97頁目.ノエルと防御と偽物と……
災印が書かれた魔導書を手に、大厄災の呪いの力を解放した災司・ガジョウは、黒く巨大な魔力の鞭でノエルたちに襲いかかる。
ノエルたちはそれぞれ魔法でそれを弾き返しつつ、攻撃の様子を見ていた。
「優先すべきはあの鞭を壊すこと、か。じゃないと資料庫を巻き込むことになりかねない。アタシの闇魔法で奴の動きを止めるか……?」
「ですが結局、呪いそのものは光魔法で祓うほかありませんし……。どうにかして鞭の動きも止めなければなりませんわね」
「でも、イエティたちが触れても霧みたいに消えちゃってどうしようも……! 実体がないものをどうやって止めれば……」
「アレ自体が魔力でできてる以上、私のゴーレムでどうにか防げはするけど、それも時間の問題ね……。ノエル、どうするの?」
「解決策が見つかるまで、今は時間を稼ぐしかない! くそっ、クロネさんたちの方はどうなってるんだ……!」
***
数分前。
ガジョウが呪いの力を解放して間もなくのこと。
ジェニーは災印のついた魔導書を取り出し、呪文を唱え始める。
すると、ちょうどノエルたちと分かれたところで床が迫り出して壁となり、資料庫の中を完全に2つに分断してしまった。
「ガジョウの攻撃に巻き込まれるのはゴメンだからな! あいつ、すぐ力に頼っちまうから私でも対処ができないし」
「土魔法……。それも、資料庫の床に使われている魔晶の形をも変えるほどとなると、上級魔法かそれ以上を使える……といったところかの」
「お、おい、クロネ。ワタシの空間魔法であっちと繋げようとしたってのに、全く魔力が通らなかったんだが……?」
「この部屋の床は防犯も兼ねて、魔力を打ち消す力を持った魔晶が使われておるんじゃよ。じゃが、それそのもの魔法で操るとなると話は別ということか……」
「キャハハハ! 床の魔晶は作戦の懸念材料だったが、いざ使ってみるといいもんだぜ!」
そう言って悪い笑みを浮かべたジェニーは、そのまま冷静な顔になってクロネたちの方へと向き直り、彼女たちの背後にある扉を見つめる。
「さて、その奥の扉がファーリの遺産の部屋に繋がってんだっけか」
「ボクたちを突破しようったって、そうはいきませんよ! なんたって、こっちには特殊魔法を操る3人の大魔女がいるんですから!」
ルカの啖呵を聞いたジェニーは、目線を下げてクロネたちに目をやる。
しかし次の瞬間、彼女は声をあげて嘲笑し始めたのだった。
「キャハハハ! 特殊魔法なんて、他の魔法に劣ってばっかりで何の役にも立たない魔法! あの方に言わせてみれば、偽物の魔法なんかに私が負けるとでも?」
「……ついさっき、クロネさんの時魔法で自慢の魔法を解除されたばかりだってのに、よくそんなことを言えるっスね?」
「そりゃ不意打ちだったし、魔法を防げるってわけじゃないからな。でも、戦うって点では絶対に負けないぜ!」
ジェニーはそう言うと同時に呪文を唱え、床を巨大な尖った岩へと変換していく。
そしてニヤリと笑ったかと思うと、それをクロネたちの足元へ向けて発動した。
「横へ避けるんじゃ! こいつは魔晶。ただの魔法では防げん!」
クロネの指示に従い、4人はジェニーの攻撃を避けようとする。
しかし。
「避けれるわけないだろ!!」
「なっ……!?」
その避ける先にもジェニーの魔法が発動されていたことに、4人は魔法の発動まで気がついていなかったのだった。
「キャハハハハハ! ぶっ刺さってそのまま死んじまえぇ!!」
ジェニーの土魔法は彼女たちに向けて、その鋭い岩の切っ先を勢いよく伸ばす。
それは死角からの攻撃だったとはいえ、容赦のない速さで4人に当たった。
「はぁ……思ったより呆気なかったな。大魔女っていうから、もう少しマシなのを期待してたってのに」
ジェニーはそう呟いて土煙の中へ耳を澄ます。
しかし、壁の向こうから聞こえる物音以外は何も聞こえない。
怪訝な顔をして、ジェニーは呟く。
「うん……? 当たった手応えがあった割に、痛みに苦しみ喘ぐ声が聞こえないな? あれを聴くために作った魔法だったつもりだったんだが……」
「確かに……悪趣味な魔法じゃな……」
「お、生きてる奴がいたな。どうだ? 痛いか? 苦しいか?」
「あぁ……なるほど。心臓の近くを狙って貫く土魔法か。ワタシの知っている限りだと、5本指に入るくらいには最悪な魔法だな」
「吹っ飛ばされたから痛くないってことはないっスけど……。いやぁ、本当に凄いっスねぇ!」
「……おい、待て。一体どういうことだ……!?」
土煙が晴れると、ジェニーの目の前には4つの人影があった。
だが、よたよたと立ち上がった彼女たちは傷ひとつついておらず、それぞれ魔導書を構えてジェニーに向き直っていた。
「わ、私は確実に魔法を当てたはずだ! どうして無傷なんだ!」
「人質にした国民を守るために張った、全ての人を守る防護結界がまさかワタシたちを守ることになるとはな。全く、巡り巡って自分のためになる魔法を作っていたとは、ワタシはなんて罪な魔女だ!」
「防護……結界……? だ、だが、これは魔晶。魔力を打ち消す素材だ! その結界だって魔力の塊のはずなのに、どうして破れていない!」
「そんなもの、対策済みに決まっているだろう? 防護結界の発動において最も恐ろしいのは防御できないことではなく、防御するための結界そのものが破られることだからね。ワタシを見くびってもらっては困るよ」
ジェニーは舌打ちをしたかと思うと、また怪訝な表情で考えを口にする。
「だが、全ての人を守る防護結界ということは、私だって攻撃を受けないはずじゃ…………はっ!?」
「ようやく気づきましたか。ボクたちは誰1人として、あなたに攻撃なんてしてないんですよ。あなたも防護結界の対象である以上、魔力の無駄ですから。まあ、先ほどの師匠の時魔法は人を傷つけるような攻撃ではないので関係ありませんが」
「魔力を用いた攻撃を防御する結界と、物理的攻撃を防御する結界の合わせ技だが、衝撃までは吸収できないってところか……。確かにそれは厄介だな。ならば……!」
ジェニーは魔導書を天高く掲げて、声高らかに詠唱をする。
「我らを統べる絶対的なる力よ! ここに我が魂を捧ぎ、乞い願う! 全てを呪い、全てを壊し、全てを魔に帰す力を我に与えたまえ!」
その瞬間、魔導書から黒いモヤが湧き起こり、ジェニーの全身を包み込む。
すると、彼女の身体を覆っていた衣服は黒く燃え上がり、やがてモヤが形となる。
「呪い……なら……防げないだろ……。ぐあああああ!!」
ジェニーは火傷に苦しみながら、モヤに身を任せている。
「……さっきのデカい方の呪いの力とはまた違うみたいっスね」
「あれではまるで魔物……いえ、それよりもっとおぞましい力を感じます……」
「ノエルがたまに召喚する『死神の手』に近いかもしれないな。あれは冥府だとか地獄だとか呼ばれるほどの魔境に棲む、人の手に余る魔物だが……」
「そうじゃな……。魔女らしく形容するとすれば、あれは悪魔と言って差し支えなかろう」
悪魔と呼ばれたそれは火傷に苦しむジェニーを完全に覆い、次第に大きくなっていく。
そして、恐らく目と思われる部分が光ると共に、それは獣のように咆哮した。
「まさかここまでの魔力とはな……。あんなもの、ワタシたちの手にも余るんじゃないか?」
「避けてください!」
悪魔は腕を振るってクロネたちに殴りかかってくる。
避け遅れたエストは、それを運命を変えることで攻撃をなかったことにしようとするが、魔法は発動しない。
「ま、魔法が効かないっス!」
「なんじゃと!?」
そのまま、エストは吹き飛ばされる。
そして起き上がった彼女は、腕がひしゃげていたのであった。
「ぼ……防護結界も……効いてないっス……。ぐぁっ……」
「奴の攻撃が止まったら、ワシの時魔法で治してやる。それまでの辛抱じゃ!」
「そんなの待ってたらキリがない! 空間転移するぞ!」
「それこそ発動まで時間が足りんじゃろう! くっ、時魔法も効かぬとくれば、奴には魔法を完全に防がれて──」
「『減衰の天狗風』!」
ルカは悪魔に向けて魔法を放つ。
すると、攻撃としては効いていない様子であるものの、悪魔の攻撃の威力が限りなく少なくなっている様子が分かる。
「やっぱり効いた……! い、今のうちにエストさんの治療をお願いします! 空間魔法の発動ができるほど時間は稼げませんが、ボクの本物の魔法ならあいつを少しは止められます!」
「わ、分かった! ルカ、お前に託すからの!」
そう言って、クロネは時魔法を唱えてエストの腕の時間を巻き戻そうと試みる。
だが、悪魔はクロネに向けて攻撃を仕掛けるのだった。
「させませんよ! 『減衰の天狗風』!」
ルカは悪魔の攻撃を弾き返し、悪魔本体を遠くへ飛ばす。
そして戻ってきた悪魔はクロネたちに攻撃をし続け、ルカはそれを何度もいなす。
それを繰り返している間に、エストの治療は終わったのだった。
「感謝するっス。クロネさん、ルカちゃん」
「さて、どういうことか説明してもらおうかの。本物の魔法、お前はそう言ったな?」
「はい。先ほど、彼女は特殊魔法のことを偽物と表現していました。それが効かないのであれば、基本魔法は効くのではないかと思いまして」
「なるほど、それで偽物の反対だから本物、か。単純な仮説だが、検証の甲斐があったってことだな」
「ただ問題があるとすれば、ボク一人ではどうしようもない、ということです。風魔法はあまり攻撃性能に特化していませんから、できればノエルさんたちの力を借りたいのですが……」
「壁が邪魔っスね……。それも、魔法を通さないとなるとアチキたちの力ではどうしようもないっスし……」
悪魔の攻撃を避けつつ、クロネたちは考える。
すると、ルフールはハッとして壁の向こうへと叫んだ。
「おーい、ロヴィア! キミ、土魔法の使い手ならこの壁をどうにかできないか!」
***
突然聞こえた声にロヴィアは驚き、答えを返す。
「ちょっ、急に言われても無理よ! 知ってる素材ならまだしも、未知の素材の形を変える魔法なんて1日以上かけないと作れないもの!」
***
「じゃあ、魔法以外でこれを壊す手段はないか! そっちと合流しなきゃかなりマズい状況なんだ!」
***
「ってことらしいけど、何かいい案はないかしら?」
「魔法以外ですか……。サフィーのイエティは召喚済みですから、再召喚して指示の上書きなんてしてる暇なんてありませんし……」
「そもそも再召喚するほどの魔力なんて残ってないし、あいつの攻撃を防ぐので手一杯! ノエル様、どうしましょうか?」
「……そうだ、ロヴィア! お前のゴーレムでどうにかできないか?」
「そんなことしたら、防御が薄くなっちゃうわよ!?」
「だったら全力で攻撃を止めるまでだ! 頼む!」
ロヴィアは少し躊躇いつつ頷き、クロネたちに声を掛ける。
「こっちから壊すから、そっちの4人はちょっと壁から離れて!」
***
聞こえた声の指示に従い、クロネたちは壁から距離を置く。
「いつでも壊してくれて問題ないっス!」
エストがそう言った瞬間、壁の向こうから強い衝撃音が何度も響いてきた。
壁が叩かれるたびに地面が揺れ、やがて壁からパラパラと土塊が落ちる音がする。
***
ガジョウはゴーレムに気をかけることなく、ノエルたちに攻撃をし続けている。
ノエルとサフィアは全力で応戦し、マリンの魔力を温存させる。
「もうそろそろ壊れるわ! 壊れ次第、マリンはあっちに行ってあげて!」
「分かりましたわ!」
「何をするつもりだ! ジェニーの邪魔はさせん!!」
ロヴィアはガジョウの攻撃をしゃがんで避け、ゴーレムたちは装甲でそれを弾く。
そしてその瞬間、ゴーレムたちは拳を握り直し、力を溜める。
「いっけええええええ!!」
ロヴィアの掛け声と同時に、ゴーレムたちは壁を思い切り殴ったのだった。




