2頁目.ノエルとイースと白羽根と……
それからというもの、ノエルはイースを自分の家に住まわせ育てた。
イースは頼んでもいない家事を手伝ってくれたり、薪割りなどの力仕事をしてくれたりと、ノエルとしてはとても助かるばかりであった。
その代わりとして、ノエルはイースに自分の知るありったけの勉学の知識と溢れんばかりの愛情を与えた。
もはやどちらが先と言うまでもなく、2人は支え合って平穏に暮らしていた。
***
それから7年が経ったある日のこと。
「おーい、イース。ここにあったペンのインク瓶、どこにあるか分かるか?」
「それならもう捨てましたよ。中身、空っぽでしたから」
「いーや、まだあと1、2回は浸せたね!」
「それはもう空っぽの範疇です! それに捨てたものはもうしょうがありませんから!」
「チェッ……仕方ない、新しいのを開けるか。全く……大人しい子だと思って育てていれば、誰に似たのか口うるさくなって……」
「それはノエル以外の何者でもないのでは……」
ノエルは机の下の小さなチェストを開け、ガサゴソと手探りでインク瓶を探す。
しかし、しばらくしてもその手はチェストから出てこない。
ついには中身をひっくり返してまで探すのであった。
「ないぞ……。新しいインク瓶がないぞ! あと1ヶ月は保つと思っていたのに……!」
「そういえば昨日も新しいインク開けてませんでしたっけ……? 最近消費が激しいですよ?」
「あぁ〜……そうだった……。新しい術式を思いついたから、昨日徹夜で描き直しまくってたんだった……」
「あっ、だから昼間なんかに起きたんですね!? 夜更かしもほどほどにしてくださいって何度も言ってますよね! 最近肌荒れがひどいですよ?」
ノエルは顔に手を当て、心配そうに鏡を覗き込む。
「うっ……それは確かに困るな……。大人のお姉さんとして、身だしなみには気をつけねば……」
「お姉さん……あぁ、ノエルのことですか!」
「うっ、既にそうじゃないって認識されているじゃないか……」
「い、いえいえ、お気になさらず……。そういえば補充しなくてもいいんですか? 魔導士はペンと紙とインクが命なんでしょう?」
「その言い方だとアタシが作家みたいじゃないか。別に魔導士の命はペンでも紙でもインクでもないんだが……まあいい」
そう言いながら、ノエルは黒いローブをクローゼットから取り出し、それを羽織った。
「ほら、イースも支度しな。あいつの所に行くよ」
「あ、はい! 急ぎ支度します!」
ノエルは今年で29歳になった。
相変わらず人目を避けて生活しており、メモラの辺境の森の中で魔法の修行と研究を続けている。
7年間、故郷ヴァスカルには帰っていない。
最初の頃は実家が恋しくなっていたが、イースと過ごしているうちにそれも和らいでいった。
イースは今年で15歳になる。
成長期というものは恐ろしいものだとノエルはしみじみ思う。
ノエルの身長はそれなりにあるはずなのだが、彼が12歳になった時にはもうとっくに抜かれていた。
最近は勉学だけでなく、何かあった時のためにと日々鍛錬をしているようで、体格もだんだん良くなってきている。
***
それから数分後、ノエルたちはメモラの王都に到着した。
「さて、街には着いたが……」
「何でしょう、この異様な人だかり。何かあったんでしょうか?」
メモラ王都はいつになく騒がしい。
人の賑わいを見る限り、何かのお祭りのようだ。
「メモラにはお祭りとかの年行事はなかったはずだが……?」
「誰かに聞いてみましょうか。あのー、すいませーん!」
「やれやれ……昔はあんなに人見知りだったのに、今じゃ行動力の塊なんだから……」
聞いた話によると、メモラに新しい王が即位したという。
どうやら先代の王が「そろそろ歳だ」と言って退位したが、直系の後継ぎがいなかったためその王位を王妃の親戚に譲り渡した。
という話のようだ。
「つまりそれって……」
「ええ、王政が変わります。もしかしたら魔女への扱いも少しは……」
「シッ……。誰かに聞かれたらどうするんだい……!」
「おっと、そうでした……。とりあえず、いつもの店に行きましょうか」
「そうだな。どうせあいつは国を挙げてお祭りをやってても店に引き篭もってんだろ……」
***
ノエルたちは街の端にある小さな工房にやってきた。
2人は見上げると、つぎはぎされた味のある看板にこう書いてある。
『ペン工房 エストの庭』
「あいつ……また店の名前変えやがって……」
「この前来た時は『エストの泉』でしたっけ……」
「まぁいい、いつものことだし。営業中って書いてあるな。よし、入るか」
そう言ったノエルは店の扉を引くが、全く開かない。
「…………」
ガチャンガチャンと、何度引いても扉は一向に開く気配がない。
「閉まってんじゃないか! あの嘘つき野郎!」
「まぁまぁ、落ち着いて……。多分、今ので気づいて開けてくれますよ……」
しばらく待つと店の入り口ではなく、勝手口のドアが開く。
するとその中から眠そうな目をした、紫の短髪の女性が出てきた。
「んあぁ……? 何事っスかぁ……?」
「おいエスト。これはどういうことだ」
「あぁ、ノエルっスか……。イースも、いらっしゃーい」
「いらっしゃいと言うならまず入り口を開けろ! これのどこが営業中だ!」
「あ、昨日札を裏返すの忘れてたみたいっスね……。今から開店っス!」
「絶対今さっき起きただろ! 自分で決めた開店時間くらいは守ってくれ?」
エストは羽根ペン屋を営む女主人で、実はノエルと同じ魔女である。
故郷はメモラとは別のところらしいのだが、これまたノエル同様に修行中だという。
「それで、今日は何の用っスか? まさか羽根ペンをお求めっスか? スか??」
「あんな高いもの、何本も備蓄する余裕はないよ。今日はインクの補充に来たんだ」
「あぁ、なるほど……。何個お買い求めっスか?」
「そうだな……12個ほど頼む」
「はいはーい、合計3600Gになるっス!」
ノエルはカバンから財布を取り出し、100G金貨36枚を手に取る。
その時、ノエルはイースがショーケースの中をまじまじと見ているのを目にした。
ショーケースの中には様々な色の、綺麗な羽根ペンが飾ってある。
「ん……? イース? どうかしたのか?」
「い、いえ! 別に何ともありませんよ!?」
「これは……白い羽根ペン……?」
「な、何でもないですから! 早くインクを買って帰りましょう!」
「まさか……欲しいのか?」
イースはしばらく黙り、恥ずかしそうにこくりと頷いて言った。
「ノエルが持ってるあの黒い羽根ペンがカッコよく見えたもので……。憧れるといいますか……」
「それなら隣の黒い羽根ペンを買ってやろう。これでお揃いだぞ?」
「い、いえ、そちらは高いじゃないですか! 安い白羽根の方で!」
「せっかく買うなら黒羽根だろ!」
「いいえ、白羽根です! この白い羽根ペンが欲しいんです!」
イースはずいずいとノエルに迫る。
「む、むぅ……。そんなに言うんなら……仕方ないか……」
「あ、ありがとうございます!!」
イースは目をキラキラさせながら喜んだ。
ノエルも、喜ぶイースの顔を見て嬉しく思ったのだった。
「おい、エスト。これも会計してくれ」
「はいはーい、それじゃ会計の前に包装するんで待ってて欲しいっス〜」
エストは店の奥にパタパタと去っていき、2分ほどで戻ってきた。
「合計、インクと白い羽根ペン合わせて9600Gっス!」
「う……安いといっても意外と良い値段するなぁ……」
「イースにプレゼントするんスよね? それならインク5個、追加でオマケしといてやるっスよ!」
「おお、そりゃありがたい! 全く遠慮してるつもりもなかったんだが、貰えるものは貰っておくよ。はい、代金」
「そう言ってさらっと1万G札を出す姿は絵になるっスねぇ……。はい、お釣りっス! 毎度ありっス!」
エストは満点の笑顔で2人を送り出した。
***
家に着くと同時に、イースは買い物袋から包装された箱を取り出し、目を輝かせながら開封した。
「わぁぁ……なんて綺麗な羽根……。それに……うん、やっぱりカッコいい! ありがとうございます、ノエル!」
「良いんだよ。お前にやれるものなんてこれくらいしかないからね」
「そんな……いつも貰いっぱなしですよ! ノエルはボクに色んなものをくれてますから!」
「イース……。本当に良い子に育ったねぇ!」
ノエルはイースに頬ずりしながら抱きつく。
「朝と言ってること違……はぁ……。 って、いつまで子供扱いするんですかー!」
イースの叫びは虚しく森の奥へと消えていくのだった。
この羽根ペンは、言わばイースの宝物になった。
それから何年も、イースはその羽根ペンを大事に使うこととなるのだった。




