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26頁目.ノエルと住所とお嬢様と……

 その次の日。


 ノエルたちはヴァスカルを出発する前にクロネの部屋を訪れていた。

 もちろん次の目的地を決めるためである。



「さて、まずはジュンの特別講師、お疲れ様。本人から感想を貰っておるんじゃが……聞くか?」



 クロネは何やらニヤニヤしている。



「本当は言いたくてしょうがないんだろう? 仕方ない、聞いてやるよ」


「何じゃ、お前もお前で聞きたくてしょうがなさそうな顔をしおってからに。ま、聞かせてやろう」



 クロネは自分の机の引き出しをガサゴソと探る。

 そしてそこから1つの巻物を取り出し、ノエルにその巻物を渡す。

 ノエルは受け取るなり、頭に疑問符を浮かべる。



「……何だこれ?」


「見て分からんか? 手紙じゃよ、手紙。ジュンからお前たち宛に今朝届いた。まあ、本人から直接渡されただけなんじゃが」


「あら、意外と可愛らしいところもあるじゃありませんの」


「とりあえず読んでみましょうよ。少し気恥ずかしいけど……」



 ノエルが封を開けると、そこには手書きでたった1行の言葉が書かれていた。

 ノエルが音読する。



「えー、なになに……」



『オレはいつか最強の魔法使いになる!』



 ノエルたちは、以前聞いたのと同じその言葉にこれまでとは違う決意がこもっているのを感じた。

 4人は一斉に吹き出して笑った。



「あっはは! わざわざこれを言うためだけに城まで来たのか!」


「ふふっ、まぁジュン君らしいと言えばらしいですけど!」


「あははは! っていうかこれって感想じゃなくないですか!?」


「これがあいつなりの感想ってことじゃよ。こんな内容とは知らんかったがの!」



 4人の笑い声は城中に響いていた。

 そしてしばらくして、ノエルは満足したように涙目で深呼吸をし、クロネに言った。



「さーて、本題に入ろうか。ちゃんとアタシが欲しかった情報は手に入ったんだろうね?」


「あぁ、抜かりないぞ。アカデミーの首席卒業生にしてワシの正式な弟子、ルカの居場所が昨日ようやく判明したのじゃ——」


「はい、待て」



 ノエルがクロネの言葉を遮る。



「何じゃ、すぐ終わる話を止めおって」


「何じゃ、じゃない。また凄まじい一言が聞こえたんだが」


「いやー、昨日まで分からなかったのは本当にギリギリじゃった……」


「そっちじゃない! 正式な弟子だと!?」


「あー……。いやぁ、一生涯でワシの弟子は愛娘2人だけにしておこうと思ってた日もあったのう」


「過去形じゃないか! そして誤魔化すな! 全部洗いざらい聞かせてもらうぞ!」



 マリンとサフィアは、2人の親子喧嘩(?)をただずっと眺めていた。



***



 さて、どこから話したものか。

 まぁすぐ終わる話じゃ。


 ウチのアカデミーでは学長であるワシが授業をする日というのが、月に一度設けられておる。

 最高学年とその1つ下の学年の合同授業という形で、5年前から始まった。


 そして4年前の最初の授業を受けたその1日目にして、ワシに弟子入りを迫った魔女がおったんじゃ。

 そいつがルカ。

 頭脳明晰、チビ、メガネで生意気な感じの子供の魔女じゃ。


 もちろん魔女としての才能は元から豊富じゃったが、そんなあいつにも不得意なことがあった。


 それは『人との交流』じゃ。

 あいつは極度の緊張屋で、家族としか上手く喋れなかったらしいが、それを推してまでワシに弟子入りを懇願してきた。


 ワシはその熱意に負けて弟子入りを許可した、というわけじゃ。


 そこからはアカデミーでは学ばないような高度な魔法をたくさん教えたり、人とたくさん交流させたり、立派な魔女にすべく色々なことを教え込んだ。


 そしてその2年後にルカは卒業して魔女修行に出ると言ってワシの元を去った。


 あ、ちなみに緊張屋だったのは昔のことで、卒業した時点では『ワシの弟子』という称号を提げて胸を張るくらい自信家の魔女じゃったよ。



***



「その話を聞いてる限りだとアタシたちよりかなり年下……というかサフィアと同じくらいか?」


「そう……じゃな。サフィアより3つ年上じゃ。背はサフィアの方が高いがの」


「あたし、だいぶ低い方だと思ってたけど、それより低いのか……。どんな人か気になってきた!」



 マリンはクロネに尋ねる。



「探すのに時間がかかった理由というのは一体何なんですの?」


「ルカのやつがワシに行き先を伝えずに行ってしまったというのもあるが、たまに送られてくる手紙の住所がの……」



 クロネは机の右にドッサリ積まれた手紙をいくつか拾ってノエルたちに見せる。



「こちらはメモラから……そしてこちらはフェブラから……次にセプタ、ノーリス、プリング、ノルベン、ヘルフス……って、毎度毎度住所が違いますわ!?」


「そう、それが一番の原因なんじゃよ……。この大量の手紙の中から最後に届いた手紙を探すのに一苦労した……」


「そりゃ本当にご苦労様だ……。変な弟子を持つと師匠は大変だな……」


「それでそれで、ルカさんが今いると思われる場所はどこなんでしょうか!」



 クロネは最後に届いた手紙を手に取り、見せながら言った。



「今ルカがいるのは南の国……。またの名を、海と風の国・ラウディじゃ!」


「えっ、海!? やったあ! あたし海ってまだ行ったことないの!」



 海という単語にはしゃぐサフィア。

 しかし、その横でノエルとマリンは頭を抱えていた。



「って、あれ? ノエル様? お姉ちゃん? どうかしたの?」


「い、いや……。大変なことになったなぁと……」


「えぇ……本当に……」


「まぁ、お前たちが頭を悩ませる理由は分からなくもないのう……」


「えっ、えっ? どういうことです?」



 サフィアは頭を傾げる。

 そこでノエルは大陸地図を取り出して机の上に広げた。



「ここが今アタシたちがいるヴァスカル。そしてここが南の国・ラウディだ」


「あ、王都が海に面してるんですね。でも別にそんなに頭を抱えるようなことはないような……」


「いいえ、王都が海に面している、というのが最大の問題なのですわ」


「どういうこと?」



 サフィアはさらに頭を傾げる。



「さっきクロネさんが『海と風の国』と言ったろう? ラウディはここ数年前から、昼間になると海から強い風が吹くのさ」


「そしてその風は浜辺の砂を巻き込んで局地的に砂嵐を起こすのですわ。昼間に王都の海側を出歩くと砂嵐に巻き込まれる恐れもあるので、基本的に海に泳ぎに行く人はいませんわね」


「ええ!? 海があるのに泳げないの!?」


「まぁ、夜とか朝とかの寒い海で泳ぎたいのなら止めはしないが」


「泳ぎませんよ!」


「ちなみにこの砂嵐は、砂を王都の中心部くらいまで運ぶこともあるので、基本的には王都の北側にお店や住宅地があるんですわ。ですが、ごくたまに巨大な砂嵐がそこまで届くこともあったりして……」


「まぁとにかく、これがラウディにあまり行きたくない理由ってわけだ」



 サフィアは納得したように「なるほどー」と呟いた。



「でも1つ気になったんですけど、ラウディにルカさんがいるとも限りませんよね?」


「それは問題ない。ルカは絶対に半年は同じ国に居座る。そしてこの手紙が届いたのはほんの1週間前なんじゃよ」


「ラウディに半年も居ようとは、普通なら思わないだろうけどねぇ……」


「一応念のため、ワシからラウディのルカの家にお前たちの訪問の件は知らせておいた。じゃから、もし何かあってもラウディから出ることはないじゃろう」


「それはそれは……。お手数をおかけしましたわ……」



 マリンは深々と礼をする。

 クロネは「よいよい」と手でなだめた。



「そこで最後に不躾ながら、もう一つ頼んでも良いかの……?」


「何だ、まだ何かあるのか?」


「別にワシから頼むようなことでもないんじゃが……。お前たちにラウディにいるルカを手伝って欲しいんじゃよ」


「ルカさんの手伝い……?」


「あぁ、あいつは色んな国に旅しに行っているが、その本来の目的は()()()なんじゃよ」


「「ははぁん……?」」



 ノエルとマリンは同時に何かに気づいたような顔をした。

 そして声を合わせて言う。



「ラウディで人助けとなると……!」


「魔法で解決するとなると……!」


「「砂嵐を打ち消す魔法を作っているん(だな)(ですわね)!」」



 サフィアとクロネは2人の息のぴったりさに思わず拍手をする。



「ま、恐らくそういうことじゃろうな」


「ということは、その魔法が完成したら昼間に海で泳げる……?」


「ええ、もし本当にそんなことを考えていたらの話ですけれど」


「ルカの師匠が恐らくそうと言ってるなら、きっとそうだろうよ。人助けが好きな魔女か……。もしかしたら蘇生魔法にも手を貸してくれるかもしれない!」



 クロネは3人に向かって頭を下げて言った。



「ということで、ルカを頼んだぞ。ノエル、マリン、サフィア」


「了解。クロネさんの紹介だ。信頼に足る人物であると信じておくよ」


「クロネさんの頼みなら。ノエルのこともお任せくださいな」


「分かりました! 海で泳ぐためなら頑張ります!」



 こうして次の目的地が決まり、ノエルたちは馬車乗り場に向かうのであった。



***



 馬車乗り場にて。



「なかなか来ませんわねぇ」


「最後の一台が目の前で行ってしまったからな。待つしかないだろ」


「一度鉄道でノーリスまで行って、そのままラウディというのはどうですか?」


「「馬車の方が安い!」」


「まあ、そうなるよねー……」



 貧乏旅を続けていたせいか、ノエルのみならずマリンまでも貧乏性になってしまっていた。



「そういえばお前たちと一緒に旅してもう6年になるが、ずっと聞こうと思って聞きそびれてたことがあるんだが……」



 ノエルはマリンの方をチラッと見る。



「ん? わたくしですの?」


「あ……っと、その前に一つ確認してもいいか?」


「え、ええ、いいですわよ?」


「……お前たちの家ってやっぱり金持ちなのか?」



 マリンとサフィアは、ノエルがどんな理由で尋ねたのか分からなかったが、口を揃えて答えた。



「「別に、普通の一般家庭です」」


「昔から欲しいものは何でも買ってもらってて、金持ちであることに気がついてないとかじゃなく?」


「いえ? そんなことはありませんよ? あたしもお姉ちゃんも、生まれてこの方、お小遣いと呼ばれるお金を貰ったことありませんし、食事もさして豪勢なものじゃありませんでしたから」


「実際、あなたと旅をしていても金銭感覚の違いを感じたことはありませんしね。ですが、突然なぜそんな質問を?」


「いや、別にそのことについて聞きたかったわけじゃないんだが、あくまで確認というか……。とにかく本題の質問をするぞ、マリン」


「えぇ、何でもお聞きなさいな?」



 ノエルは深呼吸をして、真剣な顔でマリンに尋ねた。



「その『ですわ』とか『わたくし』とかいう喋り方は一体何なんだ」



 サフィアも頷きながらマリンの方を見る。

 マリンは答えた。



「ただの雰囲気作りですわ」



 マリンは真顔で胸を張って、そう答えたのであった。

 ノエルとサフィアは目を見開き、無言で驚いている。



「い、いえ、雰囲気作りといいますか。お嬢様みたいな女性の方が殿方に好かれると小耳に挟みまして、それから習慣になったのです」


「そうだよね!? 家を出る前まで普通の喋り方だったのに、口調が変わっててビックリしたもん! もう慣れたけど……」


「それで、その癖が抜けずにずっとお嬢様口調ってわけか。未だに殿方探しのためとか言ってたらぶん殴ってたぞ」


「別にわたくしだって好き好んでこの喋り方をしてるわけじゃありませんわよ。ただ素の喋り方に戻すのが今更すぎて、は、恥ずかしいといいますか……」


「ノエル様、お姉ちゃんの素の喋り方はあたしと一緒で——」



 マリンはサフィアの口を手で塞ぐ。

 そして汗をダラダラと流しながらサフィアとコソコソと何かを話し、戻ってきた。



「お、お姉ちゃんは昔からこんな喋り方だったよー」


「棒読みじゃないか! 何を吹き込んだ!?」


「べ、別にノエルの魔導書の一部なんて渡してませんわよ……?」


「しっかり買収してるじゃないか! っていうかいつの間に千切った!」



 サフィアは魔導書に読みふけっている。



「おぉ……。水魔法にこんな応用法が……」


「あぁ……。アタシの大事な魔導書が……」


「無地の紙を本にしてるだけじゃありませんの。魔導書へのもったいない根性は魔女にとっては大損ですわよ」


「破った本人から言われると、怒りを通り越して殺意が湧くねぇ……」


「あら、別にわたくしはいつでも戦う準備はできていましてよ?」



 ノエルとマリンは魔導書に手をかける。



「うーん、そうね。別にここなら誰の邪魔にもならないから好きにしてくださーい! 馬車が来るまでに終わらせてくださいねー!」


「間近で魔女と魔女の戦いを見れるなんてなー! 滅多にない経験だぜ!」


「「「んん!?」」」



 観戦しているサフィアの隣に、いつの間にやらジュンが座り込んでいた。



「あんた、いつの間にあたしの隣に……」


「この2人が魔導書に手をかけたとこあたりから」


「だったらちょうどいい。魔女の本気の戦いってもんを目に焼き付けておきな!」


「あら、本気を出してしまっても構いませんの? 服が燃え尽きてしまいますわよ?」


「うーん、仮にも男子の前だしそれは勘弁だな……」


「ノエル様! だったらあたしの指輪を使ってください! その指輪の力があれば、服くらいは守れますから!」



 サフィアは水魔法『蒼の遊弾(ホーミング・アクア)』でノエルに指輪を届ける。

 ノエルはその指輪をはめた。

 するとキラキラとした光がノエルの周りに現れる。



「恩にきるよ、サフィア。これなら本気で戦える」


「2人は危ないのでもう少し下がってくださいな」



 サフィアとジュンは5歩ほど後ろに下がって座り込んだ。

 こうしてノエルとマリンの本気の闘いが始まったのであった。

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