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100頁目.ノエルと直系と続きの話と……

 透明な結晶体がノエルの手の上でゆっくりと回っている。

 その中には、人間の心臓と思われる真紅の物体が固まっていた。

 ノエルはヴァスカル王に話を続ける。



「これがただのファーリの家にあった魔具や魔導書であったなら、災司(ファリス)に狙われるのもおかしな話ではない。だが! これがファーリの心臓ってなると話は変わってくる!」


「ワシも不思議じゃった。なぜファーリの遺産がファーリの復活……もとい、大厄災の再演などに必要なのかとな。何かの作戦に必要なのであれば、そこのジェニーのように命を賭す理由もなかったはず」


「そう。そして誰も知らない者(アンノウン)、曰く真の精霊までもがワタシたちの前に姿を現した。つまり、それは大厄災を引き起こすに足る遺産ってことになるんだ」


「そっか、分かりましたよノエル様! ファーリの心臓に入っているのはファーリの血液! この世のどんな魔女よりも純粋な魔力の塊ってことね! って、どうしてそんなものが?」



 ノエルたちは無言で立ち尽くすヴァスカル王を見下ろす。

 すると、ヴァスカル王は口を開いた。



「……それを説明するにはこの国、ヴァスカルの成り立ちから話さねばならぬ。ヴァスカルはファーリの3人の子供たちが魔法の素晴らしさを伝えるために作り上げた魔法国家だ。それは原初の大厄災が起こる90年も前のことだった」


「そうじゃな。そして、ヴァスカルにはファーリの直系たる長男または長女が務めることとなった。ワシの祖母はその頃に生まれ、ファーリの3番目の子供の、さらにその次女じゃったそうじゃ」


「アタシたちは直系の連中からすると、分家も分家ってわけだ」


「わたくしたちのおばあさまは、初代ヴァスカル王の三女の家系だと言っていましたわ。ノエルやクロネさんたちよりは直系に近いのでしょうが、だからといって家柄に差があるわけでもありませんわね?」



 ノエルとクロネはやや悔しそうにマリンとサフィアの方を見る。

 ノエルは少し羨ましく思ってしまった自分に気づき、ハッとしてマリンに反論する。



「へ、変に張り合ってくるんじゃない。それに家柄に差はないと言うが、お前たちのおばあさまは神器を作る技術を持っていたおかげで裕福だったろう。それが直系に近い恩恵だったらどうするんだ」


「これは我が王家の者しか知らぬことなのだが、ファーリの直系の者ほど魔力が濃いというのは真実だ。だが、それは魔力を扱う技量とは別の話。余も濃い魔力を持つ身ではあれど、王族としての稽古ばかりで魔法はほとんど使えぬ」


「魔力が濃い。つまりは魔力量が多いこと。それが魔導士にとって全てではないって、ノエル様よく言ってました。特に魔女は魔力量を鍛えられますし。国王様は、おばあさまは努力して技術を身に付けたって言いたいんですね」


「うっ、そうだったな……。悪い、話が逸れてしまった。確かヴァスカルが魔法の素晴らしさを伝えるために作られた、だったか。最近までその役割が果たせてたかはさておき、続きを聞かせてもらおうか」


「ははは、確かにそれは耳が痛い話だ。しかし、それも全て大厄災による魔法の衰退の影響。余を始めとする王族のみではどうしようもなかったその時、クロネがアカデミーを提案してくれたのだ」


「じゃが、それ以前に国王はヴァスカルのためにしっかり働いておるぞ。大厄災後にヴァスカルが他国によって危険視された時、国王が誰よりも魔法の素晴らしさを各国に説き続けたんじゃからな」



 ヴァスカル王は恥ずかしそうにひとつ咳払いをする。

 ノエルは申し訳なさそうに言った。



「あー……さっきのは失言だった。すまないね。大厄災の実害はなかったにしても、ヴァスカルこそ大厄災の影響を一番受けた国だってこと、すっかり忘れていたよ」


「良い。そう言われても何もできなかった、余の至らなさゆえの発言であろう。さて……話を戻そう。ファーリの心臓がどうしてこんなところにあるかという問いに対して、なぜヴァスカルの成り立ちについて説明したのか、それを話そう」


「ヴァスカルはファーリの直系に近い人々が守ってきた魔法国家だった。それはこの国に住む人なら誰しも知っていることだ。つまり、アタシたちが知らなかった『直系に近いほど魔力が濃い』ということと何か関係が?」


「ご明察の通り。ファーリの直系の者が代々ヴァスカルの王を務めてきた理由。それは家系としての世襲などとは、一切関係のない話なのだ」



 ノエルたちは黙ってヴァスカル王の話に耳を傾けている。



「余も然り、歴代のヴァスカル王はファーリが生み出した魔法を禁書庫とその最奥、ファーリの資料庫の中で代々保管してきた。そして、禁書庫に入るための扉の鍵を開閉することができるのは多量の魔力を持つ者、つまり国王のみなのだ」


「だが、禁書庫は許された者なら誰でも入れるはずだろう? 国王が鍵を持っていたとしても許可さえ貰えば自由に出入りできるのなら、直系だとかそんなことは関係ないんじゃないのか? それに、今回も鍵は閉まってなかったじゃないか」


「禁書庫の扉とはここを作った魔女の結界のこと。この場所は結界によって常に鍵がかかっている。そして、余が入場の許可をした時点で鍵の譲渡が済んでいるのだ。つまり、余は禁書庫の鍵の管理者ということになる」


「国王に代々伝わる禁書庫の鍵、か……。その正体が連中にバレていたらもっと大事になっていただろうな……。って、ん? それだったら、どうしてこいつら2人は禁書庫の中に入れたんだ?」


「恐らく、真の精霊の呪いの力じゃろう。アレにはあらゆる特殊魔法が一切効かん。ここを作った魔女は空間魔法で結界を編んだと聞く。扉を無視して通れても何らおかしくはないじゃろうな」


「なるほどな。確かにそれなら納得だ。とはいえ、多量の魔力を持つことが鍵となるのであれば、アタシたちでも鍵を貰わずして入れるんじゃないのか?」



 その瞬間、ヴァスカル王は驚き固まり、そして笑い始めた。



「ははは、もしや直系の者の魔力量を見くびっているな? 魔力量だけを比較して今の余を超える魔導士はこの世にはいないだろう」


「なっ!? アタシは40年以上、魔法の修行を積んで魔力量を鍛えてきてるんだぞ? それなのにあんたには及んでもいないだって? 流石にそれは嘘だろう?」


「そして、80年以上魔法を修行しておるワシですら、国王の魔力量には敵わんと、国王はそう言いたいんじゃな?」


「そう、それこそがヴァスカル王の真実だ。魔女が鍛えられる魔力量にも限界というものがあり、そしてその限界の値すらも余の魔力にはほど遠い。なぜなら、我らヴァスカル王は最もファーリの魔力を遺伝された存在。あなた方の100倍は魔力を有しているのだから」


「ひゃっ、100倍!? じゃ、じゃあ……もしヴァスカル王が連中の手に落ちたりなんてしたら、この心臓みたいに魔力の塊として利用されてしまう可能性が?」


「うむ、十分にあり得る話だろう。だが、その心臓と同様に、というのは違う。確かに余の心臓は膨大な魔力の源である。しかし、そのファーリの心臓は魔力の源などではない。むしろその逆、()()()()()呪いの源なのだ」



 それを聞いたノエルたちは驚き、心臓の入った結晶体から少し身体を遠ざける。



「その結界の中であれば心配はいらぬ。……余は、それがファーリの生んだ呪いの源であることを知っていた。ゆえに、災司(ファリス)に狙われることも重々承知していた。にも関わらず、何もできぬままこの場所に封じていたのだ」


「連中が突破できる可能性を危惧したからこそ、アタシたちを大魔女として呼びつけて守ろうとしたってわけだ。だが、一番の謎がまだ残っているぞ」


「あぁ、答えねばなるまい。なぜ、そのファーリの心臓が未だこの世にあり、長い間資料庫の奥に封印されていたのかを……」



***



 ファーリの3人の子供たちがまとめた著書『原初の魔女・ファーリの物語』には著者であるヴァスカル王家の者以外、誰も知らない続きがある。


 40年ほど前に起きた原初の大厄災は、ファーリがファーリの子孫によってとどめを刺されたことで終結した。

 それは、ここにいるクロネたちも見知った事実であり、それに間違いはない。

 しかし、呪いの権化となったファーリは化け物の形をした呪いの塊に飲み込まれ、その巨体は焼いても切っても消失しなかったのだ。

 そして、その遺体はヴァスカル王家によって回収され、地下深くにあるこの禁書庫に保管された。


 では、ファーリの遺体はどのように処理されたのか?

 これについては多少の見当が付くだろう。

 そう、光魔法だ。


 当時のヴァスカル王、余の祖母は光魔法の使い手であった。

 ゆえに、光魔法によって呪いで構築された巨体を祓うことで、ようやく彼女の亡骸を回収することができたのだった。


 その後、彼女を王家の者のみで火葬しようとしたのだが、そこで大きな問題が発生した。

 彼女の遺体も呪いのように、()()()()()()()のだ。

 急遽、祖母は光魔法でその遺体を祓った。

 すると、その身体は次第に光へと変わり、そこに残ったのは遺骨と──



***



「その心臓だった」



 その一言に、ノエルたちは戦慄した。



「ファーリの身体も呪いに侵されて、呪いとほぼ同一のものになっていた。だから光魔法で祓えた。そこまでは理解できる。だが、なぜ心臓だけが残ったんだ……?」


「祖母が言うには、大厄災の呪いはファーリ自身が生み出した全く新しい魔力なのだそうだ。そしてそれは、自然の魔力ではなく彼女の血の中の魔力が変化したものだった。つまり、その心臓こそが呪いの源であり、彼女を化け物にした原因なのだ」


「……話を続けてくれ」


「うむ。祓ったあとに残った心臓は無論、その脈動を止めていた。しかし、そこから得体の知れない魔力を感じた祖母は、先代王である父親を呼び、土魔法の結界で厳重に封をしたのだ」


「そうか、彼女自身の光魔法で祓えなかったってことは、それを完全に消失させる手段がなかったってことだ。だから、こうして何重にも結界を張って、こんな場所に保管していたってわけか」


「その通り。これこそがこのヴァスカル王家が代々語り継ぎ、誰にも明かして来なかったファーリの物語の続きだ。そして、これを今あなた方に明かしたのには明確な理由がある」



 ヴァスカル王は右膝を地面に付け、左膝も同様にし始めた。

 ノエルたちは動揺してそれを止めようとするが、ヴァスカル王はそのまま両手を地面に付き、頭を床に叩きつけてこう言った。



「頼む! 余を、ヴァスカルを、そして世界を助けてはくれまいか!」


「世界を……助ける……?」


災司(ファリス)は、真の精霊とやらは、恐らくファーリの遺産を諦めてはいないだろう。無限の呪いの源など、大厄災を起こすためにあるようなものだ。だが、禁書庫とこの場所の結界が突破された以上、もうこの国でそれを守る手段はない!」


「ま、待て待て……! じゃあ、もしかしてヴァスカル王、あんたは……!」


「ここにいる大魔女たる8人、代表してノエルにヴァスカル王が命じる! 呪いの源であるファーリの遺産、『ファーリの心臓』をここに与える! そして、それを災司(ファリス)の手から守り続け、大厄災からこの世界を守るのだ!」

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