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105頁目.ノエルと猫と彫刻と……

 ボロボロの家に入ったノエルは、緑に覆われた床を踏みしめながら部屋を探索していた。

 家の中はところどころ雨漏りしていたようで水たまりができており、そこを中心に雑草や苔が広がっている。

 玄関から入って右手にノエルの部屋、その反対にイースの部屋、廊下を真っ直ぐ進むと居間がある。

 そんな間取りを思い出すだけで、かつての団欒を思い出すノエルだった。


 しかし、ノエルは居間の方から何かの気配を感じた。



「……誰かいるのか?」



 ノエルは念のためにと腰の魔導書に手を触れながら、恐る恐る居間のドアに手をかける。

 そして、ゆっくりとそれを開くと、ノエルの目に飛び込んできたのは……いや、()()はノエルの顔にめがけて確かに飛び込んできたのだった。



「うおっ!?」



 ノエルの鼻に、もふもふとした柔らかさが直に触れる。

 何より、乾いた獣の匂いが鼻を通ったのだった。

 ノエルは焦りながら、顔に飛び込んできた()()を両手で引き剥がす。



「……っぷはぁ! 何だ何だ、急に!」



 首を振って顔に付いた毛を払い、ノエルは自分が両手で掴んだ()()に目をやった。



「フシャー……!」


「…………猫?」



 それはどこをどう見ても、猫だった。

 真っ黒な体毛と、鼻元の白い毛が印象的な成猫で、その灰色の瞳はノエルの目をじっと見つめていた。

 しばらくノエルの手を振り解こうと必死に暴れたり引っ掻いたりしていたが、効かないと観念したのかやがて大人しくなる。



「なぜこんなところに猫が……?」



 そう言って黒猫を下ろしたノエルは、黒猫が駆けていく方へと目をやる。

 すると、そこにはその黒猫を含めて2匹の猫がいたのだった。

 近くの床には外に出られそうな小さな穴が掘られており、猫たちは居間にあるソファだったであろう布の近くで寝そべっていた。



「……まあ、そりゃ人気がなきゃ勝手に動物も住むか。だが……警戒心を剥き出しにされてちゃ仕方ない。この部屋の探索は一旦諦めるか」



 ノエルはそう言って部屋を出ると、そのまま自分の部屋へと向かった。



***



 部屋に入ると、目の前にはバラバラになった木製の安楽椅子と、大きな机がノエルの目に入ってきた。



「元々ガタがきていたし、時間が経てば壊れるのも当然か。お気に入りだったんだがなぁ……」



 ノエルが周りを見回すと、壁に本棚が置いてあるのを見つけた。

 その中には魔導書らしき本がいくつか置いてある。



「そういや魔導書はほとんど持っていってたけど、要らないと思った分だけ残してたんだっけ。まあ、湿気でほとんど読めなさそうだが」



 ノエルの言う通り、それらは湿気でボロボロになっており、表紙がかろうじて残っているだけだった。

 部屋の窓は壊れており、そこから雨風が入ったのだとノエルは分かった。

 少し肩を落としつつ、ノエルはしばらく部屋を調べていたが、あまり役に立ちそうなものは見つからなかったのだった。



「……特に気になるものもないし、イースの部屋にでも行くか」



***



 ノエルはイースの部屋の扉を開けた。

 先ほどのノエルの部屋と違って窓は壊れておらず、家具のほとんどは綺麗なままだったが、布団だけは虫食いされている。

 見えないフリをしつつ、ノエルはそのまま部屋を探索するのだった。



「あの頃のまま……だな。あの日のイースは家から出かけたままだったから、かなりしっかり戸締りをしていってたんだっけ。とはいえ、特に気になるものがあるわけでも…………ん?」



 棚やクローゼットの中を順番に確認していたノエルは、机の引き出しの中に見覚えのない綺麗な木の小箱と彫刻刀を見つける。

 木箱には小さな赤い宝石がいくつもはめ込まれており、それが周りの葉っぱの彫刻と合わせてヒイラギを表しているということにノエルは気づいた。

 箱の裏にはイースが自分の手で彫ったと思われるサインがあり、その横に『ノエルへ』と彫られていた。



「ヒイラギ…………アタシの誕生花じゃないか。どうしてこんなものが……?」



 そう言って、ノエルは箱を開けた。

 その次の瞬間、ノエルの目には、かつて彼女が枯れ果てたと思っていたはずの涙で溢れていたのだった。



「イース……イース…………。アタシは……お前の死を受け入れていたつもりだったのにな……」



 箱の中には、亜麻布に優しく包まれた、新品の黒い羽根ペンと手紙が入っていた。

 中に入っていた手紙には、小遣いを貯めてエストに羽根ペンを見繕ってもらったこと、頑張って自分で木箱を作って彫刻をしたこと、イースがノエルの誕生日に渡すつもりだったこと、そして何よりもノエルへの精一杯の感謝の気持ちが書かれていた──。



***



「あ、戻ってきましたわ──」


「あっ、ノエル様──」



 玄関から出てきたノエルの顔を見たサフィアとマリンは、一瞬でかける言葉を失った。

 ノエルはそのまま、ゆっくりと家の裏手に回っていく。

 サフィアとマリンがそれを追いかけて角を曲がった瞬間、2人は目の前の光景に悲痛を覚えた。



「イース……ごめん……。アタシが未熟だったばっかりに、お前の頑張りも無駄にしちまった……」



 ノエルは芝の上に木箱を置いて地面に膝をつき、2人がこれまで聞いたことのない辛そうな声で泣いていた。

 サフィアとマリンは黙ってノエルの後ろに回り、膝をついて墓標に手を合わせた。



「あれから18年もひとりぼっちにさせちまって、ごめんな……。でも、またしばらく会えなくなりそうだ……」



 そう言ってノエルは後ろを振り向いた。



「ほら、サフィーもマリンも、イースに自己紹介しな」


「はっ、はい!」


「では……前を失礼しますわね」



 2人はイースの墓標にそれぞれ挨拶をし、ノエルとの出会いやこれまであったことを報告するように話をするのだった。

 ノエルは手に持った木箱を握りしめ、イースに向けてずっと話を続けるのだった。



***



 次の日も、その次の日も、ノエルたちはこの場所に立ち寄り、イースの墓標に話を続けた。

 そして、メモラに来てから5日目。

 ノエルたちはここまであったことをほとんど話し終えた。

 イースを(おもんばか)って蘇生魔法という言葉は使わず、ノエルの目的のためにという体で話をした。



「ってわけで、アタシたちはこの場所に戻ってきたってわけだ」


「長くなりましたが、わたくしたちのお話はここまでですわ」


「イースさん、お付き合いありがとうございました!」



 その時だった。

 家の方からミシミシとひしめく音が響いてくる。



「あら、この音は一体……?」


「まるで木が折れ曲がっているような……って!?」


「くっ、数日前に入ってから次第に脆くなっていたか……!」



 ノエルはその瞬間、ハッとして2人に声をかける。



「2人とも、早く離れるんだ!」


「え、ええっ!? ノエルはどうしますの!?」


「いいから、早く!」


「ノエル様!?」



 そう言ったノエルは、2人を置いて家の中へと急いで入っていくのだった。



「アタシのせいで命を無駄に散らせてたまるかってんだ……!」



 ノエルは玄関を通り、廊下を渡って居間へと踏み込む。



「……いた!」



 そう思ったのも束の間、居間の天井がバキバキと音を立てる。

 そして数秒もしないうちに、ノエルの家は大きな音を立てて崩れてしまったのだった。



「ノエル!!」


「いっ、今助けに行きますから!!」



 そう言って2人が魔導書を構えたその時だった。

 バラバラになった瓦礫の下が動いた。



「ノエル様!」


「無事で…………えっ?」



 その瓦礫の下から出てきたのは、2匹の猫だった。

 ぷるぷると震えながらその2匹はマリンたちに近づいてくる。

 2人はそれぞれを優しく抱きかかえ、猫たちが出てきた方へと目をやる。



「まさか、ノエル様はこの猫たちを助けるために……?」


「無茶をするんですから……! サフィー、急いで助けますわよ!」


「うん、もちろん!」


「息を合わせますわよ! せーのっ!!」


「「蒼藍の咆哮アクアマリン・ロアーズ!!」」



 サフィアは水の塊を形成し、マリンが火の弾を撃ち込んでそれを加速させる。

 勢いよく発射された水の螺旋弾が崩れた家の屋根を弾き飛ばし、床らしきものが見えた。



「お姉ちゃん!」


「ええ、この子たちはサフィーに任せましたわ!」



 マリンは猫をサフィアに預け、1人でイースの墓の近くへと走る。

 奇跡的に瓦礫はイースの墓に掠ってもおらず、マリンは猫たちが出てきた辺りを見回す。



「ノエル! ノエル! 生きているのなら、返事のひとつくらいしなさいな!」



 しかし、返事は返ってこない。

 マリンは土魔法で手を強化して細々とした瓦礫を押しのける。

 すると、見慣れたカバンがマリンの目についた。



「……っ! ノエル!!」



 マリンはその辺りの瓦礫を次々と押しのけ、ようやくカバンの紐の根元に辿り着いた。

 そこには、倒れたノエルの姿があった。

 しかし、呼吸は確かにしており、身体には身体には傷ひとつ付いていない。



「これは……土魔法? あんな一瞬で張ったんですの……? 見たところ、外傷はありませんが、土魔法で衝撃を十分に防ぎきれなかったのかもしれませんわね……」


「お姉ちゃん! ノエル様は!?」


「無事のようです! ですが、今は気を失っているみたいですわ! 急いでメモラ城まで運びますわよ!」


「わ、分かった! 極力動かさないように、蒼の棺桶(アクア・ベッド)で運ぶわ!」


「よろしくお願いしますわ。では、猫ちゃんたちはわたくしが……って、この子たちはどうしましょう……?」


「う、うーん……」



 2匹の猫は、マリンの手の中でノエルの方をじっと見つめている。

 それに気づいたサフィアは、マリンにこう言った。



「その子たち、ノエル様のことが心配なのかも」


「でしたら……このままお城まで付いてきます?」



 マリンが猫たちに尋ねると、2匹ともその言葉を理解したかのように、にゃお、と呟くのだった。

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