30頁目.ノエルと矛盾と一歩前進と……
次の日の朝。
ノエルたち3人はルカの家にやってきた。
朝方は特に海風の影響もなく、街から海沿いのこの家に来るのは容易であった。
ノエルはというと、夜更かしをしたからか大きなあくびを何度もしている。
「眠そうですね? 昨日の夜に何かありました?」
ルカは少し心配そうに尋ねる。
「あぁ、ちょっとばかり遅くまで研究をな……。まああまり気にしなくていいよ」
「ノエル様、やっぱり今日も夜更かししたんですね! あまり遅くならないようにっていつも言ってますよね!」
「いやぁ、調べ始めるとどうも乗ってしまってね……。でも今回はちゃんと早くに切り上げたんだぞ」
「早く、ってどれくらいですか?」
「……月が昇りきったくらい」
「がっつり深夜じゃないですか! それならいつもはどれくらい遅くまで起きてるんですか!?」
荒ぶるサフィアをマリンはなだめて言った。
「落ち着きなさいな、サフィー。今さらこの夜型女に何を言っても無駄ですわよ。目の下のクマがより一層酷くなりつつあるのに気づきもしないんですから」
「え、嘘だろ!?」
「本当ですわよ。出かける時くらいちゃんと鏡を見なさいな。人前に出る時の礼儀というものを知らないんですの?」
「別にそういうわけではないんだが……。最近はずっとお前たちとしか行動してないから、そのあたりの感覚がどうも鈍ってしまって……」
「あの……ノエルさん?」
ルカが割って入るようにノエルに声をかける。
「ん? あぁ、すまない。これじゃ話が進まないか」
「いえ、違うんです。ボクの魔法で何とかなるんじゃないかな、と思いまして。そのクマと寝不足」
「……ほう? そんな便利な魔法があるのか」
「はい。ただ、あくまで『眠気を打ち消す魔法』なので少しばかり体力を使って頂きますけど」
「体力は十分有り余ってるし、そこまで気にすることでもないだろう。それじゃ、よろしく頼む」
「分かりました。目をつぶって背中をこちらへ向けてください」
ノエルは言われるがままに背中を向ける。
ルカはそこに手を当てて呪文を唱え始めた。
そして10秒もたたないうちにそれを唱え終えたのだった。
「……よし、それでは発動しますよ。『目覚めの朝風』!」
するとノエルの周りに突然風が巻き起こったかと思うと、すぐに消えて無くなった。
「成功……ですかね?」
「……あぁ、そのようだ。もう全然眠くなくなったぞ!」
「あら、ホント。クマもいつも通りかそれ以上に調子が良さそうですわね」
「クマの調子が良いって、良い意味なのか悪い意味なのかどっちの意味なのかわかんないね……。でも顔色は断然良くなってますよ、ノエル様!」
「おお! まさかそこまでの効果があるとは! 感謝するよ、ルカ」
「いえいえ、ボクの研究に協力してもらえるんですから。これくらい安いものです」
ルカは元いた席に座り直す。
ノエルたちもルカに向き合い直した。
「さて、それじゃ早速だが、今回アタシたちが倒すべき相手、砂嵐について話してもらおうか」
「分かりました。と言ってもボクが知ってる情報は発生条件だけで、規模や強さについては言葉で表せるものではないことをご了承ください」
「そればかりは百聞は一見にしかずというわけですわね。後で見に行ってみましょうか」
「それがいいかと。もちろんその時はボクも同行しますので。それでは砂嵐についてお教えしましょう」
***
『砂嵐』
この国、ラウディの南側は海に面しています。
そして昼間になると陸地が暖まることによって気圧が下がり、気圧が高い海側から強力な風が吹き込むのです。
その時に竜巻が発生し、浜辺の砂を巻き込んで砂嵐となってしまう。
ここまでがずっと昔から新聞に載っている砂嵐の基本情報です。
ですが、実は毎日のように砂嵐が発生するわけではなかったのです。
ボクは最初に天気と関係があるのかもと考えましたが、観察の結果、特に関係はありませんでした。
雨の日でも曇りの日でも暑い日でも寒い日でも関係なく、定期的に砂嵐は発生しています。
それでは他に条件があるのか、と様々な方法で調べてみた結果、ボクは一つの異変に気が付きました。
それは『空気中の魔力』です。
実は砂嵐が発生する日は必ず、空気中の魔力量がなぜか増加していたんです。
ですが結局、砂嵐と空気中の魔力の関連性は見つけ出すことができませんでした。
***
「というのがここ数週間の成果です」
「「…………」」
ノエルとマリンは唖然としている。
「え? 2人ともどうしたの? 固まっちゃって」
「も、もしかして『それくらいしか分からなかったのか』とか思ってたりしませんよね……?」
「あ、あぁ、すまない。別にそんなことを思って固まったわけじゃないさ。ただ……」
「ええ……。そうですわね……」
ノエルとマリンは目を合わせて深い溜息をつく。
「え? え? どういうこと?」
「ボクにも説明していただけますか?」
「それじゃ、サフィーに質問してみよう。どうしてその砂嵐は天気と関係がないんだ? 海風ってのは気温と関係があるはずなのに」
「んー。気温が天気に左右されないから……とかですかね?」
「もしそうなら毎日発生するだろ?」
「でも発生には魔力が関係している、とボクは言ったはずです。きっと新聞に載っているのは通常の海風の発生条件で……って、あれ?」
「そう、新聞のせいでアタシたちは勘違いをしていたんだ。まず、そこで一つの答えが出てくるんじゃないか?」
サフィアとルカは同時に何かピンときた様子で言った。
「「今回の海風はそもそも自然現象ではなかった?」」
「ま、ひとまずはそういうことになるね」
「そ、それならどうやって海風は発生しているというんですか!」
「それはもうあなたが導き出しているじゃありませんの」
「もしかして……空気中の魔力のことですか?」
「逆にそれ以外にないだろう? 海風は魔法によって発生しているとしか考えられない」
「ですが、それはおかしい話です。魔導士には空気中の魔力を『消費』することはできても、『生産』することはできないんですよ? 空気中の魔力量が増加する、という現象そのものは自然現象……って、あれ??」
「お、気付いたか? 自分の言っていることが矛盾しているってことに」
「うぅ……。頭がこんがらがってきた……」
サフィアは頭を抱え、ルカは首を捻ってウンウンと唸っている。
「流石に意地悪しすぎたかな。恐らくお前たちにはこの矛盾を解決するための情報がそもそも手元にないのさ」
「わたくしとノエルが知っていて、サフィアとルカさんが知らない情報。こう言えば分かるでしょうか」
ルカはハッとしたが、すぐに怪訝な顔をして言った。
「……まさか、『原初の大厄災』?」
「ええっ!? 大厄災がこの国に起きてるってこと!?」
「正しくは大厄災の残滓による災害だ。アタシは過去に大厄災の残滓によって、呪いが国中の作物にバラまかれた例を知っている」
ノエルはフェブラで聞いたサティーヌの話を思い出していた。
「ということはその残滓とやらがこの国の海辺あたりに埋まっている……と?」
「恐らくな。ただその残滓は触れるだけで呪いを受けてしまうから、無闇に手探りで探すわけにもいかない」
「つまり、ボクたちは魔力が発生している場所をピッタリと突き止める必要があるってことですね」
「そういうことだ。場所さえ分かれば、そこに向かってとある光魔法を打ち込めば祓うことができるはず」
「そうすればこの国で起きている砂嵐を止めることができるというわけですね、ノエル様!」
「あぁ、そうだ。流石に自然で起こる海風で砂嵐なんて起きたりしな──」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ルカが大声を上げて話を遮った。
「ん? どうした?」
「この作戦だと、結局のところ砂嵐と戦う必要があるのでは? 砂嵐が消えたら魔力の発生源は分からなくなってしまいますし」
「あっ…………」
「はぁ……どうやらそこまで考えてはなかったみたいですわね……」
「し、仕方がない! こうなったら砂嵐を一時的に消す魔法を作るだけだ!」
「振り出しに戻りましたね……」
「いやいや、一回でも止めることができればそれ以上は発生しない方法が分かったんだ。一歩前進したさ」
ノエルは冷や汗をかきつつ、そう言った。
サフィアはノエルに尋ねる。
「それでどうやって砂嵐に太刀打ちするんですか? ルカさんの風魔法ではダメだったんですよね?」
「確かにクロネさんの弟子なら、作った魔法が間違っている訳もないでしょうしね……。とはいえわたくしたちの中で風魔法が得意なのはサフィーだけですし……」
「そうだな……。実はアタシも風魔法については基礎知識しかないから、ここはサフィーに任せてみてもいいかもしれない」
サフィーはキョトンとした顔でノエルに振り返る。
「えっ、あたしですか!? 流石にルカさんほどの風魔法は使えないと思うんですけど……」
「ほら、お前たちが使える魔法には違いがあるかもしれないだろ? ルカが知らない風魔法にきっと手がかりがあると思うんだよ」
「なるほど……そういうことなら了解しました! あ、ルカさんからも魔法を見せて欲しいかも!」
「それが魔法作りに必要なのであれば喜んで見せますとも」
「それならここではアレですし、外に出ましょうか。まだ朝方ですし突然砂嵐が起こることもないと信じたいのですけれど……」
「大丈夫です。昼間にならない限りは砂嵐は起きませんし、それに昨日発生したばかりですから」
「いつもは何日に一度くらいなんだ?」
「2日か3日に一度ですね。流石に連日起きたことはここ数年で一度もなかったそうです」
「それなら安心だ。それじゃ外に出ようか」
ノエルたちは慣れた手つきでパパッと準備を終わらせる。
ルカは部屋の奥へ急いで戻り、そこから数冊の魔導書を持ってきた。
こうしてノエルたちはルカの家の外の砂浜で風魔法の披露会をすることになったのだった。




