21頁目.マリンとサフィアと結界と……
1時間ほど前。
「はぁ……。クロネさんが同伴しているならまだしも、わたくしたちだけで職員室に入るというのは……」
「果たしてどんな目で見られることやら……」
マリンとサフィアは魔導書の主を訪ねに、学園の本館一階にある職員室前に来ていた。
ドアは横開き式で、ドアの上には『職員室に入る時には必ずノックをすること』と書かれていた。
サフィアはドアをノックして恐る恐る開く。
「し、失礼しまーす……」
「ですわ〜……」
マリンたちが部屋に入ると、1番手前にいた教師と思しき男が気づく。
「おや、あなた方は確か……」
「はい、ジュン君の臨時講師のマリンと申します」
「どうも、同じく臨時講師のサフィアです!」
「あぁ、ご丁寧にどうも。それで、どうか致しましたか?」
「ええと、この職員室に『ライジュ』さんという方はいらっしゃいますか?」
すると職員たちがその名前にピクッと反応する。
そして話しかけた教師が返答した。
「え、えーと、ライジュはですね……。今は使われてない別館と呼ばれる建物にいつもいますよ」
少し目を逸らしながら話す教師を見て、マリンは少し怪訝な顔をする。
そして、マリンは誤魔化すように微笑み直しながら尋ねる。
「ええ、分かりましたわ。その別館の場所を教えていただけますか?」
「分かりました。この学園の地図を差し上げましょう。左端の方にあるこの校舎が別館です」
「あら、ご丁寧にどうもですわ」
「ああ、あともう1つ。くれぐれもライジュには注意してくださいね。何があっても我々は保証しかねますから……」
「え……? わ、分かりましたわ」
その後、地図と別館の入り口の鍵を受け取り、2人は別館を探しに行ったのであった。
***
「もしかしてライジュさんって人、職員の人たちに避けられてるのかな……?」
「どうやらそのようですわね……。ですがなぜ彼女は別館などに居座っているのでしょう?」
「さ、さあ……? 暴れまくって隔離されたとか?」
「あながち間違いじゃないかもしれませんわよ……? 注意しろとも言われましたし」
「確かに、その言い方は少し気になったわ。それにこの魔導書のこともあるし……。まぁ、実際会ってみるしかないか」
そう話しているうちにその別館にたどり着いた。
そこは本館からも教室のある校舎からも遠い、敷地内の隅に建てられた古びた木造建築であった。
吹き抜けの玄関が何とも言えぬ不気味さを出しており、全ての窓が締め切られているのが見える。
「う、わぁ……。オンボロじゃない……。本当にこんなところに人がいるの……?」
「一応、魔力の痕跡を探ってみましたが、先生に言われた通りここにいるみたいですわね……」
「中……入るの?」
「は、入るしかありませんわ。さっさと終わらせますわよ!」
マリンは勇み足で前へと進む。
サフィアはマリンにしがみつきながらついていった。
中に入ると、真っ暗闇の中でぽつぽつと魔法灯が灯っているのが見える。
どうやらどの教室のカーテンも、廊下の窓のカーテンも全て閉まっているようだ。
物音一つしない廊下を2人は床をギィギィいわせながら進んでいった。
***
一階を周った後、マリンたちは階段に差し掛かる。
「ど、どうやらこの階にはいないようですわね。上に行きますわよ」
「う、うん……。ゆっくり行ってね、ゆっくり……」
「も、もちろんですわ。このわたくしがサフィーを置いて逃げるとでも思って……?」
サフィアの目にマリンの手が少し震えている様子が映った。
「お姉ちゃん……もしかして怖がってたり……」
「そ、そんなわけありませんわ! お姉ちゃんですもの!」
「そ、そうよね〜! お姉ちゃんに怖いものなんてないもんね〜!」
マリンとサフィアはぶるぶる震えながら階段を上りきり、二階も同じように探索した。
「へえ、一階と同じ構造なんですのね。外から見た感じよりも立派な教室……」
「何でこんな建物が隅っこにあるんだろ。しかも誰も寄り付かないような見た目してるし」
「普通なら使われていない建物は取り壊すものだと思っていましたが……。およそ20年近く放置されてますわね、ここ」
「オ、オバケとか出そうよね……」
するとマリンは立ち止まり、振り向いて言った。
「そっ、そんなこと言わないで下さいまし!」
「やっぱり怖いんじゃないの……?」
「そ、そりゃオバケは誰だって怖いですわよ! 攻撃しても当たらないと聞きますし!」
「お姉ちゃんの怖さの基準って、攻撃が当たるか当たらないかなんだ……」
「泥棒だって怖いものかもしれませんが、魔法で攻撃したら撃退できるでしょう?」
「なるほど、追い払えれば怖くないってことなのね……」
そして2人は二階を周りきり、三階へと移動した。
***
三階を周りきり、四階を周りきる頃になり、ようやく2人はこの建物のおかしな点に気付き始めた。
「ね、ねえお姉ちゃん……?」
「ど、どうかいたしました……?」
「さっきから同じ教室ばっかり見てる気がするんだけど……?」
「確かにそんな気もしますわね……。それにライジュさんらしき人影も見当たりませんわね」
「ちょっと待って……これってもしかして……」
サフィアはふと思い立ち、廊下の窓のカーテンを開ける。
そしてすぐにビクッとし、のけぞった。
「ど、どうかしましたの!?」
「ね、ねえお姉ちゃん。ここ、何階だっけ?」
「ええと、3回階段を上ったので四階ですわね」
「外から見た時、何階建てに見えた?」
「窓が三段あったので三階建て……あれ……?」
「そう、ここ三階なの……! 窓から外見たら分かると思う!」
マリンもカーテンを開け、外を見た。
すると明らかにここが三階であることが分かる。
「ほ、本当ですわ……。一体これはどういうことですの……?」
「何かの魔法……? でも魔力の痕跡は見当たらないし……」
「空間魔法の結界のようなものかもしれませんわ。発動した結界の中なら結界の魔力は感知できませんもの」
「ってことはあたしたち、罠にハマったってこと?」
「ええ、どうやらそのようですわね。教室の方から嫌な魔力がこんなにたくさん……」
2人は背中合わせになり、周囲を警戒する。
サフィアは目をつぶって魔力を感知する。
「魔力の数は……あれ? 反応が消えた……?」
「い、いいえ! サフィー、よく見て!!」
「えっ……? ひうぅっ!?」
冷たい風のようなものがサフィアの首筋を掠めた。
「サ、サフィー、大丈夫!?」
「う、うん! 何ともないけど……何なの、今の!」
「どうやら……アレは魔法ではないみたいですわね……!」
「ど、どういうこと!?」
「とりあえず今は……逃げますわよ!」
「え、ええっ!? ちょっと待ってよぉぉ!」
マリンはサフィアの手を掴んで全速力で廊下を走る。
すると教室のドアが開き、そこから微かに光る人型をした何かが追いかけてきた。
「な、何アレ!?」
「今はとにかく急いで外に出ましょう! 話は後で!」
「なら、軽く足止めするわ! 『蒼の堅壁』!」
白い竜巻がサフィアの足元から発生し、走った跡に氷の壁が立ち塞がった。
「よし、これで少しは遅く……」
しかしその何かは氷の壁をすり抜け、サフィアたちを追いかけてきたのだった。
「なってないぃぃ!? ちょっと、魔法が効かないんだけど!?」
「えぇ、恐らくそうでしょう! だからこそ急ぐんですわよ!!」
すると二人の耳にぼうっと重い声が響いた。
『 わ た し た ち と あ そ ぼ ? 』
「「ヒィィィッ!?」」
そして2人は全速力で階段を降り、廊下を走り、階段を降り、廊下を走り、階段を降り、廊下を走って出口へと向かった。
***
そして今に至る。
確かに2人は出口へと向かった。
向かおうとしたが、一向に出口が見つからない。
「あ、あれ? 出口どこ!?」
「まさか……。サフィー、ちゃんとお姉ちゃんの手を離さずに握っていてくださいまし」
「う、うん!」
マリンは走るペースを落とし、息を整える。
そして叫んだ。
「『火炎射ち』!」
マリンの指先から炎が走り、廊下の窓のカーテンを全て焼き切った。
窓の外を見ながら2人は階段を降り、走り続ける。
そしてカーテンを焼きながら何周かして、2人は気づいた。
「「ここ、永遠に二階と三階を繰り返してる!?」」
外の景色は2回階段を降りるごとに元の景色に戻り、何度降りても変わる様子がなかったのだった。
「そ、それならさっきあたしが出した氷の壁とか、お姉ちゃんの炎は!?」
「もしかすると、階段を降りるたびに元あったように戻されているのかもしれませんわ!」
「ああもう! そういう結界ってことね! どうするの!?」
「あの連中に魔法が効かないのであれば、直接結界を壊すしかありませんわ!」
「でもあいつらを足止めできなきゃ結界を壊せるような魔法、撃てないでしょ!?」
「うっ、確かに……」
2人はそのまま考えながら逃げ続ける。
しかし、遂に走り疲れて座り込んでしまった。
「も、もう無理……。お手上げよぉ……」
「ゼー……ハー……ゼー……ハー……。流石のわたくしも体力の限界が……」
サフィアが後ろを振り向くと、先程から後ろを追ってきていた何かは空中浮遊したまま止まっている。
「あ、あれ……? あいつら……追ってこない……?」
「そういえばさっき、『わたしたちと遊ぼう』みたいなこと言ってた気もしますわねぇ。敵意はないということでしょうか?」
「あんな声で言われても、敵意がないなんて到底思えないんだけど……」
「まあ、ひとまずは安心ですわね。走る必要がなくなったんですから」
「それで、こいつら何なの?」
「オバケですわ」
マリンはニコッとしながらサフィアに答えを返す。
するとサフィアの顔色がサーと一気に冷めていった。
「オ、オオ、オバケ……?」
「ええ、オバケです。恐らく本物ですわよ」
「お、お姉ちゃんは怖くないの? さっきオバケは怖いって……」
「怖いに決まっているでしょう……。本物に出くわすなんて思っても見ませんでしたし……」
マリンはしっかりとサフィアの腕に抱きついているのであった。
「うん、怖いのはよく伝わった……。それでこれからどうするの?」
「オバケたちは襲ってくる様子もありませんし、このまま結界を壊しに行くのもアリかとは思いましたが……一つ、気になることがありまして」
「気になること……?」
「ええ、そもそもオバケというのは魔法で生成する類のものではなく、『死霊術』と呼ばれる魔法とはまた別の儀式が必要になるのですわ」
「しりょうじゅつ……? そんなの聞いたことないよ?」
「それはそうでしょうね。魔導士は皆、死霊術を使う存在……『死霊術士』が嫌いですから。ノエルはそもそも興味すらないのでしょう」
マリンはオバケをチラッと見て、話を続ける。
「そして、死霊術というものは起動発動型……その場で使う系の術だったはずですわ。つまり……」
「このオバケたちが出現した時、術者が近くにいた!」
「その通り! そして、その死霊術士はオバケの出現場所と結界の仕組みから推定するに、あの教室の下の一階あたりにいるはず」
「ということは?」
「結界を破ると同時に大本を叩かせて頂きます!」
マリンはサフィアの手を握りしめ、オバケが出現した教室の下の二階まで走った。
***
「恐らくこの下にわたくしたちを閉じ込めた犯人がいますわ。覚悟はできていて?」
「ええ、もちろんよ。これでも一端の魔女なんだから」
「なら、同時にやりますわよ!」
「うん、いつでも行けるわ」
「じゃあ、1、2の……」
「『撃滅の炎拳』!」
「『殲滅の風迅』!」
マリンは拳から焔を出し、それを凝縮した光の束を下に放つ。
サフィアも同時に風の刃を手に纏わせ、5連撃を床に打ち込んだ。
すると、すさまじい揺れと共に床が崩れ、2人は落ちていくのであった。




