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6 「男の浪漫」

 朝、目が覚めたらガルディスはまだぐっすり寝ていた。ちょっと早く起きすぎたか。まあいいや。

 ベッドから降りて、着替えて一階の洗面所へ。鏡に映る顔は、やはり目がぱっちりと開いている。でもその他は相変わらずで、低い鼻もくすんだ色の唇も、ぼさぼさの髪もそのままだ。

 ……駄目だ、なんでこんなふうになったのか分からない。まさか死ぬ前に体が最後の悪あがきをしてるとかじゃ……、いや、やめておこう。怖すぎる。

 鏡から目を逸らして廊下へと出るとお腹が鳴った。今朝も朝食は朝市で食べるのかな。でもなあ……。

 屋台の料理は美味しい。だけどずっと食べていれば飽きるし、野菜不足が辛い。

 私は顎に手を当てて考える。

 ……うん。やっぱ温かいスープを作って食べたいな。その為には……。

 私は居間に行き、棚の引き出しから紙幣を数枚借りるとポケットへ突っ込む。あくまで借りる、だからね。ちゃんと返すよ、いつかね。

 昨日物置で見つけた籠を片手に、私はそっと家を抜け出して朝市へと向かう。ガルディスはぐっすり眠っていたし、起きるまでに帰ってくれば大丈夫だよね。

 記憶を頼りに歩いて無事朝市に着いた私は、必要なものを買っていく。

 野菜を中心に、ガルディスが好きな肉、それから魚も少し。そうだ、調味料も買わなくちゃ。ここの朝市は賑わっていて、色々あって楽しいな。なーんて思っていたら……。

「う……、買い過ぎた」

 しまった。慣れない大金を持って浮かれすぎた。お金を気にせず買い物ができるというのは、なんと甘美なことよ。

 それにしても重い……重すぎる……。これを持って家まで帰らなくちゃいけないなんて……、え?

 後ろから伸びてきた手が籠を掴む。驚いて振り向くより先に、私の体が浮いた。

「あ……」

 ガルディスだった。しかもすでに警備隊の制服を着ている。……ん? 私が居ないのに気づいて慌てて出てきたにしては、きっちり身なりを整えてきていないか?

「いっぱい買ったな」

「う、うん」

 勝手に出て行かれたことに対して動揺している様子もないし、……え。私、いつから見られていた? もしかしてかなり前から?

「他に買いたいものは?」

「えっと、もういい」

「そうか。帰るぞ」

「うん」

 抱っこされたまま帰宅。昨日も思ったんだけど、ガルディスが歩くと道行く人々が左右に分かれて避けてくれている気がする。この巨体と山賊顔の威圧感が半端じゃないからなんだろうな。

 家に着いてすぐ、私はポケットから出したお金をガルディスに差し出す。お金を持って行ったことにも気づいているんじゃないの? でも何も言われないし、なんだか逆にちょっと怖い。

「借りた」

「ああ、そうか」

 それだけ?

「いつか返す」

「ガキがそんなこと気にするな。必要なものがあれば遠慮なく言うんだぞ」

 差し出したお金を、ガルディスは制服のポケットに無造作に突っ込んだ。

 あ、返さなくていいんだ。それに買い物したことも別に怒っていない感じだ。

「朝食を作りたい」

「ああ、分かった」

 台所に行き、買ってきた野菜や肉やパンを籠から出す。棚から調理道具を取りだし……。

「あの……」

「なんだ?」

 なんでずっと台所に居て、じっと私を見つめるの?

「居間で待ってて」

「手伝おう」

「結構です」

「リズが料理をしている姿が見てみたい」

 ……そうですか。包丁使うし、一応監視のつもりかな? 非常にやりにくいけど、しょうがないから無視して食事を作る。

 この家の台所には水が簡単に出る魔道具の他に、鍋を置いて突起に指で触れれば火が点くという魔道具も設置されていた。こんな便利なものがあるのに全然使っていなかったなんてもったいなさすぎるよ。

 サラダにオムレツ、スープを作って……。あ……。もしかして肉も必要なのかな?

「朝からお肉を食べるの?」

「できれば少し食べたい」

 ああ、そうなんだ。じゃあ肉はあっさりとした味付けで調理するか。

 パンを切る。私は薄切り、ガルディスは厚切りで軽く焼いて……、視線が鬱陶しいなあ。

 簡単なものしか作ってないけど、まあこんなものかな。

 テーブルに並べれば、ガルディスが感心した様子で言ってくる。

「上手いもんだな。包丁の扱いも慣れているように見えた」

 そうかな? 最近はあまり料理をすることもなかったんだけど、まだ腕は衰えていなかったかな? 味はどうかな。気に入ってもらえればいいけど。

 椅子に座り、食事が始まる。

「美味い」

 ガルディスの顔に笑みが浮かぶ。ああ、やっぱり誰かの為に料理をするっていいもんだね。美味しいって言ってもらえると嬉しくなる。

「昼も作るから」

「ああ、楽しみにしている。だが包丁には気をつけるんだぞ」

 はいはい。

 食事を終えるとガルディスは仕事に行った。

 私は掃除に洗濯、それから昼食作り。そして昼になればガルディスが帰ってくる。

「ただいま、リズ」

 おかえ……ん?

 ガルディスは手に紙袋を持っていた。食べ物……ではないよね。昼食は作るって言ってあったんだから。それになんだかガルディスの顔が嬉しそうっていうかわくわくしてるっていうか、とにかく機嫌がいいことだけは確かだ。

 ガルディスが紙袋を見せる。

「警備隊の詰所から、良い物を借りてきたぞ」

「いいもの?」

 なんだろう。

「先に昼食にしよう」

 うーん。しかも警備隊の詰所にあるもの?

 気になりながら食事をする。昼食も美味しいと言ってもらえた。

 食後は二人で後片付けをして、それから居間に行けば、ガルディスがやっと紙袋から何かを取り出す。

 なにかな、なにかな……。

「……なにこれ」

 紙袋から出てきたものは、私が今まで見たことがないものだった。ペンチの尖端に櫛のようなものが付いている、とでもいえばいいのだろうか。

 金属でできたそれを、首を傾げて見つめる私。そんな私にガルディスはそれが何なのか教えてくれる。

「バリカンだ」

「バリカン?」

「ああ。髪の毛がぼさぼさだろう」

 うん、まあそうだけど。

「丸刈りにしてやろう」

 ……丸刈り?

「きっと似合うぞ」

 似合う……。そうなんだ。丸刈りが……、丸刈り!?

「…………!」

 バリカンを手に迫って来たガルディスを私は突き飛ばす。いや、突き飛ばしたつもりだけどびくともしなかった。

「どうした、リズ」

 どうした、じゃない!

「嫌!」

「大丈夫だ、すぐ終わるからな。それだけ伸びれば鬱陶しいだろう? さっぱりするぞ」

 さっぱりなんかしたくない!

 だけどガルディスは笑顔で私を拘束して自分の膝の上に座らせる。

「ガキと言えば丸刈りだよな。俺も昔は丸刈りだった。立派に青光りしていたものだ」

 青光りって、どれだけ短く刈っていたの!? それをわたしにしようとしているの!?

「いいぞ、丸刈り。最高だぞ」

 丸刈りが好きなのか、この男!

 思えば父さんも丸刈りが好きだったな。『丸刈りって初々しさがあって、その中に隠しきれない若い情熱があってとても好き。丸刈りは男の浪漫だよね』なんてよく分からないことを言っていた。丸刈りを見つけると、丸刈り狩りに行ってくるとか言って出かけてしまうこともあったな。

「じっとしていろ。すぐに光らせてやるからな」

 やっぱり青光りさせる気か!

 無理、絶対無理。

「嫌!」

「任せておけ」

 嫌だって言ってるじゃない!

 バリカンが髪に触れる。

「絶対嫌! 嫌! 嫌あああああ!」

 私は泣きわめきながら激しく左右に首を振った。

「リズ、危ない!」

 ガルディスが慌ててバリカンを離す。

「本当に嫌! 丸刈りにするならここを出て行くから! うわあああ!」

 恥も外聞もないよ。いくら男の子に見えるって言っても中身は乙女なんだから。丸刈りなんて絶対無理!

 わあわあと泣き続けていれば、ガルディスが小さく唸って私の体をくるりと回し、向き合う形にする。

「分かった。丸刈りはしない」

 私はしゃくりあげながら、ガルディスを見上げる。

「し、しな、しない?」

「ああ。悪かったな」

 ガルディスがぎゅっと抱きしめてくる。

 うう……、良かった。丸刈りの危機は回避された。

 ほっと胸を撫で下ろし、ガルディスに縋り付いた状態で、私はまだ泣き続ける。

 思えば今までこんなに泣いたことがあっただろうか。あれ? こんなにっていうか、泣いたことってあったかな。

「リズ、鼻水をちーんするんだ。ほら、ちーん」

 私の鼻に、ガルディスが柔らかな紙を当ててくれる。

 く……っ。子ども扱いして!

 その紙に向かって、私は盛大に鼻をかんでやった。

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