101頁目.ノエルと決意とこれからと……
その日の夜。
ノエルたち8人は、ノエルが泊まっている客間に集まっていた。
彼女たちは、ノエルとその手の上に浮かんでいる結晶体をただじっと見つめているのだった。
ノエルは溜息をつく。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
「こればかりは仕方ありませんわ。わたくしたちがあの悪魔を止められたとしても、あの部屋の結界が破られるのは時間の問題でしたもの」
「それはそうなんだがなぁ……。この件が終わったら蘇生魔法に着手して、アタシの悲願の達成にようやく近づけると思っていたのに……」
「じゃが、そんなことをしている場合ではなくなったのう? 恐らく、これからそのファーリの心臓を狙った連中が次々とやってくるじゃろう。しかも特殊魔法が効かないとなると、安全な場所を作ることも難しかろうて」
「それを持ち歩いているってだけで、一瞬でも気を抜けなくなっちゃうってことっスか? 寝ることすらままならないのはキツいっスねぇ……。少なくとも1人でどうこうできる問題じゃないのは確かっス」
「ヴァスカル王はそれを見越してあたしたちに頼んだんでしょ? まさかあたしたち3人に全部丸投げしようなんて、そんなこと考えてる人はいないわよね?」
サフィアがそう言って周りを見回すと、数人が目を伏せる。
「……ルフールさん? まさか空間魔法が通じないからって、この件から手を引こうとか考えてました?」
「い、いやいや、ワタシも支援くらいはするさ。まあ、自分の魔法が通じない相手と戦うのは嫌だから、ファーリの心臓の管理は任せようと思っていたけど……」
「なるほどなるほど、そういうことでしたか。じゃあ、ルカさん。あなたの言い分も聞かせてもらおうかしら」
「ボクは今日の一件で、自分の魔女としての弱さを突きつけられました。協力したいのは山々なのですが、ボクが足を引っ張ってしまうかもと思ってしまって……」
「なるほどね……。じゃあ最後。ロヴィアさん」
「私は工房の仕事もあるし、少なくともあんたたちの旅には同行できない。だから丸投げっていうか任せたいって思っただけよ。でも、半分くらいはルカと同じ理由かしらね……」
3人それぞれの思いを聞いて、ノエルは考え込む。
そしてしばらく悩んだ末、ノエルは頷いてこう言った。
「……分かった。このファーリの心臓はアタシたち3人が責任を持って預かる」
「蘇生魔法に集中できなくなっても、ですの?」
「それについては十分悩んださ。だが、忘れちゃいけない。アタシたちは悠久の時を生きる魔女だ。その時間を活用しない手はないだろう?」
「どういうことっスか?」
「アタシはこれから数年間、このファーリの心臓を守ることに徹する。もちろん蘇生魔法もお預けだ。いくらイースを復活できたとしても、そこが呪いに染まった世界になってちゃ意味がないからな」
「数年間かぁ……。でもその数年間、あたしたち以外はどうするんですか? 災司をどうにかしてから、蘇生魔法に着手するってことですよね?」
サフィアの言葉に他の6人も頷く。
すると、ノエルは結晶体を机の上に置き直して言った。
「まず、お前たちには来たるべき時まで各々で修行をしておいて欲しい。もちろん、自分のやるべきことが優先だ。その間はアタシたち3人がこの心臓を守る。そして、その時が来たら災司と悪魔をアタシたちの手で倒すんだ!」
「ボクたちに時間をくれる、ということですね。そういうことでしたら、失礼ながら遠慮なく修行させていただきます」
「基本属性の連中はそれでいいかもしれないが、ワタシやクロネ、エストはどうするんだ? 特殊魔法が効かない以上は修行しても無駄だろう?」
「勘違いしちゃいけない。特殊魔法が効かないのは真の精霊である悪魔と、災司が使う呪いだけだ。災司そのものには効くんだから、修行が無駄になるなんて思わないでくれ。それに、3人にはちゃんと仕事がある」
「仕事じゃと?」
「あぁ、災司への対処や蘇生魔法にとってとても大事な仕事だ。まずはクロネさんから仕事を与えるよ。あんたはヴァスカル王に魔法の指導をしてやって欲しい」
少しの沈黙のあと、クロネはすっとんきょうな声を上げる。
「は、はぁ!? なぜそこでヴァスカル王が出てくるんじゃ!?」
「今のアタシたちに足りないのは、魔法の知識や技量だけじゃない。一番足りないのは魔力そのもの。そして、その魔力が足りない理由の大半は、研究や戦闘で魔力を消費し、それを回復するための時間が必要だからだ」
「魔力を回復するためにヴァスカル王……。お前、まさかとは思うが……」
「あぁ、ヴァスカル王が保有している膨大な魔力を活用しない手はない。あの魔力を誰かに受け渡せるような魔法をヴァスカル王自身が使えれば、それこそ百人力だろう? 魔女ですら魔力が足りないと言われた原初魔法だって夢じゃない!」
「さては、禁書庫とファーリの資料庫の魔法を使う気満々じゃな?」
「そりゃもちろん。なんせ相手は普通の魔法じゃ太刀打ちできない悪魔だぞ? それこそあるものを活用しない手はないじゃないか」
その言葉を聞いたクロネは、少し考える。
すると、クロネは突然笑い始めた。
「はっはっはっ! 面白いではないか! そういうことであればワシも協力は惜しまんわ! 学園長としての立場が危うくならんか心配になったが、原初魔法が使えるとなれば話は別じゃからな!」
「何を悩んだかと思えば……。やっぱりクロネさんも原初魔法使いたかったんだな」
「そりゃそうじゃろう。原初魔法は魔女にとって魔法の極致。ワシの知らぬ魔法が使えるのであれば、人生をかけても構わんよ」
「クロネさんの役目は以上だ。他は好きに行動してくれ。じゃあ、次はルフール! あんたは防護結界以外の結界を極めてくれ。災司の連中には効かないが、アタシたちを直接強化してくれる結界であれば絶対に役に立つはずだからな」
「おお、よくワタシが防護結界しか鍛える気がないと分かったな?」
「今回の一件で防護結界が連中に破られたのが悔しかったんだろ。あんたが誰よりもプライドが高いことをアタシは知ってる。弟子だからな。だからこそ、防護結界以外でもアタシたちに力を貸して欲しいんだ」
先ほどのクロネのようにルフールも少し悩んだが、数秒くらいでノエルにこう言った。
「……ちゃんと頼まれたんなら仕方ない。だが、防護結界にも力は入れさせてもらうからな。ワタシは必ず誰にも破られない防護結界を作ってみせる」
「防護結界以外でも破られない結界を作ることは大事なことだから、ぜひとも研究に没頭してくれ。ってことで頼んだよ、ルフール。それじゃ、最後はエスト」
「まあアチキは修行中の身っスし、3人の旅について行くのでも何か役目を与えてもらっても全然構わないっスよ。何でもするっスから。んで、仕事は何スか?」
「お前だけ少し特別な仕事を与えよう。エストには蘇生魔法の研究の準備を進めて欲しい。もちろん修行をしてもらいつつ、だけどね」
「具体的には何をすればいいんスか? そもそもどういう魔法にするかによって、準備の仕方も変わると思うんスけど」
「だったら、どういう魔法でも作れるような魔術工房を用意してくれるのが一番ありがたいねぇ。それを作る場所も確保しなきゃいけないから、大魔女特権を使うことになるとは思うけど」
エストもその他の6人もノエルの言葉に唖然としている。
エストは恐る恐る言葉を返す。
「ま、まさかとは思うっスけど、アカデミーくらい大きな工房を作れって言ってるっスか? しかもアチキ1人で??」
「何でもするって言ったから、それくらいはやれる気概があるのかなと」
「確かにそれくらいの気概はあっても、実行できるかは別問題っスよ!? そんな工房、そもそも大きすぎて蘇生魔法なんて作ってたら何が起こるか分からないっスし!」
「半分冗談だ」
「半分は本気なんスね……」
「できる限りの規模でいいんだ。そもそも蘇生魔法なんて原初魔法並みの術式を発動しようとしている時点で、それなりに広い場所は必要になってくる。場所取りも兼ねて準備を進めてくれるととても助かるよ」
それを聞いてノエル以外の7人は胸を撫で下ろした。
エストも安心してノエルに言った。
「そういうことなら全然問題ないっス。ありとあらゆる手を尽くしてノエルの悲願を叶えるための手伝いをしてあげるっスよ。蘇生魔法以外にも色んな魔法を研究できるような場所があれば、これからの魔導士たちも助かると思うっスし」
「じゃあ、頼んだよ。これで全員やることができたな」
「では、これで心置きなく解散できますわね。ノエル、次はいつ集会を開きましょうか?」
「んー、はっきりとこの時までっていうのは断言できないから、半年に1度くらい集まるようにしようか。場所はヴァスカル城の円卓。ちょうど今日から数えて半年後に集まろう。絶対に忘れるんじゃないぞ?」
すると、クロネが胸を叩いて自身ありげにノエルに言った。
「ワシがヴァスカル王に言付けておくから、ちゃんと場所さえ分かれば手紙を送るようにするわい。仮にも国王が任命した大魔女の集会じゃ。その辺りはしっかりせねばな」
「おっ、助かるよクロネ。ワタシはどうもそういった約束ごとは忘れてしまいがちだからねぇ。特に修行に明け暮れている間なんて、明日のことすら考えられないくらい集中するもんだから」
「……クロネさん、絶対に抜かりなく頼んだ。それも、1ヶ月前とかじゃなくて数日前に言ってあげないと、このダメ魔女は手紙の存在すら忘れるだろうからな」
「うむ、今ので必ずそうすると決意した」
「それじゃ、今日は疲れただろう? この心臓はアタシがしっかり身に付けて行動するようにするから、お前たちも変に心配せずゆっくり休んでくれ。そして明日、今回の集会は解散だ」
「では、ボクはお先に失礼しますね。明日は大魔女8人の新たな門出の日。寝坊するわけにはいきませんから!」
クロネたちもルカの言葉に頷いて、それぞれ自分の部屋へと戻って行ったのだった。
***
次の日。
ヴァスカル王の主催の元、ノエルたち8人は集会の解散式を執り行った。
その時、ノエルたちは尋問した災司から得られた今回の事件のあらましを聞いたのだった。
ジェニーたちは災司の中でも真の精霊の存在を崇拝する信者であり、災司となる以前の過去は一切覚えていない、とガジョウが話したという。
そして、事件の流れやそれぞれの行動意図などはほぼノエルたちが推測した通りであり、ジェニーが成り代わっていた少女は1ヶ月ほど前にこの国で亡くなった少女の顔と一致したと報告が上がったそうだ。
その少女は災司とは無関係の事故で亡くなったそうだが、その遺体の所在が分からなくなっていたという。
当のジェニーは呪いによる火傷が酷かったためマリンが呪いの治療を施したが、既に心神喪失状態となっていたため未だに治療を受けている。
ヴァスカル王から続報があれば伝えると言われたノエルたちは、災司と真の精霊と名乗る悪魔に立ち向かうべく、決意を新たに固めるのだった。
そしてそれぞれ別れを告げたあと、他の大魔女たちに見送られてノエルたち3人は先に出発した。
その行き先は──
「じゃあ、アタシの住んでた家に戻ろうか」




