19頁目.ノエルと授業と校則と……
「と、いうわけで。今日からジュンには特別授業を受けてもらう。講師はこいつらじゃ」
「はっ! 誰がお前みたいなババアに教わるかよ! オレは自由に生きるって決めてんだ!」
ノエルはわなわなと震えている。
「もしかしてノエル様……今のでキレてません……?」
「い、いや……? ババア呼ばわりされるのは慣れてるからな!」
「そこでわたくしを見ないでくださいます? 最近は言ってないでしょう?」
「どうせそこの赤髪のババア、その黒いのよりもっとザコだろ?」
「はい……?」
ノエルの隣で、マリンも震え始めた。
「へ、へえ……? ザコ……ねえ……?」
「どっちにしてもババアには変わりねえけどな! オレの魔法に勝てるわけもないだろうし!」
「さっき使えもしない魔法を撃とうとしてたくせに……。生意気ね、あんた」
「んだよ、チビのくせに、偉そうにしやがって。それに同じクラスの女子よりぺったんこじゃねえか!」
その瞬間。
彼女たちの堪忍袋の緒が切れた。
「良い度胸してるじゃないか、このクソガキ!」
「ノエルにも負けないところ見せてやりますわよ!」
「絶対後悔させてやるわよ……」
3人の決意は固まった。
3人とも「絶対に更生させてやる!」という熱い闘志を燃えたぎらせていたのだった。
クロネはニコニコしながら3人に言った。
「よしよし、なら了承じゃな。あと、ジュン。お前がそれ以上暴れるなら退学措置を取るから覚悟しておくんじゃよ?」
「うげっ、それだけはゴメンだ! 母ちゃんに怒られる!」
「なら、大人しく彼女たちの授業を受けることじゃな」
「う……仕方ねえ……。でも、こいつらの話を聞くだけだからな!」
「それで構わんよ。それじゃ、3人ともよろしく頼むぞ〜!」
その瞬間、ノエルは城の方へと振り向いたクロネの肩を掴み、カバンから大量の魔導書と資料集を出して渡した。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「うん? 何じゃ? この凄まじい量の紙束」
「クロネさん。城に帰るついでに、こいつをまとめといてくれないか?」
「え、これでもワシ忙しいんじゃけど?」
「あとで好きなだけママって呼んでやるからさ」
「よしきた任せろ!」
そのままクロネは城の方へと走り去っていった。
「ねえノエル?」
「どうしたマリン?」
「……チョロ過ぎません?」
「ああ、少し心配になってきた……」
こうしてノエルたちは資料をクロネに預け、頼まれた通り学園一の問題児・ジュンを更生させるべく、授業を受け持つことになったのだった。
***
特別に教室を借り、教卓にノエル、その横にマリン、生徒の席にジュンとサフィアが座った。
どうやらジュンはクロネの思惑通り、大人しくしているようだ。
「それじゃ、授業を始めるぞ」
「はーい! よろしくお願いしまーす!」
「早くしろよ」
「はいはい、分かった分かった」
***
「1限目。魔力量を確かめよう、の時間だ」
「そんなこと確認するまでもないだろ。何の役に立つんだよ」
「魔力量が分かれば、自分が他に使える魔法があるか分かるんだよ。ジュン、得意属性は?」
「……闇と風。魔力量は知らない」
「それなら測ってみよう。ここは魔導士の学校だ。最新型の魔力計が用意されてるようだね」
ノエルは机の下から大きな魔力計を重そうに取り出し、ジュンの目の前に置いた。
魔力計とは、その名の通り魔力を計ることのできる魔具の一つである。
2つの水晶のうち片方に魔力を注ぐことで自分の得意な属性と合計魔力を測定することができる。
「この水晶に手をかざして、各属性の魔力を注ぎ込め」
「……ふんっ」
手をかざした方の水晶が紫と緑の混ざった色合いになり、もう片方の水晶に透明な水のようなものが溜まっていく。
「やはり得意なのは闇と風のようですわね。測定結果は……ふむふむ」
「確かにこの歳の、しかも魔法使いでこの数値というのは高い方だねぇ」
「流石オレ。クラスの魔女たちよりも高いんだぜ!」
そこでサフィアが手を挙げ、席を立つ。
「ねえノエル様! あたしも測っていい?」
「あぁ、良いよ。そこを押したら最初から計測できる」
「了解です! あ、ポチッと」
サフィアがボタンを押すと、水晶の色が透明に戻り、水のようなものも下へと消えていった。
「それじゃ……はあっ!」
水晶の色は濃い青と薄い緑。
測定結果は──。
「え? 何これ……」
「見たことない色の液体が出てますわね……。赤というか……なんというか……」
「あー、これは測定不可の反応だねぇ」
「へっ、ざまーみろ! 壊しちまうなんてさ!」
「あ、ちなみに測定不可ってのは、この魔力計の最大値超えの魔力って意味だ。この魔力計の最大値を考えると……少なくともお前の2倍近くはあるってことだよ」
ジュンは固まった。
そしてすぐに復活して言った。
「ま、まあオレよりも年上の、しかも魔女だもんな! 今のオレに超えられなくてもムリはない!」
「ちなみに、魔法使いは魔女と違って魔力量は成長しないぞ」
「えっ…………」
ジュンは再び固まった。
そこでノエルはこう続ける。
「とはいえ、魔導士にとって魔力量ってのは全てじゃない。使える魔法の種類や数が変わるだけで強い弱いは決められないからな」
「ってことは……まだオレは最強になれる……?」
「それはお前次第ってことだ。続けるぞ」
***
「2限目。使える魔法を確認してみよう」
「そんなもん、属性弾さえありゃ問題ねえだろ?」
「馬鹿者。それを撃つ前に相手の罠系の魔法にかかったらどうしようもないだろうが」
「その時は、相手の足元にでも弾撃ちこみゃ済む話じゃねえか」
「それこそ相手の魔力量が多かったら、相手は防護系魔法を張るだろうさ。魔力に余裕がある時は防御にも回れるからね」
「じゃあどうすりゃ良いんだよ」
「闇魔法が使えて、合計魔力量を考えると……よし、この魔法を覚えてみよう」
ノエルは紙に魔法文字を書き込み、それをジュンに渡した。
ジュンはその文字を眺め、数回復唱して言った。
「これ、何の魔法なんだ?」
「おや、魔法文字を読めても、その意味は分からないのか」
「まだ習ってない単語ばっかなんだよ」
「ん……? でもお前、授業は真面目に受けてないんじゃなかったかい?」
「オレらの学年で習う魔導書は全部読み終わった。あいつらみたいにゆっくり覚えてる暇はねえんだよ!」
その時、ノエルたちはクロネの思惑に気づいた。
「(もしかして、アタシたち……)」
「(更生とか関係なく……)」
「(この子のお守りを……)」
「「「(させられているだけなのでは……?)」」」
ノエルは一つ咳払いをし、ジュンに尋ねる。
「え、ええと、ジュン? それなら上の学年の魔導書を読めば良いんじゃないのかい? 図書館とかあるだろう?」
「できるならそうしてる。だけど校則で上の学年の魔導書が置いてある場所には行けないんだ」
「なら親に聞いてみるとか」
「聞いてみたけど、2人とも魔導士の家系ってだけで魔法は全く使えないらしいんだよ」
「ん? それならあの時使おうとした上級魔法はどうやって知ったんだい?」
ジュンはカバンから一つの分厚い魔導書を取り出した。
表紙には何も書かれておらず、とても古いもののようだ。
「これに書いてあったのを覚えただけ。意味とか効果とかは知らない」
「これは……?」
「ある先生に貰ったんだよ。いつか最強になったら使って欲しいって」
ノエルはその古びた魔導書をペラペラとめくりながら呟く。
「確かにあの時使おうとした魔法は強力な呪いの魔法だった。でも、こんな危険な魔法を魔導書に書き込む教師って……」
「もしかすると呪いを研究をしている魔導士さんなのでは……?」
「だとしてもこいつみたいに自己管理ができない生徒に渡すわけがない。危険すぎる」
「うーん……でもそんなことがあればクロネさんが気づくのではなくって?」
「そこなんだよな……。未来予知で視れる範囲外ってことはないだろうし、絶対に気づいてるはずなんだが……」
悩むノエルたちを他所に、ジュンは尋ねる。
「それで、さっき貰った魔法は結局何の魔法なんだよ?」
「あぁ、そういえばそうだった。そいつは闇属性の束縛魔法『樹縛鎖』だ。相手の足に縛りついて動きをしばらく封じることができる」
「この単語の意味は?」
「うーん、クロネさんが教えるべきじゃないっていう判断なら教えるわけにはいかないんだが……」
「んだよ、ケチ! たった一単語じゃねえかよ!」
「たった一単語で効果が変わるのが魔法だ。試しに……そうだな、一度外に出てみようか」
***
「3限目。魔法の単語の意味を理解しよう、だ」
ノエルたちは構内にある魔法の練習場に来た。
「まず、闇の魔弾をあの的に向かって撃ってみろ」
「分かった。『エン・ダーク・レイス・コウル・ジュン』!」
ジュンの手から黒い弾が飛んでいき、目の前の木の的に命中した。
「よし、それじゃあその弾の速さを変えることはできるか?」
「手を前に出す瞬間に最後の一単語を言えば、まあ多少は」
「それは気のせいだ」
「えっ……?」
「魔弾は術者の手から出るものだと思われがちだが、出て欲しい場所を念じたらそこから出るってだけだ。速さは変わらない」
「マジかよ……。それならどうすりゃいいんだ?」
ノエルは再び紙に魔法文字を書き込み、ジュンに渡す。
「『エン・ダーク・クイック』……? 『レイス』は……?」
「『レイス』ってのはいわゆる、安全装置の役割を果たす単語だ。速度を上げたり威力を上げたりできないようにするためのな」
「それは教えていいのか? 危ないとか言ってたくせに」
「さっき教えなかった単語は『繋げることで強力な効果が出る単語』。これは『一つで全体に効果が出る単語』だ。とりわけ安全なやつを選んでやってるつもりだから気にするな」
「ふーん、まぁ試してみるか。『エン・ダーク・クイック・コウル・ジュン』!」
ジュンの手から同じように黒い弾が飛び出したが、その速度は先ほどの2倍近くになっていた。
「う……うおおおおお! すげええええ! なあなあ! もっと他にないのか!?」
「あー、はいはい、それなら威力を半減させる代わりに大きさを2倍にする単語を……」
ノエルはジュンに魔法を教えながら考えていた。
「(なるほど、ジュンは元から魔法が好きでここに来てたんだ。それを学園の規則というものが邪魔をした……。でも、それならどうしてクロネさんはこいつをアタシたちに預けた……? まだ覚えるべきではない魔法を教えるかもしれないのに)」
楽しそうに魔法を使うジュンを見て、ノエルは思考をさらに巡らせる。
「(それに、学年によって教わる魔法の階級が上がるのであれば、こいつを上の学年の授業に出してあげれば騒ぎも起きずに済むはずだ……。きっとこの学園には何かある。クロネさんはそれに気づいてアタシたちを送り込んだ……という線が濃厚だな)」
***
いつの間にやら、夕刻を告げる鐘が鳴る時間となっていた。
「よし、じゃあ今日はここまでだな」
「なあなあ、明日も来るよな!?」
「あぁ、もちろん。お前は飲み込みが早いから教え甲斐があるしな!」
「それじゃ、また明日!」
「また明日」
「また明日、ですわ」
「また明日〜!」
ジュンを見送った後、ノエルたちはジュンが持っていた古びた魔導書を囲み、話し合った。
「これ、どう思う?」
「クロネさんが放置しているのであれば、危険なことは起きないということでしょうけど……」
「他にどんな魔法があったんですか? ノエル様」
「呪い系以外には召喚系、束縛系……全部中級以上の闇魔法だった。とはいえ古いものばかりだ」
「なるほどなるほど……。その教師についてクロネさんに尋ねてみるというのは?」
ノエルは苦笑いをする。
「ふっ、あの人が教えてくれるわけがない。解けない問題は解けるまで答えを教えない。あの人はそういう人だ」
「なら、明日にでもその教師についてジュン君に聞いてみましょうか」
「賛成だ」
「あたしも賛成。考えててもしょうがないもん」
ノエルたちは一旦考えるのをやめ、謎を解く手がかり集めを始めるのであった。




