110頁目.ノエルと鎧とゴブリンと……
ノエルたち4人は、ソワレ村の南西の森に繋がる平原を歩いて進んでいた。
村から出て10分ほど歩いた頃、彼女たちは異様な光景を目にしたのだった。
遠目に見ても群れの大きさがはっきりと分かるほど、ゴブリンたちは隊列を成して行進している。
よく見ると鉄の鎧のようなものを身につけており、1体のやや身体の大きなゴブリンを筆頭に進軍しているようだった。
「確かに報告にあった通りの光景だが……。身体の色が緑だから草原にいても獲物にバレにくい性質のはずなのに、鎧で台無しだな……」
「ですが、実際に見てみるとおぞましい何かを感じますわね……」
「本当にアレがゴブリンだと言うの……? 私の村を襲っていたのとは大違いなくらい静かじゃない」
辺りには行進するゴブリンたちの足音のみが重く響いており、凶暴な魔物とは思えないほどゴブリンたちは落ち着いている様子だった。
ノエルたちは岩陰に隠れて様子を窺う。
「落ち着いている魔物なんて逆に不気味だな……。何が起こるか分からないし、先手を打つか」
「でしたら、あたしとスアールさんは少し下がって見てますね」
「分かりましたわ。では、遠慮なく攻撃を仕掛けさせていただきますわよ……!」
「あぁ、連中はまだアタシたちに気づいていないみたいだ。不意打ちで強いのぶち込んで、一気に決めるぞ」
「ええ、火力なら任せなさいな。あまり自然を荒らさない程度に、派手なのを一発ぶちかましてやりますわ」
そう言って、マリンは魔導書を開いて詠唱を始める。
ノエルも追って詠唱を始め、マリンの魔法の発動を待つ。
「先手、いただきますわ! 『猛焔の波紋』!」
すると、マリンの目の前に炎が横一列になって現れ、それが大きく燃え上がってゴブリンたちの方へと飛んでいった。
そしてマリンの魔法は着弾と共に爆発し、炎の渦を巻き起こしたのだった。
「よし、アタシも追い討ちをかけるぞ! 『黒炎──」
しかし、ノエルは炎をじっと見つめ、魔法を放つ前に詠唱を止めた。
「待て、何か様子がおかしい。マリン、お前まさか魔法を外したなんてことないよな!?」
「あら、魔法は確かに鎧に当たりましたわよ? でも、確かにその後の爆発と炎の渦が当たっている様子がないような……」
「……魔法自体の手応えはどうなんだ?」
「すこぶる良好な発動でしたわ。そんなわたくしの上級魔法が全く効いていないなんてこと、あり得るはずが…………」
そう言って、マリンは目を見張る。
すると炎の渦が消え、その場所にいたゴブリンたちは一切の無傷なのだった。
「効いて……いませんわ」
「い、いやいや、そんなわけ……」
「ですが、実際に効いていないんですわよ! わたくしの上級魔法が!!」
「は、はぁ!? お前の上級魔法を弾く鎧なんて、そんなもの魔具か神器か……あるいは……」
「くっ……! ノエル! 考えている暇があるのなら、一度ここから離れますわよ! 今の攻撃のせいで気づかれてしまいました!」
先ほどまで静かだったゴブリンたちは、辺りを見回して叫び始めている。
ノエルは舌を打ち、闇魔法でゴブリンたちに向けて煙幕を放って逃げるのだった。
***
ゴブリンたちの進路からやや逸れた岩陰で、ノエルたち4人は話し合う。
「鎧で武装しているとは聞いていたが、魔法を弾くなんて聞いてないぞ! それも、マリンの上級魔法をだ!」
「そりゃまあ、魔導士が攻撃しない限りは分かりませんものね……」
「つまり、あたしたちの攻撃は通用しないってことなんでしょうか……」
「あら、それは困ったわね。どうにかしてその魔法を弾く鎧とやらを壊せないかしら?」
「スアールさんの考えは名案ではあるんだが、何せここは岩や石ころはあれど、ただの平原だからなぁ……。それに、50体分を壊すとなるとほぼ不可能としか言えない」
ノエルたちは頭を捻る。
しかし、いくら経っても鎧に対する答えは出なかった。
「じゃあ……逆に鎧をどうにかするんじゃなくて、ゴブリンたちをどうにかする、って考えてみるのはどうかしら?」
「ゴブリンを……? そりゃどういうことだい、スアールさん」
「ほら、彼らはゆっくりソワレ村に向かってきているじゃない? それって、何か目的があってのことだと思うの。なら、少しくらい話が通じるんじゃないかって」
「いやいや、それはないだろう。相手はただのゴブリンだぞ? 知恵を持たない魔物と話すだなんて……なんて……」
「あなたも分かっているのでしょう? あれはただのゴブリンなどではありませんわ。魔法を弾く鎧を身につけ、何か目的があるように行動する。そんな魔物に知恵がないとは思えませんもの」
「もちろん、これは一か八かの賭けになるでしょう。ただ、魔法が効かない以上はこういう打開策に出るしかないわ。どうするの、ノエルさん?」
ノエルは悩ましそうにマリンとサフィアの顔を見る。
すると、2人とも覚悟を決めた顔で頷いた。
「……よし、交渉はアタシが先導する。3人は後ろで話を聞いていてくれ」
「頼みますわ」
「じゃあ、スアールさんは引き続きあたしの近くにいてくださいね」
「ええ、分かったわ」
ノエルたちは先ほど攻撃した地点まで戻ることにしたのだった。
***
いざその場所に戻ってみると、付近にはまだゴブリンたちがいた。
しかし、数分前とは打って変わってゴブリンたちは進軍を止め、目をギラギラさせながら周囲を警戒していた。
「あいつら、まだここにいたのか……。ただ、あの様子じゃ迂闊に前に出られないな……」
「こちらから攻撃したとはいえ、敵意剥き出しの相手に交渉をしようとしている時点でおかしいのでしょうけど……」
「じゃあ、敵じゃないってことを伝えられればいいんですよね? それなら連中が攻撃を受けた反対側から話しかけるとかどうでしょう?」
「うーん、背中からってのはむしろ敵意を増加させる原因になりかねない。どうしたものか……」
「それなら私が出ましょうか? 魔法を使えそうなあなたたちよりも、ただの老婆の方が怪しまれずに済むでしょう?」
「なっ……!? そ、そんなことをあんたにさせるわけには…………」
少し考え、ノエルは頭を押さえる。
「はぁぁ……。本当ならアタシが止めなきゃいけないんだけどなぁ……」
「わたくしは2人の選択に任せますわ。作戦なら仕方ありませんもの」
「あたしはちゃんとスアールさんを守れるように準備しておきますから、あとはノエル様の決断です」
「分かってる。時間がない以上は今できることをするしかないんだよな……」
そう言って、ノエルは自分の髪を掻き回し、軽く溜息をついてスアールに言った。
「じゃあ……スアールさん、よろしく頼めるかい? いざとなったら、アタシたちが絶対にあなたを守る。アタシが交渉を先導するって言った手前、すまないね」
「ええ、分かったわ。ふふっ、あなたに頼られるのはこれが初めてねぇ」
「うん……? まあ、そりゃそうだろうが……」
「あぁ、気にしないで気にしないで……。ふふふっ……」
「んん……??」
嬉しそうに微笑んだスアールは、怪訝な表情を浮かべるノエルに手を振り、岩陰から出てずんずんとゴブリンたちの前へと歩いていったのだった。
***
ゴブリンの前に着くなり、スアールはノエルたちに聞こえるくらいのやや大きめな声で筆頭のゴブリンに向けてこう話しかけた。
「あら、あなたたち、こんなところに何しに来たのかしら?」
それはまるで知り合いに話しかけるかのような気さくな声だった。
ノエルたちは驚いて声が出そうになったところをどうにか抑える。
「さっき大きな爆音が聞こえたから何かと思って来てみれば、ゴブリンさんたちに遭遇するなんてねぇ。もしかしてあなたたちの仕業?」
スアールはわざとらしそうではありつつも、知らぬ存ぜぬを貫いている。
すると、その言葉に筆頭ゴブリンはハッとした表情をして答えたのだった。
「チガウ! オレタチ、コウゲキサレタ!」
スアールを含め、ノエルたちはその声に驚愕して自分の耳と目を疑う。
そんな中、スアールは冷静に言葉を返した。
「……そうだったの。災難だったわね? それで、さっきの質問に答えてくれるかしら?」
「サッキノ? シツモン?」
「あー、えっと……。あんたたちは何しに来たの? ここ、ゴブリンの縄張りじゃないわよね?」
「オレタチ、ヒト、サガシテル。ソイツ、ソワレムライル、キイタ」
「なるほど、ソワレ村を襲うためにそんな武装をしてるのね」
「チガウ。オレタチ、オソウツモリ、ナイ」
「えっ……?」
スアールは少し考えて、改まって質問をした。
「じゃあ……どうしてあなたたちはそんな武装をしてるの?」
「ディート、ソウシロ、イッタ。コレキテ、ユックリアルケ、イッタ」
「ディート……。それってあんたたちの仲間かしら?」
「チガウ。ディートハゴブリン、チガウ。ディート、ニンゲン」
「ゴブリンじゃなくて、あなたたちに命令をする人間……? それってもしかして……黒いローブを着た魔導士だったりしない?」
「チガウ、ディートハ、マド……ウッ……グゥ…………」
その時だった。
筆頭のゴブリンが突然苦しみ始め、身体から黒いモヤのようなものが吹き出てくる。
それを見た周りのゴブリンたちは焦り始め、先ほどまでの統率はみるみるうちに崩れていったのだった。
「ど、どうかしたの!? 大丈夫!?」
「チガウ……チガウ、チガウ……! オレハ、イダチ……! ディート、チガウ!!」
「(この感じ……あの時の呪いの残滓と同じ魔力……! もしかして、あの子たちが言っていた災司って連中の仕業ってこと……!?)」
そう思ったスアールは、ノエルたちに声をかけた。
「何かおかしいわ! 3人とも、こっちに来て!」
「あぁ、言われなくても! こいつはどういうことだ……!」
「あのモヤ、まさか災司……!? ど、どうして災司がソワレ村を狙っているんですの……?」
「人探しをしてる、とか言ってたけど……。ノエル様、あのゴブリンはどうしましょう?」
「まだあの鎧の謎を解明できていないから、魔法じゃどうにもできない。だが、今の状況がそれ以上にマズい状況なのも確かだ……」
「……どうやら、私たちが話している余裕はないみたいね」
スアールがそう言うと、その目線の先には鎧を着た黒いゴブリンが立っていた。
そのゴブリンは、先ほどまでと明らかに違う様子でノエルたちを見据え、こう言ったのだった。
「ヒヒッ……やっと見つけた……。あの方が欲する、永遠の魔力……。北の大魔女・ノエルが持つ『神の心臓』……!」




