自分から言っていたのに、海魔がいないと気づいて安心したのかな)」



 ノエルはサフィアの元へと泳いでいく。

 そしてサフィアの肩を叩いて、腕を引っ張った。

 しかし、サフィアの腕に全く力が入っていない。



「(ん? サフィー、どうした?)」



 ノエルがサフィアの方へと振り向くと、サフィアは辛そうにぐったりとしている。

 見た限り呼吸はしているが、苦しそうにノエルの方を見つめている。



「(サフィー!? おい、大丈夫か! そうだ、マリン!)」



 ノエルは急いでマリンに緊急の合図を送り、サフィアを連れて海面に上がろうと泳ぎ始めた。

 その時だった。



「(うっ……何だ……? この無性に嫌な気持ち悪さは……)」



 呼吸はできるのに、息苦しい。

 ノエルはそんな感覚に襲われ、次第に気が遠くなっていく。



「(そうか……完全に舐めていたよ……)」



 薄れゆく視界の中、ノエルはその目と魔力で()()を感知した。

 大きな身体は()()()()()うねりながら泳いでおり、黒い魔力のようなものを撒き散らしている。



「(これが呪いの……力……。そして……アイツが……探していた海魔か……)」



 マリンが遠くから光を照らしながらノエルの方に向かって来ている。

 しかしノエルは最後の力を振り絞って、こう合図した。



『こっちへ来るな』

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