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99頁目.ノエルと野望と真実と……

『真の精霊』。

 そう名乗った黒い存在は、ノエルたちを見下ろしていた。

 ノエルたちは魔導書を構えようとするが、姿勢を崩して膝をついてしまう。



「ノエル様、身体がうまく動きません……!」


「あ、あいつの魔法か……。魔力が吸われていく……」


「くっ、厄介な魔法ですわね……」


「ファーリの子らよ。真の精霊たる我々を、魔物の原点たる我々を畏れよ」



 ノエルは耳に残った言葉を反芻(はんすう)する。



「真の精霊……魔物の原点……。なるほど、このアタシでも理解が追いつかないな……。だが……」



 よろよろと立ち上がったノエルは声を張り、真の精霊に尋ねた。



「言葉が通じるのであれば、いくつか聞いても構わないか! 話しかけてきたってことは、こっちと話す意思はあるってことだろう!」


「……聞こう」


「お前の……いや、お前たちの目的は何なんだ? そして、災司(ファリス)誰も知らない者(アンノウン)との関係性は?」


災司(ファリス)は我々の臣下である。大厄()()る者、そう名付けたのは(まさ)しく我々である」


「つまり、あなた方がわたくしたちの呼ぶところの、誰も知らない者(アンノウン)だったということですわね……。ですが、まさかこんな禍々しい力がまだ他にもあるなんて……」


(いな)。我々は『多』であり『個』である。魔力たる精霊と同列の存在とは思うなかれ」


「今そこにいる真の精霊ってのが、『我々』っていう存在そのものってことっスかね。複数の精霊が固まってできた個体としての『我々』……。よく分からない存在っスねぇ……」



 真の精霊は手に持ったファーリの遺産を見て、こう言った。



「ノエル、お前は問うたな? 我々の目的を。(しか)れば、今ここで明かそう」


「ど、どうしてアタシの名前を……」


「我々はファーリを作り、ファーリを育て、ファーリを滅ぼし存在。即ち、ファーリの子らを知らぬわけもあるまい」


「なんだって……!?」



 ノエルたちは驚きを隠せない様子を見せる。

 一度深呼吸をし、ノエルは再び真の精霊に向き合う。



「……理解が追いつかないどころか、理解が及ばない話になってきたな。それで、お前たちの目的を教えてくれるんだったな?」


「然り。我々はファーリの復活を……否、大厄災の再演を望む者なり」


災司(ファリス)が言っていたことと同じだな。なるほど、確かにそれが目的ということで間違いはなさそうだ。それで? お前たちの目的は聞いた。だが、その目的に何の意味がある? なぜ、お前たちは大厄災の再演を望む?」


「答えよう。我々は魔物の原点であり、頂点である。しかし、精霊たる我々は何にも捉えられぬ存在であった。ゆえに、我々は我々とは異なる魔物の統率者を求めんとした」


「それで産まれたのがファーリだってのか? 人間の子供を、どうやって精霊であるはずのお前たちが産める?」


「否。我々はファーリを作ったが、産みしは人である。我々は魔力を以て魔物を統括する人間を作るべく、ある赤子に魔物の力たる魔力を注いだ。それ即ちファーリである」



 サフィアはファーリの伝承を思い出し、こう言った。



「でも、ファーリって精霊さんと話して魔法を使えるようになって、魔導士っていう存在を世に広めた凄い魔女でしょ? 魔物を統括したなんて話、聞いたこともないわ?」


「然り。ファーリは人間の世界に適応し、我々の思惑通りに動くことはなかった。ゆえに、我々はファーリに試練を与え、魔の道を歩ませようと試みた」


「試練……。ファーリの人生が大きく変わったのは、18歳の時に起きた家の火事。あれがお前たちの仕業だって言いたいのか?」


「否。我々は火の精霊を使ったに過ぎぬ」


「同じだ! お前ら、どれだけ非道なことを……! そのせいでファーリは家族に見捨てられ、絶望の淵に追いやられたんだぞ!」


「然り。だがファーリは絶望の淵に立っても魔には落ちず。ファーリは人間の持つ『愛』などという不要な力によって、魔の道を踏むことはなかった」



 ノエルは嫌悪を一身に向けて真の精霊に言った。



「あぁ、お前らなんかに人間の気持ちなんて理解できないだろうさ。だが、愛が不要な力などとお前らに言われる筋合いはない! ファーリは旅人と出会って愛を知ったことで魔女として大成したんだ……。それが不要な力だって?」


「ノエル、落ち着きなさい。アレとまともな話をしようとしてはなりませんわよ。わたくしたちが何と言おうと、あの化け物は実際にあった過去を話しているに過ぎませんもの」


「チィ……」



 マリンの仲裁を不本意ながらに聞き入れ、ノエルは真の精霊の話を続けて聞く。



「魔力は我々の下位互換体たる精霊によってファーリの子孫にもたらされ、ファーリはより人間に近づくこととなった」


「人間に近づく……。そうか、魔力を注がれている以上は魔女も普通の人間とは違う存在……。だが、彼女が魔物の統括者になる保証はどこにもなかったはずだ。なぜ魔物ではなく人間に魔力を注いだ?」


「人間が魔物を狩るがごとく、魔物も人間を滅ぼす存在である。然れば、人間を滅ぼす人間こそ、魔物の統括者にふさわしい」


「どこまでも人と違う価値観じゃな。やはり、お前は悪魔と呼ぶべき存在じゃろう。じゃが、なぜファーリにそこまでこだわる。もはや魔力を持つ以上は他の魔導士でも良かったのではないのか?」


「否。我々が与えた純粋なる魔力を持つのはファーリのみ。ファーリの下位互換体など無価値に等しい存在である」


「好き勝手言ってくれるじゃないか。で、ファーリを滅ぼしたって話はどういうことなんだ? アタシの知る限り、大厄災となったファーリは人間の手で葬られたはずだが」



 それを聞いた真の精霊は話を続ける。



「自らの子らに魔法を制限するべく、ファーリは我々の下位互換体たる精霊と魂の盟約を交わし、魔物の術たる魔法を呪文などという縛りに封じた。それこそが我々の思惑と最も食い(たが)ったファーリの行いであった」


「そうか、魂の盟約は互いに縛りを課す契約。つまり、魔導士だけじゃなくて精霊側にも縛りが施されたってわけだ。魔物だって魔法が自由に使えなくなるんだ。そりゃお前たちの思惑とは大いにズレが生じただろうな」


「然り。契約を破棄することは不可能であると知った我々は、それからもファーリに試練を与え続け、幾度となく魔の道を歩ませようと試みた。そして、ある試練に負けたことを皮切りに、ファーリは大厄災へと大成した」



 その瞬間、ロヴィアはハッとして、真の精霊を睨みつけて言った。



「伝承によると、ファーリが精霊という心の拠り所を失ったのは病気のせいだったわよね。その病気の根源まであなたたちだって言うの? それこそ本当の悪魔じゃない!」


「無論、然り。そして、我々はファーリの子を利用し、魔導士などというファーリの下位互換体を全て滅さんとした」


「それが……魔法で兄を殺したっていう、大厄災直前に起きた事件の正体……」


「しかし、それは思わぬ形でファーリに影響した。そう、絶望の淵に立った人間を突き落としてこそ、我々の野望は成るものだったのだ。だが……」


「魔に落ちたファーリは、大厄災となった7日目に病気のせいで死んだ。お前たちの試練の影響で、彼女はボロボロだったんだ。なんだかんだでお前たちの野望は夢半ばで途絶えた、というわけだ。どこまでも胸糞悪い話だな……」



 ノエルがそう言い切ると、真の精霊は叫んだ。



「否……! 未だ我々の夢は途絶えず……!」


「まあ、じゃないとここにはいないよな……! さあ、いい加減にそのファーリの遺産を諦めてもらおうか!」


「笑止。魔力無き者に何ができるというのか。そして、もはや我々の目的は成されたに等しい。あとはファーリの魔力をこの手に戻し、精霊と交わした盟約を破棄し、大厄災の再演により人間を滅ぼし、魔物の世界を作り出すのだ……!」


「それが本当の目的ってわけか。だが、それとファーリの遺産に何の関係が……」



 ノエルは少し考え込む。

 すると、真の精霊は突然膝を地面に突いた。



「……維持魔力の限界か。止むを得ぬ事態が起きた。我々はここでいざさらば……」


「待てっ……!!」


「我々は……諦めぬ…………」



 真の精霊は黒いモヤへと形を戻し、ジェニーを吐き捨てる。

 そして、黒いモヤは風に吹かれたかのように部屋の外へと消えていくのであった。



「……逃がしてしまった、か」


「あちらも、あの形態を維持するための魔力が尽きたということでしょう。ノエルが話を繋いでくれたおかげかもしれませんわね」


「あぁ、ある意味じゃ一か八かの勝負だったよ。あいつは災司(ファリス)たち全員に自分の過去の話を聞かせていた。であれば、過去の話をする意思はあるし、話すことに多少の意義を見出していたはず」


「それを利用して情報を聞き出しつつ、相手の魔力が尽きるのを待ってたっていうの? ノエルって、たまにわけが分からないくらい無茶なことするわよね?」


「だから一か八かだったんだ。あいつの原型が大厄災の呪いだとすれば、ファーリの遺産を持ち出すために実体を持っている必要があったはず。つまり、時間を稼いで実体を維持できなくさせればどうにかできると思ったってわけさ」


「ん? ってことは……」



 サフィアが結界の方を見ると、真の精霊が持っていた()()が気を失っているジェニーの近くに落ちていた。



「よ、良かった! ファーリの遺産は無事ですよ、ノエル様!」


「無事かどうかは、確かめてみる必要があるのう。そこにあるだけでは無事である保証もあるまいて」


「そういえば結局、ファーリの遺産が何なのかボクたちは誰も知らないんですよね。せっかくなら全員で見に行きましょうよ」


「だな。ちゃんと結界を張り直す必要もあるし、ワタシも遺産の価値をちゃんと知っておかないと、うっかり結界を弱く作ってしまうかもしれないからね」


「そこはしっかり作ってもらわないと、ヴァスカル王から大魔女の称号を剥奪されるかもしれないっスよ?」


「それは勘弁だなぁ」



 ノエルたちは笑い合い、しばらくして息を呑んだ。

 そして、一斉に階段に足をかけて、透明な結界のある方へと歩みを進めた。



「ジェニーは拘束してもらったあとに治療しないとな。純度の高い呪いに侵されていたわけだし、時間をかけて治療する必要がありそうだ」


「またわたくしの指輪の力の出番ですわね……。全く、どれほどこの指輪が酷使されないといけないのやら……」


「いや、今回の働きが認められればこの禁書庫は自由に使える。そこでファーリの原初魔法を研究できれば、指輪以外での呪いの治療法が見つかるかもしれないぞ」


「それは何よりじゃない。マリンの仕事も減るし、私も新しいゴーレムの作り方とか覚えられるかも!」


「話はそこまでじゃ。そろそろ、見えてきたぞ」



 一同が階段の一番上まで上りきると、そこにはジェニーが倒れており、その彼女の手の近くに光る結晶体が浮かんでいた。

 ノエルたちは手早くジェニーの生存確認と応急処置を済ませる。

 ルフールはその結晶体を眺めながら言った。



「この結晶……簡単には破れないよう何重にも土魔法の結界が貼られているね……。確かにこれなら外に持ち出さないと、解除する時間がいくらあっても足りないな」


「さて、その中身はっと…………」



 ノエルたちは一斉に結晶体の中を覗き込んだ。

 その時だった。

 部屋の中にヴァスカル王が入ってきてノエルたちに言った。



「8人の大魔女たちよ。そこから離れるのだ!」


「……ヴァスカル王。なあ、こいつはどういうことだ……?」


「その様子、全員ファーリの遺産の中身を見てしまったということか。遺産は守られたが、これでは……」


「答えてくれ、ヴァスカル王。この結晶体の中にあるもの。これはファーリのもので()()()間違いないんだな……?」


「……左様。それは間違いなく我らが祖先、ファーリのものだ。少なくとも、余の知る限りではな」


「そうか……。じゃあ、もうひとつ答えてくれ……」



 ノエルは浮かぶ結晶体を両手で優しく持ち、ヴァスカル王に向けて声を張って言った。

 その声は、怒りと悲しみに満ちていた。



「これが……()()()()()()()が、どうしてこんなところにあるんだ!!」

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