17頁目.ノエルと時魔法と無言の扉と……
ヴァスカルへ向かう馬車の中にて。
「そういえば……今さらながら聞いてもよろしくて?」
「どうした? トイレならあと2時間は我慢しろよ?」
「違いますわよ! わたくしが聞きたいのはあなたのお母様のことです!」
「さっき話したじゃないか。性格とか得意な魔法とか」
マリンは「そういうことではなくて……」と一度考える。
「うーんと……ああ、そうですわ。1つ尋ねます。あなたは何歳ですっけ?」
「何を悩んだと思えば……。お前とは確か16歳違いだろう。それがどうかしたのか?」
「ということはあなたは今50歳、ということですわね」
「そんなに顔をジロジロ見るな。見た目と1.5倍の年齢差っての、気にしてるんだから……」
「なら、あなたのお母様はおいくつですの?」
ノエルは指を折って数え、答えた。
「確かアタシを産んだのが35の時だったから……85歳?」
「やっぱり。魔女にしてはかなりお歳を召されてますわね?」
「ああ、そう言われてみると確かにな」
それを聞いたサフィアは手をあげて言った。
「でもですよ、ノエル様。若魔女じゃなくなった魔女の平均寿命が75歳くらいなんで、悪いですけど亡くなっててもおかしくないのでは……?」
「え……? 若魔女じゃなくなった魔女……?」
「え、反応するのそこですか? そりゃノエル様が生まれている以上、ノエル様のお母様は若魔女じゃないに決まって……」
「ああああああ!」
ノエルは急に叫んだ。
「きゅ、急に叫ばないでくださいまし! 心臓に悪いですわ……」
「どうかしたんですか、ノエル様!?」
「ああ、説明不足だったことに今、気がついた。アタシの母親はまだ若魔女なのさ」
「「は、はい……?」」
サフィアとマリンの顔が先ほどよりも意味不明だと言いたげな表情になっているのが分かる。
「まぁ、そうなるのも無理はない。本当に一番大事な説明をし忘れていたんだから」
「実はノエル様の本当の母親じゃない、とかですか?」
「そんなことはないさ。あたしはちゃんとあの人のお腹の中から生まれてきた。そのはずだ」
「じゃあどういうことですの……?」
「簡単に言うと、あの人は自分の魔法で若魔女に戻ったのさ」
「難しい話ですわね……。まあしばらく時間はありますし、詳しく聞かせてもらいますわよ」
「あぁ、もちろん教えてやるさ。アタシの母親の、クロネさんの時魔法について」
***
『時魔法』
それは特殊属性の中でも使える魔導士が最も少ない上に、魔力の扱いの難易度と魔法そのものの難易度が最高クラスの非常に珍しい魔法だ。
というかアタシはクロネさん以外に時魔法を使える魔導士を見たことがない。
あの人が最も得意とする時魔法は、自分以外の時間を少し止める、というものだ。
自分が触れているものに限ってその影響を受けないから、何回か体験させてもらったことがある。
他にも、人の記憶を遡ってそれを体験する魔法とか、触れたものの時間を巻き戻す魔法とか色々ある。
その中でも特に面白いのが『未来予知』だね。
その名の通り『未来』を『予め知る』魔法なんだが、どうも絶対に当たるわけではないらしい。
起こりうる未来の可能性を全て見ることができるだけで、決定した未来は直前にならないと分からないそうだ。
さて、長々と話したが、本題はここからだ。
あの人の使える時魔法の中には、自分自身の『時』を変動させるものがある。
例えば切り過ぎてダサくなった前髪の時を早めて長くする、といった自己干渉型の魔法だね。
その応用で、あの人は時を巻き戻す能力を自分の身体に使ってみた。
自分の身体の時を巻き戻す。
過去に摂取した栄養から伸びた身長、髪の毛、さらには持っていた魔力までもを昔あったままに戻すということそのもの。
それは即ち、アタシたちを身籠る前の身体にも出来るということだ。
そしてその魔法の発動は成功した。
だからあの人には寿命という概念そのものが一切当てはまらないんだよ。
恐らく、今でもピンピンしてるだろうさ。
***
話を黙って聞いていたサフィアとマリンは顔を見合わせ、同じ質問をした。
「「それなら、その魔法でイースさんを復活させればいいのでは……?」」
ノエルは「やれやれ、やはりそうなるか」と首を振る。
「話をちゃんと最後まで聞けば分かるよ」
***
さっきアタシは、クロネさんは自分の身体のみ時間を巻き戻した、と言った。
なら身体以外の部分とはどこか?
毛髪? いいや、毛も髪も立派な身体の一部だ。
内臓? いいや、身体の中身だって一部と言える。
それなら魔力? いいや、魔力は魔導士のみが持つとはいえ、体内の力のひとつだ。
身体以外の部分。
それは『心』または『魂』と呼ばれるものだ。
その中には『記憶』とか『感情』とかも含む。
だから巻き戻しをした彼女は、アタシのことも姉さんのことも父のこともしっかり覚えていた。
でもその時、クロネさんは身体以外も全て巻き戻そうと試みていたらしい。
しかしそれは失敗した。
なぜか?
それは身体しか時間を巻き戻せなかったからだ。
『心』『魂』『記憶』『感情』。
そういったものは時魔法の影響を一切受けないのだとクロネさんは言っていた。
まぁつまり魂を失ったイースに時魔法をかけたとしても、残るのはただの精気の抜けた肉の塊だけってことさ。
***
しんと静まりかえる馬車の中、ノエルの表情が次第に暗くなっていく。
サフィアとマリンはそれにすぐ気づき、必死に頭を下げた。
「なんと言いますか……辛いことを思い出させたようですみませんでしたわ」
「あたしもごめんなさい。ノエル様の大事な人のことを魔法の実験台みたいに言っちゃって……」
「謝る必要はないさ。そもそもイースを蘇らせるためにアタシたちは旅をしてるんだから、色んな案が出ることは良いことじゃないか」
そんなことを言いつつ、ノエルは無理をしているようだった。
2人はもちろんそれに気づいていたが、気持ちを殺してただただ黙っていた。
そして馬車はいつの間にかヴァスカルに着いていた。
3人は馬車から降り、料金を支払い、そのままヴァスカル城へと向かったのであった。
***
それからしばらくして。
どうにか気を持ち直した3人は、門番に連れられ城の中に入った。
そして3人はクロネの部屋の前までたどり着いた。
「さて、どうせ驚かせてくるから扉の前で待っておこうか」
「ノエル様のお母様……どんな人なんだろ……」
「似た者親子でないことを祈りますが……」
***
それから10分が経過した。
扉は一向に開かない。
「あれ? もしかしていないなんてことないよな? 未来予知して見てるはずなんだが……」
「もしかして何かあったんじゃ!?」
「落ち着きなさいな、サフィー。門番さんが朝会ったと言っていたじゃありませんの」
「そ、そうよね! 流石に朝まで元気だった人に、しかも若魔女に何かあるわけないかー」
ノエルは恐る恐る扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。
部屋の中は真っ暗で、カーテンも閉められている。
「クロネさーん……。いないのかー……?」
返事はなく、辺りはしんとしている。
「あ、こんなところに魔法灯の装置がありますわよ。起動してみますわね」
マリンは魔法灯のスイッチに手をかざし、魔力を注ぎ込む。
すると部屋中のランプに魔法の火が灯り、暗闇が払われた。
「「「……!?」」」
明るくなった部屋を見回した3人は驚きのあまり、声を失ってしまった。
まるでこれまで気配を消していたかのように突然、部屋の真ん中にクロネが立っていた。
ということよりも、さらに驚いたことがあったのだった。
「「「部屋の中、汚なーーー!?」」」
「帰ってくるのが早すぎるんじゃよ、このバカノエルーーー!」




