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別世より来たる異世界人

 

 この世界は差別だらけだ。

 

 身近な事ではスポーツが出来る、勉強ができる、社交性がある、外見が良い...など。

 この内一つでも持ち合わせていればこの現代社会では生きていけるだろう。

 無論、一つ二つ持っていても人生を失敗する者も居るし、逆に何の才能も持っていなくても人生を成功させる者だって存在している。

 要は使いようが大事なのだ。

 如何なる才を持っていても使い方や見せ場を誤ればそこで「出来損ない」と呼ばれ非難、批判、誹謗、中傷されてしまう。

 だから人間は考える。

 才能を持つ者もそうでない者も、「自分の人生」を成功させるためにあらゆる事象を理解し、考え、道を切り開いて行くのだ。

 それが出来る者こそが『成功』を知り、努力もせずに自分のために力を振るう者は『失敗』へ流れ着いてしまう。

 そうして失敗した者、失敗に向かっていく者が差別の対象にされてしまう。

 俺は後者だ。努力を途中で諦め、力を振るいすらしない、ただの『落ちこぼれ』だ。

 今だって俺は学校にも行かずに家に引き篭もる生活を送っている。

 もう人生は諦めかけている。

 今通っている学校を自主退学してしまって、中卒でアルバイトをして生活していこうとか考えているのだが、中々決断まで踏み込められないという状況に立っている。

 もうこんな人生は嫌だ。いっそ、

 


 いっそ、どこか別の世界に行けたなら____


 

◆◆◆

 

 

 時刻は午後二時だろうか。

 俺は今日も家に篭っている。

 いつも昼過ぎに起床して前日作り置きしていた飯を食べ、またゲームに取り掛かる。夜まで遊んだら夕飯と朝飯用の食料を買いに行き、帰宅したら飯を作って食べる。そしてまた朝までゲーム...そんな日々を送り始めてそろそろ一ヶ月も経つだろうか。

 引き篭もっているとはいえ、多少は健康に気遣っている。そのために料理を始めて肉じゃがやチャーハンなどと、気付けば一般家庭に並ぶだろう料理は大体作れる様になっていた。

 引き篭もる俺を心配してか、毎日学校から電話がかかってくる様になっていた。最初の一週間は毎日受話器を取って適当な返事をしていたが、最近は電話が鳴ろうが気にも留めない。

 親からも時々電話がかかる事もあった。父も母も今は仕事の都合で新居に暮らしていて、俺は仕送りを貰って何とか生活している状態だ。父は警察官で、母は息子の俺でも何の職に就いているのか知らせれていない。母は数日間家に帰らないことが多いのだが、趣味はスカイダイビングという、アクティブな一面がある。

 俺がこの家に残ったのは、一緒に新居に移ると通っている高校が遠くなってしまい、その上その高校には寮が無いので、俺は大丈夫だ、1人でもやっていけると告げて一人暮らしを始めたのだ。

 俺が引き篭もっている事を知りながら、親は仕送りを欠かさず送ってくれて、一戸建ての家に一人暮らし。それなのに俺は現実に背を向けて引き篭もり生活をしている。

 自分で自分が腹立たしい。

 もうこんな人生はうんざりだ。もうどんな世界でもいい。どこか別の世界に飛んで行ってしまいたい。

 そう考えながら昼過ぎの部屋の中、パソコンを起動してマウスを操作していると、発信者不明のメールが届いている事に気が付いた。

 迷惑メールフォルダに入れられていない所から察するに、誰かからのメールアドレス変更の通達だろうと思った。

 俺は件名を確認した。

 

『件名:異世界に住む救世主へ』

 

「...は?」

 異世界に住む救世主?異世界とは今俺の住むこの日本、地球を示すのならば、このメールを送信してきたのは俺達から見ての異世界人なのだろうか。

 異世界というのも気に掛かるが、救世主とは何か。

 このパソコンは俺専用だし、買ってから誰にも使わせていない。というよりは家に俺以外誰もいないし、招き入れた覚えは無い。

 という事からこのメールは俺宛に来たと考えられる。

 救世主と言われても実感が無い。「知らない間に世界救ってました」なんて事は無いだろう。ずっと家に居たんだし。買い出し程度でしか外出していない。というか異世界からメールが届くものなのか?

 そこで俺は、このメールを。

「詐欺だな」

 そう断定し、メールを読まずに削除した。

 そうして俺はいつものようにゲーム三昧の一日を送るのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

「...そろそろ寝るか」

 夜食は食べた。風呂だってかなり前に入ったし、ゲームも進められるだけ進めた。そうしてパソコンの電源を落とそうとして、シャットダウンの文字の上にマウスの矢印マークを持って来たのだが、ふと昼のメールを思い出した。

「やっぱり迷惑メールだったのかな、あれ...」

 本当に異世界からのメールであれば凄いなんてもんじゃない。もし本当に異世界からのメールならもう一通や二通届いていることだろう。異世界からメールを送る時点でかなりの出来事があった筈だ。そんな期待をしながらシャットダウンの文字からマウスを移動させ、メールを開いた。そこには。


『新着件数:0件』


 ...やはり迷惑メールだったか。

 そう思ってメールフォルダを閉じようとした途端、メールと書かれた手紙マークの右上に、『1』と白字で書かれた赤丸が表示された。

 つまりは受信件数一。

 すぐさま手紙マークをクリックすると、そこには。

 

『件名:異世界に住む救世主へ』

 

「迷惑メール...じゃないのか?」

 そこでそのメールをクリックし、内容が大きく写しだされた。

 内容はこんなものだった。

 

『件名:異世界に住む救世主へ

 この手紙がしっかりあなたの元に届いているか分かりませんが、もし届いているならば私達の住む世界を救って欲しいのです。詳しい事は後から話しますので、急いでこちらの世界に来て頂けると助かります。尚、こちらの世界に来てしまったら二度と帰れる保証はありません。落ち着いて、慎重に判断して下さい』

 

「本当に...異世界から...?」

 URLも何も添付されていないし、パソコンも特に異変も無い事から詐欺では無い可能性がある。

 とりあえず返信してみよう。その返信次第で判断しよう。そう思って俺は返信をクリックし、キーボードを走らせた。


『件名:救世主か分かりませんが

 事情は知りませんが、俺に出来る事なら何かしたいです。異世界に行くことは構いませんが、知らない世界で何が出来るかわかりません。それでも良いならお願いします。』

 

 以上の文を送信した。

 するとすぐにメールが届いたため一人で「早っ!?」と叫んでしまった。内容を確認すると。

 

「件名:感謝します

 ありがとう。今からこちらの世界に送るので、心の準備をお願いします。」

 

 と、そのメールを読み終わった瞬間に床から白っぽい光が差し込んできているのに気が付いた。足元を見てみると半径1メートル程の魔法陣が展開されていた。

「おわっ!?」

 本当に_____異世界に...?

 俺はふと、足元に置いてあった携帯電話を見つけた。

「異世界で使えるか分かんねーけど...」

 俺は携帯電話を広い上げ、ズボンのポケットにしまった。

 そうしてもう一度辺りを見渡すと、また目に付く物が幾つかあった。

「一応、持ってくか」

 

 それを拾い上げた瞬間、魔法陣の光がより一層輝き出して、意識が遠のく感覚と共に、視界が真っ白に染まっていった_____

 

 

■■■

 

 

 指先にザラザラとした感触を覚え、俺は目を覚ました。

 未だボーッとする頭を振るって、さっきまでの出来事を思い出した。

「えっと...。確か俺は変なメールがきて、異世界に来いって...って」

 という事は、もうここは異世界!?と現在の状況を認識した俺は辺りを見渡した。

 何というか、暗い荒野のような場所だ。

 草木の生えていない、岩だらけの乾燥した荒野。空は一面の真っ黒な雲がかかっていて今にも土砂降りの雨が来そうな雰囲気だ。

「異世界感うっすいな...」

 思っていた異世界と全然違う。

 異世界なら澄んだ大空、美しい街並み、不思議な食べ物、様々な人種や人外、ドラゴンみたいな伝説上の生き物。そんな非現実的な世界をイメージしていたのだが、これもある意味で異世界って場所だ。

「と、とにかく。まずは集落を探すところから始めるか」

 そう目的を立てたのはいいが、どこを見渡しても荒野、荒野、荒野だ。俺をこの世界に転移させた人も見当たらないし、この辺りは崖や岩山ばかりで視界が悪いし、何より気味が悪い。

 考えてても仕方がないのでとりあえず歩き回ってみた。だが見えてくるのは岩山だらけで散策が一向に進まない。そこで。

「おう兄ちゃん。ちょっといいかい?」

 急に後ろから声が聞こえたので振り返ってみると、そこには赤髪で少し小柄な男と、俺と同じくらいの身長で黒髪の男。顔には複数の切り傷があって見た目からしていい人間では無さそうだ。

「...何か用か」

「兄ちゃん、変わった格好してるねぇ。その様子じゃ『上の階』から来たって感じだな?悪い事は言わねぇ、俺達について来い。もちろん拒否権はねぇがな」

 小柄な男が言った。

 やはりこの二人は盗賊だったか。

 異世界の初イベントがこれとか、どうなってんだこの世界は。

 ついて行ってもいい事は無さそうだと思ったため、テキトーな嘘をついてこの場から逃げる事にする。

「悪いな。これから会う人がいるから、また今度にしてくれないか」

「拒否権はねぇって...言ったよな?」

 大柄な男がそう告げて拳を前に出し、握り締めた瞬間に俺は急に体が重くなる感覚を感じた。

「なっ...に...!?」

 重力が急に強くなったかの様にどんどん体が重く感じ、地面に膝をついて、肩をついて、と地面に倒れ込んでしまった。

 加算されていく地面からの垂直抗力に膝や手足に鋭い痛みを感じながら、俺の耳に大柄な男の声が聞こえた。

「重力操作の能力だ。上の階の人間だろうがこの力には抗えないだろう?」

 能力...?上の階...?

 さっきから意味が分からない言葉が聞こえてくるが、大体の意味は予測できた。

 恐らくこの世界には『能力』なるものが存在していて、その『能力者』はその力を自在に操る事ができるといった感じだろう。

 だが、『上の階』という言葉は、どういう意味だろうか?

「ケケケッ。さすが兄貴!じゃあちょっくら眠ってて貰うぜぇ!」

 そう言って小柄な男が手を開いて真っすぐこちらに伸ばしてきた。

 

 男の手から出現した眩い黄色い光が俺の視界を染め、そのまま俺は意識を失った。

 

 

◆◆◆

 

 

「ぐ...ああ...」

 目が覚めると先程の荒野よりも暗い檻の中にいた。全身にひんやりとした感覚がした事から石製の床に寝そべっているのに気が付いた。

 恐らくあの小柄なほうの男は対象を気絶させる能力でも使ったのだろう。

 ここは異世界なのに日本語使ってくるあたり何かが変だ。来た瞬間に異世界語が通じるようになってたりするのだろうか。

「...寒っ」

 俺はパンツ一丁の裸同然な状態であることに気づいた。あの盗賊共に文字通り身ぐるみを剥がれたのだろう。檻の中には薄い布が置かれているだけで後は何もない。

「異世界最初の宿がこんな牢獄とか...残念すぎる」

 このままここにいても殺されるか、良くてサンドバッグになるくらいだろう。わざわざ牢屋にの中入れた時点で野に逃がしてくれる可能性はなさそうだ。

 となると。

「やっぱ脱獄しかないか!」

 そう言って俺は石製の格子に手をかけ、観察した。

 格子と格子の感覚は十五センチ程度。隙間を通るのはまず無理だろう。

 続いて太さだ。格子は直径七センチはあるだろう円柱形だった。道具はそこらに落ちてる石程度なので壊すのは無理そうだ。

 だがこの格子はかなり腐敗していてところどころにヒビが入っていたり、崩れて細くなっている部分もある。

「一本でもへし折れれば____勝てる!」

 何に勝つのかは俺にはさっぱりだが、とりあえず片っ端から一本一本格子を見ていく。

 すると上部がかなり細くなっていて、下部は盛大にヒビが入っていて崩れかけている一本を見つけた。

 俺は即座に足元にあった拳サイズの石を広い上げ、上部の細くなっている部分を激しく打ち続けた。数秒打ち続けていると、叩いていた部分が上下に分かれた。

「よしっ...後は下だな」

 しゃがみこんで下部の崩れかかった柱を思い切り打ちつけた。

 その部分は思いの外もろくなってたらしく、一撃で砕け散っていった。

 足場を無くした一本の柱は衝撃で傾きながら重力に従って真下へ落ちていき、柱の上端が俺の頭に激突した。

「はがぁっ!?」

 暫くもだえながら転がり回った後、俺は立ち上がって格子から顔を出し、近くに誰も居ない事を確認した。

 俺は布を広い上げ、首の辺りで結んで、簡易マントを作りあげた。

「半裸でマントとか、日本なら絶対捕まるだろうな...」

 この世界では捕まらないことを祈りながら俺は通路へ飛び出し、石製の廊下を疾走した。

 

 

◆◆◆

 

 

 あれから一分経たない内に、盗賊のいる部屋の近くまでやってきた。

 部屋の中が明るい所から察するに、この世界には明かりを灯す道具があるのだろうと推測できる。

 その部屋の入口の隣の壁に背中を預け、俺は中から聞こえる声に耳を傾けた。

「なんだなんなんだあいつは?こんな訳の分からん物ぱっかり持ち歩いて。着ていた服だって見た事無かったし、こんなのが上の階で流行ってんのか?」

 どうやら俺の所持していた物に興味があるらしく、色々と調べていたみたいだった。

「使い方も分からないモンはやっぱり売りさばいたほうがいいですかね?」

「いや。いくらレアな物だとしてもどんな物なのか分からねぇと売ることはできねぇ。だから後であいつに問い質す。口を割らねぇようならいくら殴っても構わん。それでだめなら殺してやる」

 やはり脱獄してきて正解だったか。

 このまま脱出してしまうのが一番だが、できれば元居た世界の唯一の名残である衣服や携帯電話を返して欲しい所だ。

 暫くここで様子を見て、隙を見てすぐそこにあるであろう俺の私物を取り返そうと考えた。


 だが、そこで盗賊の声が聞こえて来ない事に気づいた。


 俺は慌てて入口の方向を見ると、そこにはこちらを二人の男が粘りつくような視線で見ていた。

「ッ!!」

 俺は咄嗟に後ろへ飛んでいた。すると、俺が先程立っていた地面がバァアン!と大きくヒビが入っていた。

 重力魔法だ。

「ヒヒヒ。盗み聞きとは感心しないねぇ〜。」

「どうやって檻から出たか知らんが、もう一度檻に戻っててもらおうか」

 二人は俺の脱獄に驚く事もなく、ただ余裕の表情でこちらを見ていた。

「何故、俺が居ることに気が付いた?」

 俺が質問を投げかけると、入口からまた一人の男が現れた。

「俺の能力は生物感知っていってな。近くにいる生き物を全て察知できる便利な力だ。荒野でお前を見つけたのもこの力のお陰だ」

 盗賊は三人だった。盗賊が三人以上いる事は予想がついていた。だが三人目のかなり大柄な男は生き物を感知するだけの能力。注意するならば重力使いと気絶させる能力の奴達だ。

 そして重力使いの性質はたった今大体理解できたし、気絶使いのほうも推測はついた。ならば。

「はああっ!」

 俺は床を全力で踏みつけ、3メートル離れた重力使いの男目掛けて走り出した。

 重力使いは少し驚いた顔をしていたが、重力攻撃を仕掛けようと手を前にかざし、拳を握った。

 そこで俺は首に軽く結んでいたマントの結び目を解き、真上に投げ出した。

 上に飛翔した布が不自然に降下を始めた。

 恐らく重力攻撃によるものだろう。

「なっ...!?」

 重力使いは本当に驚いた顔をして、俺の拳を頬に受けたあと後方に勢いよく吹っ飛ばされた。

 重力攻撃の能力は、決めた物体や生物でなく決めた『空間』の重力を増化させる能力だろう。そして重力がかかるのは決めた空間で一番上にある物体や生物のみだろう。さっき避けた時は盛大に地面が砕けたのに荒野で受けた時の地面は特に変化は無かった所から推測した。俺でなく布に重力がかかったのは空間の中で俺より布の方が上にあったからだ。

「こんの...クソガキャァアアアアアアアアアアアア!!」

 怒号を発する気絶使いが手をこちらに伸ばし、黄色い光が集まっていたが、俺はそれを無視して一直線に突撃した。

 俺の渾身の殴打を気絶使いは首を不自然に曲げて、二、三回転しながら暗闇に飛んでいった。

 気絶させる能力の欠点は発動まで少し時間がかかることだろう。時間がかからなければ荒野で重力の能力をを使ってもらう必要はないと思ったのだ。

 そのまま俺は生物感知使いの男に目を向けたが、その男は不敵に笑っていた。

「な、中々やるじゃねェかあああああああああ!!」

 そう言って服のポケットから尖った物体を取り出した男はこちらに飛びかかってきてナイフのような物を振ってきた。

 俺は避けるように後ろへ下がり、足元にあった布を広い上げ、両端を全力で握り、真上からの攻撃を布で受けた。

 男の武器は動物の骨を削ってできたナイフだった。

 すぐさま硬直した男の腹を蹴り飛ばし、俺は部屋の中に転がり込んで、部屋の中央のテーブルの上にあった何かの粉が入った瓶を掴み取り、男の顔へと投げつけた。

 頭に血が上っていて反応が遅れた男の顔に瓶が勢いよく激突して、その瓶が割れて大量の白い粉が飛び散った。

「あ、ああ、ああああああアアアアアアアア!!」

 ガラスの破片を顔面で受け、粉で目を潰された男はその場でへたりこんで絶叫していた。

「あ...まずい。やりすぎたか」

 すると今いる部屋より奥の部屋から複数の足音が聞こえてきて、俺はそちらを振り返った。

 そこには盗賊の仲間であろう男が五人いた。それは俺から見える範囲だけであって、恐らく後ろに数十人は控えているだろう。

「ああっ!副族長!」

「そこの半裸のクソガキ!副族長に何をした!」

「半裸のクソガキ言うな!俺だってなりたくてなった訳じゃないから!」

 この人数差では流石に勝てそうにないと判断し、俺はテーブルの上にまとめられていた俺の私物と衣服を抱えながら、入ってきた方から部屋を飛び出して廊下を突っ走った。

「待て!逃がすな!」

 凄まじい数の足音を聞きながら俺は廊下を右へ左へ曲がりながら猛ダッシュで逃げていたが、振り切れそうにない。

 また角を右に曲がったら一人の盗賊らしき男がこちらを見て身構えたので、俺は構わず突進をした。

 男が盛大に倒されると正面にこの建物の出口が見えたため、そこに向かってまっすぐ進んでいると。

「おうらっ!喰らえ!」

 俺の真横を大きな火の玉が通過した。

 その火の玉は触れれば一瞬で黒焦げになる程の摂氏温度があっただろう。火の玉が壁に衝突して消え去り、石が若干赤く変色している。

「って死ぬわやめろ!死んじゃう!」

「こっちは殺す気で攻撃してんだよ!」

 躊躇なしだった。

 俺は出口まで到達して建物からの脱出に成功し、周りを見渡した。

 ここは山の上だった。標高は百メートル程度の山ではあったが辺りを見渡すには十分な高さであり、近くに小さな町がみえた。空は相変わらず曇天で真っ暗。

「盗賊は盗賊でもお前ら山賊だったのかよ!」

 俺はとにかく下山するべく前へ走って行ったがふと俺は立ち止まった。

 崖だ。

「ははは...ついてねぇ...」

 右を見ても左を見ても完全に、崖。

 俺は後ろを振り返ると、山賊どもが追い詰めたぞと言うように。

「手こずらせやがって」

 先頭に立っている男がこちらに手を伸ばすと、その手から赤い炎が出現して、ゆっくり火の玉を作りあげた。

 _____もう、終わった。

「死ね」

 山賊の無慈悲な言葉と共に、赤い爆炎の玉がこちらに高速で接近してきた。俺は静かにまぶたを閉じて、その時を待った。

 だが。

 

 火の玉はいくら待ってもこちらには来ず、目の前に黄金に輝く人間が立っていた。

 

「...あ」

 俺は声を漏らしていた。

 目の前には白い装束で、金色の剣を右手に持った少女がいた。

 こちらに背を向けていて顔は分からないが、彼女の髪は輝くように滑らかな金髪をしていて、長さが腰程まであった。

 曇天の空から差し込む一筋の光のように、彼女だけがここにいる人物の中で一番の存在感を放っていた。

「ごめんなさい。遅れてしまいました」

 彼女は美しい声で一言謝り、剣を低く構えて山賊どもに言った。

「この少年は私の連れです。これ以上危害を加えるつもりなら私は容赦せずにあなた達を斬ります」

 火の玉を消し去ったのは彼女だろう。

 山賊どもは今の言葉に「うっ」とたじろぐが、今の人数差を確認して、威勢を取り戻した。

「ふん。また『上の層』の人間か。一人や二人増えた所でこの人数をどうにか出来るとでも?」

「どうやら戦わなければいけないようですね」

 すると金髪の少女はどこからか白いリボンを取り出し、後ろ髪を上の辺りで結わえ、軽く首を振ってならした。

 少女と山賊との距離は七メートル。

「ならば私はあなた達を斬ります。いまの選択を後悔なさい」

 そう言って少女は足に力を入れると、バァン!と地面を思い切り蹴り一瞬で距離を詰め、先頭の男の腹に斬りかかった。

 そして斬りつけた男の腹から大量の鮮血が吹き出した。

「あ、ああああああああああああああああ!!」

 男はその場に腹を抱えて崩れ、絶叫を上げてもがいている。

「次、いきます」

 少女は再び剣を振るい、また一人、二人と薙ぎ倒していき、遂には少女以外誰一人立っている者がいなくなっていた。

 時折聞こえてきた爆音やらは、恐らく山賊の使う能力によるものだったのだろうか。彼女は一瞬たりとも止まる事なく剣を振り続けていたため、そう推測できる。

 沢山の能力者を、剣一本でねじ伏せたのだ。

「...すげぇ」

 俺は感嘆の声を漏らすと少女がこちらに歩み寄ってきた。

 まさか斬り殺されないだろうな。とちょっとばかり心配していたが、少女はにこっと笑って話し掛けてきた。

「恐ろしい物を見せちゃいましたね。怪我はありませんでしたか?」

「ああ...いやその...」

 少女は美人だった。整った顔立ちに、優しそうな目。先程の戦いが幻だったかのように体がスラッとしていて、とても身軽そうだ。...胸もあって、スタイルがいい。他人を気遣ってくれる優しい人だった。...半裸の体を見られるのが恥ずかしくなってくる。

 その顔が誰かに似ている気がしたが、空似だろうか。

「あ、ああ。俺は大丈夫。向こうの連中は...その...」

 少女は俺の心配事を察してか、心配ありませんと言って。

「この剣で斬った傷はすぐに治ってしまうんです。あの人達の傷も治ってるだろうし、貧血状態になって気絶してるという感じなので大丈夫です」

 でた異世界属性の武器。かっこいい。

「そ、そうなんだ...。でもどうしてここに?」

「どうしてって、あなたを助けに来たのですけど...」

 いや、そうじゃなくて。と質問の言い方を変える。

「何故ここが分かったんだ?山のふもとで見てたら俺が見えて、一瞬でここまで突っ走ってきたーとかか?」

「どんな人間ですか」

 はあ、と少女はため息をついて質問に答えた。

「あなたがどこにいるか探していたら山賊の二人があなたを担いでくのを見つけてついて行ったのです。下手に奇襲して人質に取られたり盾にされたら嫌だったので、行くところまで行ったら、着いた場所は山賊のアジト。中だと戦いづらいので、さっき言ったみたいに人質に」

「ま、待った。今なんて?」

 俺は率直な疑問を投げかけたら、彼女はえ?といった顔で

「下手に奇襲したら人質や盾として」

「いや違うもっと前」

「えっと、あなたがどこにいるか探して」

「それだ!」

 な、なにですか!?と日本語がおかしくなり、まだ何が聞きたいのか理解していない様子であったが、俺は素直に訊いた。

「何で俺を探してたんだ?いや、まず俺の事知ってるのか?」

 それはそうでしょうと少女は何を当たり前な事をという調子で。

 

 

「だって、私があなたをこの世界に転生させたのですから」

 

 

 笑顔で言ったその回答に、俺は「Oh...」と驚いていた。

 

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