109頁目.ノエルと村とお願いと……
次の日の朝。
朝日で目覚めたノエルは、城の廊下からばたついた音を聞いた。
まだ眠っている2人を起こしたあと、3人は部屋の外をそっと覗いてみた。
「……何か起きたみたいだな」
「ええ、まるで戦場にでも行こうとしているような雰囲気ですわ……って、まさか!」
「ちょ、ちょっとその辺の人に聞いてきます!」
サフィアは忙しそうに走り回っている小間使いに声をかけ、短く話を聞いた。
そしてノエルたちのところに戻って来るや否や、声を上げて言った。
「大変です! 魔物の大群が攻めてきました!」
「やっぱり悪魔の仕業か……! じゃあ、急いで外に出て応戦を──」
「いえ、違うんです! お城に攻めてきたわけじゃないらしいんです!」
「何ですって? 災司や悪魔はわたくしたちが狙いのはずでは……?」
「じゃあ、どこに攻めてきたってんだ?」
「場所は……ソワレ村です……!」
その瞬間、ノエルとマリンは血の気が引いた。
3人は急いで旅支度を進め、2匹の猫を小間使いに預ける。
その後、ダイヤが準備していた馬車に乗って、ノエルたちはソワレ村へと向かうのだった。
***
その道中、焦る気持ちを抑えながら、ノエルはダイヤからもらった書類で戦況を確認する。
「魔物の発生場所はソワレ村の南西部にある森、侵攻先はソワレ村と思われる。魔物は全てゴブリンであり、その長と思しきゴブリンが大群を率いている。現在はゆっくりと村に近づいており、応援部隊が来る頃には目前であると思われる、か……」
「その応援部隊とは恐らくメモラの王国兵士でしょう。しかし、まだ出撃していませんでしたから、わたくしたちは先鋒ということでしょうか。まあ、魔法で周りを巻き込む心配が要らないのは助かりますが」
「ゴブリンって、昨日言っていた凶悪な魔物ですよね? どうしてソワレ村を狙っているんでしょう? まさか、ソワレさんに復讐しようとしているとか……?」
「昨日も言ったが、ゴブリンってのは理性をほぼ持たない。つまりは復讐という感情で動くほど知能は発達していないのさ。だから単なる略奪目的か、あるいは……いや、アタシたちを狙っているわけはないな。そもそも場所が違う」
「ですわね。ただ、どうしてゆっくりと近づいているのでしょう? 野生の魔物や動物は、獲物のためなら全力で追いかけて全力で貪り尽くす印象なのですが……。これではまるで、何かを待っているような……」
「何度も言うが、攻め込むための簡単な陣形は取れたとしても、戦略を立てられるほど知能があるとは思えない。もちろん群れれば強い魔物だから気を抜いてはいけない相手ではあるが」
ノエルは書類を眺め、言葉を続ける。
「そういえば、王国も王国だ。姉さんが対魔物の結界を張ってるって知っているだろうに、どうしてあそこまで慌てている? もちろん万が一に備えなきゃいけないってのは分かるが、あまりに準備が大掛かり過ぎじゃないか?」
「言われてみれば確かにそうですねぇ? まさか、あたしたちの方が早く出発できるとは思わなかったですもん」
「気にしていても仕方ありませんわよ。それで、他に何か有益な情報はありませんの? 大群の規模とか、武装とか、長とやらの脅威度とか」
「うーん……そこまで詳細に調べる余裕がなかったんだろうな。さっきの文章と場所くらいしか書かれていない。だが、アタシたちの魔法があれば余裕で一掃できるだろうさ」
「あたし、ちゃんと魔物倒すのって初めてかも……」
「あぁ、そうだった……。確かに大海蛇もイエティも明確に殺す目的で対峙していなかったからなぁ。魔物とはいえ、生物の生命を奪う行為には変わりがないし……。どうする、マリン?」
マリンは頭を抱えて必死に考える。
しかし、マリンが答える前にサフィアが答えた。
「いえ、あたしがどうするかよりも、ノエル様がどうするかです。この中で一番、生命を奪うことに抵抗があるのはノエル様だと思いますし」
「まあ、確かにそうですわね……。実際のところ、撃退するだけでも構わないわけですし」
「いや、害をなす魔物であれば容赦はしないよ。召喚術の契約で従属させることができるのであればまだしも、それすらままならない相手なら話は別だ」
「それならあたしは戦います。もちろん怖いけど、1人じゃないし!」
「2人がそう言うのなら、わたくしは止めませんわ。ただサフィー、これだけは言っておきます。生命を奪うということは、自らも生命を奪われる可能性があるという覚悟を持って行うことですわ。その覚悟は決めておきなさいな」
「覚悟……。う、うん……分かった。」
ノエルはサフィアに優しく言った。
「覚悟って言っても、怪我することを恐れるなとかそういうことじゃないからあんまり考えなくていいよ。簡単な話、窮地に陥った生物は強いから油断するなってことだ」
「なるほど……。危ない時ほど力が出せた経験、確かにあったかも……。それを今度は死の局面で発揮されるなんて、よく考えてみると恐ろしいですね……」
「魔物の恐ろしいところはそこなのですわ。とどめを刺すギリギリで反撃してきたり、逃亡して被害を拡大させたり、困ったものですわね。まあ、逆の立場になれば同じことをするとは思いますが……」
「ま、ゴブリンくらいなら遠くから中級魔法で攻撃する程度で大丈夫だろう。別に上級魔法でもいいが、敵の総数によるかな」
「とりあえず、わたくしとノエルで十分でしょう。サフィーは魔物の討伐に参加すること自体初めてですし、後ろで見ていればいいですわ」
「うん、分かった」
すると、馬車の走る速度が次第に緩やかになってきた。
ノエルが外を見ると、1日前に見た景色が広がっていた。
「良かった、ゴブリンはまだ来ていないみたいだ」
「ふぅ……間に合いましたわね」
「急ぎましょう!」
馬車が止まると同時に、ノエルたちはすぐさま降り、ソワレ村に向かった。
***
村の中は騒然としており、ノエルは村人たちの輪の中心にスアールがいるのを見た。
すると、その手前にいたルナリオがノエルたちに気づいた。
「あ、ノエルさん! 来てくれたんだな!」
「どんな状況だい?」
「魔物の襲撃なんて数年振りだから、みんな戸惑ってるよ。それで、ばあちゃんが避難準備の指示を出してるところさ」
「そうか、スアールさんは魔物の襲撃を受けた経験があるんだったな。ゴブリンはどんな感じなんだ?」
「今日の朝頃に村の爺さんが薪を取りに森に行こうとしたら、50匹くらいのゴブリンの大群が向かってきているのを目撃したらしい。それで急いで馬車を走らせて王国に通報したってわけさ」
「50匹……魔物の大群にしては中々の数だな。他に何か情報があれば共有してくれ。討伐の役に立つかもしれないからね」
すると、村人を解散させたスアールがノエルたちのところへやってきて言った。
「ゴブリンたちは武装していて、群れというよりは軍隊のような集まり方だったらしいわ。私が過去に見たゴブリンたちとは、全く違う習性みたい」
「あぁ、スアールさん。ふむ、武装したゴブリン……それに軍隊みたいって……。ゴブリンと別の魔物を見間違えたんじゃないのか?」
「でも、こんな習性を持つ魔物なんて聞いたことある? 背格好や見た目は間違いなくゴブリンだったって、目撃者がそう証言しているんだけど」
「確かに聞いたことないな……。ゴブリンより大きいのであれば、武装しているって点でオーガが思い当たったが大きさが違うし、何より群れで行動するって話も聞いたことがない」
「おかしな点でいっぱいですわね。ゴブリンたちの目的、武装、軍隊のような行動、対魔物の結界があるこの村に向けて進軍している……。まさか、結界の魔法が解けているなんてことはありませんわよね?」
「もちろん私は分からないわね。可能性としてはあり得るけど、だからといってこの村を狙う理由にはならないしね。それに、今回のゴブリンたちは前回とは違う方から来てるから、恐らく別の個体だと思うわ」
ノエルたちは少しだけ考えたが、すぐに頭を切り替える。
「とりあえず、全部討伐してくればいいんだろ? 武装しているとはいえ、魔法の前じゃ無力だろうからな」
「ええ、そうね。私はこの村の安全さえ守れれば、多少作物が巻き込まれても文句は言わないわ。でも、気をつけてね」
「わたくしたちに任せてくださいな。さ、スアールさんは避難の準備を進めてくださいまし。ルナリオさんも」
「あぁ、頼りにしてるよ、大魔女さんたち! じゃ、ばあちゃん行こうか」
「……いえ、私はノエルさんたちについて行くわ」
その瞬間、ノエルたち3人とルナリオは目を開いて固まった。
そして、全員の脳内の処理が終わると同時に、一斉にスアールを止めて言った。
「何考えてんだ、ばあちゃん! 危ないから避難するんじゃなかったのか!?」
「ルナリオの言う通りだ! 危険な戦場にスアールさんみたいなご老人は連れて行けない!」
「ルナリオさん、強引にでも止めてくださいな!」
「スアールさん……どうして急にそんなことを言ったんですか?」
「私はこの村の村長として真実を確かめる責任があるの。どうしてゴブリンたちが急に攻めてきたのか、知る必要があるのよ。それに、あなた方3人がいれば絶対に安全でしょう? だから、お願い」
「それはそうだが……。ううん……どうしたものか……」
ノエルは頭を抱えて悩み始める。
その時、マリンとサフィアはスアールがじっとこちらを見ていることに気づいた。
そして、2人はスアールの、ソワレの本心に気づいたのだった。
「……分かりましたわ。わたくしは賛成です」
「マリン……?」
「ノエル様、あたしも問題ないと思います」
「サフィアまで……。一体どんな風の吹き回しだ?」
「あー、ばあちゃんも強情なんだから。仕方ないな。ノエルさん、俺からも頼むよ」
「う、うーん……。3人がいいならいいんだが、もう少しちゃんと考えてだな……」
そうしてしばらく考えたノエルは、深く溜息をついて言った。
「……マリン、サフィア。絶対に無事に村に返してやるんだからな?」
「……! はいっ、絶対です!」
「わたくしたちを舐めてもらっては困りますわ。無論ですとも」
「良かった。じゃ、俺は村の連中をまとめとくから、ばあちゃんは行ってらっしゃい。待ってるから」
「ええ、じゃあよろしくね、ノエルさん。マリンさんにサフィアちゃんも」
3人は頷き、スアールの手を取る。
こうして、ノエルたち3人はスアールを連れてゴブリン退治へと向かうのだった。




