103頁目.ノエルと愛称とルーティンと……
メモラ国王・ダイヤは先代国王の弟の一人息子、つまりは甥であり、10年前に即位した若者である。
彼の父親は農園を営んでいた一方で、過去には兄である先代国王の傍若無人さに不満を募らせ、密かに失脚を狙っていた人物であった。
魔女狩りから逃げていたノエルは、彼の父親に助けられ、ダイヤに様々なことを教える代わりにメモラ王家から匿ってもらっていたのだという。
こんな過去の経緯をノエルはダイヤへの説教の中で語り、サフィアとマリンは2人の関係性を少しずつ理解したのだった。
「と、とりあえず、あなた方のことはよーく分かりましたが……」
「ノエル様、そろそろ解放してあげて……? もうぐったりしてきてるし……」
「これくらい言い聞かせれば少しは懲りたろう。はぁ……仕方ない……」
そう言って、ノエルはサフィアたちのいる場所まで下がる。
ダイヤは深い溜息をついて、玉座に座るのだった。
「そういえばダイヤ。お前の両親は元気かい? 久しぶりに挨拶をしていきたいんだが」
「用を言う前にそれか!? まあ、父さんと母さんは相変わらず農園で畑仕事してるよ。帰るときにでも会いに行くといいさ」
「先ほど少しだけ耳にしましたが、国王様のお父様が先代国王ではありませんのね?」
「こいつの父親、『おらは農家だから政治なんてできねえ! だが、今から政治を勉強できる息子ならきっと国王になれる!』とか言って全部押し付けたのさ。この親あってこの子ありってやつだ」
「あぁ、それでオイラがこんな目に……じゃなくて、だ。聞いたよ、ノエル。大魔女? とかいう称号をもらったんだってな。それも、メモラの代表だなんてめでたいじゃないか!」
「素直に褒めてもらえて光栄だよ。で、ヴァスカル王から話は聞いてるか? アタシがメモラにいた頃に住んでいた家の周辺を封鎖して、保管してくれって話」
それを聞いたダイヤは首を捻り、しばらくして手をポンと叩いて言った。
「……あぁ! 聞いた聞いた! 特に誰も住んでなかったみたいだから、ちゃんと兵士たちに頼んで封鎖しておいたよ!」
「良かったですね、ノエル様! でも……今の間は何だったんだろ……」
「こいつ、記憶力はあっても思い出すのに少し時間がかかるのさ。そもそも頭自体は十分に良いのに、いつも行動がのろのろしてる。ゆえに鈍間な国王として親しみを持って付けられた愛称が『アホ王子』だ」
「父さんは国王じゃないから、オイラには『王子』なんて呼ばれるような血の繋がりなんてないんだけどなぁ……」
「即位した時のお前は16歳の子供だったから、子供の王様って意味合いが強かったんだと思うよ。そして、その時の印象で国民から一度でもそう呼ばれれば、その呼び名は一生お前に付き纏うものさ」
「それで……封鎖していることを確認するためだけにわざわざ謁見しに来たのか? それならわざわざオイラに聞かなくても確認できたと思うんだけど……」
その瞬間、ノエルは頭を下げて言った。
「お前に会いに来たのは他でもない。アタシたちの旅の拠点を用意して欲しいんだ!」
「旅の拠点……? 待て待て、話が見えてこないぞ? オイラはノエルが大魔女ってのになったことまでしか知らないからな?」
「お前にはアタシの野望は伝えていたろう? 10年前にここを出て行った時からそれは変わっていない。今はその野望のためにずっと旅をしてるのさ。そして昨日、アタシたちは新たな分岐点に立たされた」
「理解できるか分からないけど、一応聞いておこうか」
「こいつを見て欲しい」
ノエルはそう言って、首から下げた結晶体をダイヤに見せる。
「これが何かは言えないが、こいつをアタシたち3人で数年間守り続けなけりゃいけなくなった。そしてそのためには、休むために十分に安定した拠点が必要だって思ったわけだ」
「守り続ける……って、誰かに狙われているってことか? それなら、城の厳重な倉庫の中とかに保管してやってもいいけど」
「相手は魔導士だ。どれだけ厳重な倉庫でもこいつを守り切れるとは思えない。それに、国王間で話は聞いたことがあるだろう? その魔導士ってのは災司のことだ」
「災司……! それは流石に覚えてる。叔父さんがあの魔女狩りを起こす原因を作った連中だってね。って……そんな連中に追われてるのか!?」
「そいつらだけじゃない。下手したら、魔物の大群がこれを狙って襲ってくる可能性だってある。連中を束ねる存在は魔物の祖と自称する、正に悪魔と呼ぶべき恐るべき存在だったんだからな」
「魔物に悪魔……か。そして、それをどうにか掻い潜れるような拠点……。すまない、少しだけ考えさせてくれ……」
そう言ったダイヤは、王冠を頭から外して地面に置き、玉座から立ち上がる。
すると突然、ダイヤは身体を捻ったり腕を振り回し始めた。
「あ、あれは一体何ですの……?」
「あいつは身体を動かすのが好きでね。農作業前の柔軟体操をしている時が一番集中できるんだとさ」
「確かにあんなに頭を振るんじゃ、王冠は邪魔ですね……」
「あと5分くらいは続くだろうから、黙って待っておくとしよう」
ノエルの言う通り、ダイヤの運動は5分ほどで終わった。
ダイヤは王冠を手に取って、再び玉座に座る。
「……よし、決めた。3人の拠点は城下町の地下に用意しよう!」
「ん……? まさか、拠点の場所をずっと悩んでたのか!?」
「うん、そうだけど?」
「わたくしてっきり、拠点を作るかどうかを悩んでるものかと思っていましたわ……?」
「そんな! ノエルの頼みを断るわけないだろう!? さっきは急な訪問で取り乱したけど、ノエルへの恩義は一生忘れるつもりなんてないよ!」
「なるほど。確かにどこかズレてるけど、ノエル様の言った通りの良い人ってことね。それで、城下町の地下ってどんな場所なんですか?」
ノエルは答える。
「メモラの国民なら誰もが知っている場所だが、誰も好んで入ろうとしない奇妙な場所。下水道とかとはまた違った、隔離された謎の空間。人はその場所を『魔女の墓場』と呼んでいる」
「魔女の……墓場……」
「ノエル様、もしかしてそこって魔女狩りの……」
その瞬間、ノエルはハッとして両手を振った。
「あー、違う違う! 本当の意味で墓場ってわけじゃないよ。その場所自体は、魔女狩りが起こる前からそう呼ばれていたからね。夜な夜な魔女の亡霊の泣き声が聞こえるとかで、誰も近づかなくなっただけさ」
「むしろ、叔父さんが残した爪痕がそんな形で残っていたら、本当に封鎖して別の施設として利用するよ。魔女狩りなんて酷いこと、誰の思い出にも残っていて欲しくないからね」
「それで、どうしてそんな場所に拠点を作ろうと思ったんですの? いわゆる曰く付きの場所ですわよね?」
「曰く付きだからこそ、だ。誰も近づかない場所ならしばらくは拠点として使えるだろうし、必要とあらば城内から城の地下通路を経由して色々なものを用意できる。もちろん、城内からしか入れないから城の防衛は問題ない!」
「流石に地下だから強力な魔法の修行はできないが、住むための設備としては申し分ないものを用意できるってわけか。それに、地下なら多少は災司の目を掻い潜れる……よな?」
「悪魔が災司にしたように夢を経由して探し出す可能性はあり得ますが、地上で寝込みを襲われるよりは幾分かマシですわね。しっかり結界を張れば防衛線としても十分なものを作れるでしょうし」
それを聞いたダイヤは手を叩いて言った。
「そうだ、地上の地図と地下の地図を兵士たちに用意させよう。地上と干渉しない通路が分かれば、そこで魔法の修行をしたり防衛線を張ったりできるだろう? 我ながら良い案だと思うんだけど!」
「お、それは助かる! とはいえ、日の光を浴びずにずっと地下にいるわけにもいかないからな。魔法の修行をする時は念のために地上でさせてもらうよ。地図は防衛線張りに活用させてもらうとしよう」
「分かった。あ、それと、さっき魔物がどうとか言っていたよね? だったら、城下町付近の警備をしている兵士たちに魔物の動向を逐一報告するように頼んでおくよ!」
「ダイヤお前、本当にやればできる国王なんだがなぁ……。まあ、いい。それも非常に助かるよ! 魔物の動向が分かればいつ攻めてこられても準備ができる!」
「おぉ、それは何よりだ! 他に何か要望はあるかい? ノエルの頼みなら何でも聞く次第だからね」
「衣食住には困らなくなった。金銭面も問題なし。魔物の動向も探れる。そして、何かあればメモラ王家の手助けを受けられる。うん、十分だな。また何かあればその都度、お前に頼みに来るよ」
それを聞いたダイヤは嬉しそうに頷いて、玉座を立った。
そして、ノエルの前に来たかと思うと、ポケットから小さな木の板を取り出した。
「それじゃ、拠点の方は兵士たちに掃除させて、開放するように言っておくよ。そこの警備を担当している兵士にこれを見せれば通してくれるはずだ。封鎖しているノエルの家も、同じように警備している兵士がいるはずだよ」
「メモラ王家の割符か。久しぶりに見たな」
「ちゃんとノエルの言いつけに従って魔導士を雇って、複製不可能な魔法を割符にかけてある。万が一無くしても大丈夫らしいけど、色々面倒だし絶対に無くすんじゃないぞ?」
「よしよし、ちゃんと魔法がかかってるな。感謝するよ、ダイヤ」
「その割符があればノエルたち3人は城内にも好きに入れる……って、そういえばノエルの隣の2人。ノエルの連れってのは分かるけどどなただい?」
「確かに自己紹介をする暇がありませんでしたね」
「ですわね。では、サフィアからどうぞ」
そう言って、サフィアとマリンは改まってダイヤに頭を下げて言った。
「西の国、水の都・セプタ出身のサフィアと申します。ノエル様の弟子で、水魔法の使い手。西の国・セプタ担当の水の大魔女です」
「ふむふむ、なるほどなるほど…………えっ?」
「同じく西の国、水の都・セプタ出身のマリンと申しますわ。サフィー……じゃなくてサフィアの姉で、火魔法の使い手。北西の国・プリング担当の火の大魔女ですわ」
「ちょっと待ってくれ……? ノエルがメモラ担当の大魔女なのは知っていたけど、そこの2人も大魔女なのか!? こ、これは失礼した! 大変見苦しいところを見せてしまった……」
「自業自得だけどな。だから、いつ何時も国王たる身振りを忘れるなって言ったろう? アタシの前だからって気を抜いたのかもしれないが、自分の身分をしっかり理解しておけ」
「うっ、もしかしてまた説教が始まる雰囲気……!?」
そう言って、ダイヤとノエルたちは大笑いしながら謁見を終えるのだった。
その後、ノエルたちは割符を手に、ノエルがかつて住んでいたという森の中を目指すことにしたのだった。




