102頁目.ノエルとメモラと説教と……
ノエルの住んでいた家。
それは北の国・メモラにある彼女とイースが住んでいた家を指していた。
ノエルの提案に、サフィアとマリンは首を傾げる。
「ノエル様の住んでた家……?」
「一体どういった風の吹き回しですの? わたくしたちと出会って7年間、頑なに戻ろうとしなかったではありませんの」
「まあ、原点回帰……と言いたいところだが、イースの墓参りとメモラ王へ挨拶をしに、な。メモラ王は、アタシたちがこれから世話になる可能性がある人物だろうしね」
「今のメモラの国王様って、ノエル様が魔女狩りに追われていた時にお世話になった方ですよね。どんな方なんです?」
「んー、そうだな……。一言で言うと、アホだ」
「国王に向かってアホとは、いい度胸してますわねぇ……。念のため聞いておきますが、ちゃんとそんなことを言える間柄なのですわよね?」
「6年以上は世話になってたし、心は許してくれていると思うよ。あいつが国王になる手助けだってしたし、その恩義を忘れるような奴じゃないからね」
そう言ったノエルは、ルフールからもらった新しい財布から鉄道の切符代を払う。
ノエルたち3人はそのままノーリス経由メモラ行きの鉄道に乗り込むのだった。
***
列車の中でノエルはローブの中に手を入れ、首から提げている結晶体の硬い手応えを確かめる。
「ふぅ……。まだ1日も経っていないというのにハラハラするな……」
「わたくしたちもいるんですから、もう少し気を抜いても構いませんのよ? 変に疲れて、大事な時に戦えない方が怖いですもの」
「それはそうなんだが、未知の魔法でどう盗まれてもおかしくないだろう? まあ、地味に大きいから無くなったらすぐに気づくとは思うが……」
「紐で首から掛けてるんですから、大丈夫ですって。それに、念のためにって言ってわざわざ警報が鳴る魔具を付けたの、ノエル様ですよ?」
「ちゃんと保険をかけた以上はわたくしたちの力を借りるつもりで適度に気を抜きなさいな。世界を背負っているわけですし、保険のかけすぎとまでは言いませんから」
「言わずとも思っているって言ってるようなもんじゃないか。はぁ……分かったよ。こいつは3人で管理するって言ったしな。じゃ、遠慮なく休ませてもらうよ」
そう言ったノエルは、にわかにいびきを立てて寝始めるのだった。
それを見たサフィアとマリンは驚き、お互いの顔を見合わせて小さく溜息をつくのだった。
「全く……。どれだけ気を張っていたのやら……」
「あたしたちも……しっかりしなきゃね」
「そうですわね。言ってしまえば魔女なんて、魔法が使えるだけのただの人間。互いに協力し合わねば生きていけませんもの……」
マリンはノエルに優しく毛布をかけ、外を眺める。
次第に近づいてくる機械の音に耳を澄ませ、サフィアとマリンは結晶体をただ見守るのだった。
***
それからしばらくして、列車はノーリスを経由して北の国・メモラへと走っていた。
「んん……」
「あ、起きました?」
「今、どの辺だ……?」
「もうそろそろ到着ですわ。ほら、窓の外をご覧なさいな」
ノエルが目を擦って外を見ると、目の前には緑溢れる大自然が広がっていた。
これまでとは打って変わって、鳥の鳴き声や木々のざわめきが耳に入ってくる。
「ここがメモラ……。本当に自然がいっぱいの場所なんですね」
「あぁ、やっぱり自然の魔力がどこよりも豊かだな。魔力感知してみたらよく分かると思うよ」
「ホントだ……! 水の魔力に光の魔力……土の魔力も風の魔力も、何でもはっきりと感じ取れます!」
目を瞑っていたマリンは、首を傾げながら言った。
「当然ですが、火の魔力や闇の魔力はあまり感じませんわねぇ。あなた、どうやってこんな場所で闇魔法なんて修行できたんですの? 魔力量が豊富だからこの国で修行することにしたんですわよね?」
「火の魔力は火を起こせば勝手に寄ってくるから、場所はあまり関係ない。だが闇の魔力は……まあ、そこは追々話すよ。何にせよ、魔力に満ちているということは体内魔力の回復が早いんだ。それぞれの魔力量はあまり気にしないでくれ」
「なるほど、体内魔力の回復が早いとなれば修行には持ってこいですわね。まあ、わたくしの場合は火の魔力が豊富な火山地帯のある、プリングがちょうど良かったということになりますが」
「じゃあ、あたしは……水のベールがあるからセプタ? それとも雪がたくさんあるからヘルフス?」
「確かに雪は水の魔力が集まりやすいんだが、魔力……つまりは精霊にだって役割ってものがある。雪山の雪を絶やさないために雪を降らせたり、気温を変えたりな。魔力が豊富だからって精霊が忙しければ、魔女に協力してくれる保証はないのさ」
「やけに詳しいですわね? ネーベに聞いたんですの?」
「あぁ、精霊について尋ねた時に少しな。たまに魔法がうまく使えない時があるだろう? 実はあれって、精霊が言うことを聞いてくれていないらしいぞ。体内の魔力をもっと消費すればいいだけの話ではあるんだけどね」
サフィアとマリンは驚く。
そしてノエルは続けた。
「ま、結局のところ魔法ってのは精霊と魔女との協力関係で成り立ってるってことだな。ファーリが精霊と仲良くなれたのも、メモラの豊富な魔力の中で彼女と仲良くなれる精霊が見つかったおかげかもしれないねぇ」
「そういえばファーリってメモラ出身だったんでしたね。ってことは、あの悪魔も元はメモラの精霊だったとか? 元っていうのがあるかは分かりませんけど」
「確かに……。真の精霊だなんて名乗ってはいましたが、要は力を持った悪い精霊ですわよね。魔力が豊富なこの国で、変異体のようなものが生まれたとしても全くおかしな話ではありませんわ」
「変異か……。それこそ未知の領域だな。まあ、しばらくは災司に追われるわけだし、いつかその真相も明らかになるかもしれないね」
そんなことを話しているうちに、列車は速度を落として駅のホームに着いた。
ノエルたちは荷物を持ってメモラへと降り立つのであった。
***
駅は森を抜けた先にある草原に位置しており、城下町からは少し離れている。
ノエルは周りを見回して、自分たちがメモラのどの辺りにいるのかを確認した。
「なんだ、城下町まで直通かと思ってたのに。まさか城門すら見えない距離で降ろされるとは……」
「あ、地図がありますよ!」
「ええと…………って、あら? 何ですの、この二重の波線は」
「地図に描かれた二重の波線は省略の意味を……って、はぁ!? ここ、城下町の郊外ですらないじゃないか!?」
「およそ30分歩けば城下町の門が見えてくるらしいですわ……。恐るべし田舎、ですわね……」
「はぁ……。確かに南門の南には、川やら畑やら家やら色々とあったな。それを壊さないようにってわけか。だったらせめて馬車くらい……って、車両が速く走れるほど道路も整備されてないんだったか……」
ノエルたちは観念し、地図の通り北へトボトボと歩き始めるのだった。
***
それから30分ほどが経過した頃。
ノエルたちは門が見える距離まで近づいた。
「ようやく見えてきたな。はぁ……メモラ城が南門から近いのが唯一の救いか……」
「ノエル様の家はどの辺りにあるんですか?」
「西門のさらに西にある森の中さ。まあ、あの家がアタシの願い通り封鎖されているのなら、どちらにしてもメモラ王に会っていかないといけないわけだが」
「ノエルがいるとはいえ、失言などしないようにしっかりしませんとね……。うっかりノエルの空気に巻き込まれなんてしたら、どう無礼になるか分かりませんもの」
「大丈夫だとは思うが、変な国王になってたりでもしたら何があるか分からないからなぁ……。アタシもそれなりに気をつけるよ」
そう言って、ノエルたちは南門を潜り、メモラ城へと向かうのだった。
***
ノエルは城門前の兵士に言付け、マリンたちを連れて謁見の間へと向かった。
そして、メモラ王が来るのを跪いて待っていると、外からおどけた声が聞こえてきた。
「はぁ!? ノエルが帰ってきただって!? そんな冗談を吐いてまでオイラに謁見させようってのか!?」
その大きな声をなだめる兵士の声が聞こえると同時に、ノエルは大きな溜息をついた。
そして、入り口から王冠を被った顔が見えた瞬間、サフィアとマリンは自分の隣にいる凄まじい形相を目にした。
「仕方ない、ちょっとだけだからな! 今日は一体誰が…………ひぇえっ!?」
「……おい、久々に顔を見にきてやったのにその為体はどういうことだ?」
「ノ、ノエル……!? 本当に帰ってきてたのか! い、いや、これは……その……」
「言い訳無用だ!」
「ひぃぃぃっ!!」
「誰が何のためにお前に勉強を教え、ない袖を振ってまで国王にしたと思っている! 国王になりたいって言ったのはお前なんだから、国王になった以上はしっかりと責任を持って仕事をしろ!」
ノエルは立ち上がり、メモラ王の前へとずかずか登っていく。
兵士たちは誰もノエルを止めず、もはやメモラ王をノエルの前に引っ張り出す始末だった。
「わ、分かった分かった! 今日はちゃんと仕事するから! ほら、ノエルもどうどう……」
「は……? 今日は? お前さては、いつも仕事をさぼってるな!?」
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさい!!」
「その謝る癖もどうにかしろ! 全く……そんなだからアホ王子とか呼ばれるんだぞ?」
「うっ……。面目ないです……」
「それはそれとして、アタシの帰還を冗談だと言った件について、ゆっくり話を聞かせてもらおうか……?」
「あっ……いや、ちょっ……許して! 許してください! お願いだから、魔導書を取り出さないで!?」
「おい、待て逃げるな! 絶対に逃がさんぞ、ダイヤ!!」
現メモラ王・ダイヤはノエルにすぐさま捕まり、玉座の前で正座をさせられながらノエルに説教を食らうことになった。
ノエルの説教は、それから1時間以上続くのだった。
その様子を、サフィアとマリンは口をぽっかりと開けたまま見ていることしかできなかったのであった。




