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8 「勉強は好きですか?」

 鏡を見て、うーんと唸った。

 鏡に映る私は、やっぱり目がぱっちりと開いている。それに潰れていた鼻がちょっぴり高くなっているし、唇もぷっくりとして血色がいい。あ、そういえば最近体調も良い。

「……………」

 なんでだろう。なんで顔が変化している? やっぱり体が最後の悪あがきをしているの? それとも……。

 もう一度唸っていたら、ガルディスが仕事から帰ってきた。

「リズ!」

 はいはい、行きますよ。

「おかえり」

「ただいま。いい子にしていたか?」

 ガルディスが私を抱っこして頭を撫でる。

 すぐに夕飯の準備をしてガルディスと一緒に食べて、後片付けをしてから居間でお茶を飲む。

「なあ、リズ」

 お茶のカップをテーブルに置いて、ガルディスが私を見つめる。

「なに?」

「学校に行きたいと思うか?」

 はい?

「学校?」

「ああ。リズと同じくらいの子供が通っているし、友達もできるぞ」

 友達……? 学校ってもしかして初等学校ってやつ? それだとかなり年下の友達になるよね。できても話を合わせるのが辛いだけだよ。それに今まで友達なんていなかったのに今更そんなものできてもなあ……。

「友達は要らない。学校も通いたくない」

 きっぱり断ると、ガルディスが小さく唸った。

「そうか……」

 私の答えに納得がいかないのかな? 顎に手を当てて、なにか悩んでいる感じだな。

「それに、読み書きも計算もできるよ」

 そうなのだ。父さんから習っていたから、ある程度はできるのだ。

 ああ見えて父さんは多少勉強ができる。読み書きは歌を作る時に必要で、計算は金を巻き上げる時に必要。だから私にもそれらを教えてくれた。できることを習いに行くのは正直かったるい。

「読み書き計算ができる? 昔学校に通っていたのか?」

 ガルディスが訝しげに訊いてくる。

「違う。でも教えてもらったから」

「教えてもらった?」

「うん」

 ちょっと行儀は悪いけど、お茶に指を浸してテーブルに文字を書く。

「えーと、リ・ズ。ガ・ル・ディ・ス」

 お茶で書かれた名前をガルディスが見つめる。私は調子に乗って、身の回りの物の名前を色々と書いた。

 どう? ちゃんと書けているでしょう? 褒めてもいいんだよ。

「……ほう、確かに書けているな」

 ガルディスが立ち上がる。え、それだけ? 褒め言葉は?

「ちょっと待っていろ」

 そう言ってガルディスは居間から出て行く。何処に行くんだろうと思ったら、二階に上がってすぐに戻ってきた。戻ってきたガルディスの手には一冊の本が握られている。

「これが読めるか?」

 その本の最初のページを開き、その状態で渡してくる。

 あ、読みもちゃんとできるか試したいのかな?

 私は本を受け取り、文字に視線を向ける。ええと……。

「騎士の心得。高……な精神を……し、弱者の盾となり……、……として……」

 おいい! いきなり難しすぎやしませんか!? 読めないよ、さすがに読めないよ!

 四苦八苦しながら読めるところだけ読んでいると、「ふーむ」とガルディスが唸る声が聞こえる。

「リズ、分かった。もういい」

 そう言ってガルディスは立ち上がる。今度は何処に行くのかと思ったら、壁際にある棚の引き出しから紙とペンを持ってきた。

 また文字を書けっていうの?

 そう思ったけど違った。ガルディスが紙に計算式を書き始める。

「これが解けるか?」

 あ、簡単な計算だ。これならできる。渡されたペンでさらさらと答えを書いた。

「ふむ、合っているな。ではこれは?」

 私の手からペンを取って、ガルディスが新たな計算式を紙に書く。

「…………」

 ……はい? 何ですかこれは。いきなり意味の分からん記号が出てきたのですが。

「そうか、成る程……」

 ガルディスが頷く。何に納得したの? これで何が分かったの?

「確かに読み書きと計算は初等教育を済ませた程度の知識があるようだな。では歴史は?」

 は? れ、歴史?

「マナーは?」

「あ、マナーは少しできる」

 お貴族様の屋敷に招かれることもあったから、食事なんかの基本マナーは父さんが教えてくれた。

「地理は? 魔術学は? 乗馬、芸術、法律、護身術……」

 な、なんだか次から次へと出てくるんだけど。ちょっと待ってよ。

「国の名前と場所も少しなら……」

 それ以上はさすがに無理だよ。

「…………」

 ガルディスが顎に手を当てたまま動かなくなってしまった。真剣な表情で私が書いた数字を見つめている。

 なんなの、いったい。そう思っていたら、漸く視線を私に向ける。そして思いもよらない一言を告げた。

「分かった。勉強は俺が教えよう」

「え?」

 ガルディスが勉強を?

「教えてくれるの?」

 ああ、とガルディスは頷いた。

「これでも騎士学校に通っていた」

 騎士学校? え……、ガルディスが?

「騎士学校って入るのが相当難しいんじゃなかったっけ?」

 騎士学校はその名の通り優秀な騎士を育てる為の学校で、卒業すれば騎士としての将来は約束されたようなもの。超精鋭として騎士団で一目置かれる存在になれる。因みにこれに対して騎士試験を受けて騎士になるのがいわゆる一般騎士。

 どこの国でも騎士学校への入学は難しいけど、この国の騎士学校への入学は特に難しいってどこかで聞いた気がする。

「筆記と実技と面談、それに合格すれば入学は許可される。だが入学はそれほど難しくはないぞ。授業についていけずに落第する者は確かに多いがな」

 へえ、そうなんだ。入ってからが難しいのか。

「ガルディスは落第しなかったの?」

「次席卒業だ」

 ……え。次席卒業? それって結構……いやかなり優秀なんじゃないの?

 でもそんなに優秀なら王都で近衛騎士とかになるんじゃないのかな? そもそも騎士学校卒業なら一般騎士と違って近衛騎士とか王城警備隊とかそういうのに入れると思うんだけど。

 それがなんでこんな街に居るの? 嘘を言う人では無いと思うけど……。はっ! まさか大きな失敗でもして飛ばされたとか? それとも顔が山賊だから王族の近くには置いておけなかったのかな。

「勉強道具を揃えなくてはならないな。教科書に紙とペン、各種参考資料、乗馬はまず馬に慣れるところから始めればいいか。剣はまだ危ないが護身術なら少しずつ組み込んでもいいな……」

 な、なんだかもの凄く勉強させられそう。

「マナーができると言っていたが、茶葉を飲み比べて産地を当てたり、菓子を食べて蜜の種類の違いを当てることはできるか?」

 ……なんですか、その贅沢な遊び。それはマナーに入るんですか? 逆にそんなことできる人たちがいるんですか?

「できないのか? ならマナー教育は、もう少し専門的な勉強をすることにしよう。大丈夫だ。しっかり教えるからな」

 え。

「ガルディスはできるの?」

 結構がさつなのに、そんな繊細な技を持っているの?

「まあ、一応それなりにはな。実家が商売をしていると言っただろう? 茶葉の違いが分からないようでは仕事にならないから覚えさせられた。俺は結局騎士になってしまったが、騎士学校でも同じようなことを学ぶから役には立っているな」

「騎士学校で?」

「王族の警護をすることもあるからな。腕だけでなくそれなりのマナーや知識は必要となってくる」

 そこまで必要なの? 菓子食って材料の違い当てるのは本当に騎士に必要なの?

 百歩譲って騎士に必要として、私には必要ないと思うんだけど……。

「あんまり難しい勉強は要らない」

 そう言えば、ガルディスが眉を寄せる。……眼光鋭いんですけど。怖いんですけど。

「必要だ」

 あ、はい。必要ですね。ゴメンナサイ。

「さっそく明日には勉強道具を揃えよう。いや、今日からできる事だけでもやっておくか」

 うわあ、やる気みなぎってる。熱血指導が始まりそうな予感。

 もしかして素直に学校に行った方がよかったかも。

 私は激しく後悔した。

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