9 「トカゲとドラゴン」
今日という一日が終わろうとしている。
夕飯を終えた後、ガルディスは書類を出してそれとにらめっこをし始めた。
「ガルディス、お風呂は?」
入らないの? ちょっと臭いよ。
「先に入っていいぞ」
難しい案件でも抱えているのかな? いつになく真剣な様子でペンを走らせている。これは風呂どころじゃないね。
うーん、先に入っていいって言われたけど、でも私も今からジャムを作るんだよね。さっき確認したら、ちょっと傷み始めてたんだよ、果実が。
まあいっか。ガルディスの仕事はまだ相当時間がかかりそうだし、ちゃっちゃとジャムを作って、それからお風呂に入ろう。
鍋に果実と砂糖を入れて煮詰めて、できたものを瓶に移す。うん、美味しそう。それから居間のガルディスを覗けば、まだ書類と格闘していた。
あー、これは終らないな。じゃあ先に風呂に入っちゃおうかな。
私は着替えを抱えて風呂へと向かう。先にお湯を出しておいて、湯船にお湯が溜まるのを待ちつつ服を脱……、
「ぎゃあ!」
「ん? なんだ、これから風呂か?」
しまった、鍵を掛け忘れていた。まだまだ仕事に時間がかかると思いきや、もう終わってしまったのか。
……あ。やばい、嫌な予感がする。
「先に入っていいよ」
「一緒に入るか」
声が重なった。
やはりか、やはり一緒に入りたがるのか!
くっ……、油断していた。早急に脱出しなければ。
私はガルディスの横をすり抜けて廊下へ……、はい、失敗。見事に捉えられました。
「嫌!」
「遠慮するな」
だから遠慮じゃないって! ああ、ガルディスが服に手をかけて強引に脱がせにきた。
「嫌だって!」
「たまにはいいじゃないか。男同士裸の付き合いをしよう」
男じゃないから!
「あ……!」
ぎゃああああ!
ズボンが……、下着ごとずるっと下げられた!
上半身を脱がせられないように抵抗していたら、まさかの攻撃。なんという卑劣。なんという手際。
私は思わず顔を両手で覆う。指の間からガルディスを見てみれば、目を見開いて私の股間を凝視していた。うう……、そんなに見ないでよ。
ガルディスがゆっくりと股間から視線を上に向ける。
「……お前、女だったのか?」
訊かれてぎこちなく頷く。もう分かったでしょう? だから一緒にお風呂には……。
「なんだ、そうだったのか。じゃあ風呂に入るか」
えええ!
女だと分かったのに反応それだけ? しかもまだ一緒に風呂に入ろうとしているし!
「ほら、ばんざーい」
思わず両手を上に。……しまった、全裸にされてしまった。
そしてガルディスも手早く服を脱ぎ始める。あ、あ、服を脱いでズボンも脱ぎ捨てて……。
「…………!」
え!?
「ほら、入るぞ。……ん? どうした?」
ガルディスが首を傾げる。ど、どうしたって、むしろこっちが訊きたいよ。
「な、なに、それ……」
「それ?」
えっと……。
少し躊躇ってから、私はガルディスの股間のものを指さした。それはなにがどうなっているのですか。
「ああ、そうか」
何かを納得した様子で頷き、ガルディスは私を抱きあげる。ひええ、素肌が触れ合う感触がする。肌からガルディス臭が漂ってくるよ。
脱衣所から風呂場へと移動したガルディスは、豪快に私と自分に湯をかけて、私を椅子に座らせてから石鹸を手に取った。
「リズ」
「な、なに?」
ガルディスが石鹸を手で泡立てる。うわー、凄く泡立ってきた。器用だねー。
「男と女は体のつくりが違うんだ」
……はい?
ガルディスが自分の股間を軽く摘んで見せる。いや、そんなことしなくていいから! 近づけなくていいから!
「男のこれには子供の元となる……」
唐突に性教育始まった!
いや、そうじゃなくて、そんなことじゃなくて、というか、
「それは知ってる!」
知ってるよ、もう子供じゃないし。それくらいの知識はあるよ。
「知ってる?」
「そうじゃなくって」
「なんだ?」
ガルディスの泡だらけの手が私の肩に触れる。肩を撫でまわし、そこから徐々に下へ移動する。
ちょっ、くすぐったい、いや、それより……。
胸や背中やうなじを撫でる。
ひゃあ! 胸は駄目でしょ。
更に手は足へと移動する。そして、
「…………!」
ガルディスが両手でぐいっと、私の股を大きく開いた。
ぎゃあああああ!
な、なにしてくれるのこの人!
驚きのあまり動けない私の股に、ガルディスの手が滑りこむ。内腿を撫でながらじっとそこを見つめるガルディス。
なに、その凝視は。秘密の花園絶賛解放中みたいにするのはやめて。そこを凝視しながら足の指を丁寧に洗うのもやめて。
散々堪能したら手は移動……、って、股の間から手を尻に回すな! せめて背後からにして! そこも丁寧に石鹸の付いた手で撫でまわす。
ひいい。本当になんなのこの人。なんだかもの凄いねっとりと全身を撫で回されているんですけど。しかもなんでタオルを使わないで素手で体を洗ってくるの?
怖いんですけど。もう本当に怖いんですけど。
暫く撫で回されて、それに若干震えながらじっと耐えていると、ガルディスがぼそりと呟いた。
「痕は無いな」
「痕?」
どういうこと?
「いや、綺麗な肌だ」
ガルディスはお湯を掬って私に掛ける。そして頭も洗われた。
うーん、なんだろう。もしかしてただ撫で回してたんじゃなくて、何かを確かめていた?
痕って、傷とかそういう痕のことだよね……。それを調べて……あ。
私は一つの可能性に気づく。
まさかと思うけど、折檻痕がないか調べてたとか? 私が何処かで折檻を受けて逃げてきた可能性を疑っていたのかな。
「それでな、男と女が愛し合うと――、ああ、愛し合うとはつまり……」
性教育の続き始まった!
「知ってる!」
「ん?」
だから、それは知ってるって言ってるじゃない。
「違うの、えっと……」
私はガルディスの股間をちらりと見る。
「なんだ?」
視線に気づいたガルディスが、これがどうしたと言わんばかりに見せつけてきた。
うう……近い。でも思い切ってそこを指さして言う。
「……大きい」
そう、大きいのだ。もうびっくりするほど巨大なものが股間に鎮座しているのだ。
私の言葉に、ガルディスが眉を寄せる。
「他者のものを見たことがあるのか?」
うん、まあ。あるよ。
「父さんの……」
子供の頃だけど、父さんのを何度も見たことがある。でもこんな大きさでも色でもなかった。父さんのは例えるなら、うーん、
「トカゲみたいだった」
そうトカゲだ。でもガルディスのは違う。父さんのと比べるなら、これはもう竜。そう、まさに赤竜だ。
股間に鎮座している状態でこの大きさって、飛翔したらどれだけ雄大な姿になるの?
私のトカゲ発言を聞いたガルディスが大笑いする。
「わはは、トカゲか。だがそのトカゲのおかげでリズはこの世に生まれてきたんだぞ。感謝しなきゃいけないな」
笑いながらガルディスは自分の頭と体をさっと洗い、私を抱えて湯船の中に入った。
胡坐をかいたガルディスの上に私は乗せられる。
「リズ」
「なに?」
「ちゃんと父親がいたんだな」
あ、そうか。言ったことなかったもんね。
「うん」
「その父親は?」
「一緒に旅をしていたんだけど、怪我をして……」
えーと、なんて言えばいいかな。置いてきたって言うのもなんだか違う気がするし、待機中とでも言えばいいのかな。
ガルディスが私の頭を撫でる。
「そうか、一緒に旅を……」
「うん。父さんは吟遊詩人だから」
足は酷いことになっちゃったけど、顔も声も無事だった。今でも歌を歌っているのかな? ちゃんと金持ちから金を巻き上げて生活できているかな?
「ずっと旅をしてきたのか?」
「うん」
ガルディスが私を後ろからぎゅっと抱きしめる。
密着したことで尻に、尻にガルディスの赤竜が! 鎮座している赤竜の上に私が鎮座しているよ!
「リズ」
「なに!」
ちょっと、あまり強く抱きしめないでよ。もの凄く生々しい感触がして嫌なんだけど。
「もっと甘えろ」
「はあ?」
なに言ってんの?
そしてのぼせてしまうまで、ガルディスはずっと私を抱きしめていた。