108頁目.ノエルと看板と姉妹と……
ルナリオとソワレが住む村へと向かっている道中、ノエルたちは大魔女のことや、しばらく会っていなかった間にあったことをルナリオに話した。
ルナリオもソワレのこと、村のこと、仕事のことなどを色々と話してくれ、ノエルたちは徒歩の疲れも忘れて話を弾ませていた。
そんな話をしているうちに、柵に囲まれた広い村がノエルたちの前方に見えてきた。
「お、もしかしてあれか?」
「あぁ、あれが俺たちの住む村だよ。ただの農民が住んでるだけの辺鄙な村だから、あんまりおもてなしはできないだろうけど、どうぞくつろいでくれ」
「確かに王都に近い方とはいえ、ここまで王都から離れていればあまり人が来るような場所ではありませんわね」
「あれ、村の門のところに何か書いてあるみたい。ええと……?」
村の門の上に掲げられた大きな看板。
そこに書いてあった文字をサフィアは読み上げようとしたが、すぐさまその口を止めた。
「ん? ここからじゃよく見えないな。サフィー、何て書いてあったんだ?」
「あっ、いや……。あー、ちょっとルナリオさん! こっち来て!」
「ん? どうかし……あっ……」
ノエルは足を止め、ルナリオの方へ振り向いて首を傾げる。
ルナリオはサフィアのところへ、いそいそと足を進める。
それを見たマリンは看板を見て、納得がいったように頷いていた。
『ようこそ ソワレ村へ』
看板にはこう書いてあったのだった。
「(ちょっと、あの看板! あと、村の名前! どう誤魔化せばいいんですか! 聞いてないんだけど!)」
「(すまん、これについては俺も完全に忘れてた……。ばあちゃんが作った村だからこんな名前になってんだけど……うーん……)」
「(それなら……昔にソワレさんが助けてくれた村で、その恩を忘れないように名前を借りた、とかならどう?)」
「(よし、それでいこう。きっとマリンさんもばあちゃんもすぐ分かってくれると思うし)」
「(了解。じゃあ、説明お願い!)」
サフィアは先ほどノエルに質問された答えを正直に返した。
「え、えーと、村への歓迎の言葉が書かれていましたよ! 『ようこそ ソワレ村へ』って!」
「ソワレ村…………ソワレ村!? 姉さんの名前じゃないか!」
「あ、あぁ。昔、この村が魔物に襲われた時にソワレさんが助けてくれたんだ。だからその恩義を忘れないようにって、ばあちゃんがこんな名前にしたのさ」
「なる……ほど……。まさかこんな場所で姉さんの名前を見ることになるとは……。少し驚いたよ」
「あら、思いの外驚いていませんわね?」
「まあ、姉さんならあり得ない話じゃないな、と。あの人、大魔女になった理由もそうだが、他人を助けることが好きだからねぇ。今となってはどこにいてもおかしくないって思ってるよ」
そう言って、ノエルはソワレ村の看板が見える距離まで歩いていく。
その頬は少しだけ緩んでいたのだった。
***
ルナリオは村の人たちに話をつけてくると言って先に村に入り、マリンとの作戦通りにソワレの件を伝えに行った。
そしてしばらくして、ノエルたちは手厚い歓迎を受けたのだった。
しばらくの間、ノエルたちは村を見て周り、最後に村長であるスアールの家に向かった。
ルナリオは扉を叩いて言った。
「おーい、ばあちゃん! ノエルさんたち、連れてきたよー!」
「うん? 鍵は持ってないのかい? ここはお前の家なんだろう?」
「ううん、違うよ。母ちゃんと父ちゃんはここに住んでるけど、俺は別居してるんだ。俺が管理してる畑はあっちだから、この畑のさらに向こうの家」
「なるほど、でしたらご両親もここに住んでいらっしゃるんですわね。ぜひご挨拶をしておかねば」
「多分、今の時間はその辺の畑で仕事してると思う。ばあちゃんしか家にいないんじゃないかな」
そんなことを話していると、扉の鍵が開いた音がした。
中からルナリオを呼ぶスアールの声が聞こえてくると、ルナリオは返事をして扉を開けたのだった。
すると、そこには穏やかな表情で待つスアールの姿があった。
「ノエルさん、マリンさん、サフィアちゃん。いらっしゃい、ソワレ村へようこそ」
「スアールさん!」
「お元気そうで何よりですわ。半年振りくらいですわね」
「そうねぇ。もうそろそろ収穫祭の時期だし、また近いうちに会えるかもしれないわね? あ、立ち話もなんだし、どうぞ入って入って」
「じゃあ、遠慮なく。お邪魔します」
スアールに案内され、ノエルたちは応接間に集まった。
そこで、ノエルたちはこれまであったことを数時間かけてスアールに報告した。
スアールからは大魔女の話を中心に、様々な質問をされた。
災司のこと、大魔女が持てる権限のこと、ヴァスカルであったことなど、クロネから話しても構わないと言われている範囲まで話したのだった。
ある程度話し終わったところで、ノエルはスアールに尋ねた。
「そういえば、アタシの姉さんがこの村を救った時ってどんな感じだったんだ? 魔物に襲われたって聞いたんだが」
「えっ?」
スアールは一瞬、ルナリオの方に顔を向けたかと思うと、少しだけ頷いてノエルの質問に答えた。
「あぁ、なるほど、ソワレさんの話ね? ええと……あれは確か30年ほど前のことだったかしら。この村がまだできたばっかりの頃、作物が魔物に襲われてねぇ……」
「ふむ、アタシがヴァスカルを出て間もない頃だな。確かにその頃のメモラはまだまだ未開拓の土地があって、畑や村が増えている時期だった。魔物の被害も多かったと聞いている」
「そうなのよ。それで困っていたら、道すがらソワレさんが魔物の退治と対魔物の結界を作ってくれてねぇ。まだ村の名前が決まってなかったから名前をお借りしたの。もちろん、本人の了承を取ってね」
マリンとサフィアはスアールの理解速度に内心驚きつつ、本当の話だったのかもしれないという考えが頭をよぎっていた。
「どんな魔物でしたの? 作物を荒らすとなると、獣害に近いもののようにも感じますが」
「確かあれは……そう、ゴブリンだったわね。この村の作物をありったけ盗んで、どこかに持って行っちゃったのよ」
「ゴブリン……。略奪・強奪・横奪、奪えるものなら何でも奪う、盗賊に近いが理性を持たない、群れで行動する凶悪な魔物だったか。でも普通なら魔女なんかじゃなくて、王国に報告して討伐隊を送ってもらった方が安心じゃないのか?」
「そんなこと言ってられないわよ。困っている人がいればすぐに助ける。それが魔女というもの……って、ソワレさんが言っていたわ。とにかく、ソワレさんのおかげで村は助かったの」
「姉さんらしいなぁ。ありがとう、スアールさん。姉さんの話が聞けて良かったよ」
「そう……。喜んでくれたのなら何よりだわ」
スアールは微笑んで、話を続けた。
「そうだ、何か手伝えることはあるかしら? 小さな村だけど、恩人の妹さんのためならって、みんな快く協力してくれると思うわよ」
「お心遣い感謝するよ。でも、大丈夫だ。姉さんは姉さん、アタシはアタシだからね。それに、今のアタシたちは既に色んな人に力を貸してもらっている。これ以上はその恩を返すのが大変になるくらいさ」
「あら、それは残念」
「わたくしとしては収穫祭で美味しい食べ物を作ってくださいますし、そういう形でわたくしたちの役に立っていると思っていますわよ」
「あら、それなら嬉しいわね」
マリンはノエルの顔を見ながら少し得意げな表情を見せる。
すると、ルナリオは窓の外を見てこう言った。
「あ、気づいたらそろそろ日が傾いてくる時間だな。ノエルさんたちはどうする?」
「うーん、流石に帰る時間だな。ここから馬車は出ているかい?」
「俺たちは村の馬車で移動しているんだ。停留所はこの辺りにはないよ」
「……そうだ、リオ。せっかくだし、あなたが送って行きなさいな。それくらいのことはしてあげたいから」
「分かった。馬車を用意するからちょっと待ってくれるかい?」
「感謝するよ、ルナリオ」
ルナリオは外へと駆けていき、ノエルたちはスアールに礼を言うのだった。
すると、スアールもノエルたちに礼を言う。
「わざわざ遠路はるばるありがとうね。楽しい話が聞けて良かったわ」
「こっちも急に押しかけてすまなかったな」
「いいのよ、基本的には暇だから。たまにフェブラに行ったりはするから、いつも村にいるわけじゃないけど」
「そうか、収穫祭が近いもんな」
「ええ。今年も来てくれたら嬉しいわ」
「もちろんだとも。半年の楽しみだからね」
そう言って、ノエルとスアールは互いに笑い合うのだった。
マリンとサフィアは心穏やかに微笑みながら、姉妹のやりとりを見ていたのだった。
***
その夕方、ノエルたちはルナリオの馬車に送られてメモラの城下町へと向かう。
そして何事もなく、ノエルたちは帰路に着いた。
ノエルは城門の前に着くなり、空を見上げる。
その日の夜は、やけに静かな夜だった。




