34頁目.ノエルと逃走と発生源と……
砂嵐が発生する少し前。
サフィアとルカは、吹きつける強い風と巻き上げられた砂に視界を奪われていた。
「ルカさん! 砂嵐はあとどれくらいで起こるの!? そろそろ目が辛いんだけど!」
「あ、あと少しです! 耐えてください!」
「もう! ノエル様とお姉ちゃんも見えなくなっちゃったし、砂嵐はなかなか起きないし!」
「仕方ありません! 砂嵐みたいな纏まった風にならないと反転の風魔法が当たらないんですから!」
「それにしても、流石に時間かかりすぎでしょ! って、ルカさんに言っても仕方ないか……」
前傾姿勢で風に耐えながら、2人は砂嵐の発生をひたすらに待つ。
すると風の勢いが突然強まり、吹き上げられた砂が一気にサフィアたちに覆いかかった。
「うあっ! 顔に砂が! ぺっ、ぺっ!」
「メ、メガネのおかげで助かりました……。前は見えませんが……」
2人は服で顔を拭い、前に向き直る。
そしてその瞬間、サフィアは目の前の光景に固まった。
「な……なによ……アレ……」
「さあ、来ましたよ。巨大な砂嵐が!」
そこには雲の高さに届きそうなほど巨大な砂嵐が発生していたのであった。
上空では雷のようなものがゴロゴロと駆け巡っているのも分かる。
サフィアは仰け反りながらルカの方を見る。
「い、いやいやいやいや!! こんなに大きいなんて聞いてないよ!?」
「砂嵐というのは災害の一種です。これくらいのことで怖がっていては何もできませんよ?」
「別に怖くはないわよ! ただ、流石にこの大きさをあの魔法で打ち消せるとは思えないだけ!」
「では、今からでも逃げますか? まだ間に合うと思いますが」
「あの2人を置いて逃げるなんてできるわけないでしょ! 打ち消せないとしても、勢いを弱めることくらいはできるはず……!」
「なるほど、分かりました。では練習通りにやりましょう!」
サフィアは目を瞑って集中する。
ルカは後ろからサフィアの肩に手を置き、呪文を唱え始めた。
「それじゃいくよ! 『減衰の旋風』!」
「はいっ! 『増幅の時津風』!」
サフィアの手元から放たれた風は砂嵐にぶつかり、砂嵐の回転に抵抗する。
そこにルカの魔法が重なることによって抵抗力が増し、砂嵐の勢いをさらに弱めようとする。
しかし。
「ル、ルカさん! もう少し順転の速度増やせないの!? もうあたしの方は限界なんだけど!」
「ボクの方もこれが限度です! ど、どうして全然勢いが収まらないんですか!?」
砂嵐の勢いは収まることを知らず、次第に被害範囲を広げている。
そしてそれはサフィアたち2人の方へもじりじりと向かってきていた。
「サフィアさん、逃げましょう!」
「でも、2人が……!」
「理由は何であれ、ボクたちの魔法は通じていないんですからどうしようもないじゃないですか! それに、恐らくあの2人なら大丈夫です!」
「確かに2人ともヤワじゃないけど、これに巻き込まれたらひとたまりもないわよ! 今からでも合流しなきゃ!」
「どうやって合流するというんですか! ボクたちと彼女たちの間に砂嵐が発生している以上、彼女たちとの合流は絶望的です!」
「っ……! じゃあせめて海岸沿いに逃げさせて! 2人の姿が見えるかもしれないから!」
「ふむ……? それは意外と妙案かもしれません。砂嵐は風に押されて陸に向かって来るので、横に移動することはありませんから」
「それなら早く行こう!」
サフィアの合図で2人は魔法を消し、同時に横に向かって走り出した。
砂に足を取られつつ、サフィアは海の方を注視する。
「お姉ちゃん……! ノエル様……! どこ!?」
「あちらも移動したのかもしれません! とにかく今はボクの家に向かうことを優先しましょう!」
「分かってる! あたしが焦ってどうするって話よね!」
***
一方その頃、ノエルとマリンはサフィアたちと同じ方向へ走っていた。
しかし、海水の重みでなかなか進めない。
「どうやら海風のおかげで、横方向のこっちには向かってこないようだな……」
「ですが……それはサフィーたちの方へ向かっているのと同義ですわ……」
「くそっ……。お前の魔法でこの辺の水を蒸発させられないのか?」
「そんなことしても一瞬で元に戻りますわよ。あなたこそ得意な召喚魔法で海を泳げる魔物とか呼べませんの?」
「そもそも召喚陣は平たいところでしか使えないし、アタシ水魔法は苦手だから海に住む魔物なんて手懐けられる自身はないよ」
「意外と召喚魔法も不便ですのね……。はぁ……大人しく走るしかありませ──」
マリンは走りながらふと、陸側を見た。
その瞬間、マリンは嬉しそうにノエルの背中をバンバン叩いた。
「痛い痛い! 急にどうしたんだよ!」
「ノエルノエル! あちらを見てくださいまし!」
「ん……? おぉ! おーい!!」
その声に気づいたのか、遠くから返事が返ってきた。
「お姉ちゃ〜ん! ノエル様ぁ〜!!」
「サフィー! 無事でしたか〜!!」
「アタシたちもそっちに行くから、そのままルカの家に向かってくれ〜!」
「了解しました〜! お気をつけて〜!」
その後、4人はルカの家で無事合流することができたのであった。
***
ルカの家に戻ってしばらくした頃。
ノエルとマリンはルカの家の風呂を借りて、冷えた体を温めていた。
2人の服は、先に風呂に入ったサフィアが洗い、風魔法で乾かしている。
同じ湯船に2人同時に入っているため、ノエルとマリンはとても窮屈そうにしていた。
「とりあえず、サフィーたちから聞いた情報と照らし合わせましょうか」
「おいおい、風呂でくらいゆっくりさせてくれよ? まあこれでゆっくりしろっていう方が無理だが……」
「わたくしだってゆっくりしたいですけど、これは緊急事項ですわよ」
「あぁ、2人の魔法が通じなかったって話か。なに、あれは完全にアタシたちが見落としをしていただけだよ」
「と、いいますと?」
「風魔法には順転と反転がある。だからアタシたちは砂嵐を反転の風魔法で打ち消そうとした。だがこれはあちら側も同じ話だったのさ」
「なるほど! 砂嵐を起こしている風が魔法によるものということは、そういうことも考慮すべきでしたわね……」
ノエルはお湯をすくって顔を洗う。
「そしてその結果分かったことが1つある」
「何ですの?」
「あいつには勝てない」
「……はぁ!?」
「単純に強いだけの砂嵐ならあの魔法で消せるが、その魔法すら弱める風魔法が複合的に発動してるんだ。そんな化け物に勝てるほどあの魔法は万能じゃない」
「そ、それならどうするんですの?」
ノエルは立ち上がり、湯船から出て体を拭く。
「それはこれから話すよ。ほら、そろそろ上がらないとのぼせるぞ?」
「あ、あぁ、待ってくださいな!」
2人は風呂から上がり、乾いた服を着て、サフィアとルカのいる机に向かった。
***
「さて、とりあえず2人には残念なお知らせになりますが、あの砂嵐にはあなたたちの魔法が通じないことが分かりましたわ」
「薄々気づいてはいたから、あたしはガッカリしないかも」
「実際に体験しましたしね……。まあ、ボクとしてはいつものことですが……」
「それで、だ。これから話すのは、数日後の砂嵐への対抗策……ではない」
「「「えっ??」」」
3人はノエルの方を見て頭を傾げる。
「いいか。砂嵐が発生しないと呪いの残滓が見つからないというのは、あくまで初見だったからだ。つまり、今回の時点で呪いの残滓の場所さえ分かれば良かったというわけさ」
「ということはもしかして、ノエルさんたちは……!」
「あぁ、そうだ。今回、アタシとマリンは呪いの残滓を見つけることに成功した! だが……それは厄介なことに海中を動き回っていたんだよ」
「えっ……? それでは場所が分からないも同然なのでは?」
「そういうことになるな。だが動き回っている、ということが分かればそれで十分だったんだよ」
「どういうことです、ノエル様?」
「つまりだ。こいつが動き回っていたから砂嵐の発生源がバラバラだった。それは逆に言うと、これまでの発生源が分かれば、今の呪いの残滓の場所が分析できるんじゃないか?」
「なるほど! ノエル様、頭いい〜!」
ルカはそれにすかさず反論する。
「ま、待ってください。確かにこれまでの発生源を辿れば、次に発生する場所は予測できますが、流石に現在位置までは分かりませんよ?」
「なあ、ルカ。それはこれまでの発生源を線で繋げた場合の話なんじゃないか?」
「ええ、過去の発生源を地図に描いているので、次の場所は線で結んで予測していますね」
「その地図、見せてくれないか?」
「わ、分かりました」
ルカが持ってきた地図を見ると、そこにはいくつも線が描いてあり、子供の落書きのようなグチャグチャさであった。
「確かにこれでは現在位置なんて分からない……って、あら? この結ばれている線……」
「あっ、よく見たらどの線も同じ長さだ! それに、この辺り一帯から動いてない!」
「やっぱりな。ただ単に発生源がバラバラってだけだったら、本来は次の場所も予測できるわけがないんだよ。ということは、だ」
「ある程度の現在地は分かるってわけですね!」
「そういうことになるな」
「なるほど……。砂嵐の対策に夢中で発生源の現在地については考えたことがなかったので、完全に見落としてました……」
ノエルは地図から目を離し、椅子に座りなおして言った。
「だが、ここで1つ解決しなきゃいけない問題がある」
「まだ何かあるんですの?」
「あぁ。どうして呪いの残滓は海中を移動している? という疑問だ」
「呪いの塊が波にさらわれているとかではなくって?」
「それなら発生源に法則性が生まれないだろう? それに、もしそうなら沖に流されるだろうから、数年間も砂嵐が発生していたことと矛盾する」
「それなら魚とかに憑いてるとかですかね?」
「それもおかしい。魚が数年も呪われたまま生きていられるとも思えないからな」
「呪いはそのままではなく、魚などの弱い生物に憑いているわけでもない。ということは、まさか……」
「そう、それが今回の一番の問題なのさ」
ノエルはカバンから魔導書とはまた違った装丁の本を取り出して開いた。
それは文章と挿絵がいくつも載っている分厚い本、つまりは『図鑑』であった。
「恐らく呪いの残滓はこいつら海の魔物、即ち『海魔』に取り憑いている!」




